クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
セラやアンジュ達がミスルギ皇国から脱出を試みようとしていた頃、ミスルギ皇国に向かって接近する一団があった。
「よし、てめえの言った通り、忍び込むのは簡単じゃねえか!」
意気揚々とするヒルダに、後方を飛ぶタスクが苦笑する。
「ああ、人間達はそもそも攻められることを考えていない。エンブリヲが注意を払っていないなら、潜入自体はそう難しいことじゃない」
人間達の世界はそもそも、そういった事を想定すらしていない。何故なら、自分達が攻められるなど、微塵も思いつかないからだ。
エンブリヲの力さえあれば、何も心配などいらない。10年前のリベルタスはエンブリヲ一人に敗北させられたようなものだ。
事実、先のアンジュ奪還時には、タスク独りとはいえ、易々とミスルギに潜入できた。
「よしっ、ならこのままミスルギの王都に突入、セラやアンジュを回収したら即トンズラだ!」
「お、おう!」
「合点!」
「承知しました」
ヒルダの号令に上擦った声で応じるロザリーと、気合十分なヴィヴィアン、そして冷静に応じるリーファ。
ヒルダのアーキバス改を先頭にグレイブ、レイザー、黄龍號、そしてタスクの飛行艇がその真下の森の中を疾走する。
ジルより指揮権を譲渡されたヒルダとゾーラは、手始めにセラ達の奪還作戦を実施することにした。どの道、二人を救出しないことには、リベルタスもなにもあったものではない。
そのため、危険を承知でミスルギ皇国への突入作戦を敢行した。ヒルダを筆頭にロザリー、ヴィヴィアン、リーファの4人で敵ラグナメイルの陽動、その隙にタスクが二人を救出する作戦だ。
ココとミランダは機体の修理が終わらず、今回は待機。そして新兵達3人は、後詰めでバックアップに回ってもらう。
「それよりヒルダ、お前その機体大丈夫なのかよ?」
ロザリーが不意にヒルダに対して、不安を口にする。
「ああ、かなりピーキーだけどな! けど、使いこなしてやるぜ」
自信を滲ませながら、そしてなにより喜色を込めた表情でヒルダは不敵に笑う。彼女が今、操縦しているのは、乗り慣れた自身のグレイブではなく、セラのアーキバスだった。
ドラゴンによる進攻時に大破し、放棄され、海底に沈んだセラのアーキバスは、アルゼナル壊滅後、物資の引き上げに戻ったアウローラによってサルベージされていた。
幸いにも、海溝の深いところではなく、比較的浅瀬の場所に水没していたのだ。セラのアーキバスは、メイ達が限界ギリギリまでチューンしていたのもあって、あのまま放棄するのは惜しかったのだ。
回収後、データの回収と修復を行う傍ら、ヒルダがライダーに立候補した。彼女以外に扱えそうなライダーが残っていなかったのものあるが、なにより『セラ』の機体であることが大きな理由の一つだったのは、難くない。
空中を飛ぶ中、やがて彼方にミスルギ皇国の象徴たる暁ノ御柱が見えてきた。
「よし、あたしらはこのままミスルギ皇国に侵入。サリア達を引き付けるよ!」
作戦は如何にセラやアンジュを素早く発見し、離脱するかだ。いくらなんでも、正面切って戦うのは得策ではない。
「けどよ、セラやアンジュの居場所なんて、どうやって突き止めんだよ?」
時間を稼ぐにしても限界がある。いくら、防御に徹しようとも、機体性能差は歴然だ。それに対して、ヴィヴィアンが自信あり気に胸を張った。
「あたしにお任せ! こうやって、探すんだ!」
ヴィヴィアンは、得意気にクンクンと鼻を鳴らした。
「マジで!?」
「下手なレーダーより役に立つさ」
驚き、呆れるロザリーにヒルダが不敵に答えた。
決してふざけている訳ではない。ドラゴンということもあるが、ヴィヴィアンのこういった野性的な感覚は、他の誰にもないものだ。
「セラやアンジュの位置を確認次第、タスク、あんたは超低空から侵入し、二人を救出! 機体に乗せて脱出しろ!」
「分かった、頼む!」
「タスク殿、御武運を!」
リーファの激励にタスクが表情を和らげながら応じ、タスクの飛行艇がヒルダ達と距離を取りながら、別ルートでミスルギ皇国に向かう。
「新兵達は、国境付近上空で待機。アイオーンとヴィルキスの脱出を援護! いいな?」
《い、イエス、マム!》
通信越しに、新人ライダーである、メアリー、マリカ、ノンナが上擦った声で答えた。
「なんだ、緊張してんのか?」
そんな様子に微笑ましくなったのか、緊張をほぐすのも兼ねて、ロザリーが少しおどけたような口調で、三人に話し掛けた。
《だ、だって、お姉さま――》
《人間の世界を飛ぶなんて初めてで――》
《緊張するなって無理ですよ~~》
メアリー達3人は、これが初実戦なのだ。それがこんな、敵地への潜入ともなれば、緊張するなという方が無理だ。
泣きそうな声色に、ロザリーはあっけらかんと答えた。
「安心しな――あたしも初めてだ」
まるで、フォローになってないフォローを入れた。
《ええぇぇぇっ!?》
あまりといえばあまりなロザリーのカミングアウトに、三人が驚きの声を上げる。だが、ロザリーは事も無げに肩を竦めた。
「ま、何とかなんだろ――多分」
楽観的と言えばそうだが、さしものロザリーも覚悟を決めたらしい。これまで、戦闘の度にビビッていたことを思えば、成長したものだとヒルダは思った。
《ヒルダ、分かってると思うが無茶はするなよ。あくまでセラやアンジュの救出が第一だ》
そこへ、沖合にて潜航するアウローラから、通信が入る。
「分かってるよ、ゾーラ『司令』」
《その呼び方、どうもこそばゆいねえ》
通信越しに顰めた声色で、『臨時司令』となったゾーラがぼやく。指揮権を譲渡され、パラメイル隊を統括しての前線指揮をヒルダが、アウローラ及び全体の指揮系統をゾーラが担当することになった。
ゾーラとしても、前線でライダーとして戦う方が性に合っているが、他に適任者もいないため、この役割に落ち着いた。
《ま、とにかくそっちは任せるよ、うまくやりな》
「イエス・マム!」
力強く応え、通信を切る。そして、ヒルダ達はミスルギ皇国に突入しようとし、既にそこで戦闘が開始されていることに、眉を顰めるのだった。
「アンジュ―――」
セラは一瞬、目の前で何が起こっているのか、理解ができなかった。
アンジュは震える手に鋭いナイフを握り、瞳を震わせながらセラを見つめている。涙が零れそうなほど、縋るような視線が、逆にセラを冷静にさせた。
「――っ」
セラは瞬時に、アンジュの鳩尾に拳を叩きつけ、アンジュは小さく息を吐き、ナイフを離してそのまま前のめりになり、セラはそれを受け止めるも、腹に感じる痛みに呻き、そのまま座り込んでしまう。
「っ、セラ様っ!?」
その一部始終を呆然と見ていたモモカもハッと我に返り、慌てて傍に寄った。セラの腹にはナイフが刺さったままになっており、刺面より血が流れる。
「マ、マナの光よ―――っ」
モモカは反射的にマナの光で治療しようとするが、セラは間髪入れずモモカの腕を掴み、マナの発動を制止させる。
驚くモモカを横に、セラは苦悶を滲ませながら首を振る。マナの光の根源はアウラより放たれるドラグニウム―――セラが治療を拒否したところで、何の意味もないことは分かっている。だが、『あの』光景を見たセラは、そんな物に頼るつもりもなかった。
「モモカ、悪いけど、スカートの裾少し破ってちょうだい」
「あ、はい――!」
モモカはすぐさまスカートの裾を僅かばかり破り、切れ端を渡すと、セラはそれを刺さった付近の胴体に巻き付け、強く締め上げる。歯噛みしながらナイフを引き抜くと、堰き止めていた血が溢れ出す。
セラはさらに強く締め上げ、止血をすると、傷口ごと切れ端を巻き付けた。血が布越しに滲み、碌な処置ではないが、仕方がなかった。
「はぁ、はぁ――このバカ、どうしたのよ……」
呼吸を荒げながら、意識を失ったアンジュを非難する。
「アンジュリーゼ様、いったい何が―――?」
モモカもアンジュの突然の凶行に、戸惑いを隠せない。だが、今は時間が惜しい。詳しい話は、ここを脱出してから聞くしかない。
セラは身体に感じる痛みと失血による立ち眩みを堪えながら、アンジュを背負い、そのまま走り出し、モモカも慌てて後を追った。
呼吸を乱しながら、セラとモモカは皇居を飛び出し、必死に走っていた。止血したとはいえ、身体が重い。それでも、気力を振り絞って逃げていると、頭上に影が広がった。
「何処に行くの、セラ」
ハッと顔を上げると、空中に飛翔形態でミネルヴァが浮遊しており、コックピットからこちらを見下ろすナオミの姿が見える。
歯噛みして立ち止まる。
「エンブリヲさんが探してるわ」
「逃がさないよ」
さらにそこへ、エルシャとクリスもラグナメイルに乗り、現れた。空中から包囲され、セラは眉を顰める。相手がラグナメイルに騎乗しているのに対し、こちらは丸腰――考える間でもなく、絶体絶命だが、不意に視線を背負うアンジュに向ける。
未だ意識を取り戻さないアンジュに、覚悟を決め、セラはモモカに声を掛ける。
「モモカ、走って――全力で」
「―――は、はいっ」
有無を言わせぬ口調に、モモカは決然と頷く。それを一瞥すると、セラはアンジュを背負ったまま駆け出し、モモカも後を追った。
連れ立って駆けていく姿に、クリスは鼻を鳴らす。
「バカじゃない――逃げれるわけないのに」
「あらあら、仕方ないわね」
健気なことだが、無駄な足掻きでしかない。生身で逃げきれる訳がない。
「二人とも、手荒なことはしないでね」
ナオミが釘を刺すように告げる。エンブリヲから与えられたのは、セラとアンジュの身柄を確保すること―――それも、なるべく穏便にだ。
モモカは特に何かを言われたわけではないが、所詮はマナしか使えない人間だ。無視してもいい――後を追うナオミに、二人はやや溜め息をつき、セラ達を捕獲するべくラグナメイルを降下させた。
セラとモモカは必死に逃げていたが、やはり無駄な足掻きでしかなかった。距離を詰めてくるラグナメイルに歯噛みする。
(っ――! アイオーン――こいっ)
セラは念じるように愛機を呼ぶ。
刹那、ペンダントが光を発し、それに呼応して暁ノ御柱の最深部に拘束されていたアイオーンのバイザーに光が灯る。
機体が起動し、拘束具を強引に破壊し、瞬時に跳んだ。
セラ達の眼前の空間に粒子が満ち、次の瞬間光の中からアイオーンが現れた。アイオーンは主の意を汲むかのように、すぐさまアサルトモードからフライトモードへと姿を変えた。
『アイオーン!?』
突如現れたアイオーンにナオミ達が驚きの声を上げる。鹵獲されたはずの機体が眼前に突然現れれば、戸惑いも無理はないが、セラはそれを横にアイオーンに駆け寄り、そのままシートに飛び乗った。
「モモカ、乗って!」
「は、はい!」
呆気に取られていたモモカも我に返り、慌ててアイオーンのシートに跨る。セラは同時に操縦桿を引き、アイオーンを飛び立たせた。
直後、アイオーンのいた場所に、ビームが着弾し、爆発する。離脱をかけるアイオーンにナオミは歯噛みする。
「エルシャ、クリス―――!」
「分かってるよっ」
「回り込むわ!」
ナオミの呼び掛けに、クリスはやや苛立ち混じりに返し、エルシャはアイオーンを阻もうと加速する。
「逃がさないよ、セラ―――!」
追撃するミネルヴァとテオドーラが後方から狙撃し、ビームがアイオーンを背後から掠める。
「くっ!」
セラは即座に旋回し、進路を変えるが、そこへエルシャのレイジアが回り込んでおり、立ち塞がるように狙撃してくる。
慌ててそれを回避し、距離を取るも、ナオミ達が纏わりつくように攻撃するため、活路が開けない。
(サリアがいない―――けどっ)
一瞬、この場にサリアが見えないのが引っ掛かったが、それでもラグナメイル3機に包囲されていては、振り切るのは至難の業だった。
ビームが雨霰となって、アイオーンを襲う。流石に墜とすような攻撃はして来ないが、これではジリ貧だ。
「セラ様ーっ!」
何度も繰り返す急激なGにモモカはアンジュを前に抱きながら、必死にセラにしがみつく。強引にでも突き破れないことはないが、アンジュとモモカを乗せている以上、あまり派手な機動はできない。
(どうする―――!?)
このまま時間を掛ければ、サリアを含めた残りのメンバーが合流してくる可能性もある。そうなれば、もうチャンスはない。
「モモカ、ちょっと荒っぽくいくわよ――!」
イチかバチか、強引にこの状況を打開するため、操縦桿を握りしめた瞬間――眼前にミネルヴァが飛び込んできた。
「しま――っ!」
「もらったよ、セラ―――!」
飛行能力を奪うべく、ナオミはライフルの照準をアイオーンの翼に合わせ、トリガーを引こうとした瞬間、レーダーが警告のアラートを表示した。
「っ!?」
ナオミは反射的に操縦桿を切り、ミネルヴァを旋回させた。回避した空間を彼方より飛来した別のビームが過ぎる。
セラも息を呑み、顔を上げた瞬間、暁ノ御柱直上にシンギュラーが開いた。割れた空間の裂け目から、ビームを放った機体が急加速で飛び出してくる。
『蒼』、『碧』、『桃』、そして『紅』――――4つの機影がミスルギ皇国上空に現れる。舞い降りてくる機影の先頭に立つ紅の機体―――サラマンディーネの焔龍號が、セラの視界に映る。
「助けに来ましたよ、セラ――!」
「サラ――!?」
意気揚々と戦場に現れたサラマンディーネに、セラは戸惑う。そして、その姿に歓喜の声を上げる人物がもう一人。
暁ノ御柱内部のシンギュラーを開く制御室で、モニター越しに事態を見守っていたリィザの表情が喜色ばむ
「サラマンディーネ様…!」
アンジュを捜索する最中にモモカに発見され、衰弱状態であった彼女を救出し、自由になったリィザは急ぎ、暁ノ御柱の制御室から『あちら』の地球へと交信し、シンギュラーをミスルギ皇国上空に開き、サラマンディーネ達を誘導した。
焔龍號がビームを放ち、ナオミ達は動きを止め、アイオーンとの間に割って入る。
「サラ…サラなの?」
無論、乗っている機体からサラマンディーネ達に間違いはないのだろうが、シンギュラーが突然開いて現れたことに、セラも戸惑っていた。
《久しぶり――無事でなによりです》
それを証明するように開いた通信画面に映ったのは、間違いなくサラマンディーネだった。サラマンディーネもセラの姿に頬を緩める。
リィザから連絡を受け取ったサラマンディーネは、迷うことなく敵陣への突入を決めた。だが、大部隊で動くのはまだ不可能だったため、龍神器のみで突入作戦を実施した。
《ここは私達が引き受けます――セラはその隙に脱出を!》
「助かる――頼んだわよ」
自身も負傷しており、尚且つアンジュとモモカを同乗させたままでは、戦闘行動も取れない。ここはサラマンディーネに任せ、セラは全速で離脱していく。
離れていくアイオーンにサラマンディーネは安堵し、背後に控える僚機に通信を開いた。
「久遠、あなたは下がってください。その『機体』を頼みますよ」
《承知しました》
サラマンディーネ達の一番後方、同型のピンクカラーの装甲を纏う龍神器のコックピットに座る久遠が、すぐさま戦線を離脱する。
それを見送ると、サラマンディーネはキッと前方を見据える。
「お二人とも、用意はよろしくて?」
『はい、サラマンディーネ様!』
ナーガとカナメが応じ、サラマンディーネは操縦桿を引き、焔龍號が先陣を切り、ナオミ達へと突撃する。
「邪魔しないでっ!」
またもや現れた龍神器にナオミは苛立ち、ミネルヴァを加速させ、焔龍號に向かう。ミネルヴァの振るうグラムの一撃をかわし、自身も刃を展開して切り結ぶ。
「通していただきます、アウラの元に――!」
すぐ眼の前に、『アウラ』が囚われている暁ノ御柱がある。己の、ドラゴンの悲願を達成するために、決然と戦うサラマンディーネ達。
龍神器とラグナメイルによる戦闘が開始され、皇居上空では火花が飛び交う。そんな様子を、皇居の自室に居たシルヴィアが気づき、窓に近寄る。
「何ですの、あれ?」
戸惑うシルヴィアだったが、焔龍號とミネルヴァが鍔迫り合いを繰り広げつつ飛行し、皇居に迫ってくる。
「きゃああああああーっ!」
その光景に、悲鳴を上げるシルヴィア。皇居に激突する寸前で2機は離れ、そのまま上空へと浮上する。だが、その振動が窓ガラスを大きく揺らし、部屋もまた軋む。
「助けて、エンブリヲおじ様ーっ!」
恐怖にかられ、シルヴァアは車椅子を旋回させ、急ぎ部屋を飛び出し、逃げ出した。
ミスルギ上空で龍神器とラグナメイルの戦闘が開始され、爆発が咲き乱れる。それは、ミスルギ皇国に接近していたヒルダ達の方でも捉えられた。
「ヒルダ、何か変だ! もう戦闘始まってる!」
「はぁ?」
戸惑うロザリーに、ヒルダも眉を顰める。誰が戦闘を行っているのか――逡巡するなか、リーファは黄龍號のセンサーが反応を示したことに、眼を見開いた。
「この反応は―――隊長殿、私は別行動を取らせてもらいます!」
「はぁ?」
突然の申し出に驚く間もなく、リーファは黄龍號の針路を変え、戦闘が行われていると思しき場所へ飛び去った。
「ど、どうしたんだよ!?」
「くそっ、いったい何がどうなってやがる――!?」
離脱したリーファにロザリーが混乱するが、ヒルダも同様だったようで、訳が分からないといった表情で混乱する。
戦闘が行われているということは、相手は勿論サリア達だろう。なら、それと戦闘をしているということは――――ヒルダが思考を巡らせる中、一人鼻を利かせていたヴィヴィアンが眉を寄せる。
「うん? クンクン…クンクン…――ヒルダ、セラ達あっち!」
辿っていた匂いに当たりをつけたヴィヴィアンが声を張り上げ、ヒルダとロザリーが驚く。
「何?」
「マジか!?」
「あっち――!」
返事をすることもなく、ヴィヴィアンは自分の嗅覚が捉えた方向へと機首を向け、加速する。
「くそ、どうなってんだよ!?」
ただでさえ、敵陣突入という作戦で緊張しているなか、予想外の事態の連続に混乱が隠せない。ロザリーはあまりの情報の多さに眼を回しそうだが、ヒルダは冷静に事態を分析するように努める。
戦闘が行われているということは、セラ達がなんらかの手段を使って脱出したこと――ヴィヴィアンがそれを捉えたと考えるのが妥当だろう。
ならば、作戦は変更だ。
「タスク、作戦変更だ」
ヒルダはすぐさま別行動を取っているタスクに、通信を入れたのだった。
《えっ?》
突然の作戦変更に、訝しげな表情になるタスク。だがそれも、次の言葉ですぐに表情が変わった。
「セラヤアンジュはどうやら脱出したらしい。ヴィヴィアンが捉えた、これより追跡する」
《分かった!》
間髪入れず通信を切り、ヒルダ達も作戦を続行するため、ヴィヴィアンの後を追い、機体を加速させた。
戦闘空域より離脱したアイオーンは、ようやくミスルギ皇国の外縁部にまで飛んできた。
「モモカ、追手は確認できる?」
「今のところは無いようです」
どうやら、サラマンディーネ達がナオミ達を引き付けてくれているようだ。サラマンディーネ達がどうするのかは気になるところだが、セラも負傷し、アンジュも意識を失っている。
今は離脱し、安全を確保しなければならない。とにかくミスルギ皇国からは離れなければならないと飛ぶ中、レーダーが前方より接近する機影を捉えた。
《セラ、いた――!》
同時に、通信からヴィヴィアンの声が聞こえてきた。驚いたセラが、真正面に視線を向けると、ヴィヴィアンやヒルダ、ロザリーの姿があった。
「すげぇ、ホントにいた――」
「よくやった、ヴィヴィアン! 助けにきたぞ、セラ!」
ロザリーは素直に感心し、ヒルダは喜色に顔を綻ばせる。
「ヒルダ、ヴィヴィアン―――!」
思わぬ援軍にセラも負傷していたためか、この時ばかりは一瞬、気を緩めてしまった。普段であれば、決して解かぬ警戒心の隙――――それを、彼方より狙う眼。
セラ達の位置から数百メートル以上離れたビルの上に陣取り、巨大な砲身を構える深紅のパラメイル。
「言ったはずだぜ―――戦場で、僅かな隙も見せるなとな」
コックピットで獰猛な笑みで、スコープを覗き込み、アイビスは毒づく。照準がアイオーンを背後から捉え、アイビスは巨大なライフルのトリガーを引いた。
放たれたビームの一射が、真っ直ぐに伸びる。寸分の狂いもなく、相手を仕留めるその一撃に、ヴィヴィアンが気付き、叫んだ。
「!? セラ、後ろ!」
「っ!?」
ヴィヴィアンの叫びと背後から迫る気配に気づいたセラは、反射的に操縦桿を切った。
だが、それは僅かに遅く、ビームがアイオーンの右翼を掠め、機体が被弾する。
「くっ!」
「きゃああああああーっ!」
セラが歯噛みし、モモカの悲鳴と共に黒煙を上げながらアイオーンは制御を失い、高度を落としていく。
『セラ――!?』
その光景に動揺するヒルダ達だったが、そこへビームが幾条も飛来し、慌てて回避する。
《どいて》
低く、無機質な声が通信より聞こえる。三人が顔を上げると、クリスのラグナメイルが突っ込んでくる。
《あとは任せたぞ》
一仕事終えたようなアイビスの声に、クリスは無言で一瞥し、ヒルダ達の前で急停止する。
「セラ達は――連れて帰るから」
対峙し、淡々と告げるクリスにヒルダは舌打ちする。
「セラはあたしが貰ってく、邪魔すんな!」
「へぇ…助けにきたんだ―――」
ヒルダの言葉に、クリスは無表情のまま目元を伏せる。だが、操縦桿を握る手が震え、ふつふつとした怒りが全身を駆け巡る。
脳裏に過ぎるのは、アルゼナルでの事――そして………
「あたしのことは、見捨てたくせに!」
感情を爆発させ、クリスがテオドーラのライフルを向け、間髪入れず乱射する。
「おおおーっ!」
降り注ぐビームに、ヴィヴィアンが驚きながら攻撃をかわす。
「ま、待てクリス! うわっ」
攻撃を避けながら、ロザリーがクリスを止めようとするも、攻撃の激しさに慄く。
「邪魔すんなって言ってんだろ!」
ヒルダは苛立たし気に、距離を詰めて襲い掛かった。アーキバスの剣を抜き、迫るヒルダにクリスもブレードを抜くと加速し、2体の刃が中央で激突し、鍔迫り合いを繰り広げる。
「あんたが、あたしに勝てるとでも思ってんのかよ!」
「変わらないね、ヒルダ。その自信過剰なとこ――」
金属の摩擦音と火花が散り、アーキバスとテオドーラは瞬時に弾き、距離を取るとライフルで牽制しあう。そしてまた、距離を縮めて剣で斬り合った。
「あたしのことなんて、弱くて使えないゴミぐらいにしか思ってないんでしょう!?」
「はぁ!?」
卑下するクリスに、ヒルダが眉を顰める。
「あたしは、もう昔のあたしじゃない!」
戸惑うヒルダに向けて、溜まった鬱積を爆発させるかのように、クリスがライフルを乱射する。その猛攻に、ヒルダは舌打ちして距離を取る。
「邪魔するなら――殺すよ?」
冷たい声と機体越しに感じる殺気は、一切の躊躇すらないものだった。
「クリス……」
「ひいーっ!」
ロザリーは、現実が受け入れないように悲壮な声を漏らし、ヴィヴィアンは全身を震わせる。
「はっ、やってみろよ!」
ヒルダだけは吞み込まれそうになる殺気を跳ね返し、剣を構え、テオドーラに挑む。クリスは鼻を鳴らし、ヒルダのアーキバスと斬り結ぶ。
いくら強化されているとはいえ、やはりパラメイルとラグナメイルの間には純然とした機体性能の差があった。
それはヒルダの腕を持ってしても埋められず、膠着させるだけで手一杯だ。ヒルダは舌打ちし、戦闘を行いながらタスクに通信を開く。
「タスク、アイオーンが墜とされた! こっちは手が離せねえ、セラ達を頼む!」
《分かった!》
元々の目的はセラ達の奪還なのだ。ここでクリス達と戦闘を行うことではない。だが、セラ達を回収しないことには、離脱もできない。
なら、なんとかタスクがセラ達を回収するまでの時間を稼ぐ――ヒルダは一人、決意を秘めてアーキバスを駆った。
同時刻―――暁ノ御柱の付近では、龍神器とラグナメイルの戦闘が激しさを増していた。
焔龍號とミネルヴァが幾度も交錯し、斬り結び、銃を撃ち合う。その横で、ナーガとカナメの2機をエルシャ一人で抑えている状況だ。
クリスはセラ達の追撃に回ったため、数では不利な状況になっている。それをアウラの牢獄の前で見つめていたエンブリヲは思案する。
「少々分が悪いか――かといって、あと2機は制御のために動かせん」
ドラグニウムの制御のために、ラグナメイルを使用しているが、ミネルヴァを含め半数を向かわせた。クレオパトラはサリアがまだ気絶しているので動かせない。
残りの2機はエネルギー制御のために動かせない。
「彼らも動くつもりはなさそうだし――仕方あるまい」
やれやれと肩を竦め、エンブリヲは別のウィンドウを開いた。
「せっかくだ。再利用させてもらおう」
不敵な笑みを浮かべ、エンブリヲはウィンドウに向けてマナを制御し、指示を飛ばす。画面の向こうで一つの機体のバイザーが赤く染まり、苦悶のような起動音が響いた。
外では砲火が絶え間なく飛び交い、激突の衝撃波が周囲に拡散する。
「そこっ!」
ミネルヴァが両手のライフル2丁を連射し、焔龍號を狙い撃つ。晒される火線にサラマンディーネが歯噛みする。
「なんの―――っ」
龍神器の機動を駆使し、火線をかわしながら、距離を詰める。逆に狙撃し、ナオミも慌てて身を翻す。
回避した先に焔龍號が回り込み、左腕のブレードを展開する。
「はぁぁっっ!」
サラマンディーネの気迫と共に薙がれた一撃がミネルヴァを捉え、ナオミは反応できずに弾き飛ばされる。
「きゃぁぁっ!」
「もらいました――っ!」
体勢を崩すミネルヴァを行動不能にさせようと懐に飛び込み、ブレードを振り上げた瞬間、別方向から新たな反応が接近する。
接近アラートにサラマンディーネがハッとした瞬間、上空より突っ込んでくる機影からビームが迸り、反射的に身をよじる。
「今のは――!?」
構えるサラマンディーネの前に、その機体が割り込む。
「アレは―――ヴィルキス?」
突如割り込んできた機体の姿に、サラマンディーネは驚き、ナオミが困惑する。二人の間に制止するのは、アンジュの『ヴィルキス』だった。
だが、アンジュは先程セラと一緒にいたのを確認している。なら、この機体が何故ここに、しかも動いているのか―――一瞬その疑念が過ぎった瞬間、サラマンディーネはその『可能性』が駆け巡る。
「まさか―――っ!?」
自身の推測を証明するように、ヴィルキスはバイザーを明滅させ、まるで苦しむように全身を震わせる。そして、純白の装甲が暗く染まる。
その姿にサラマンディーネが驚愕に眼を見開いた瞬間、『ビルキス』がバイザーに殺気を滾らせ、焔龍號に襲い掛かった。
「くっ――!」
咄嗟に展開したブレードでビルキスの剣を受け止める。金属の摩擦音が周囲に軋み、サラマンディーネは強引に弾き、距離を取る。
ビルキスはライフルを構え、銃撃で追撃する。
ばら撒かれる弾丸をかわし、ビームで応戦する焔龍號だが、ビルキスもまた回避しながら2機は撃ち合う。
ナオミはその光景に戸惑い、思わず動きを止める。何故、ヴィルキスがここに現れたのか――アンジュも乗っていない、さらに装甲が黒くなって、焔龍號に襲い掛かるなど、思考が追い付かない。
《ナオミ、無事かね?》
「エンブリヲ! どういうこと? 何で、アンジュのヴィルキスが!?」
通信越しに聞こえたエンブリヲに、矢継ぎ早に説明を求めるも、エンブリヲは冷静な口調で応じる。
《問題はない。あの機体は元々、私の管理していたものだ。少々弄られていたので、やや扱いづらいが、露払いぐらいには使える》
ヴィルキス――元の名は『ビルキス』。かつて、エンブリヲの手にあったラグナメイルの一機。古の民によって奪われ、彼らによって改修されたので、かつての機体とは異なるが、それでも簡易に操ることぐらいはできる。
エンブリヲの説明に、些か疑問を持つも、ナオミはその考えを今は抑え込む。
ドラゴン達を退けなければ、セラ達を追えない。ナオミは考えをそう改め、ミネルヴァを再加速させ、ビルキスと斬り結ぶ焔龍號に向けて突撃した。
ビルキスの攻撃に耐えるサラマンディーネだったが、別の反応の接近にハッと顔を向けると、ミネルヴァが距離を詰め、グラムを振り上げる。
サラマンディーネは舌打ちして、斬撃をかわすが、ビルキスが迫り、機体を捻るも遅く、刃が捉える。
なんとかブレードで受け止め、致命傷は防いだが、弾き飛ばされる。
呻くサラマンディーネにミネルヴァとビルキスが連携し、攻めてくる。2体の猛攻に晒されるなか、別方向からビームが飛来し、ミネルヴァとビルキスが火線を外す。
「この反応は――!」
同時に、別の反応を捉えたサラマンディーネがそちらに振り向くと、リーファの黄龍號が接近してきた。
「姉上!」
「リーファ、無事でしたか!」
先の進攻時に殿を務め、離れてしまった妹の身を案じていたが、援護に現れたことにサラマンディーネは表情を安堵に包む。
「加勢します! いけ、ファング――!」
黄龍號のバックパックから離脱したビットが牙を剥き、ミネルヴァとビルキスに襲い掛かる。縦横無尽に降り注ぐビームにナオミが歯噛みし、サラマンディーネはその間隙を縫って加速する。
焔龍號のブレードが薙がれ、ミネルヴァがグラムで受け止める。
戦いは再び拮抗し、より激しさを増す。それらの砲火や衝撃が周囲に広がり、皇居にも流れ弾や狙いの反れたビーム砲などが着弾し始める。
そんな砲火に晒される中庭で、身を寄せ合うように震えている幼い少女達。エルシャが面倒みている子供達が、震えながら大きな樹の陰に隠れ、身を寄せている。
少女達の顔は、恐怖に歪んでいる。
自覚のない『死』を味わったアルゼナルでの襲撃を思い出したのか、肩を寄せ合って泣きそうになりながら、必死に耐えていた。
「皆! エルシャママが帰ってくるまでの辛抱だからね!」
一人の女の子が必死に他の少女達を励ます。だが、周囲に幾条もビームや爆発が起こり、より激しさを増す。
恐怖に震えるなか、ビームの閃光が少女達の上で眩いた。
ミスルギ上空で戦闘が繰り広げられるなか、アイビスに墜とされたアイオーンは、大きな河の中に墜落していた。
「くっ―――!」
「げほっ、げほっ!」
水没したアイオーンの傍から顔を出したセラと、呑み込んだ水を吐き出すモモカ。
不時着した場所が河だっただけに、激突の衝撃は和らいだものの、河へとダイブすることになってしまい、どうにか浮き上がってきた。
セラはアンジュを背負ったまま岸へと泳ぎ、モモカも後を追う。ようやく足が地につき、ずぶ濡れになりながら岸へと上がる。
不意にアイオーンを見ると、機体が大きく水没していく。ダメージがどの程度かは分からないが、あの状態ではもう飛べない。
「セラ様、アンジュリーゼ様が!?」
モモカの声で我に返り、アンジュを見やると、青い顔でぐったりしている。恐らく、水中に投げられた際に、水を大量に呑んでしまったのだろう。
意識を失っていただけに、抗うことができなかったのだ。
セラはすぐさまアンジュを横たえ、気道を確保し、アンジュの鼻を摘み、口に空気を吸い込み、それをアンジュの口に寄せて、空気を送り込む。
ハラハラした面持ちで人工呼吸を見守るモモカ、同じ所作を数回繰り返すと、アンジュの身体に反応が出た。
「っ、げほっ、ごほっ―――ぷはっ」
口から水が逆流し、同時に息を吹き返したアンジュが呼吸を乱しながら、意識を取り戻す。
「姫様!」
「アンジュ、生きてる? しっかりしなさい」
意識が混濁するアンジュにモモカがホッと胸を撫でおろし、セラが呼びかけ、アンジュの瞳に焦点が合わさってくる。
「セラ……?」
未だ朦朧とした顔で、セラを見やる。セラも思わず息を吐いて、肩を落とす。不意に、アンジュの眼がセラの脇腹の血の滲んだ包帯を捉え、ハッと記憶が覚醒する。
「セラ、私――私、何を………」
震える口調で己のした事を思い出し、アンジュがガクガクと震えだす。アンジュの混乱にセラも戸惑う。
だが、今は時間が惜しい。セラはアンジュの頬を叩き、痛みでアンジュが動きを止め、茫然となる。
「ゴメン――けど、時間がないの。話は後で聞くから、今は逃げるわよ」
アンジュのあの行動には確かにまだ不可解な部分が多いが、それを考えるのは後だ。
言い聞かせるセラに、アンジュも頭が僅かに冷え、心が落ち着いてくるのを確認すると、セラはアンジュの肩に手を貸し、強引に立ち上がらせる。
「行くわよ」
「セラ様、どちらにですか!?」
有無を言わせる歩き出すセラに、後を追いながらモモカが訊ねる。
「ヒルダ達が来てるってことは、少なくとも近くにアウローラがいるはず。なら、海の近くまで出られば、合流できる――急ぐわよ」
「は、はい!」
アイオーンが使えない以上、足で逃げるしかない。幸いに、ナオミ達はサラマンディーネが抑えてくれている。
セラ達は、脱出を図るために、その場を離れるのだった。
どうにか、続きを書けました。
本当なら、この話でミスルギ脱出ぐらいまでは行きたかったのですが、長くなりそうだったのでここで区切ります。
ではでは、楽しんでいただければ幸いです。
次に書くのはどれがいいですか?
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クロスアンジュだよ
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BLOOD-Cによろしく
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今更ながらのプリキュアの続き