クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
ミスルギ皇国の上空では、ヒルダ達とクリスの戦闘が続いていた。
クリスの容赦ない攻撃とラグナメイルの性能も相まって、ヒルダ達は状況を覆せず、ジリ貧になっていた。
「ま、待ってくれクリス!」
そんな中、ロザリーが必死の説得を試みる。
「どうして…何で、あたしたちが殺し合わなきゃいけないんだよ!」
攻撃をかわしながら、ロザリーは涙目で必死に呼び掛けるが、当のクリスの表情は冷めたものだった。
「人のこと、見殺しにしておいて――!」
逆に侮蔑し、戦意をさらに滾らせて、テオドーラのライフルを放つ。容赦なく降り注ぐビームに、ヒルダとヴィヴィアンが必死にかわすが、接近しすぎていたロザリーはかわせず、右腕を撃ち抜かれ、機体が爆発する。
「ぐっ、違う――あの時は、助けに行きたくても、行けなかったんだ!」
被弾して呻きながらも、ロザリーはなお叫ぶが、クリスは鼻を鳴らす。
「助ける価値もないから――でしょう!?」
ロザリーの叫びは届かず、クリスは機体を加速させ、ロザリーのグレイブに突っ込んで、体当たりを浴びせる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「「ロザリー!?」」
吹き飛ぶロザリーのグレイブを、ヒルダとヴィヴィアンの機体が受け止める。空中で静止するなか、クリスは動きを止める。
「あんたたちは、いつもそう――何にも変わってない」
テオドーラがアサルトモードからフライトモードに変形し、機外へと出たクリスは徐にヘルメットを外し、シートから腰を浮かせて立ち上がった。
久しぶりに見るクリスの顔に、ロザリーが半泣きになりそうになるが、クリスは睨んだままだ。
「ねえ…これ、覚えてる?」
結んでいる自身の三つ編みを手に取ると、ピンと伸ばしてロザリーとヒルダに問い掛ける。だが、それが何を指しているのか、ヒルダとロザリーは見当がつかないのか、困惑する。
その態度に、クリスはさらに表情を怒りに染める。
「七年前のフェスタでさ――」
クリスが昔の…『その時』のことを語り始めた。
7年前―――アルゼナルの幼年部が使用するレクルームに、幼いヒルダ、ロザリー、クリスの3人はいた。
「せーの!」
3人は、フェスタで購入した物をそれぞれ持ち寄り、お互いに交換し合っていたが、ヒルダとロザリーは我先にと紙袋を取り、出遅れたクリスは最後に残った一つを取るしかなかった。
そんなクリスの心情に気づかず、ヒルダとロザリーは紙袋から、モノを取り出す。
「あ、それあたしが買ったやつ!」
ヒルダが取り出したのは、小さなリップだった。それを見たロザリーが、嬉しそうに声を上げた。
「へぇ…いいセンスしてるじゃん」
ヒルダも引き当てたプレゼントに、喜びを隠せない様子だ。そんなヒルダの様子に満足気になり、ロザリーも紙袋の中身を取り出す。
「それ、あたしが選んだんだよ」
ロザリーが取り出したのは、かわいらしい水玉柄の靴下だった。それを見たクリスが、頬を綻ばせる。
「へえ、クリスらしい!」
喜ぶロザリーの姿に、クリスも嬉しそうに微笑んだ。そして、最後になったクリスも、紙袋を開ける。
「わぁ、可愛い…」
「そいつは、私が選んだやつだ」
そこに入っていたのは、ヒルダが選んだ、真っ赤なリボンだった。だが、一つだけしか入っていなかった。
「でも、どうしよう? 一つしかないんじゃ…」
嬉しい反面、クリスは困ったように眉を顰める。クリスは髪を左右で三つ編みにしていたため、リボンが1個では、髪を束ねられなかった。
悩むクリスに、ヒルダがあっけらかんと告げた。
「なら、お下げ、一つにしちゃえば?」
「え?」
予想外の言葉に、クリスは思わず顔を上げる。だが、ヒルダは名案とばかりになおも言葉を続ける。
「二つだと、あたしと被ってるし」
「あ、いいじゃんそれで。な!」
ヒルダの提案にロザリーも深く考えず頷き、促してくる。両者から詰められ、クリスは一瞬表情を顰める。
「う、うん……」
だが、すぐに愛想笑いのように頷き、リボンを固く握りしめた。
クリスが語った内容に、当のヒルダとロザリーは茫然となる。
確かに、昔そんなやり取りをしたような覚えはあるが、それでも二人には、それが何なのか理解できず、クリスは鼻を鳴らす。
「酷いよね。あの髪形、気に入ってたのに―――」
もう、既に何度も編んで慣れた一つのお下げをどこか、憎々し気に弄る。
「それが今更、何だってんだよ!?」
クリスの意図が分からず、苛立たし気にヒルダが叫ぶと、クリスはさらに眉を吊り上げる。
「それだけじゃない!」
声を荒げるクリスに、ヒルダは思わず怯み、ロザリーは狼狽える。
「ずっとずっと我慢してた。何でも受け入れようとしてきた。あんたたちの我儘も、自分の立ち位置も――友達だと思ってたから……」
3人でつるんでいても、クリスは二人のおまけのような扱いだった。
何かあれば、いつも我慢させられる、いつも貧乏くじを引かされる――幼い頃からの些細な出来事が、クリスの中に積もり積もり、それがアルゼナルの襲撃の一件で、完全に決壊した。
声を荒げたせいか、少し息が乱れるも、すぐに口元が歪む。
「なーんて――分かるわけなんて、ないか。人の気持ちの分からない女と、何も考えてないバカに」
嘲るように見下すクリスからの辛辣な言葉に、ヒルダとロザリーが表情を歪める。
「クリス―――! あたしはっ!」
ロザリーが思わず反論しようとするが、クリスは視界に入っていないように無視し、そして陶酔したように表情が緩む。
「でも…エンブリヲ君は違うよ」
脳裏に浮かぶのは、アルゼナルでの襲撃――爆発によって被弾、大破したパラメイルと共に奈落に落ちたクリス。
虫の息のなか―――ロザリーの言葉を信じていたが、助けは来なかった。このまま死んでいくのかと遠のく意識に、誰かが語りかけてきた。
『可哀想なクリス。裏切られ、踏み躙られ、友達だと思っていたのは君だけだったなんて――』
憐れむように、そして誘うよう語り掛ける声に、既に意識もおぼつかないクリスは、耳をそば立てる。
血を流して、目尻に涙を浮かべながら、瀕死の状態のクリス――いつ事切れてもおかしくない状態の彼女の傍に、歩み寄ってきたエンブリヲが膝をつき、聖者のように微笑む。
『自分を犠牲に、人の輪を大切にしようとする君の心――何と美しく尊いのだろう―――』
エンブリヲが手を翳すと、まるで魔法のようにクリスの頭部から流れていたおびただしい血が止まり――いや、傷自体がまるで最初から無かったかのようにクリスの姿は、修復されていく。
やがて、クリスはゆっくりと意識を覚醒させ、うっすらと眼を開ける。
まだ意識がハッキリしないなか、逆光越しに見上げた先に佇むエンブリヲが微笑む。
『君は尊き存在だ。私と、友達になってくれないか? クリス―――』
それは、甘美な麻薬のように、クリスを侵食していった。クリスは迷うことも躊躇うこともなく、その手を取る。
エンブリヲは、クリスの左手を取ると、絆の証のように、彼女の指に指輪を通す。それが、ラグナメイルという超兵器の起動キーであることを、クリスは歓喜した。
「これが、永遠の友情の証!」
掲げた左手に輝くラグナメイルの指輪を見せつけ、そのまま三つ編みに手を掛けると、それを結んでいたリボンを引きちぎった。
過去への清算と、そして二人に対して決別を宣告するように―――だが、当のヒルダやロザリーは、何とも言えない表情だった。
二人からすれば、憶えてもいないような過去のやり取りを責められたのだろうが、それは立場が違う者から見れば、当然だろう。
「あんたたちは、友達なんかじゃなかったんだ! だから、ここで殺す!」
敵意を剝き出しに、クリスはテオドーラを駆り、真っ直ぐに突っ込んでくる。
呆然となっていたヒルダとロザリーは、慌てて我に返り、回避するも、テオドーラは旋回してビームを狙い撃ってくる。
「くそっ!」
「どわわわわっ!」
ヒルダが舌打ちし、一人事情をまったく理解していないヴィヴィアンも、その猛攻に回避に徹する。
「頼むクリス、あたしの話を!」
ロザリーはそれでも諦めきれずに、説得しようとするが、クリスは聞く耳を持たず、発砲してくる。
その頃―――ミスルギ皇国にほど近い渓谷で待機を命じられたマリカ、メアリー、ノンナ達新兵三人は通信から流れるやり取りに、息を呑んでいた。
「ロザリーお姉さま!」
通信越しではあったが、それでも緊迫したやり取りに、只事ではないと3人は動揺する。そんななか、マリカが決然と顔を上げた。
「あたし達も行こう!」
予想外の言葉に、左右で待機していたメアリーとノンナが眼を見開く。
「マリカ、何言ってるの!?」
「命令は待機だよ!?」
3人に命じられたのは、脱出路の確保と待機――なにより、まだ実戦も経験していない自分達が戦えるのかという不安が、身体を震わせる。
「でも、お姉様が危ない!」
マリカも二人と同じような心持ちだったが、それでも自分達を鍛えてくれたロザリーの危機となれば、見過ごすことはできなかった。
マリカが操縦桿を引き、パラメイルを急加速させ、飛び立つ。
「マリカ!」
「待ってよ!」
その出撃につられるように、メアリーとノンナも機体を発進させ、ミスルギ皇国へと向かうのだった。
その頃―――墜落したアイオーンを置いて、市街地へと移動したセラ達は、なんとか皇国の外縁部まで向かおうとしていた。
アンジュはまだ、調子が戻らないのか、セラに肩を貸されながらぐったりしている。
(このままだと、追手がかかる―――)
ナオミ達はサラマンディーネが抑えてくれているが、それもいつまで保つか分からない上、アイビス達が追ってくる可能性もある。
だが、この状態のアンジュを連れていては、脱出に時間が掛かる。
セラは周囲を警戒しながら、建物の間の路地裏に入り、アンジュをその場に下ろす。アンジュはまだ呼吸が安定しない。
「モモカ、悪いけどなにか移動できる手段を探してきて」
「あ、はい! 車、探してきますね。アンジュリーゼ様は、ここで休んでいてください!」
セラの頼みに、モモカはアンジュを気遣いながら飛び出していく。
あまり気は進まないが、今は仕方ない。モモカのマナでなにか移動手段を確保し、ミスルギ皇国から脱出する。
「はぁ…はぁ……」
アンジュはまだ呼吸が落ち着かないのか、息を乱している。それを見守りながら、セラは不意に感じた違和感に顔を上げた。
(おかしい―――静かすぎる……?)
皇国のほぼ頭上で戦闘が行われているのに、それに影響されたような混乱が起こっていない。少なくとも、『人間』達がパニックになって喧騒が起こってもおかしくないはずなのに、気配すら感じない。
セラは警戒を払いながら、腰に帯刀している雛菊をいつでも取り出せるように構える。刹那、路地裏の奥から気配を感じ、セラが振り返る。
「セラ……?」
その様子に、アンジュは戸惑いながら、視線をセラと同じ先へと向ける。二人が視線を向けた先――そこにいたのは、クマのぬいぐるみを抱えた一人の少女。
だが、その顔は、まるで人形のように能面だった。
『疲れただろう? アンジュ? それに、セラもそう睨まないでくれたまえ』
無表情の口から紡ぎだされた声は、少女が出すとは到底思えない代物であり、そして良く知っている人物のものであった。
「!? エンブリヲ!」
眼を見開き、アンジュは思わず壁を支えに立ち上がった。
『さあ、帰っておいで』
操り人形のように喋る少女の隣にウインドウが開き、そこにはエンブリヲの姿が映っていた。
「マナ――!?」
セラが何かを察した同時に、複数の気配が周囲に突然沸くように現われた。まるで、ゾンビのようにおぼつかない足取りで、人間達が路地裏を囲うように集まってくる。
その顔は、少女と同じくまったくの無表情であり、セラは舌打ちする。
さっきから気配が無いことに困惑していたが、ようやく理解した。エンブリヲは、『マナ』を通して人間を操ることができる。
セラが瞬時に腰の雛菊に手をかけた瞬間、モモカが車を調達して戻ってきた。
「アンジュリーゼ様、お車をお持ちしました!」
「モモカ!」
アンジュが気づくと同時に、セラはアンジュの手を取って、雛菊を抜く。そのまま立ち塞がる人間に向かって、雛菊を振るった。
切り裂かれた肉の切れ目から鮮血が噴き出すが、人間の顔に変化はない。完全に意識を乗っ取られているのを確認するが、さすがに身体はよろめいた。
同情はするが、そのまま強引に突き破り、セラはアンジュをモモカの乗っていた車に押し込むように、乗せた。
そのまま、セラも車内に滑り込むと、声を上げた。
「出して、モモカ!」
「えっ!? は、はい!」
状況が呑み込めなかったものの、セラの尋常でない叫びに反応し、モモカはすぐさま車を発進させた。
モモカの運転で街中を走るなか、モモカは事態の説明を求め、アンジュが先程の状況を伝えると、モモカは驚きの声を上げる。
「さっきの女の子が、エンブリヲさん!?」
皇居で見た男性とはまったく違うのだから、モモカの混乱も当然だろう。
「どういうことですか!?」
「分からないわ…何が何だか……?」
アンジュも困惑を隠せずにいた。だが、それに対してセラが抑揚のない声で応えた。
「マナ―――」
セラの呟きにアンジュが振り向くと、セラは続けた。
「マナは情報伝達のために、意識間で繋がる―――そのネットワークを、エンブリヲが支配できるとしたら」
人間はマナを無条件に受け入れる。言わば、マナを受信できるためにアンテナを常に出しているようなものだ。そして、それを拒むことをしない。
そして、『マナ』はエンブリヲが人間達のために作ったシステム―――ならば、マナを通してすべての人間に己の命令を与えることなど、難しいことではない。
「それじゃ、街の人達は――!」
「操られている――いや、文字通り『人形』にされている、ね」
『マナ』を使える人間はすべて、エンブリヲの思うがまま――この国の人間は、すべて敵になる。そこまで考えて、セラは不意に気づいた。
(マナ―――っ!!?)
そうだ、何故眼前の光景に気づかなかった。
今、眼の前でマナを発露しているのは――――
「モモカ、止め―――!」
「はい? うっ―――」
セラが声を上げた瞬間、モモカは突然金縛りにあったように硬直し、直後首だけを無造作に後方へと向けた。
「モモカ?」
その様子に混乱するアンジュの耳に、聞き覚えのある声が響く。
『忘れたのかね?』
瞳のハイライトが消え、無表情のモモカの傍に、マナのウィンドウが開く。
「エ、エンブリヲ……」
立体ウィンドウに映るエンブリヲの姿に、アンジュが怯えたように身を引き攣らせる。
『この人間達を創り出したのが、誰なのか―――』
セラは舌打ちし、マナのウィンドウに手を伸ばし、突き出した拳がウィンドウを粉々に散らせる。
「えっ…?」
同時に、モモカも正気に戻ったように瞳にハイライトが戻る。
「今、私…」
呆気に取られていたモモカだったが、悲鳴に近いアンジュの叫びが車内に木霊した。
「モモカ、前!」
「えっ?」
「くっ――!」
身を乗り出していたセラが、モモカの手の離したハンドルを強引に切った。
眼前に迫った街灯を直前でかわすも、スピードに乗っていた車は急な旋回に制御を失い、コントロールが効かず、スピンしながらビルの壁に吸い込まれるように激突した。
店の展示ガラスを破壊し、どうにか止まった車のなかで、衝撃に打ち付けた一同は苦悶に呻いた。
「っっ、セラ、モモカ、大丈夫!?」
シートに打ち付けたアンジュが痛みを堪えながら顔を上げると、車はフロント部分が大破し、歪みが運転席付近にまで及び、ガラスが割れ、モモカに降り注いだのか、額から血が流れ、気を失っている。
「――しくじった」
セラは気を失ってはいなかったものの、ぶつかった衝撃で身体を強かに打ち付け、その影響で腹部の傷が再び開き、巻き付けた布に血が滲んでいる。
飛び散ったガラス片で切ったのか、頬に血が流れるも、それを拭い、痛みを堪えながら身を起こし、首を振る。
「出て逃げるわよ」
「え、ええ」
セラは歪んだ扉を蹴って強引に開き、車外に出ると、アンジュの腕を掴んで、強引に引っ張り出す。
「モモカ!」
車外に出たアンジュは、ひしゃげた扉の隙間からなんとかモモカを引きずり出す。セラとアンジュはモモカを肩に左右から担ぐと、引きずりながら外に出ると、息を呑む。
突っ込んだ車の周りに、人間達が群れで集まっていた。
ミスルギ皇国の国民―――老若男女問わず集まって来るが、全員がまるで夢遊病者のようにフラフラとし、瞳からは先程のモモカのようにハイライトが消えている。
『怪我はないかい? セラ、アンジュ?』
身構える前で、人間達の頭上すべてにウィンドウが浮かび、そこにはエンブリヲが映し出されている。
『二人とも、私の下へ帰っておいで』
操り人形と化したミスルギ皇国の人間達を扇動する様は、マナを通して完全に人間を支配していた。
「保険ってわけ―――っ」
創造した人間達が、万が一にでも歯向かわないようにするための『マナ』に仕込まれた、エンブリヲの所業に心底、軽蔑する。
だが、重症のモモカを抱え、セラやアンジュも怪我を負っている以上、正面から突破するのは難しい。
「アンジュ! こっち!」
セラはすぐ傍にあったビルの入口を指し、アンジュは意図を察したのか、頷き、モモカを抱えたまま、三人はビルの中へと逃げ込んでいくのだった。
その頃、ミスルギ皇居上空では、サラマンディーネ達とダイヤモンドローズ騎士団との戦闘が続いていた。
迎撃に出ていたナオミ達3機に対し、途中でクリスが戦線を離脱したため、サラマンディーネ達は数で押し切ろうとしたが、そこへエンブリヲによってコントロールされたヴィルキスが、『ビルキス』となって襲い掛かってきた。
リーファの黄龍號が合流したものの、均衡はよくて拮抗――だが、ここは敵の本拠。今は姿を見せていない残りのラグナメイルが加われば、まず勝ち目はない。
逡巡するサラマンディーネだったが、警告音が響き、ハッと顔を上げるとミネルヴァが急接近し、グラムを振り下ろし、焔龍號がブレードを振り上げて受け止める。
歯噛みするサラマンディーネに、ミネルヴァは鍔迫り合いする刃を支点に、身体を回転させ、強引に弾き飛ばす。
「ぐっ―――!」
歯噛みするサラマンディーネに向かって、ミネルヴァは両翼からウィングビットを脱着させ、飛び立つ3つの飛翔体が先端に光刃を纏い、焔龍號に襲い掛かる。
四方八方からヒットアンドアウェイを仕掛ける飛翔体に、サラマンディーネの焦燥感はますます強まる。
「やはり、今の戦力では―――っ」
端正な顔立ちが歪む。決して侮っていたわけでもない。なにより、今回の目的の最優先事項はセラ達の救出―――アウラを前にして、口惜しくはあるが、ここは退き時だ。
以前、セラに諭された言葉がサラマンディーネの思考を冷静にさせ、これ以上の継戦は不利と判断した。
飛翔体やミネルヴァと距離を取り、ビームライフルで牽制し、間合いを開ける。
「退きますよ、リーファ、カナメ、ナーガ!」
撤退命令に、カナメとナーガは困惑と不満のような声を漏らすも、リーファの顔はウィンドウ越しにサラマンディーネの判断を尊重するかのように苦くなっている。
《姉上――――》
サラマンディーネの苦悩を悟ってか、気遣うようにするも、サラマンディーネは毅然と判断を下す。
「現有戦力での、アウラ奪還は不可能です。一度退いて、体勢を立て直します」
その判断に忸怩たる気持ちで、リーファ達は無言を返す。
ビルキスが一機突貫してくるも、リーファは無言でその軌道を読む。
「あの女が乗っていない機体など――――!」
思わず毒づきながら、突き出された剣を身を捻ってかわし、薙刀をカウンターで叩き込んだ。穂先が頭部を掠め、その衝撃でバイザーにノイズが走り、動きが鈍る。
「はぁぁぁっ!」
追い打ちをかけるように、龍神器のブレードを展開し、大きく振り上げた。
斬撃がビルキスのボディを斬り裂き、ビルキスは爆発に包まれ、吹き飛ばされた。爆煙をまといながら、ビルキスは皇居より離れた方角へと墜とされ、沈黙した。
ビルキスを退けたタイミングで、ミネルヴァが焔龍號と黄龍號にビームを放つ。
「リーファ、しばしその機体を抑えておいてください!」
回避しながら距離を取り、告げるサラマンディーネにリーファは一瞬訝しむも、すぐに応じる。
「承知!」
その言葉を確認すると、サラマンディーネは機体を翻し、皇居へと向かう。眼前に迫る暁ノ御柱に複雑な面持ちになるも、その葛藤を抑え、皇居の頭上に辿り着くと、外部スピーカーで声を発した。
「リィザ、聞こえますか? 大勢を整えるため、一度退きます。あなたも合流するのです」
語り掛けるサラマンディーネの声を、皇居のバルコニーに出たリィザは、忸怩たる面持ちで躊躇う。そんなリィザの葛藤を察してか、サラマンディーネは言葉を続ける。
「貴女に何があったのか、今は訊きません。ですが、多くの仲間を失ったことを悔やんでいるのなら、より多くの仲間を救うため――共に戦いなさい!」
その言葉に、リィザは眼を見開く。
己の不始末と不甲斐なさに打ちのめされていた心に、再び火が灯る。生き恥を晒そうとも、己の役目を果たさんと顔を上げた瞬間、背後で銃声が響いた。
「おとなしく地下牢に戻りなさい、さもなくば、エンブリヲおじさまに折檻してもらいますわよ!」
そこには、同じくバルコニーに出ていたシルヴィアがライフル銃を手に、リィザを睨みつけている。
だが、リィザは恐れるどころか、逆に哀れむように肩を竦める。
「哀れな娘、ジュリオ――あなたの兄を殺したのは、あの男だというのに」
「? な、何を――?」
投げかけられた言葉の意味が理解できず、シルヴィアは困惑し、構えを解く。その隙をつき、リィザは翼を広げ、飛びあがった。
「あ、ま、待ちなさい!」
シルヴィアの制止は虚しく響き、リィザは皇居の上空へと飛び出すと、そこへ飛び込んできたカナメの碧龍號に飛び乗り、リィザを抱えたまま離脱する。
それを守るように龍神器がライフルを放ち、牽制する。カナメが離脱したのを確認すると、サラマンディーネ達も機体を変形させ、一気に戦場を離脱した。
「っ、逃がさない――!」
戦闘空域を高速で離脱していく龍神器を追撃しようとするナオミだったが、そこへエルシャが割り込む。
「深追いはダメよ、ナオミちゃん」
エルシャに制され、ナオミも不満気ながらも追撃を止める。
元々の命令は、セラやアンジュの確保だ。二人が離脱した以上、自分達は暁ノ御柱を守らねばならない。
エルシャは被害を確認しようと、眼下に視線を向ける。
皇居は一部が破損し、周辺にも砲撃の跡が炎を上げている。そこで初めて、自分達の眼下に『何』があったかを思い出した。
皇居の中庭――砲撃が緑の絨毯を抉り、植えられていた木々は熱で轟々と燃えている。その真下――砲撃の着弾した跡地に、小さな影がいくつも横たわっている。
「え……?」
一瞬、見間違いかとエルシャは眼を瞬く。
だが、眼前の光景は変わることなく―――穿たれた跡に、エルシャの子供達が四肢を欠損し、全身を血まみれに染めた無残な状態で散らばっていた。
「あ…あ…―――っっっっっっっっっっっっ」
愕然としていたエルシャは、その『現実』を理解した瞬間―――声にならない慟哭を上げた。
セラ達は逃げ込んだビルの中を必死に逃げていたが、何処へ逃げてもマナに操られた人間達が現われる。
「しつこい――!」
呻き声を上げながら、ゾンビのように向かってくる人間を殴り飛ばし、通路を走っていたが、既に上階へ向かう階段は塞がれており、舌打ちする。
「セラ、こっち――っ」
アンジュが通路の奥にある非常扉を指し、一瞥すると一人の男が向かってくるが、セラは身体を捻り、回転して横殴りに蹴りを叩き入れ、そのまま弾き飛ぶ。
その間に非常扉を開放し、三人は外へと飛び出す。
そこは非常階段になっており、これで降りようかと思ったが、既に先回りされていたのか、階下から無数の人間達が階段を昇って来る。
戻ろうにも通路の奥からも向かってきており、上に逃げるしか選択肢はなかった。
「あ、あの――! 姫様、私さっき―――」
階段を駆け上がる中、モモカが震えるように声を絞り出す。だが、アンジュは前を向いたまま唇を噛み、言葉を呑み込む。
「知らない――っ」
モモカの疑問を封じるように会話を切るアンジュに、モモカはそれ以上何も言えず、最後方で追いかけるセラは表情を曇らせる。
昇るなか、非常階段に通じる扉が開き、そこから人間達が現われる。
『逃げても無駄だよ――アンジュ、セラ』
人間達の前方に開いた無数のウィンドウに、エンブリヲが映り、愉しげに話す。
『賢明な君達のことだ。既に気づいているのだろう? マナを扱う人間達は、私の支配下にある』
その声と共に、階下からも人間達が無数の昇って来る。
セラは確信を得たように、唇を噛む。そう――さっきから、セラ達の行動を把握しているかのごとく、包囲してくる。
それは、こちらの行動が筒抜けになっているということ――なら、その理由は――――セラは、横眼でモモカを見やり、それを肯定するようにエンブリヲは言葉を続けた。
『その侍女が近くにいる限り―――』
「知らないって言ってるでしょっっ」
エンブリヲの言葉を遮るように、前方にいた男を殴り飛ばす。セラも、昇って来る人間達の最前列にいた男に蹴りを叩き入れ、背中向きに倒れ、人間達はバランスを保てず、一気に階段を雪崩を起こして落ちていく。
それを一瞥すると、セラは先頭に飛び出す。
「アンジュ、モモカ!」
セラの誘導に、アンジュも戸惑うモモカの腕を取り、三人はひたすらに階段を上へと駆け上っていった。
どうにかビルの屋上に辿り着き、ドアを開けて屋上庭園へと駆け込むと、奥のベンチに腰掛けるエンブリヲが待っていた。
「やれやれ――強情なことだ、君達は」
読んでいた本を閉じ、嘆息しながら立ち上がる。
歯噛みして睨みつけるが、エンブリヲは意にも返さず、肩を竦める。
「アンジュ――君は、まだ現実から眼を背けるのかね?」
思わぬ一言にアンジュの息が、止まりそうになる。セラが眉を顰めるも、エンブリヲは悠然と歩み寄ろうとする。
「さあ、戻りた―――」
手を差し出そうとした瞬間、上空から砲撃が轟く。
「がはぁっ!!」
銃撃がエンブリヲの身体だけでなく、周辺を破壊し、煙が一帯を覆う。咄嗟に顔を覆うが、そこに声が響いた。
「アンジュ! セラ!!」
上空からタスクの駆る飛行艇が、急降下してくる。
「タスク――!」
「遅くなってすまない!」
着陸した飛行艇から降りるタスクが駆け寄ると、すぐに装着していたゴーグルを脱ぎ、セラに差しだす。
「ヒルダ達が救出に来てる、これで脱出して合流してくれ!」
強引に持たせると、タスクは視線を別の方角へと向ける。視線の先を追うと、テラスの柱の影から無傷のエンブリヲが姿を見せる。
相変わらずの不死身の姿に、アンジュは戦き、セラは舌打ちする。
「ここは俺が時間を稼ぐ―――奴には、俺も因縁がある」
硬い声でタスクは銃を取り、ナイフを握る。眼前に立つのは両親の――そして、仲間達の仇だ。ジルと同じく、タスクもエンブリヲに対して怒りはある。
「やれやれ、つまらぬ横槍だな―――邪魔者を排除しろ」
そんなタスクに悪態をつき、エンブリヲは指を鳴らす。刹那、モモカの身体がビクンと大きく脈打ち、首を落とす。
「モモカ?」
突然、糸が切れた人形のように首を落とすモモカにアンジュが訝しげになった瞬間、セラがハッとした。
「アンジュ、離れろ!」
「え…?」
セラの言葉を理解するよりも早く、モモカがガバっと勢いよく顔を上げる。その瞳は、先程と同じくハイライトが消え、表情は人形のように消えていた。
モモカはだっと駆け出し、アンジュのダイヤモンドローズ騎士団服に取り付けられていたナイフを抜き取り、そのままタスクに襲い掛かった。
「モモカ!? ぐっ――!!」
困惑する間もなく、タスクは反射的に振り払われたナイフを弾き、防御するがモモカは無表情のままナイフを目にも止まらぬ速さで突いてくる。
その動きは明らかに人体の限界を超えており、タスクは反応できず徐々に圧されていく。
「モモカ、やめ―――うあぁっっ」
血飛沫を飛ばすタスクに、アンジュが思わず声を上げようとした瞬間、アンジュは背後から両腕を掴まれ、後ろで固められる。
激痛が身体を襲い、呻くアンジュにセラが振り返ると、一人の人間の女性がアンジュの手首を捻り上げている。
その女性の瞳も、モモカと同じくハイライトが消失している。
「余計な手出しは控えてもらおう――セラ、妙な真似をすれば、アンジュの両腕を折るぐらいのお仕置きはさせてもらうよ」
先手を打たれたことに、セラは歯噛みする。
「フフフ、アンジュ――その女、見覚えがないかね?」
不意に問われた言葉に、痛みに耐えていたアンジュは眉を顰め、背後に視線を向ける。無表情の女性の顔に、最初は戸惑っていたが、やがて記憶が脳裏を過る。
洗礼の儀の前日―――ノーマの赤ん坊と引き離される母親の光景が蘇った瞬間、アンジュは眼を見開いた。
「あ―あ、あ……」
刹那、アンジュは畏れるように顔を引き攣らせ、声が掠れる。
「彼女は君を随分と恨んでいたようでね―――快く、協力してくれたよ」
アンジュの古傷を抉るかのような言葉に、アンジュは痛みと別の傷みに項垂れる。セラは訳が分からずに戸惑うが、アンジュが抵抗しなくなったのを確認し、エンブリヲは視線を戻す。
モモカはタスクを的確に、そして容赦なく攻め立て、タスクは耐えれらなくなってきていた。
「その侍女は、肉体の限界まで身体能力を高めた。無様に死ぬがいい、旧世界のサルが」
侮蔑し、高みの見物と洒落こむエンブリヲの前で、タスクは防御していたナイフを遂に弾き飛ばされ、空いた隙にモモカは飛び上がり、渾身の力を込めて蹴りを叩き入れた。
「がはぁっ」
胸部を重い衝撃が圧し潰し、吐血する。
倒れ伏すタスクに、モモカはナイフを捨て、歩み寄り、タスクに馬乗りになり、両手で首を掴んだ。
「あ、が……ぁ」
凄まじい力がタスクの首を締め上げ、痛みと呼吸ができなくなり、タスクは呻く。
「タスク―――!」
その光景にセラが声を上げ、項垂れていたアンジュも思わず顔を上げ、その光景に衝撃を受ける。
「モモカ、止めて! モモカ―――!!!」
アンジュは眼に涙を浮かべ、悲痛な叫びを上げるが、それをエンブリヲの嘲りが遮る。
「無駄だよ、創造主たる私の命令に、この世界の人間達は抗えない―――君の侍女が、君の仲間を殺す瞬間をよく見ておくんだね」
エンブリヲの哄笑に、セラは歯噛みし、思考を巡らせる。
(どうする? まずは、アンジュを――)
マナがある以上、モモカを正気に戻すのは難しい。なら、強引にでも気絶させ、無力化させる必要がある。
だがそのためには、アンジュを先に開放しなければならない。
そこへ、タスクの苦悶が弱々しくなり、聞こえにくくなってきた。あまり悩む時間はない。アンジュを助けようとした瞬間、俯くアンジュから声が漏れた。
「違う―――」
その小さな声に、セラは思わず動きを止める。
「モモカは…モモカは、私の筆頭侍女!!」
次の瞬間、顔を勢いよく上げたアンジュの眼から涙が零れる。
「眼を覚ましなさい、モモカ! モモカ―――――!!!」
アンジュの切なる叫びが、屋上庭園に木霊する。
その叫びが、無表情だったモモカの瞳に、微かな光を齎した。
「アンジュリーゼ――さ、ま……」
首を絞めていた手から力が抜け、モモカはドクンと身体が大きく脈打ち、その場に崩れた。
その頃――ミスルギ皇国の上空では、ヒルダ達とクリスの戦いが続いていた。ヴィヴィアンのレイザーが、迫るテオドーラに回転ブレードを構える。
「いけ――っ! ブンブン丸!!」
機体を捻って、ブーメラン刃を勢いよく投げ飛ばす。回転しながら飛んでくる刃を、クリスは小さく一瞥し、剣を振り払い、回転刃が弾かれる。
そのままレイザーに突撃し、機体を回転させて蹴りで吹き飛ばす。
「うにゃぁぁぁっ!」
吹き飛ばされたヴィヴィアンが、呻きながらも何とか、体勢を立て直す。
「クリス、つえー」
「くそっ!」
ヴィヴィアンは素直に驚いているが、ロザリーは悔し気に歯噛みする。
ヒルダも、忌々し気に顔を顰める。3機がかりで、互角どころか完全に抑え込まれている。機体性能の差は最初から分かっていたが、それでもヴィヴィアンも含めて3人がかりならどうにかなると思っていたが、クリスの腕がヒルダ達の予想を超えていた。
アルゼナル時代の腕しか知らぬヒルダ達に対し、ラグナメイルに乗ってからの訓練か、それともヒルダ達への怒り故か―――どちらにしろ、このままではジリ貧である。
《ヒルダ、聞こえるか? もうこれ以上、時間をかけるのは無理だ。一度、撤退する》
苛立つヒルダの許に、アウローラにいるゾーラから通信が入る。
「待ってくれ、ゾーラ! まだ、セラ達が―――!?」
セラやアンジュの救出に向かったはずのタスクからの連絡は、先程から途絶えている。脱出したのは確認しているが、合流できたかが分からない。
焦れるヒルダに、ゾーラが声を荒げる。
《ダメだ! これ以上は、危険すぎる! あんた達まで失うわけにはいかないんだ、撤退しな! 命令だよ!》
声色に混じる葛藤―――ゾーラ自身も、クリスの変容に驚き、そして苦悩している。だが、今の彼女はアウローラを統括する身だ。
感情を押し殺し、無言で訴えてくるゾーラに、ヒルダも何も言えなくなる。
「くそっ!」
忌々しげに悪態をつくと、現状を理解したヒルダは、ロザリーとヴィヴィアンに向けて通信を開いた。
「総員撤退! アウローラに帰投する!」
「「りょ、了解!」」
突然の指示に、一瞬戸惑うも、ヴィヴィアンとロザリーはすぐに応じ、三人は機体をフライトモードに変形させると、すぐさま戦闘空域からの離脱を図った。
「逃がさない」
身を翻して脱出を図る姿に、クリスは悩むこともなく追撃する。ヒルダ達は、不規則に蛇行してかく乱しているが、ラグナメイルのセンサーには、そんな小細工は通じず、手に構えるライフルの照準がロザリーの機体に合わさろうとした瞬間――――
「お姉さまーっ!」
突如、上空から別の声が響き、救援のために先行してきたマリカが、機体の機銃を乱射してクリスに向かっていく。
「マリカ!? バカ、何しに来たんだ!」
予想外の事態に、ロザリーが驚きに包まれる。
「お姉さまの援護を!」
そう答え、マリカはそのままクリスに突っ込んでいく。だが、今のクリス相手には、勢いだけでは、どうにもならなかった。
「邪魔!」
クリスは、苛立たし気に吐き捨てると、剣を振りかぶる。そして、そのままマリカの機体に向かって、投擲した。
真っ直ぐに迫る剣が、マリカの眼に映る。だが、思考が硬直してしまい、まともに回避行動も取れなかった。
「マリカ―――!」
ロザリーが悲痛な声を上げた瞬間、横から割り込むように回転する光刃がテオドーラの剣を弾き飛ばし、マリカはそのまま空中を過ぎる。
「!? 何――!?」
邪魔をされたことに、クリスが怒りの視線で、弾いた光刃の軌跡を追う。
回転していたブーメランを、空中で佇む機体が受け止める。桃色の機体装甲を映えさせ、パラメイルとは違うディテールを持つ機体。
「アレは―――!?」
「サラサラさん?」
思わぬ展開に、ヒルダが見上げ、ヴィヴィアンは驚きの声を上げる。
「違います。私はサラマンディーネ様ではありません」
唐突に聞こえてきた抑揚のない声に、ヒルダは面を喰らったが、ヴィヴィアンはさらに驚きに包まれる。
「久遠さんさん!」
眼前の龍神器に乗っていたのは、ドラゴンの世界で出会った久遠であった。
「何なの――っ!?」
予想外の援軍に、クリスは苛立たし気に顔を顰めるが、そこへ銃弾が撃ち込まれ、咄嗟に回避する。
「クリス、てめえ!」
ロザリーが怒りに燃えて、クリスに銃口を向けていた。
クリスは躊躇いもなく、マリカを殺そうとした。もし、久遠による援護が無ければ、最悪命を落としていたかもしれない。
後輩であり、仲間でもあるマリカへの容赦のなさに、ロザリーもクリスにあった迷いが消えた。
ロザリーはハルバートを掴み、テオドーラに突貫をかける。飛び込んでくるグレイブに、クリスも剣を抜き、カウンターで逆に仕留めようとし、身構えた瞬間――――
グレイブとテオドーラの間を、一条の光が過ぎる。
ハッと距離を取り、ヒルダ達も今度は何だと振り向いた瞬間、皇居上空より離脱したサラマンディーネ達が向かってきた。
「あの機体は――!?」
「おおう、今度こそサラサラさん!?」
見覚えのある紅い機体に、傍には先程まで一緒にいた黄龍號の姿もある。
「サラマンディーネです、ヴィヴィアン」
コックピットで、苦笑を零しながら訂正し、サラマンディーネはヒルダ達の許に合流し、テオドーラに対峙する。
「ちぃ――!」
さしものクリスも、多勢に無勢で機体を反転させ、離脱する。その際に、地上に刺さった実剣を回収すると、一目散に暁ノ御柱目掛けて去っていった。
「クリス、待ちやがれ――!」
追撃しようとしたロザリーだったが、その前にヴィヴィアンが機体を割り込ませる。
「ロザリー、どうどう!」
「あたしはウマじゃねえ!」
思わず悪態をつくも、そこへ震えるマリカの声が聞こえてきた。
「お、お姉さま、私は無事です、勝手な真似して、ごめんなさい!」
泣きそうになりながら謝るマリカに、ロザリーもそれ以上言えなくなり、荒ぶっていた心持ちが落ち着く。
だがそれでも、行き場のない怒りから、コンソールを強く叩きつけた。
「とにかく一度退くよ! あんたらも、一緒に来てもらうよ!」
ヒルダの声に、一同は苦く頷き、サラマンディーネ達も応じ、一行はミスルギ皇国から脱出するのだった。
モモカが突然、糸が切れたようにその場に崩れ落ち、エンブリヲは怪訝そうに眉を顰めた。
「バカな――」
呆然となるエンブリヲの隙をつき、セラは駆け出し、アンジュを拘束していた女性の背後に回り込み、肘打ちを脇腹に叩き込み、無表情のまま呻く。
拘束が緩み、浮いた腕を取って、女性をアンジュから引き離し、背負い投げで床に叩きつけた。一瞬、顔が恨みがまし気に歪むが、すぐに意識を失い、その場に沈んだ。
解放されたアンジュは、複雑そうに見たが、頭を振ってすぐにモモカの許へと駆けた。
「モモカ、モモカ! 大丈夫!?」
倒れたモモカを抱き起こし、呼び掛けると、眼が薄っすらと開く。
「ア、アンジュリーゼ様―――」
「モモカ、よかった……」
自我を取り戻したことに安堵し、アンジュは息を吐く。
「タスク、大丈夫?」
「げほっ、ごほっ…な、なんとかね」
遅れて合流したセラがタスクに声を掛けると、咳き込みながら身を起こす。後少し遅ければ、間違いなくあの世逝きだっただけに、肩で息をする。
「ふむ―――想定外だ。なかなかに興味深い」
だが、脅威が去ったわけではない。エンブリヲのやや感心するような言葉に、身構える。
「まさか、『マナ』の命令に反するとは―――面白い状況だが、そろそろ終わりにしようかね」
エンブリヲが指を鳴らすと、屋上へと続くドアから、マナに操られた人間達がゾロゾロと現れる。それに、息を呑む。
モモカはマナの洗脳から解放されたが、自分で動くのもままならない。タスクもダメージが大きく、フラついており、戦えない。
セラはモモカを庇うアンジュの姿を一瞥し、何かを決意したように小さく息を吐いた。
徐に立ち上がり、セラは3人を守るように前に立つ。
「セラ―――?」
その背中が、アンジュの中に既視感を呼び起こす。
「タスク――アンジュとモモカを連れて逃げなさい」
抑揚のない声で背中越しに告げ、アンジュは眼を見開く。
「奴の狙いは私よ―――時間は私が稼ぐ、行きなさい!」
「セラ! ダメ、私は、あなたを―――」
「タスク!!」
アンジュが立ち上がとうとするが、それを遮るかのようなセラの呼び掛けに、タスクは嚙み締めた唇から血が流れる。
だが、セラの背中越しに伝わる想いに、自身の無力さと不甲斐なさに憤りながら、タスクは決然と顔を上げ、気力を振り絞ってアンジュの腕を掴む。
「モモカ」
呼ばれたモモカはその意図を察し、よろめく身体を立ち上がらせる。そして、タスクはアンジュの腕を引き、ふらつくモモカと共に飛行艇の方へと引きずっていく。
「タスク、ダメ! 離して!」
アンジュは必死に抵抗するが、タスクも鬼気迫る面持ちで、アンジュを離さず、そのまま飛行艇に辿り着くと、アンジュを強引に乗せ、すぐに自身も飛び乗る。
「ダメ、ダメ、ダメ―――!」
眼に涙を浮かべながら、抵抗するが、それを抑え込むように、モモカが背中から抱き締める。
「アンジュリーゼ様、アンジュリーゼ様――お赦しください」
必死に宥め、そして自身に言い聞かせるように抱くモモカに、アンジュは口を噤み、タスクは飛行艇を急上昇させる。
「ダメ――!」
高度を上げる中、アンジュに向かってセラは振り返り、苦笑を浮かべる。
「生きなさい―――アンジュ」
あの時と――そして、『母』の最期が重なり、アンジュは涙を零す。
まだ何も伝えていない―――何も、貴方に返せていない―――貴方に謝れていない――――様々な感情がアンジュの情緒をぐちゃぐちゃに掻き混ぜ、アンジュは絶叫する。
「セラ――――――!!!!」
伸ばした手は虚しく、飛行艇は急加速で離脱していった。
それを見送ると、セラはキッと視線を強め、前へと振り向く。もう、溢れんばかりの人間達が取り囲んでいる。
「―――随分と余裕ね」
今の状況でも、タスク達を止めようと思えば止められた。だが、敢えて見逃したことに、思わず言葉が出た。
「どうとでもなる――まずは、君から確保させてもらうとしよう」
「生憎――私は、そう安い女じゃないわよ」
腰から雛菊を抜いた瞬間、人間達が襲い掛かってきた。セラはその中へ飛び込み、雛菊を振り上げた。
刃が人間の身体を斬り裂き、鮮血が舞い散る。無表情のまま、倒れるのを一瞥し、すぐに振りかぶり、蹴りで叩き伏せ、左手に鞘を持ち、相手へと叩きつける。
次々と駆逐していき、死屍累々の山が出来上がるが、セラは苦悶を浮かべる。
数が多い――なんとか囲みを突破できればと思ったが、人数が多すぎる。加えて、脇腹の痛みが思考を蝕んでくる。
既に巻いていたサラシも血で滲み、真っ赤になっている。一瞬でも気を抜けば、そのまま意識を失ってしまいそうだ。
だがそれでも、簡単に沈むわけにはいかない。アンジュ達がせめて、安全圏まで脱出できる時間を稼がなくてはならない。
人間の中に、棒などの武器を構えて同時に襲い掛かってくるのを、セラは雛菊と鞘で受け止めるが、隙ができた背中にもう一人が向かってくる。
「っ!」
マズイと歯噛みした瞬間、間に一人の影が割り込んだ。
大柄な影が自分を守り、相手が持っていたナイフが腹に突き刺さり、血が滲む。
「ぐっ、マ、マナよ!」
傷に苦悶を浮かべながらも、マナの光を掲げ、その衝撃で男が吹き飛び、倒れる。だが、その男もその場に膝をつき、セラは眼前の相手を弾き、一方を斬りつけ、もう一方を殴り飛ばすと、自身を庇った男の許に駆け寄る。
「大丈―――あなた……」
苦悶に呻く男の横顔に、セラの眼が驚愕に染まる。容貌は変わっていたが、それでもその面影は残っている。
「ミスルギ皇帝―――」
あの母親の部屋で見た写真の男――ミスルギ皇国の皇帝にして、セラの父である『ジュライ・飛鳥・ミスルギ』だった。
あまりの予想外の人物に、セラは思わず呆然となるが、男――ジュライは苦い面持ちで顔を上げ、セラを見やる。
「無事、か―――?」
何と答えればいいのだろう――沈黙するセラに、ジュライは穏やかに笑う。
「大きく――大きくなった……」
目元に涙が浮かび、感慨深くなる男だったが、そこへエンブリヲの声が割り込む。
「これは驚きだ―――どうやってここまで来れた?」
皇居地下の牢獄に幽閉していたはずのジュライが、姿を現したことに眉を顰める。だが、ジュライは答えず、エンブリヲを睨みつける。
皇居上空での激しい戦闘の影響が、地下にまで及び、天井が崩れ、隙間ができたのだ。それを使い、地下牢獄から脱出ができた。
この場所が分かったのは、ジュライもハッキリとは分からない。ただの『カン』と言ってしまえばそうだが、それをわざわざ説明してやる必要もない。
ジュライは、徐に懐から取り出した懐中時計をセラの手に握らせる。困惑するセラを他所に、ジュライは弱っている身体に鞭打ち、立ち上がらせる。傷だけでなく、長い幽閉で筋力も落ちているが、気力を奮い立たせ、セラを守るように立ち塞がる。
「あなた―――何を…?」
セラは戸惑い、心が波打つ。ジュライは振り返り、慈しむように表情を変える。そして、徐に手を翳し―――
「マナよ!」
光が満ち、セラを覆うように光の球体が形成される。息を呑むセラに、ジュライは静かに語り掛ける。
「生きろ、セラフィーナ―――我が娘よ、生きるのだ!」
ジュライの想いを乗せるように、マナの球体がセラを包んだまま浮上し、彼方へと弾かれるように飛んでいく。
セラが眼を見開き、ジュライを見る。だが、声が出ない―――ただ、遠ざかるジュライの姿だけが瞼に焼き付く。
離れていくセラの姿に、ジュライは満足気に微笑む。
「私は幸せだよ―――最期に、もう会うことはないと思っていた娘の成長した姿を見ることができた」
ジュライの脳裏に、バラバラになってしまった家族が過ぎる。今思えば、自分にも何かができたかもしれない。
伴侶を亡くし、息子は自ら家族を裏切って死に、そして娘達は過酷な道へと追いやってしまった。
自身の罪は、万死をもってしても償いきれるものではない。
「セラフィーナ――アンジュリーゼ……お前達の苦しみも悲しみも、すべてこの父の責任だ。赦してくれ―――」
その懺悔は誰に聞こえるともなく、虚空に霧散し、ジュライは決然と顔を上げる。
「マナよ!!」
最期のマナ――突如、エンブリヲの背後にエアバイクが飛び上がる。それが猛スピードでエンブリヲに体当たりする。
「がはっ!」
反応が遅れたエンブリヲが血を吐き出しながら、真っ直ぐにジュライに向かってくる。既に人間達に組み付かれ、身動きが取れない中、ジュライは唯一動く左手で、懐に忍ばせていた爆弾を掲げる。
エアバイクの加速で巻き込まれて向かってくるエンブリヲがジュライに激突した瞬間、ビルの屋上すべてを吹き飛ばすほどの眩い閃光と爆発が、包み込んだ。
タスクが操縦する飛行艇が、全速力でミスルギ皇国から離脱する中―――アンジュは抵抗を続けていたが、背後に閃光が瞬き、ハッと振り返る。
自身が脱出した場所が―――『セラ』が独り残ったビル周辺に、白い閃光が満ち、大きな爆発が立ち昇る。
それに眼にした瞬間、アンジュは喉が裂けんばかりの絶叫と慟哭を上げ、意識を手放した。
大変長らくお待たせいたしました。
第二部ラスト、ようやく書き終わりました。
前話から一年以上空いてしまい、モチベがなかなか上がらず、本当に毎日1行前後ちまちま書いていました。
これでようやく第二部が終わり、次回から最終章に入ります。
最後までのプロットはできているので、気長にお待ちください。
モチベや励みになりますので、感想等よろしくお願いします。
次に書くのはどれがいいですか?
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クロスアンジュだよ
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BLOOD-Cによろしく
-
今更ながらのプリキュアの続き