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お姉さま、祐巳さま。
そう思い浮かべると、じんわりと心が温かくなる。
私にとって、祥子さまと違い、お姉さまは特別過ぎるのかもしれない。お姉さまは夏休みのように、わくわくも新しい何かを抱かせる期待に満ちている。対して祥子さまは、冬休みで、クリスマスやお正月を馳せながらも私には厳かな気持ちの方が強い。改まる気持ちと取り繕わないで良い気持ち、それが祥子さまとお姉さまである祐巳さまの違い。
今だってこんなにも気持ちは憂鬱ですもの。
この“財”全体会議には祥子さまを喜ばせるような内容は一向に上がってこないから。
祥子さまが注意を何処かに向ける前に、私は深く溜息を吐き、気になる点を箇条にして指摘を各幹部に伝えていく。
「こんなもので報告しようなんて、どうかしてると何故思わなかったんです?早急に満足させる以上のものを上げなさい。」
最後にそう締めくくり、進行に視線を送り散会の合図を出す。進行は祥子さまに伺い立てを行う。祥子さまは頷き、合意している。
幹部たちは恐縮し、挨拶もそこそこに祥子さまを喜ばそうと仕事に戻っていく。
「瞳子ちゃん、後で私の執務室に。」
簡潔に祥子さまは言うけれど、今日は確かA国の誰かと会食ではなかったか?
「お時間はよろしいのでしょうか?私は品質管理並びに水準検査の予定しか入っておりませんけど」
暗に訊ねてみせる。祥子さまは今日初めて、少し笑い答える。
「ええ、晩餐には少し遅いぐらいだから大丈夫よ。警備管理局が居ない席には座りたくないそうよ?」
冗談とも本当のこととも捉えにくいことを仰るものだから、少し笑うに止める。
「では、14時にお伺いさせて頂きます。粗方の報告書が出来上がってるでしょうし」
そう伝え、私は自分の執務室に帰る。
去り際、「来訪モニタに録音規制願いを出してちょうだい。よろしくて?」問いであるのに関わらず言い残して行かれた。
間々ある事だけれど、多分、あの人のことだと分かっている。祥子さまが私と共有しないルートで得た情報。私も祥子さまと共有しないルートはある。お互い信じ合ってないのではなく、信用信頼する為にこの独自ルートは必要だからだ。腹の探り合いなんて見苦しい。
腹の探り合いは、“法”、“力”、“宗教”とのやり取りでしかしたくないものだ。
思考しながら次の管理庁含む公式決定会議に向けての報告書をモニタに並べつつ、漂わす。タッチペンで重要、優先などを分類し、祥子さまの目に必ず留めておかなければならないものを纏めておく。
私にも期日や完成度は厳しい、それは変わらない。“財”最高責任者であり、小笠原祥子の名を汚す存在が“財”ポリシーに居てはならない。
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14時、1分前に来訪モニタをタッチし、端末を認証にし読み込ませる。
時間には正確さを、しかし余裕と優雅さが欠如するのが何より私も祥子さまも嫌い。
ドアが開くのは1分過ぎた辺りになるように。
「お待たせしまして申し訳ございません。」
そう優雅に、毅然と松平瞳子の仮面で微笑む。対する祥子さまも小笠原祥子であり、“財”最高責任者の顔で応える。
「構わないわ、急にごめんなさいね。紅茶でよくて?」
ドリンクタンクから生粋濃縮ポーションを出して、セットする。
「祥子さま自ら、有り難うございます。」
丁寧に伝え、切り出しまでの一連のやり取りをする。録音規制願いを出させるとは、開示義務書類が回って来ても差し替えが容易に出来るように。だから、前置きに時間を掛ける。
「いいのよ、ここは私の執務室なのだから。ところで」
一旦切り、私の前と祥子さま自身の前にカップを置き、席に座る。私は座りながら礼をし、居ずまいを正す。
「噂、信用性がないのが常なんだけれど。これはどうも、尾鰭が付きつつも原型が留まり過ぎてる話があるの」
なかなか切り出さない。迷いがある、そこにはこんな世界になってから見てきた顔ではない気がする。
「どういったものでしょうか?」
慎重に先を進めてみる。私も噂レベルだがと前置きがあった情報は手にしている。
「あの子がここに帰ってきた、と。死人を引き連れて。」
ああ、やはり。
「祥子さまも耳にされてましたか...だとすると...」
噂ではないかもしれない、そう考えると鈍い衝撃が走る。仮面がずれるのが分かる。
「瞳子ちゃんも、聞いていたのね...今のところ、管理庁の三局と“財”ポリシーでしか確認されてないわ。でも、時間の問題ね。サングラスなどで隠していても目立ち過ぎる恰好よ、あの子は何を考えてるのかしら」
複雑な感情のままに言う祥子さまは、こうなる前の祥子さまで完全に私も仮面が剥がれる。
「そうですわね...再会に動きますか、それとも」
気持ちは再会だと分かってる。だが、公式決定会議の直前であり“財”最高責任者と補佐が派手に動けば他が騒がしくなる。動く死人、それが本当で噂の通りならば、“力”の総統が喜びそうなものだ。いや、“法”の代表すら名目を使うだろう。“宗教”の指導者も動くに違いない。
「見つけ次第、追わせてはいるのだけれど...人ごみに紛れるのが上手いらしくね。かくれんぼをするよりも私たちに見つけ出されるよりも刺激的なことが待ち受けてるのをわかってるのかしら」
溜息は少女のようだが、多分私も似たようなものだろう。
こんな世界になり、ごくごく初期に当時の三薔薇で集まり議論になり袂を分かった。
仕方がないことだった。
江利子さまはあんなことが有ったし、聖さまは酷く疲れていた。蓉子さまは無秩序化した世界に憂いを、だから、三人は当時の妹たちを引き連れ立ち上がった。今では巨大派閥に至るまでになるそのポリシーを持って。
だけれど、その頃は争いではなく只のコミュニティを形成し、情報のやり取りは交わしていた。それが、何かのもう分からないきっかけで争うことになり、絶えずした。第一次冷戦時にはかなりのポリシーが融合され、集団形態が大きくなり幹部を作り出すまでになった。そこでまた、争い。
祥子さまと令さまはそれがきっかけだったかもしれない、意志を示しだし内乱に発展しかけそうになった。江利子さま、蓉子さまは寸でのところで年上の対応をそれぞれし、収めたが。
令さまは蓉子さまに付き、祥子さまは自分でポリシーを掲げて立ち上がった。
私は、境遇からの経験とこの世界に変わってからを見、祥子さまに付いて行くことを選んだ。間に挟まれてしまったのは祐巳さま、お姉さまだった。ご自身の考えから蓉子さまに従うのが良い、そう仰っていた。でも、祥子さまはお姉さまで大いに悩んでいただろう。蓉子さまも祥子さまも焦らさなかったし、優しかったからこそ、それが負担になったのかと今では思う。当時の私は只、突き放すのが優しさだと信じていた。
ある日、殺気立った“力”と“宗教”が鉢合わせになってしまい、聖さまと志摩子さまに危害が及びそうになるところを乃梨子が庇い、亡くなった。私は、親友を失くした。山百合会で切磋琢磨をし、喜怒哀楽を見せ合い、袂を分かっても何処かで信頼をしていた親友が、居なくなったのだ。
それから秩序が再度無くなり、混乱の最中にお姉さまが姿を消した。
“力”も“法”も“財”も“宗教”もその報せに、鎮静化した。間違って殺めたのではないか。そう考え、分別付く遺体を確認させたが見つからない。いつしか、お姉さまは禁句になってしまった。何故、禁句になったのかは思い出せない。第二次冷戦はお姉さまがきっかけだったが、戦いを再開するきっかけもお姉さまだったからかもしれない。
私と祥子さまは今日までずっと、密かに探してきた。
嬉しい反面、複雑な感情がある。私も祥子さまもこうしてこんな世界だからこそ、上に立ってしまったからこそ、お姉さまが見つかれば今度は閉じ込めてしまうだろう。ここまでの期間が永続的に感じられて、一息つくことすら忘れていたのだから。私は、唯一の親友すら失くしたのだ。
だから、逃げないように何処にも行かないように。
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警備管理局の中庭では、局長が作物に水をやっていた。そこにフードを被り、サングラスをした女が近付く。
「やあ、どうしたんだい?君はタブーであり、皆の人気者なんだから気を付けないと」
爽やかさがかえって鼻に付く笑顔のままに、そう言われ顔を顰める女。
「あなたにはきちんとご挨拶を、と思いまして。」
顰めた顔を元に戻して言えば、局長は水やりの手を止める。
「なんのだい?悪いことは言わない、“財”のペットになるか、誰にも今後姿を見せないでいい場所に引きこもってなさい」
そう言い終わるとトマトをもぎ取り、渡す。
「純粋な食物で、有機栽培だ。もう久しいだろう?あげるよ、お食べ」
記憶通りに女に笑い掛けて、塩を用意する。
「君はポリシーを持たないのがポリシーだったね。いや、待てよ。『笑顔』だったかな?」
局長は自分のトマトにも塩を掛けて食べる。
「さあ?忘れました。随分昔のことなので。」
トマトに噛り付き、噛み締めるように味わう。
「そうかな?まあ、僕からの警告は出したよ。」
ヘタを地面に落として女は肥料になるように足で埋めていく。局長の声は届かないかのように。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
そう言い、歩き出す。男は笑みを深くし、水やりを再開させながら聞こえるように言う。
「ああ、またおいで。君は僕にとっても大切なお姫様の一人だからね」
女は肩を竦めて夕闇と共に消えていく。
その背中が見えなくなるまで、なってからも局長は見ていた。
そして、空を見上げて自嘲気味に笑いを溢した。警備管理局の建物から部下がやって来る気配が近くなり、いつもの表情に戻った。
ややこしい設定なので、ここでいろいろ出してます。
が、待兼山自身がわからん!となれば設定資料を作成すると思います。