/
バランスが崩れたとかこの世界なってしまった当初は良く言われたけど、私に言わせて貰えばこうなるのが決まってたのよ。誰もが抑えられた〝何か〟に辟易して、何かを建て前や言い訳にして解放したかったのよ。繰り返されてきたこと。
だから、“力”が全て。総てで統べるべきなのよ。
私のポリシーに居る子たちは持て余しながらも術がないからこうして、私に頭を垂れる。親衛隊はそんな子たちが暴走しないようにしてるみたいだけど。
“法”の蓉子、“宗教”の聖、もう過去の彼方にしか見えない場所で肩を並べた。
ただ、毎日がマンネリしていて、でも、愛しかった日々。
いつか、思い出す日にはこんな日があったわね。と、言い合えたらと蓉子が言っていたっけ。聖がそれを聞いて、過程すっ飛ばすとかどうよ?って私に真面目に聞いてきて笑った。
もう帰って来ない日々だろう。
私らしくない、こんな縁側も風情も、もう無い場所で似合わない考えに浸るなんて。
そう考えているとモニタに来訪サインが点る。
私がこうしてここに居るのを分かってるのはこのポリシーでは一人だけ。
「いいわよ、入って。」
解除も何もかも、私の音声で可能にした。管理庁が推奨するシステムは詰まらない。
「総統、たまには会議に出席してください。志気が下がれば、全体の士気に関わります。」
会議なんて詰まらない、どうせ次の公式決定会議だかに上げるモノを皆で見ましょう。なんだから。
「ねえ、ところで。“財”に紛れ込ませた子からの報告なんだけど、知ってる?」
途端に黙り込む。そういう反応は、なかなかどうして。今日の気分を上がるのが分かる。
「...総統。動きは今のところ、“財”エリアと共有エリア、管理庁管轄でしか。」
うん、言葉を選んでるみたいだけど、知ってたみたいね。
「どうして伝えてくれなかったの?あなたなら、私が何処にいるか分かってたでしょう」
優しく、甘味を与えるように。
「すみません。噂の域を少し出たものでしたし、公式決定会議前に“財”と不穏当な関係になれば江利子さまの顔に泥を塗るかと思いまして」
この子はいつだって気遣いを添えてくる。この世界になってからは特に、名前で私を呼ぶところなんて私という人間への敬意。でも、鞭は与えないとね。飴はさっきあげたし。
「そう。でも、怠った事に変わりはないわよね?次の公式決定会議の報告書全般、纏めてね。私は確認しないから、よろしく」
/
崩れたビル、見知った町並み、暴徒化した、毎朝挨拶していた人、誰もかれも何もかも崩壊した。
必死に守ってくれた父と兄たち。
母は私の代わりのように...何が起こってるのか最初、理解も認識も出来なくて。
自分が生きる、何を足台にしてでも、積み重ねても生き残るだけを考えて行動してる人間の皮を被った肉食獣。
動物の方がましだと、父が目の前で殺されてから思った。
兄三人に守られ、茫然と潜んで暮らした。
ふいに浮かんだのは、蓉子、聖、令、由乃ちゃん、祥子、志摩子、祐巳ちゃんの顔だった。
蓉子はこの無秩序化した、統制のない景色に大いに嘆くだろうか。
聖はこんな剥き出しにした、人間の本能に何を感じてるだろうか。
令は、由乃ちゃんを守ってやれてるだろうか。そして、私を想ってるだろうか。あの子に意地悪な質問を投げた日を思い起こしてしまう。由乃ちゃんが居る前で、『私と由乃ちゃんしか救えない状況だったら、令、あなたならどうする?』
祥子はどうしてるだろう。祐巳ちゃんを探してるのか。
志摩子は、神に祈ってるだろうか。この救いのない世界に慈悲を求めて。
祐巳ちゃん。ああ、祐巳ちゃんは祥子の助けを得られたのか。あの妹によってかもしれない。
現実逃避をしてると咆哮が聞こえて、兄の一人が無残にも切り裂かれた。二人の兄が私を守りつつ、抵抗と闘いを繰り返し。繰り返して、繰り返して、もう動かなくなった。
欲望をぶつけられて、気が付けば組み敷かれ、痛みの渦にいた。どれくらいだろうか、時間の感覚が麻痺してたから分からない。
兄らの前で、無造作に優しさもなく何処かの場所で。
日が昇り、夜が来、月や星がこんなにも綺麗だと状況にそぐわないまま感動し、朝日が眩しく感じられ、どれくらい経っただろう。
人間という獣が何かを叫び、崩れ落ちた。
何が起きたのか思い、考える前に聖と蓉子の顔が私に流れ込んできた。
多分、狂ったように笑うなり泣くなりすれば良かったのだと思う。
私はいつも通りに、振る舞ってた。令が、止めを刺して駆け寄ってきた令が悲しそうにしていた。本当に、優しい子だ。
祥子の家が経営していた会社の営業所がしばらくの隠れ蓑になった。
祐巳ちゃんだけが必死に火を起こしたり、私が入れるように水を汲んでた来たのか準備をしていた。
祥子も志摩子も由乃ちゃんも、その妹たちも蹲ったり項垂れたりで絶望が感じられた。そこは暗かったから、余計に。
祐巳ちゃんは弟のように髪を切り、顔や首筋には何かで何かを描かれていた。そして、腕には包帯と滲む赤。
『江利子さま、お湯まではいきませんけど...これがタオルで着替えです』
蓉子が皆に何かを言ってる。私は聞きたくなくなり、お礼も言わずに仕切りが立てられた向こうに入った。
また、祐巳ちゃんが仕切りの向こうから声を掛けてくる。もう一つの影は蓉子?
返事もしないで居ると蓉子が無遠慮に入ってきた。
『何か、要るものある?祐巳ちゃんが調達してくるって』
私の肩から沸かされたお湯を水で割った適温をかけてくる。正直、触られたくなかった。居なくなりたかった。
『祐巳ちゃんが?どうして、令たちじゃないの』
気遣いが怖くて、震えそうな身体を必死に質問で誤魔化す。
『...こうなってから、親御さんが集団に加入したの。だから、私たちは再会できたの。』
ああ、集団で動く利点はそれだと悟った。でも、私たちは祐巳ちゃんによって生かされてる?
『祐巳ちゃん、大丈夫なの...?』
訊ねると蓉子は、手を完全に止めた。顔を見れば、睫毛が微かに震えてる。
『...帰ってくる度、夜はその集団の場所に帰るんだけど、怪我が増えてる...』
歯切れの悪い口調には、隠された事がある。
『もう行きますね。一度戻らないと、ばれると厄介なので』
気が付くと祐巳ちゃんがそぐわない笑顔で立って居た。横には、聖が悔しそうに歪めた顔で。
その日、祐巳ちゃんは帰って来なかった。
令と蓉子が祐巳ちゃんが調達した缶詰やレトルトを温めて食事を出してきた。
祐巳ちゃんが戻って来たのは次の日の夕方で、片足を引きずり唇が切れていた。
疲弊した私たちにはすぐに理解出来ず、眺めていた。
両手いっぱいの食糧と生活用品の入った、壊れたカート。
それでも笑っていた、リリアンでの頃のように。
良く見れば腕の包帯は真新しい赤は濡れ、元の赤が泥とで汚く変色していた。
『どうして...もう帰らずに、ここに居なさい...』
祥子が初めて喋った。瞳子ちゃんも、目を伏せて静かに泣いてる。志摩子も由乃ちゃんも、皆何故どうしてと。
聞こえなかったふりをして祐巳ちゃんは何やら、動き出した。令に食糧を渡し、志摩子や蓉子に生活用品の説明をし終わると祥子と瞳子ちゃんの側に行った。
そして、丸くなり睡眠をとりだした。
『祐巳ちゃん、何も言わないんです。その集団のことも、どうしてあんなに怪我をしてるのかも』
令が食糧の日付や保管の仕方を確認しながら言う。
『祐巳さんは笑うか眠るか、動くかしかしないのよ。』
由乃ちゃんが歯痒さを押し出しながら、起こさないように気遣いながらの言葉は、もう嫌だと語ってもいた。
起きた祐巳ちゃんは誰もが止める中、また出て行った。
聖に祥子、瞳子ちゃんが力で止めようとしていたが、無駄だった。
日付の感覚が失われていたが、夜が五回、朝日が六回、確認したその日に祐巳ちゃんは帰ってきた。騒がしい声を引き連れて。
令と聖が外を確認出来る場所から見やり、私たちは声を聞いていた。
由乃ちゃんと祥子は耳を塞ぎ、かたかたと瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんは震え、志摩子はぶつぶつと何かを言っていた。
そして、暴発音。
男の叫び、女の悲鳴。
これがきっかけにして、私は“力”に拘った。
母を父を、兄たちを救えたはずのものも“力”。
弱ければ何もかも下敷きになる。
ならば、力を得れば、誰もが頭を垂れ、靴を喜んで舐める。
そう、それが鳥居江利子の再生なのだ。
/
鬱蒼とした木々の自然と出来るままに開けた、獣道の途中で女性三人は座っていた。
この世界になっても、見上げる人々を嘲笑うかのような煌々とした光りを放つ様を張り付けた、裂けた笑みで見つめながら。
「ねえ、_ちゃん。星は何を照らしてるのかな。」
話しかけられた女性は、裂けた笑みを出す女性を愛おしそうに見つめながら発しようとする。
「ううん、気にしないで。お姉さま方は元気かな?会えるといいね、_ちゃん」
どの女性に向けられた言葉か分からないまま、裂けた笑みの女性は立ち上がりながら更に笑みを深くし、歩き出す。
従う二人の女性は青白く濁っても見える瞳を一心に、その女性に向けていた。
そこに感情の余地を微塵も感じさせずに、一心さは何故だか感じさせて。
裂けた笑みの女性はアヴェ・マリアの旋律をハミングさせて、
「あそこの道をまっすぐ行ったら、今日の終わりを決めようか。ここで野宿か、歩き通すか。」
楽しげに二人に伝えて、少し歩調を上げる。
そのまま、背丈ぐらいの草に覆い隠れていく。