「やあ、キョン君」
とある休日の昼過ぎ。外から帰ったキョンを待ち受けていたのは緑色の髪を膝まで伸ばした女性。
「姉さん、今日はどうしたんだ?」
キョンの姉、谷口 鶴屋(たにぐち 鶴屋)である。
読者の諸君、君達の言いたいことは分かるぞ。だが仕方がないんだ。鶴屋さんの名前が分からないんだっ。
「つれないねぇ。うちの夫が昨日から開発室に籠もっちゃったから、遊びに来たのさっ」
鶴屋の夫とは、彼女の名字でもって分かるように、WAWAWAである。彼は谷口商店の店主で、何か閃くと店を閉め、研究室に閉じ籠もるのだ。
「あいつはまた碌でもない物を作ってるのか」
「まあ、そんな事よりキョン君、ちょっと……」
そう言い、キョンに手招きをする。
「キョン君も隅に置けないねぇ」
「一体何のことだ?」
「またまた惚けちゃって。一昨日、隣街の駅前で綺麗な女の人と待ち合わせをしてたでしょ?」
「ばかっ!そういう話を家でするな……って……」
キョンの目の前、鶴屋さんの後ろの扉の所に立っていたのは、
「大丈夫だって。涼子ちゃんは今、買い物に行ってる、って、どうしたの、さ?……」
キョンの視線を追って振り向いた先には、
「……キョン君」
買い物袋を下に落とした涼子が立っていた。二人の顔が青ざめる。
「そんな…、キョン君が他の女の人と……」
キッチンへ歩いていく涼子。
気付かれないように音を立てずに逃走を試みるキョン。
「キョン君っ」
涼子に呼び止められてピクリと止まるキョン。逃走は失敗した。
「何でしょう?……」
キョンはギギギッっと振り返る。彼の目に映った涼子の右手には包丁が握られていた。
「キョン君が他の人に取られるんだったら……」
涼子の目には涙が溜まっていた。そして……、
「死んで、キョン君っ」
そう言い、包丁を構えてキョンに突っ込んでいった。
「ちょ、それはマズイって、うぉぉぉぉぉ……」
「涼子ちゃん、落ち着いてっ」
心当たりはある。だが、それは取引先の方を迎えに行った時のことだろう。あの時は、よもやこんな事になるとは思ってもいなかった。
「にょろーん」
そう呟くのは、キョンに説教を受け、今も正座させられてる鶴屋である。キョンと涼子はというと、ソファーに並んで座っている。
「ねえ、キョン君は私のこと好き?」
キョンの方に頭を預ける涼子が言う。
「ああ……」
そう答えるキョンはぐったりしている。
あの後、事情を説明し、涼子への愛を十数分間説き続け、事無きを得た。
部屋に扉を開ける音が響く。
「キョン、遂に出来たぞっ」
入って来たのは、目の下に隈を作り、手には傘を持った谷口であった。
「おお、鶴屋もここに居たか。いいか、よく見ろ」
そう言い、手に持っていた傘を広げた。その傘はまるでざるの様に穴が開いていた。
「風が強い日に傘を差すと、風に飛ばされたり傘が壊れる事がよくあるだろ?だが、この傘なら大丈夫。穴から風が抜けていくから、風なんてへっちゃらだっ!!鶴屋っ、今から店を開けるぞ。それじゃあ、邪魔したな、キョン」
谷口は鶴屋を連れて帰って行った。キョンは更に疲れた顔をするのだった。
姉さん、絶対に嫁ぎ先間違えてるよ、と心の中で呟くのだった。
「キョン君……」
涼子はキョンの頭を抱いた。
「やっと二人きりですね……」
谷口「なぜ売れん…」
谷口商店の倉庫。積み上げられたダンボールに手を掛けて項垂れる谷口の姿があった。