涼子と結婚して、生まれたハルヒも今年、小学校に入学した。
そして今、涼子のお腹には新しい子が宿っている。
ハルヒが特異な性格になった事を除けば、生活は順風満帆だった。
そんな日の事である。
「あわわっ、出口を間違えてしまいました!!」
俺は突然開いた机の引き出しに突き飛ばされ、床に背を着けている。何事かと机を見ると、引き出しの中からハルヒと同じ位の歳の女の子が顔を覗かせていた。
「あ、あの……ごめんなさいっ」
そう言い残して、女の子は引き出しの中に戻って行く。
「……あれ?動かない!?」
中を覗いてみると、四畳程の板に乗り、数本のレバーといくつものスイッチを涙目で弄る先程の少女が居た。
「で、君の名前は?」
「……朝比奈みくるです」
俺の問いに少女は答えた。
俺達は今、居間のテーブルを挟んで向かい合っている。
みくると名乗った少女は落ち込んでいて、座ってから全く顔を上げていない。
「あれは何なんだ?」
今度はみくるが出て来た机を指し、尋ねた。
「……タイムマシーンです」
先程と同じ調子で彼女は答える。
「ということは、みくるちゃんは未来人って事なのか?」
「……はい」
タイムマシーンでやって来た未来人が机の引き出しから飛び出してくる。お前は二十二世紀の猫型ロボットかと突っ込みたい衝動を俺はぐっと押さえる。
「それじゃあ、この時代に来た目的は?」
「……禁則事項です」
ここに来て、初めてみくるは回答を拒否した。
「この時代に何があるんだ?」
「……禁則事項です」
核心に踏み込もうとすると、みくるはそう言ってはぐらかす。
俺が大した情報を手に入れられないでいると、廊下から玄関のドアが開く音が聞こえてきた。
「ただいま」
続いて買い物に出かけていた涼子の声と、こちらへ走って向かってくる足音が耳に届く。
「帰ったわよ、キョン」
勢いよく扉を開け放ち、元気よくそう言ったのは黒髪セミロングに凛とした琥珀色の瞳をした我が娘、ハルヒである。
「扉はもっと静かに開けろ。そして父さんをキョンと呼ぶなっ」
もう何度目になるだろうか。我が家にて定番となっているこの言葉をハルヒに言い放つ。そんな俺の言葉をいつもの事ながら聞き流し、彼女が注目するのは先程まで俺と話していた少女、みくるである。
「何、この可愛いのっ?」
「ふぇ?」
ハルヒは勢いよくみくるに抱きつき、俺に問う。だが、こいつは俺の答えを聞かずに言葉を発した。
「もしかして、キョンの隠し子?」
彼女の止まらない好奇心が生んだこの一言がとんでもない事態に繋がる。
ガサッとビニール袋の落ちる音が聞こえ、そちらに視線を向けると、呆然と立ち尽くす涼子の姿があった。
「……隠し子……キョン君に隠し子………キョン君の影に女…………女……」
ゆらっとどこかに行った涼子。
「おい……涼子?」
俺は恐る恐る声を掛けるが、彼女の足は止まらなかった。
「ねえ、キョン……。お母さんどうしたの?」
戸惑いながらハルヒが尋ねるが、俺だってこんなの初めてだ。二人して戸惑っていると、涼子が戻ってきた。……右手に包丁を持って。
「死んで、キョン君っ」
彼女は切先を俺に向け、肉薄する。
「ま、待てっ……それはシャレにならn……って、うおっ……」
刃を避け、涼子を説得し、みくるの事を説明する。何分たったのだろうか。それを確認する余裕がないほど、俺は疲弊していた。
「何だ……そうだったの。それならもっと早く言ってくれれば良いのに……」
恥ずかしそうに身を小さくする涼子。
「そうよね。キョン君が私を裏切るはずがないものね」
彼女はそう言って、俺にしな垂れかかってくる。普段ならここで腕を回すものだが、今の俺にそんな余裕は残ってなかった。
「あの……」
声を発したのはみくる。みくるは未だに震えながらしがみついているハルヒを抱きしめながら、あやす様に彼女の頭を撫でていた。
「あまり驚かないんですね。キョンさんも先程から冷静ですし……」
彼女の疑問は最もだ。異常なのは慌てずに未来から来た来客の対応をしている。
「まあ、涼子は宇宙人でな。それ絡みで色々慣れた」
「宇宙人……」
俺の回答にみくるは何やら考え始め、意を決して俺達に頭を下げる。
「あのっ、私をこの家に置いて下さい!!」
こうして、みくるは家の娘となった。
年を聞くと、ハルヒより一つだった。
ハルヒも彼女の事をえらく気に入ってるが、ハルヒの態度は姉が出来ても相変わらずである。
こうして、我が家に暗黙の了解が生まれた。
一家一同(涼子を除く)「お母さんの前でお父さんと女の人の話をしない」