プロローグ
魔法、呪術―――それらが再び勢力を取り戻した日本において、この物語は始まる。
日本において、陰陽術が再び発達した現代。
陰陽術を駆使する家の元締めである土御門家は、没落してしまったものの、今もまだ影響力は残している。土御門の支流である倉橋などの家を含めて、それらの家を“旧家”と呼び、新しく土御門の影響下に入った神成、佐竹、真榊などのことを“新家”と呼ぶ。
江戸時代末期、日本において問題になっていたのは、“霊災”と呼ばれる現象だった。江戸幕府は土御門を保護、陰陽寮の復活とともに、陰陽師の育成機関の設立を推奨し、開国への流れ、学制の発布とともにその流れは強くなっていった。
霊災とは、人間たちの住む人間界とは少し違う、霊界と呼ばれる場所に住む者たちのこと。言い換えるならば、八百万の神であり、妖怪であり、精霊である。
彼らが人間界に現れる際に、彼らの体を構成する霊気は爆発的に膨張する。その余波が霊災という形で現れてしまうのだ。霊獣を祓うのはとてもではないが、ほとんどできないと言っていいことである。通常は、霊獣そのものではなく、霊獣が起こしてしまった霊災―――そもそもの影響を与える霊気の塊を散らすという形で、祓魔を行う。
200年ほど前、大規模な霊災が起き、日本全国が甚大な被害を受けた。時を同じくして外国も同じように被害を受けているのだが、政府間はこれについて何かの関連性を見いだせず、すべては内に秘められた。
それ以来、日本だけにとどまらず、世界のどこかで毎日のように霊災が起きている―――。
いったい誰が望んだというのだろうか。
いったい誰がこの状況を笑っていられるというのだろうか。
その答えを持っているのは、簡単な話―――
「また行くのか」
「楽しそうだから」
とめるものはない。ただ己の思うが儘に進んでいくだけだ。
なぜならば彼らは、人の姿こそしているが、中身はもとより人ではなく。
「ああ、また来るよ―――今度は誰だろうね」
彼らは口々に言う。
待ちわびる。新たな犠牲者ともいうべき存在を。彼らはただ待っているのだ。
己らを受け入れてくれる存在を。己をその心に受け止めてくれる存在がほしいのは、人も物の怪も変わらないようだ。
「きっとあの子が来る」
「きっとあの子は来る」
「「あのお方を連れてやってくる」」
小さく笑った青年と屈強な男。
彼らは廃墟と化したような街並みで、青い空を見上げた。
彼らは歌う。
人の歌を
霊獣の歌を
狭間の歌を
力の歌を。