日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第9話 龍鬼の宴

 

龍鬼とは何か?

それについての資料は一切流れていない。祓魔庁ではなく、陰陽局の厳重な管理下にある情報である。しかも、この情報自体は、1級免許の所持者以上でなければ見ることができない。そしてその許可を出すのは陰陽局となっているが、実際は影山家に許可権は握られている状態だ。

そうなった原因は、先の世界大戦である。

龍鬼、それすなわち、鬼と龍の複合霊獣。だが、鬼と龍がまぐわうことはまずない。ならばどうするのか。簡単な話だ、人間を仲介すればいい。人間に取り憑いた鬼か龍に、龍か鬼がさらに取り憑けばいいのだ。これは主に生成りのことを言っている。

しかし龍の生成りというのは極端に数が少ない。鬼の生成りも相当数が少ないが、それ以上に少なくなってくる。つまり、龍の生成りから龍鬼になる可能性自体は極端に低いのである。よって、必然的に龍よりは数のいる鬼の生成りが龍鬼の媒体として選ばれることになる。

この龍鬼、基本的に現在、『日本のオニと日本の龍』の複合霊獣という扱いになっている。これが指すところは、要は海外の鬼と竜、すなわち、オーガやゴブリンとドラゴンでも似たものが出来上がるということなのである。しかし圧倒的にその希少性と保持霊力量が海外のモノを上回ってしまう日本の龍鬼。同じものとして呼ぶことができないという判断のもと、海外のものに関しては霊獣名が存在していない。日本のものはただ、龍鬼と呼ばれる。

そして、戦争兵器として投入されたのには、彼らを作る条件を人為的に整えることができるという理由があったからである。

中途半端な、龍鬼になれなかったものでも、相手を壊滅に追い込むためだけならば使える。人道的な考えなど持ち合わせているはずがない。生成りは霊災と何が違うのか、一般人にわかるわけがないのだから。軍の上層部に陰陽師たちがたくさんいたならばまだ話は変わっていただろうが、初期の帝国軍に陰陽師は少なかった。そのため、人工的に龍鬼を作れという命令が影山家には下ってしまった。影山家は逆らえなかった。戦争には負けられない。敗北は許されない。教会のエクソシストに見つかれば影山家は皆殺しにあってしまう。その当時の影山家は赤ん坊と嫁いできた嫁ぐらいしか生成りでないものがいなかったからである。負けたらとんでもないことになっていただろう。

家の存続もかかってしまい、影山家の当主は慌てたのだろう。しかし、その時鬼の生成りは極端に数が少なかった。なぜなら、戦争中は、諦めることを努めようとしても諦めきれない、なんて感情のループに陥ることはまずないのである。これでは鬼の生成りは生まれない。霊災の発生件数も極端に減っていた。生成りの数は、影山家にいるもののほかに2,3人全国にいればいい方だっただろう。

その状況で龍鬼を作れなどと言われても、無理な話である。

影山家は努力はした、しかし龍鬼というのは別に100パーセントできるものではない。

野良猫が5匹ほど子猫を産んだとしよう。その中で大人になるものは何匹になるのか。これだけは言える、5匹ともちゃんと育つ確率は100パーセント未満である。むしろ、食べ物がなければ最悪一番小さいものが食べられるかもしれない。そうでなくても、単に餓死したり、病気になったり、犬に襲われたり、車に轢かれもするだろう。

生成りが龍鬼になれるかどうかは本人の意志の強さと鬼との相性と、最後の、龍との相性で決まる。意志が弱ければ鬼に堕ちきって死ぬだけ。鬼との相性が悪ければ鬼堕ちして終わり。龍との相性が悪ければ、多少自分の意志をもって行動のできる鬼に堕ちるだけだ。

要は、鬼の生成りは鬼にしかならないということだ。

軍部はそれをどうにも取り違えていたらしい。

ともかく、日本は敗戦国になった。影山家はもともとあまり表に立っていなかったこともあり、追求からは逃れきった。

逆に土御門は散々叩かれる羽目になり、藤堂家に頼らざるを得なくなってしまって今に至る。

 

 

 

 

 

現在龍鬼の数は11体。そのうちの2体が影山家にいたはずだ。

折哉はそう思いつつ、赤い文字の書かれた呪符を取り出した。

「紫陽花丸」

「はい」

すとん、とそこに降り立ったのは、朱里とアレンのよく知る人物だった。青紫の髪は腰まで伸びており、瞳は淡紅色。

「「四片姉さん!?」」

「やっほー」

四片はにこっと笑って手を振った。

そして、折哉と同じ方を向き、ギリギリと音を鳴らし、小さめの牙と、龍の角を持つ姿に変わる。

「…霊獣だったの…?」

朱里の小さな声に、四片はうなずいた。

冬士の手を引いて正純が少し朱里から離れた。

「…冬士、耐える必要はない。 お前を支えてくれる鬼がいる。 大丈夫だ」

正純は冬士を安心させるように言った。冬士はうなずく。ヘッドバンドを外して、制服の上着を脱いだ。

正純が封印を解きはじめる。

「…すごい霊圧ですね」

四片が小さく言った。折哉はああ、と小さくうなずいた。

「そんなにすごいの、これ?」

「…お前と朱里には、龍の結界が張ってあるな。 土御門の龍か」

「…春樹ちゃん、ね…」

アレンは辺りを見回した。この状況ならば春樹たちがいてもおかしくはない。

「!」

朱里は笛の音を聞いた。

「朱里?」

「…博雅の笛だ」

朱里は辺りを見回す。まったくこんな道のド真ん中で自分たちも何をしているのかと思ってしまうが、そこで優雅に笛を吹く博雅は、ここでもっともこの状況に似合わず、しかし最も重要な人物であった。

「…」

朱里の脳裏に、博雅が合宿の時に行っていた言葉が甦る。

―――身近で何かが―――

博雅の身近。そこにもうとっくに冬士が含まれていたことに、なんとなく、朱里は、古典で名を見てきた源博雅という人物の人となりを垣間見た気がした。

「やれ、間に追うたわい」

「ああ」

スーツを着崩した男と、ワイシャツとスラックス姿の青年が現れた。見紛う筈もなく、彼らだった。

「…蘆屋道満…」

「安倍清明殿も…」

冬士がふわりと微笑んだ。

「飛燕殿も」

清明の隣に現れた少女は、唐衣が元になったのだろうとわかる赤い、現代風のスカートにデザインし直されたような浴衣を着ていた。

「先日はご無礼をはたらきました。 お許しを」

「畏まるなよ、あんたの方が大先輩なんだぜ?」

冬士はそう言って手を伸ばす。飛燕がそれに応えて地面に降りてくる。冬士の手を握り、正純を見る。

「…礼を言う、清明の子孫」

「…私の息子みたいなものですから」

正純はそう言って、ゆっくりと冬士から離れた。その瞬間、冬士がどす黒い鬼気を纏った。

「ッ…!!」

冬士の表情が微かに苦痛に歪む。飛燕が手を握りこんだ。

「任せるがいい。 大丈夫だ」

飛燕の言葉に、冬士は微かにうなずいた。

ふっと、何かが増えたのが朱里にはわかった。何かがものすごい速度で近づいて来ている。これが龍鬼か、そう思うような容姿のものが2人。

龍の角と鬼の牙をもった少年が2人。

「疾風、鶍…」

龍冴が儀式を終えてやってくる。

「来ちゃった」

「冬士ちゃん苦しそう」

「暴れられる?」

「暴れちゃだめ! 街が壊れるよー」

疾風と鶍は口々に言う。冬士の纏う鬼気の量がまた増える。

「!?」

「ったく、先代がここにいなくてどうすんのさ、じいちゃん!」

龍冴は悪態を吐いた。

正純が咳込みつつ離れていく。

「鬼に耐性の無いやつ全員離れてろ。 龍鬼の宴に巻き込まれるぞ」

龍冴はそう言いつつ結界を丁寧に一枚張り上げた。折哉はアレンと朱里をゆすったが、すぐに動けたのはアレンだけだった。

「朱里、行くよ!」

「…」

「朱里!」

「アレン無駄だ、影山は朱里を選んだ」

折哉の言葉にアレンは驚いた。

「影山はそんなこと…!」

「親と引き離されていた生成りってのは、女になつきやすい。 影山分家の子供が拉致られたって話はこっちではかなり有名だったんだが」

「知らないよそんな他人の情報!」

アレンはそう叫び、冬士を睨んだ。冬士のぼんやりした視線にぶち当たる。冬士がニタリと笑う。凶悪な表情といえばわかりやすいが、それでもさまになるから本当に冬士の顔はタチが悪いとアレンは思った。

「やめろアレン、お前だと殺される可能性が出てくる」

「なんで」

「そこそこ強いからだ。 鬼ってのは強くて使えるやつなら問答無用で食い散らかしに来る。 影山は龍鬼だが、鬼が極端に強い」

「ちょっと待って。 本当に影山って龍鬼なの」

「これだけ龍鬼が出てきているんだから間違いないな。 …夏芽は来ていないようだがな」

「…もういい、わかんない」

アレンは理解するのをあきらめる。鬼気の渦に呑まれそうで、冷静に思考で来ているかどうかすらも怪しい状態だ。折哉についてその場を離れる。朱里を最後まで気にしながら。

 

 

 

龍鬼の宴。

別に、酒飲みとかそんなのは必要ない。

必要なのは、鬼の気と龍の気、それと少しの他の生き物の血肉。

鶍がそこを飛び去ろうとする鳥の首をあっさりとはねた。

「鳩って食べれるっけ」

「冬士ちゃん食べれないよ」

「こら、まだ冬士に血の味を覚えさせるんじゃねえやい!」

龍冴に叱られて鶍と疾風ははあい、と気の無い返事をする。龍冴は冬士に近付いた。

「気分は?」

「…ぁ…オ、レ…?」

「ああ」

龍冴は冬士の返事をゆっくりと待つ。静かに、昌次郎が近づいて来ていた。

「…気分は、最悪」

冬士はそう言って立ち上がる。

「暴れたいか?」

「…できれば。 あと、なんだよ、これ」

「お前の中の紫鬼をお前が1人で抑えられた理由ってところだ。 誰もお前の魂を人間じゃないなんて言いやしねえさ」

「…言ってくれれば楽になれるのに」

「そりゃお前の命日用にとっといてやるから安心しろ、口の減らねえクソガキめ」

「るせぇよ引退しろくたばり損ないのクソジジイ」

冬士の口調にいつもの調子が戻ってくる。龍冴はほっとしたように冬士の頭を撫でた。

「あとはそこのデカブツの血肉で我慢しろ」

「今の俺には馳走だな」

「ハ、マジで口の減らねえクソガキじゃねえか」

昌次郎が声をかける。冬士の目にぎらついた獰猛な獣のような光が宿る。

「いいねえその眼! ハハ! 今にも人間を殺したくて喰いたくてたまらねえって顔してるぜオイ」

「昌次郎、煽ってんじゃねえ。 マジで人食いになっちまう」

「大丈夫ですって。 それにこの程度で人食いになってたら―――」

昌次郎は冬士の目の前に立つ。180センチはある冬士よりも背が高い。それはそうだ、蓮道昌次郎、この男、193センチの巨漢である。細身ではあるが、霊力量は冬士とは比べるべくもなく昌次郎の方が上。そんな相手に挑むほど冬士の鬼たちは馬鹿ではない。

「―――もうとっくに土御門やウチの姪っ子食い散らかしてる頃だもんなぁ?」

昌次郎は冬士の首に手をかける。ぎゅ、少しばかり力を込める。冬士は苦しげな表情は一切見せなかった。昌次郎は掌から霊気をゆっくりと放出し冬士になじませていく。混気体質であることを凶とするか吉とするか。あっさりとなじんでいく霊気。

冬士の姿が一気に“龍鬼”に転じた。

「…ヒュウ、こりゃまた―――」

 

「―――ずいぶんな上玉よ」

「非の打ちどころのない出で立ちだな」

道満と清明が言った。博雅はぼんやりと清明の隣に歩を進める。

「博雅、久しぶりだな」

「清明、俺はまだ状況がよくわかっていないよ」

「博雅はわからずとも感じ取ることができる」

清明のフォローになっていないフォローに博雅は苦笑した。

「ヒヒヒ、アレが酒吞童子と茨木童子が見染めた鬼っ子の姿か。 よいものが見れたわ」

「道満殿、ちゃんと育つまで待ってやってくださいませ。 貴方はすぐに龍鬼を潰してしまわれる」

「分かっておる、此度は待つとしよう。 なんせ、“初物”じゃ」

道満はそう言って指を組む。

「“解”」

ぱしゅん、と小さな音がした。氷がすぐに道満の右手を切り裂いた。

「おう、おう。 獰猛じゃな」

「戯れもほどほどにしてくだされ、道摩法師!」

博雅が声を上げた。

「術をお解きになられたのはわかります。 しかし冬士の人生を弄り倒すことを宣言なさるのはいかがかと!」

「ヒヒヒ、これくらいはわかるようになったかよ」

道満はからからと渇いた笑い声を上げて、すっと姿を消す。

「…まったく…」

「諦めろ、博雅。 俺も道満も似たようなものだ」

清明は立ち上がる。

「飛燕、その子と十分に遊んできなさい」

「はい」

飛燕が振り返った。清明は博雅に微かに微笑みかけて姿を消した。

 

 

 

冬士の纏っていた鬼気が龍の気と混じり合っている。

「…こりゃとんでもないモンになったな、冬士」

「…まだ強くなれんのか、これ?」

「雑魚が鍛えても強くなるっつーの。 とんだダイナマイトだぜこれ…」

龍冴は息を吐いた。こんな危なっかしいモノを昌次郎に任せるというのが気が引けているのだ。孫を単に任せるということよりもよっぽど恐ろしい。1人で大陸を消し飛ばすくらいの力は持っているんじゃなかろうかと思うほどの霊圧を放っているのである。

「冬士、噛みつけるか?」

「…」

「いてえなクソ、いきなり噛むんじゃねえよ」

昌次郎の首筋に問答無用で噛みついた冬士だった。

「テメエに遠慮はいらねえだろう?」

「ケッ、可愛げがねえな」

「16歳で180センチに可愛げなんざ求める方がどうかしてるぜ」

昌次郎の皮膚は破れて血が流れ出した。冬士は昌次郎の血を舐め取る。

千夏の時とはやり方が違う。千夏の時は単に重石の役割を果たすだけだった。

昌次郎と結んだこの契約は、昌次郎が基本的に霊力を供給してくれる形になる。その分、昌次郎から受ける制限も多くなるが、この男が何かを制限してくるとは思えない冬士だった。そう感じているからこの男を選んだのだろうということは、嫌でもわかる。

冬士を見る大人の目は5パターンだ。

見た目が綺麗だからといって抱くの抱かれるのというのを強制するもの。生成りだからといって穢れたものを見る目で見るもの。同情してくる、そんな振りをする、何もしないできない偽善者。喧嘩をしている者同士の、興味本位によって冬士に声をかけるもの。そして、同情もするし温かい目を向けてくれて、何もできなくても隣に立っていようとするもの。

昌次郎はおそらく、4番目に当たる。前半の3つは大嫌いだが、後半の2つはそうでもない。

冬士はうっすらと笑みを浮かべた。

「忠誠を誓えなんざ言わねえよ。 テメーはテメーのままでいろ」

「…ハ、条件最悪だぜクソ野郎」

―――なあ、愛すべき元御主人様。

冬士は千夏の方を見ようとして、やめた。

これから千夏と冬士の間には距離が生まれる。それを少しでも埋める努力を、この主人はしてはくれないだろうな、などと思い、その時はおとなしく朱里たちにでも頼ってみようと思った冬士だった。

 

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