浮気するなって話ですね←
倉橋学園に、後夜祭であるとかそういったものは、無い。
が、その日の夕食の学食が閉まっており、出店ですべて調達することになるのが通達されている。
勇子はいろいろと食品類を買いあさって教室へと向かう。終了までは時間があるが、片付けは今夜中である。
寮生ばかりであるため、消灯時間までに片付けを終えなくてはならない。
勇子たちのところでは、細々した小道具類のほとんどを演劇部から拝借しているため、そこに返しに行けばいい。
勇子は大喰の生成たちに対して大量に買い込んだ食品を届けるために教室に戻ってきた形だったのだが、そこで頭を抱えることになった。
「ちょっと……何よこれ」
「あ、神成さん!」
やっと戻ってきた、とクラスメイトから言われてしまえば勇子は苦笑して教室の中央へ向かう他無い。食品は戻って来ていた犬護に預けた。
「どうしたのよ、これ」
「勇子」
春樹がもたついている。勇子を見つけてぱあっと表情を明るくした。
勇子の視界には、朱里、アレン、冬士、そして、女装した――いわゆる、男の娘がいた。
男は陽の気を、女は陰の気を纏っているのが常であり、冬士のようなイレギュラーでない限りは、陽の気を纏った女など、女装しているに決まっているのだ。
勇子の目は騙されるほど練度も低くはないので余計に。
「神成」
「ちょっと、何、何があったコレ」
何で冬士からこんなに怒気が漏れている?
勇子はアレンを睨みつけた。
「俺のせいかよ!?」
「当たり前だろ、お前がこいつらの予定を知らなかったのが悪い! 大体、こんな怒らせて! これ冬士じゃないわよ!」
何でこんなことになってんのよ、という意味を込めて勇子は冬士を見た。冬士は肩を軽くすくめた。
「俺もよく分からん」
「何言われたのよ……」
朱里がこいつは、と言って男の娘を勇子に紹介した。
「真白叶。俺の中学の同期だ」
「……狂信的な朱里ちゃん信者って彼のこと?」
「……ああ、まあ」
狂信的かどうかは置いとくけどな、と言いつつ朱里はそっと場所を勇子に譲った。勇子は真白と向き合った。
「……私は神成勇子。真白さん、初めまして」
「真白叶です。以後お見知りおきを」
真白はそう言って、すっと目を細めた。
「……何を言ったのか、でしたね」
「ええ。なんだって本物の鬼をこんなに怒らせていらっしゃるんですか? あなたは呪術の一端をかじった人間であると聞き及んでおりますが」
「逆鱗に触れてしまったらしいのです」
少しばかり目を伏せがちに言った真白を、勇子は内心せせら嗤った。
「それで?」
「……自制の効かない力は使うなと、申しました。朱里様を巻き込むなんて言語道断ですので」
勇子は声を上げた。
「アレンお前か――ッ!!」
「こんなことになるとか思ってなかったんだって!!」
アレンが慌てて言葉を返した。
「てめーは一度免許返上した方がいいんじゃねえか? させてやるぞ、生成を暴走させたら陰陽免許全剝奪の上地下牢行きだったな?」
冬士がごく真面目な表情で淡々と言い放つが、口端が上がっている。言うほど彼は怒っていないらしい。むしろ中身が怒り心頭のようで、怒気がますます強まっているのだが。
「ちょ、やめ、どちら様――ッ!?」
「制御が効かないならいっそ堕としてしまえ、そして鬼に成れ、そんでもってムカつく陰陽師どもを皆殺しにしろと叫んでいる人斬りがいるな」
「紅蓮かよ!?」
くつくつと笑う冬士は実に楽しげである。
勇子はハアと息を吐いた。
「もう、真白さん、あまり鬼は怒らせないようになさってください。冬士だから何とかなってますけれど、他の生成だと襲い掛かってますよ」
「その時は逃げますので」
「いや、朱里ちゃん死ぬし。信者なら朱里ちゃん巻き込む要素をすべて排除しろよ」
「なんで朱里様が巻き込まれるんですか」
アレンが蒼褪めた。ははん、と冬士が小さく笑った。
「アレン。お前、朱里が言霊使いとしての訓練積んだの、教えてなかったんだな」
「あーッ、言うんじゃねーッ!!」
「えっ……アレン、何それちょっと、聞いてないんだけど!?」
真白がアレンに詰め寄った。
「影山の鬼ッ!!」
「影山の鬼ですが何か」
「そこじゃない。そこじゃない!!」
冬士から怒気が消えていく。クラスメイト達は平常運転に戻るために片付けを始めた。勇子は皆に指示を出す。
「皆は片付けをしてくれるかしら。私たちはこのアホどもの話聞いてくるわ。わからないところは千夏と春樹の指示で動いて。犬護はそれキープよろしく」
「はーい」
全員がさっさと動き出し、勇子たちは廊下に移動した。
「……まったく、あのねー。真白って言ったわね。あなた、あんまりにも短絡的すぎる」
「……うん、まあ。はい」
勇子に睨まれた真白は小さくうなずく。
勇子は分かっていた。
そもそも、なぜ彼のような、呪術をかじっているはずの者が倉橋に来ていないのか。
「どうやって抜けてたのかは知らないのだけれど。――で、鋼山先生に捕まったのね?」
「うん。もう、ね。うん」
困ったように表情を歪めた真白に冬士は小さく息を吐いた。
「抜けてたお前が悪いだろ。普通はお前みたいなのは佐竹か真榊に捕まって使い潰されるぞ」
冬士は静かに事実を述べる。真榊というと思い出してしまうこともある。勇子はちらりと教室の方を見た。
千夏が勇子と目を合わせた。そして、小さく笑った。
「……ま、土御門は知ってたみたいね」
「マジか」
「千夏の反応がそれっぽい」
勇子はそう言って、朱里を見やった。朱里は小さくうなずいた。
「えっ、ちょ、俺知らない!」
「アレンには言うなって、折也兄さんは言ってた」
アレンだとすぐに知らせると思ったのだろう。そんな予測を立てて勇子は笑んだ。
「ま、いいわ。今度からよろしく、ってことになるかしら。どのクラスかは知らないけれどね」
さ、片付けしましょ、と優子は言った。もう皆解散したはずなのに真白だけが校内に残っている状況である。
「叶、今日はどうするんだ」
「入寮までは仮部屋で過ごせって言われてるよ」
じゃあここで別れなくちゃな、と朱里に言われ、真白は小さくうなずいた。
朱里は真白を見送り、はたと気が付いた。
「勇子、ここの制服の色って意味あったよな?」
「あるよ」
「あいつ改造すると思う」
「生徒会にしょっ引かれるわよ」
ブクマ、コメントありがとうございます。