日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第10話 春の日

「早めに帰るから」

まるでちょっといってきます的なノリでこんなセリフを言っているのは勇子だ。

「…これ、絶対にはずすなよ」

冬士がすっとペンダントを勇子に渡す。

「あら。 何、私用に結界?」

「リフレクターもついてるからな。 もしものためだ」

「冬士オカン~」

「…」

茶化して笑っても、冬士から帰ってくるのは真面目な表情と真剣さと冷たさを孕んだ眼光だけ。茶化していられる話ではない。

勇子と大輔は、船島から、大輔が“龍鬼”という強力な霊獣になる可能性を示された。

 

 

 

「龍鬼は自然に発生するのがすごく難しい霊獣として有名だ」

船島は遠い目をして言った。

「人工的に作ってた家があったみたいだが、今はもう作ってないな。 自然発生は今までに1体しかいないが、人工発生は8体いる。 そのうち2体は自然発生型だったが、龍鬼になるには時間がかかる。 それを待ちきれなくて殺しちまったら、人工発生型の完成ってわけだ」

船島から提供されるのは断片的な情報だが、蓮司が理由を説明してくれた。

「一般に龍鬼の情報は公開されていない。 …太平洋戦争で兵器として使われたことがあってね、それ以来実験情報も龍鬼に関する資料も一切、土御門の許可から外れた独立したとある家がすべて管理している。 これ以上の情報は準1級か第1級にならないと閲覧禁止事項だ」

そうまでして隠し通さねばならないほど強力な代物に、大輔が成ってしまうかもしれないなどといきなり言われてもよくわからない。

「…でも、何で俺だけなんだ? 冬士も条件は同じだ」

「ああ…いや、冬士の方は鬼で終わりだろ。 龍鬼ってのは龍の気の方が強いやつしか知らねえ。 鬼の気がこんだけ占めてんのに冬士が龍鬼になるとは思えねえわ」

船島の見解はそうなのである。

勇子と大輔は、大輔に押し付けられていたらしい卵から孵った“小竜”と一度季節をすべて回って、護法式として使えるようにしてから帰還するということになったのだった。

 

 

 

 

 

記憶が断片的すぎて、何かに謀られている感じがする。

 

冬士はそんな小さな不安を胸に抱いたまま、人間界へと転移した。

 

人間程度の霊気量のものは、転移したとしてもそう大きな霊気の乱れが発生しない。そのため、通常転移霊災と呼ばれるのは大規模なものに限る。冬士たちは8人というそれなりに大人数で転移したため転移霊災という形になったようであるが。

 

 

冬士が目を開けるとそこは、よく知った場所―――祓魔庁陰陽局本部の裏の敷地だった。

「冬士っ!!」

大きな声で冬士の名を呼んだのは、黒髪の毛先が赤い少年―――千夏であった。

千夏は冬士に勢いよく飛びつき、冬士はそんな千夏を受け止めた。

「馬鹿馬鹿馬鹿ぁッ…!! どんだけ心配したと思ってんだよぉッ…!」

「…悪かったな、千夏」

冬士は千夏の頭を軽く撫でる。冬士の身長は180センチ弱あるため、千夏は173センチといっても小さく見える。傍から見れば兄弟に見えないこともない。しかし、2人の関係はもっと踏み込んだものである。

「千夏様、冬士君」

「康哉さん」

冬士は早足で近付いてきた男に礼をした。

男の名は、千陣谷康哉。咲哉の父であり、陰陽局局長という重大ポストに鎮座している人物である。

「咲哉たちはもう大丈夫なんですか?」

「ああ。 君と御影殿が張ってくれた結界のおかげで、咲哉、本条御園君及び三好正則君、湯島令子さんは霊獣化の影響は認められないとのことだ。 あとは冬士君だけだよ」

康哉の優しい声音と、差しのべられた手に、冬士は小さく苦笑いをこぼした。

 

 

「―――これは…鬼化が進んでいるな…」

その言葉を聞いた千夏は真っ青になった。冬士はやっぱりか、とその程度の反応しか示さなかったが。

「親父、大丈夫だよな…?」

千夏は診断を下した陰陽医に詰め寄った。

「…絶対とは言えないが、まだ大丈夫だ。 鬼に呑まれているわけでもないし、冬士の意識ははっきりしている」

黒く短い髪と黒い瞳を持つこの男は、土御門正純。千夏の父親である。

「ただ、少し封印を強化しないといけない」

「…そんなことしたら、冬士がまた動けなくなっちまうんじゃねえの?」

「ああ、だが…これは、ちょっとまずいことになった」

冬士が正純を見る。正純の腕は超のつく一流だ。冬士はもちろん、大輔も正純に絶対の信頼を置いている。

その正純がまずいというのだから、そうとうまずいという判断である。

「…親父、どうしたんだよ…」

「…冬士、千夏。 お前ら、これがばれたら今まで以上に狙われることになる」

「「!!」」

2人の目が見開かれた。

「…これ以上まずいことになるっていうのかよ…?」

「…冬士、お前は今まで以上に周りに敵が増えることになるかもしれない。 そのカバーの為に封印を強化したい。 そう御影に伝えてくれ」

「…はい」

正純は立ち上がる。近くを通ったオレンジ色の髪の男に声をかけた。

「蓮道、封印室の使用許可をくれ」

「…いいっスよ」

男は鍵を正純に放って寄越した。正純は千夏と冬士に頷いて、封印室へと向かった。

 

 

 

 

それは、春の日のことだった。




読んでいただきありがとうございます。
これにて第1章を完結とさせていただきます。伏線張りすぎてわかりにくいです、すいません…!
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