日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第3話 逃走

 

食堂からクラスにたくさんの生徒が戻ってきた。5時限目が始まる10分前だ。

生徒たちが教室に入ると、そこには何やら慌てた様子の勇子と千夏と春樹がいた。

「土御門君、生成りコンビはどこ行った」

1人が春樹に問うと、春樹は皆の方を振り返って叫んだ。

「それが、わからないんだ…! 急に足元が光って、目を閉じたらもう…!」

千夏と勇子は袖をたくし上げて腕に刻まれた刻印をあらわにした。

「?」

「2人とも、それは!」

「春樹、ちょっと黙ってて。 たぶん狙いは冬士だ。 まあ、冬士はいいとしても、大輔に手を出されるのは避けたい」

「ふざけんなよ勇子、冬士が優先だろ。 大輔は闇先生に任せとこうぜ」

「冬士こそ龍使いの爺様の鬼がついてるじゃないの」

勇子と千夏の腕にそれぞれ、青い刻印がある。それはとても単純なもの。

勇子の腕には“九字(ドーマン)”。千夏の腕には“五芒星(セーマン)”があった。

「…それ、もしかして…あいつら、お前らの式神だったのかよ!?」

「まあ、な」

「先に言えよ! 暴走すると怖いとか思ってただけだったのに!! 暴走する心配なかったのかよ!」

 

九字と五芒星。現代陰陽術でも代表格の2つのシンボルだが、体にこれを刻印している者は、現在は『生成り用封術式』と呼ばれる特殊な封印術で生成りの霊獣を封印している重石の役割を担っていると言っていい。

 

クラスメイト達は刻印の意味を理解して叫んだ。勇子は苦笑した。

「冬士と一緒に飛ばされてるなら冬士が全部ひきつけようとするはずだから、千夏は冬士を探すことに集中して」

「ん」

千夏は頷いた。春樹は勇子を見つめる。

「さっきの光はなんだったんだ?」

「あれは西洋魔術が絡んでるわよ。 冬士の中身は山神だから、西洋魔術でやるなら大地の精霊―――ただし四大精霊ノームクラスのを呼ぶ召喚術じゃないと転移させられたりはしないと思う。 禁呪指定入ってないから狙われたわ」

「西洋魔術じゃ跡を辿れないじゃないか!」

「私たちじゃあ、ね。 ちょっと待ってな」

勇子はそう言って闇を呼びに準備室へ向かった。さすがに皆がざわついているのを聞いていたのか、闇はすぐに出てきた。

「どうした」

「護法式の召喚許可をください」

「…生成りがおらんな。 さっきのは西洋の召喚か」

「はい」

「よし。 許可する」

闇が言うと、勇子はすっと符を1枚取り出す。それは、赤いインクで書かれた符。

「それ…」

「うん。 ―――鷹!」

勇子は符を投げる。するとそこに、小さな炎が集まり、人の姿をとった。

「…1週間ぶりね、勇子」

「久しぶり、鷹。 さっそくで悪いけど、冬士と大輔を探してちょうだい。 西洋魔術の召喚術を使われたわ」

「…まったく、最近の陰陽師ってヤワね。 努力しなさいな」

「呪詛返しもまともに習ってないっての」

勇子が言うと、まあいいわ、と鷹はすっと姿を消した。

「闇先生、私たちも外に出ます。 千夏、いくよ」

「ああ!」

千夏と勇子が教室から出ていくのを見送った時、チャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

「…冬士、大丈夫か」

「そりゃこっちの台詞だな。 生憎と体力には自信がある」

大輔と冬士は走っていた。渋谷であるのは確かなのだが、だいぶ裏の方である。

ホテル街といえばいいだろうか。

「…人気がない…」

「ハメられたな、こりゃ」

大輔はあまり東京の地理に詳しくはない。冬士だけが頼りだが、さすがにこんなところまで冬士が知っているとは思いたくない―――

「大通りの方にいったん戻るぞ」

―――知っているらしい。

「…遊び人…」

「今さらだろうが」

冬士と大輔はそのまま走り続ける。後を追ってくるのは人間だが、そろそろ向こうも体力切れのはずだ。こちらはまだ余裕がある。

冬士がそう思った時だった。

「!」

「チッ」

正面からも人間が5人ほど。後ろは6人ほどいる。横道がない。逃げるのは無理だ。

「…大輔、お前だけ逃げろ」

「…ふざけてんのか」

「…気付いてるだろ。 あいつらの狙いは俺だ。 それに今のお前の脚力なら、ビル街の移動は楽だろ?」

冬士はニヤッと笑って見せるが、どこか青ざめている。この状況はやはり冬士にとってもまずい物であるらしい。

「…」

ジリジリと迫ってくる人間。迷っている暇はない。迷うほど冬士の逃げる時間が無くなる。

「捕まったら…そうだな、一度抱かせてもらおうか」

「願い下げだボケ。 捕まらねえように全力を尽くすさ」

お前の冗談きついんだよ、と冬士は苦笑した。大輔はふっと笑って、ぐっと脚に力を込める。そして。

 

消えた。

 

「…さて…どう逃げるかねぇ…」

冬士はそう言いつつ、誰も大輔を追っていないのを確認して、ホルダーから符を取り出した。相手もまた符を取り出し、投じたのは相手が先だった。

「急急如律令!」

すべて木符。木符は相手を縛るのにはもってこいだ。冬士はそれに得意属性をぶつける。

「金剋木! 急急如律令!」

符を投じ、すぐ後を追うように走る。相手の木符が冬士の金符で切り裂かれて消える。ついでに相手も2人ほど蹴飛ばして突っ切る。

 

 

 

 

 

後方にいた6人は完全に振り切った。問題は3人である。まだ追いかけてくる。

そろそろ冬士も体に疲労がたまってきている。

「…」

肩で息をしている冬士を見てか、相手ももうすぐだと思ったらしい。だいぶ大通りに戻ってきているのだが、時間をかけ過ぎた。相手が路地から大通りに戻る道に先回りしていたのだ。

冬士にはまだ大輔のような脚力はない。ビル街をビルを蹴りながら進むなどというゲーム染みたことはできない。

「大丈夫だから。 ね?」

「散々符を投げつけてきた奴らなんぞ信用できるか」

冬士は噛みつくように吠えた。

その時だった。

「!!」

冬士はがくりと膝を着いた。

「…こんなガキ相手に…隠形まで使うのかよ…」

苦しげに息を吐く。冬士の靴がどんどん赤く濡れていく。

路地で光があまりなかったのと、相手のレベルが多少高かったのが運のつき、だった。

冬士はもう走れない。

人間たちは迫ってくる。

嫌な思い出と重なって見える。

 

あの時もこんなんだったな。

 

冬士は唇をかみしめた。ギリ、と血が流れる。

人間の手が冬士に触れた。

その時だった。

 

『触るな…!』

 

ああ、やばいのが出てきたな―――冬士はそう思いながらも、もう、そのまま。

感情の向くままに。

 

「あ?」

冬士に手を触れた人間の手を簡単にひねった。

「…っぎゃあああああ!!」

男の悲鳴が響く。

冬士は笑っていた。

「…嫌がるやつに触れたお前らが悪いんだぜェ…?」

―――それまさしく、鬼。

 

 

 

 

 

人間たちの悲鳴を聞きつけた警察が駆け付けたのと、大輔と合流し、鷹が冬士を見つけたと報告した勇子と千夏が現場に駆け付けたのはほぼ同刻だった。

現場の状況は凄惨なもので、人間たちは一人残らず失神。冬士は怪我をした跡があり、勇子と千夏がすぐに陰陽医に見せると無理やり言って警察の目の前をお暇することとなった。

 

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