冬士が帰って来たらしいという話は瞬く間に1年棟に広がった。
「警察の世話になりかけたんだって?」
「逆にそれすごくない? 影山が霊獣を抑え込んだってことじゃんか」
「そうだよな。 そうとう精神力あるぜ」
口々に彼らが言えるのはひとえに、彼らの陰陽術や魔術に対する知識が一般人のそれよりも多いためである。
その話はBクラスにも流れてきていた。
「…冬士、無事みたいだな…」
ほっと息を吐いた咲哉に、迅が尋ねた。
「今保健室に?」
「ああ。 勇子たちが連れてったはずだ」
「なんでだ? 普通に病院に行った方が…」
「…」
咲哉は黙った。
「…土御門分家の先生が東京に出てきてるらしいんだよ」
「…それで、か」
本当はそれだけではない。
「ごめん、咲哉いる?」
勇子の声がして、咲哉はドアの方を見た。
「なに、勇子?」
「ちょっと冬士ヤバそうなんだ。 誰か土気と金気の強い奴いない?」
「土気なんかそうそういねえっての…」
咲哉は少し考え込んだ。Bクラスは担任が生成り嫌いであることで知られるクラス。生成りの傍に行きたがるものはあまりいないはずである。
「…このクラスに何で来たんだよ。 C行けよ」
「バカ言うな、暴れたのは冬士の方なんだよ。 土気って言ってる時点で気付きなよ」
「あーもう! これだから神童と一緒に暮らすやつは!! 俺はどうせ凡人だよ!」
咲哉はベー、と舌を出した。勇子は呆れたように肩をすくめて見せる。すると、そこに迅が近づいてきた。
「それ、俺でいいか」
「? あんた千陣谷一派の神童ね?」
「ああ、そう呼ばれてるな。 千駄ヶ谷迅だ。 よろしく、神成の姫君」
「神成勇子よ。 よろしくね、迅。 ついて来て」
勇子はそう言って、走り出した。迅はそのあとを追っていく。Bクラス内は騒然となった。
「千駄ヶ谷のやつ、大丈夫か?」
「神童だぞ、大丈夫だろ」
「でもその生成り、すげえ大暴れしてたらしいぞ?」
咲哉は心配になった。なので、ついて行くことにした。
保健室には千夏と大輔がすでにいた。迅は冬士と初めて顔を合わせた。
「…そいつは…千駄ヶ谷迅、だっけか…?」
苦しげな息遣いではあるが、冬士ははっきりと意識を持っていた。迅は頷いた。
「よく知ってるな」
「…知ってて、損はねえからな…」
保険医は静かに出て行った。咲哉が入れ違いで入ってくる。
「咲哉、来たの?」
「おう。 それに冬士が暴れたってんなら木属性はいた方がいいだろ」
「…まあね」
勇子は冬士の方に向き直り、大輔に声をかける。
「大輔、教室から冬士のスマホとってきて」
「ん」
大輔は保健室を出ていく。
「…冬士、ちょっと頼りないかもだけど」
「…いや、十分だ…だいぶ、楽に、なってきてる…」
冬士はふうと大きく息を吐いた。
冬士の手を千夏が握る。
「…医療陰陽術は迅の十八番だからな。 安心しとけ」
「…ハッ…どうせ、暴れたってお前が止めてくれんだろ…?」
迅は目を見開いた。冬士の声はすっかり千夏を信頼しきっているのがありありとうかがえる声音だったからだ。通常ここまで生成りの心を開くのは難しい。むしろ、できないと断言した方がいいくらいである。
「…さすがだよ、千夏にい」
「迅は褒め過ぎだ。 俺は単に冬士のことを大事な悪友だと思ってんのさ」
「「絶対それ以上ある」」
冬士と勇子がハモった。
「勇子まで!? あれ? 俺そんなに」
「冬士にゾッコンのくせに」
勇子はにやりと笑った。冬士と顔を見合わせて、こんどはくすくすと笑った。
「咲哉はこれ知った時顔真っ赤にしてたね」
「う、うるせえ! 当たり前だろ、そっちには俺耐性ないんだよ!!」
「…ははん…冬士、か? アンタ両刀だな」
「正解」
「こんなところでカミングアウトされても」
「咲哉黙っとれ次につながるんだから」
勇子はぴしゃりと言い放った。その時、保険医が戻ってくる。
「はい、これでいいかな?」
「はい。 ありがとうございます」
保険医が持ってきたのは治癒符の束である。
「こんなにいるの?」
「はい。 これでも足りないくらいですけど、そこはもう冬士を守れなかった倉橋に請求しますからいいですよ」
金にがめつくなるのは家の経営のためである、そう思いたい勇子だった。
「…これで足りない? っていうと、レベル9は下らないぞ?」
迅が尋ねると、千夏が頷いた。
「冬士に入ってるのはタイプ鬼(オーガ)。 今回暴れたやつは霊獣としては中途半端だからレベルは分かんないけど、面倒なのは冬士を生成りにした鬼と別に2体、冬士には鬼が入ってる」
「なんじゃそりゃ? そんなレアものなのかよ」
迅はまじまじと冬士を見た。
「…そういや左右で目の色が違うな。 ベースがこの緑っぽい色だとすると中身は木気と金気か?」
「正解。 緑だけど冬士のベースは水気だ」
「相生が3つ続きか。 敵に回したくねえな」
迅はそう言いつつすっと手を冬士の額にかざす。
「…暴れたのは水気っぽいが…」
「…ああ…ちょいと抑え込み過ぎちまったらしい」
冬士はそう答えた。
迅の手の平からふわっと光が放たれる。冬士はすっと目を細め、そのまま目を閉じた。
大輔は春樹に捕まっていた。
「大輔、スマホを届けるのは後だ。 状況を僕に教えてほしい」
「…」
春樹の目は怒りに燃えていた。この目はどうしようもないと大輔は知っている。
「…なぜみんなの目の前で言う必要がある?」
「僕の考えをみんなに説明するためだ。 …今まで以上に冬士は狙われることになるだろうし、大輔だって奴らのターゲットになるに決まってる。 逃げる時に脚力を使ったんだろう?」
そこまで知られていては仕方がない。と思って、大輔は頷いた。
「…大輔、今のカマ掛けただけなんだぞ。 もっと乙種言霊への耐性を持ってくれ! 頼むから!」
「…乙種言霊は防ぐのが難しい」
「いや、甲種言霊を防げる時点で絶対防げるから!」
そこで春樹はコホン、と咳を一つ。
「…それで、相手の数は? もしくは、相手がどの組織かわかれば…」
「…俺と冬士が分かれた時点で11人いた。 男も女もいたな。 ―――ありゃあダークバーレルだぞ、春姉」
「!」
春樹は目を見開いた。二つの意味で、だ。
「…“ダイキ”、それ本当か?」
「ああ。 見間違えようがねえな。 あいつらの使う符は相変わらず気色悪い色が視える」
クラスメイト達は少し様子の変わった大輔に視線を集めていた。
「…紹介しておくよ、みんな。 彼はダイキ。 大輔の中にいる霊獣―――鬼だ」
「!!」
皆一瞬体を強張らせたが、すぐに尋ねてくる。
「…まさか影山も?」
「ああ。 …皆はダークバーレルについては知ってるかな?」
数人が頷く。
「確か…生成り信奉者の集団だよね。 霊獣信仰って言った方がいいのかな?」
「でもあいつら土御門が作ったルールに引っかかってなかったっけ?」
「それで数減ってたはずじゃぁ…」
「また数は増えてきてるぞ」
大輔が言った。今度はダイキではないとみんなにもわかる。
「どういうこと?」
「…生成りを殺せば霊獣の出来上がりだ」
「!!」
一瞬パニックになったものもいた。
意味を理解できればなんてことはない。
ただ、それを言ったのが生成りであることに意味がある。
「…じゃあ、影山は…?」
「…冬士はもう何度も狙われてきた。 今回は多分、怪我をしたんだろうね。 冬士の靴が血で濡れてたから、足を金符で切られでもして…」
「今回暴れたのは冬士本体の鬼だ」
「ちょ、ちょっと待て! 頭がさすがに混乱してきた!!」
1人が止めた。大輔は頷いた。
「…結果的に言うと、恐怖のあまり冬士は火事場の馬鹿力を発揮した、ってところだよ」
春樹が言った。
「…」
怜奈が俯いた。
「…生成りは生成りで事情を抱えている、それだけだ。 生成りは命を狙われている可能性が高いってことを、覚えていてほしい」
春樹はそう言って、大輔を解放した。
春樹は大輔が出て行ったのを見て、クラスメイト達を見回した。
「…生成りが暴れるのは確かに怖いと思う。 でも、普通は言い出せないことをちゃんと彼らは言ってくれた、そう考えることはできないのか? 生成りだとわかっているのなら、対策をとればいいじゃないか」
春樹の声は半泣きだった。言ってしまえば、千夏たちに置いて行かれているのがよくわかる状態なのだ。
「…どう、したの…土御門君…?」
怜奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…千夏なら、対策をとるなんて言わない。 冬士も大輔も、友達になれば生成りだから何が変わってるわけじゃないっていうのが分かるんだ。 冬士は僕や千夏に会う前からヤンキーで、大輔は僕や勇子に会う前からあの鉄仮面っぷりだった」
吐露していけばキリはない。
こんなことが言いたかったわけじゃない。
春樹がそう思ったとき、闇が春樹に声をかけた。
「のう土御門」
「…」
春樹は振り返る。
「…そう言ってくれるやつがおるから、影山は鬼に堕ちとらんのじゃないか? 実際、かなり鬼に近いようだが。 さっきの話からいくと、影山は生まれつき鬼を心に飼っとるようだ」
闇の言葉に春樹は頷いた。
「…まだ1年生にはそこんとこ教えんのだがな。 影山が帰ってきたらちょいと陰陽医に必要な知識をお主らに教えてやろう」
闇はそう言って、ほら、席に戻れ、と皆をせかして散らせた。