日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第3章 勇子の置き土産Ⅰ
第1話 叫びが聞こえた


 

「逃げて、イサコッ!!」

頭に赤い角ついた少女が叫んだ。少女の体は簡単に殴り飛ばされてしまった。少女の上から瓦礫が降り注ぐ。少女を殴り飛ばした鬼が吠えた。

「グオォォォォ!!」

赤毛の女が叫んだ。

「逃げなさい、昌虎、昌子、昌龍!!」

女の後ろにいる金髪の少年は、その後ろの少年と少女を後ろに引かせる。恐ろしくてとてもではないが動けない。そんな中、気丈に声を発したのはその女だけ。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!」

不動明王の大咒を唱える。

女の霊気は炎を纏った。鬼に向かって放出される霊力の量は尋常ではない。周りの者たちはその気に押されてはっと動きを取り戻す。

「神成さん!!」

1人が叫んだのと同時に、鬼の手が高速で振り切られた。

炎は鬼を焼く。しかし、それが、徐々に消え始めた。

ぐしゃっと鈍い音がした。

少年は目の前にさらされた光景に息を呑んだ。

血を流して止まった女。鬼の手に握りつぶされた女の身体。吐き気がこみ上げてきた。

鬼が、その口を開けた。

「…か…母さぁんッ!!」

少年は叫んだ。後ろの少年少女もまた震えていた。

守ってくれるものはもういない、少年―――昌虎はそう思った。

どんっと弟妹を突き飛ばしたのは、とっさの判断だった。

大人たちが動けないのは今さらなのだ。

鬼気に中てられたものはそう簡単には動けない。

昌虎はすっと息を吸い込んだ。

俺がやるしかないじゃないか、と。

 

「応えてくれ…!」

 

俺はどうなったっていいんだ。

いや、正しくは俺があの鬼をやっつけられるくらいの力を持つ。そうじゃなくちゃ、妹も弟も守れない。

泰山府君。

応えてください。

まだ助かる命がここにあるんです。

助けてください。

俺の命を、人間から、鬼に耐えうる姿に。

 

 

祈りを聞き届けた。

お前の願い、聞き届けたぞ。

 

 

返って来た声は、とても落ち着いたものだった。

こんな状況じゃなかったら、もっと聞いていたいなんて思えたかもしれない。

目を開けると、鬼の手がすぐそこまで迫っていた。

「にい…さん…?」

昌子の声がした。

俺はもう振り返らなかった。

 

 

昌虎の体が吹き飛んだ。文字通り、体が吹き飛んだ。跡形もなく。

「!!」

血が降りかかった。少年少女は泣き叫んだ。

「いやああああ!!」

「―――!!」

声にならない悲鳴を上げて少年は気絶した。

次の瞬間、そこに強烈な光が集まった。そして、光が散る。

大人たちがあっと声を上げた。

そこには、大きな白虎が立っていたのだから。

「グオオオオォォ―――!!」

轟いたその咆哮は、誰のものだったか―――。

 

 

 

 

 

「イサコ、見つけた」

鬼の声が、小さく、渋谷の空に消えた。

 

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