第1話 叫びが聞こえた
「逃げて、イサコッ!!」
頭に赤い角ついた少女が叫んだ。少女の体は簡単に殴り飛ばされてしまった。少女の上から瓦礫が降り注ぐ。少女を殴り飛ばした鬼が吠えた。
「グオォォォォ!!」
赤毛の女が叫んだ。
「逃げなさい、昌虎、昌子、昌龍!!」
女の後ろにいる金髪の少年は、その後ろの少年と少女を後ろに引かせる。恐ろしくてとてもではないが動けない。そんな中、気丈に声を発したのはその女だけ。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!」
不動明王の大咒を唱える。
女の霊気は炎を纏った。鬼に向かって放出される霊力の量は尋常ではない。周りの者たちはその気に押されてはっと動きを取り戻す。
「神成さん!!」
1人が叫んだのと同時に、鬼の手が高速で振り切られた。
炎は鬼を焼く。しかし、それが、徐々に消え始めた。
ぐしゃっと鈍い音がした。
少年は目の前にさらされた光景に息を呑んだ。
血を流して止まった女。鬼の手に握りつぶされた女の身体。吐き気がこみ上げてきた。
鬼が、その口を開けた。
「…か…母さぁんッ!!」
少年は叫んだ。後ろの少年少女もまた震えていた。
守ってくれるものはもういない、少年―――昌虎はそう思った。
どんっと弟妹を突き飛ばしたのは、とっさの判断だった。
大人たちが動けないのは今さらなのだ。
鬼気に中てられたものはそう簡単には動けない。
昌虎はすっと息を吸い込んだ。
俺がやるしかないじゃないか、と。
「応えてくれ…!」
俺はどうなったっていいんだ。
いや、正しくは俺があの鬼をやっつけられるくらいの力を持つ。そうじゃなくちゃ、妹も弟も守れない。
泰山府君。
応えてください。
まだ助かる命がここにあるんです。
助けてください。
俺の命を、人間から、鬼に耐えうる姿に。
祈りを聞き届けた。
お前の願い、聞き届けたぞ。
返って来た声は、とても落ち着いたものだった。
こんな状況じゃなかったら、もっと聞いていたいなんて思えたかもしれない。
目を開けると、鬼の手がすぐそこまで迫っていた。
「にい…さん…?」
昌子の声がした。
俺はもう振り返らなかった。
昌虎の体が吹き飛んだ。文字通り、体が吹き飛んだ。跡形もなく。
「!!」
血が降りかかった。少年少女は泣き叫んだ。
「いやああああ!!」
「―――!!」
声にならない悲鳴を上げて少年は気絶した。
次の瞬間、そこに強烈な光が集まった。そして、光が散る。
大人たちがあっと声を上げた。
そこには、大きな白虎が立っていたのだから。
「グオオオオォォ―――!!」
轟いたその咆哮は、誰のものだったか―――。
「イサコ、見つけた」
鬼の声が、小さく、渋谷の空に消えた。