「今日から新しくAクラスに入ることになったやつじゃ。 皆、仲良くしてやれよ」
ニット帽をかぶった少年が礼をした。
「ぼ、僕は、矢竹犬護といいます。 よ、よろしくお願いします!」
犬護はやたらとビクビクしながらこの時間を待っていた。それの表すことは、と、勇子たちは考えた。勇子は相変わらずラッピング作業中だが。
「で、こっちはワシが選んだ副担任」
闇が黒いスーツを着た男を示した。
「烏丸大(まさる)だ。 苗字で分かると思うが、俺は旧家烏丸の人間だ。 祓魔庁で生成りの研究をしていた。 そのためにここに来たと言っても過言じゃないからな、なるべく答えてほしい。 俺が採ったアンケートの答えは素直に書くこと。 上のお偉いさんたちに泡吹かせる気で来たんでな」
早々に抱負を語り、烏丸はにっと笑った。
「影山といったか。 お前の語り聞いていたぞ。 ウチのとも仲良くしてやってほしい」
「…ははん、アンタ身内が生成りか。 了解だ」
冬士はニヤッと笑った。犬護は目を丸くしていたが、烏丸に何か言われ、そっとニット帽をとった。
「…あ、矢竹、ラグ起きてるぞ!? …生成りか?」
吉岡が尋ねると、犬護は頷いた。
「…」
隣の席の生徒と皆が顔を見合わせた。冬士と千夏、勇子と大輔も例に漏れずだ。
「…気にすることないよ。 ここ超ド級の生成りが2人いるから」
玲が声をかけた。
犬護はぱあっと表情を明るくした。
「…」
少し俯いて、気恥ずかしそうにクラスを見回した。
「…矢竹。 お前の霊獣はなんだ? 相当ヤバくても大丈夫だから安心して言えよ」
冬士が席を立った。その手にはタブレットがあった。
「…犬、です」
「…ああ…それでああなってたのか」
「?」
「…何でもない、忘れてくれ」
冬士はそう言いつつタブレットに何か打ち込み始めた。
クラスははてと首を傾げるものが多くいた。
「犬、かあ。 犬って言ってもいろいろいるからなあ」
「こっくりさん系かな? 狛犬系かな?」
「…犬神とか?」
「お前蠱毒の教科書予習しろよ! 犬神は家系と狙われた家にしか憑かないだろ」
犬神という言葉が出た時、犬護がかすかに震えたのだが、気付いたのはどうやら冬士と千夏、大輔と勇子だけのようである。
「…んじゃま、俺から暴露するか」
冬士が小さく息を吐いた。犬護が冬士を見た。
「?」
「俺は生粋の生成りだぜ?」
「!!」
犬護が一瞬で後ろに身を引いた。その距離、約3メートル。
「そこまで怖がるなよ、傷つくじゃねえか」
冬士はニヤニヤと笑みを浮かべたまま犬護に言った。
「ご、ごめん…鬼に会うの、初めてだからつい…」
「まあ、そうそう出てくるもんでもねえからな」
本来生成りというのは、人の心が鬼に転じたもののことを言う。平安時代、通ってくる男に想いを寄せた女が、通われなくなってもまだ男を想い、通われる女を妬み、男を殺さんとした話が残っている。この女はかの大陰陽師安倍晴明に止められ、ついには目に見えぬ鬼となっていったという。
生粋の、というのは、この、本来の鬼の生成りであることを指すときに使う言葉となっている。鬼以上に恐ろしい霊獣はいないと言ってもいいくらいである。そして、冬士に入っているのは木気を纏った鬼だ。
犬護の髪は青みを帯びている。木気の影響を受けているとみていいだろう。
冬士は感じ取ったのだ。相手の霊獣を。
「矢竹。 お前、山犬だろ」
「…わかってくれたのは、君が初めてだよ」
ふにゃ、と犬護は笑った。
「俺は影山冬士。 冬士でいいぜ」
「よろしくね、冬士君…。 僕のことは、犬護って呼んで。 苗字は呼ばれ慣れてないんだ」
「ああ」
生成りというのは皆が皆虐げられているではないにしても、生成りを産んだ両親が村八分に遭ってしまうことなどはたまに事件になってニュースで報道されるぐらいだ。それなりに問題にはなっている。
おおよそ犬護も村八分に遭ってきたタチであろうと予想したのは、春樹だけではないはずだ。
「…じゃ、影山の後ろの席に犬護を置いとくぞ」
闇はそう言って名簿に犬護の名を書き足した。
「それと、もう数名の生徒は知っていると思うが、今日から特別講師として十二神将の影山龍冴に来てもらうことになった。 ということでこれからは冬士と呼ばせてもらうぞ」
「どうぞ」
冬士は小さく息を吐いた。
「…今更なんだけどさ、影山ってもしかして」
「…ああ。 あの爺様俺の祖父なんだとよ」
「なんだその聞き伝いみたいな言い方」
「この年まで知らなかったんだぞ。 親戚なんざ3人も言えねえぞ、俺」
1時限目から影山龍冴による実践授業が組まれていたAクラスの面々は皆演習場に向かっていた。
「…影山様は真榊と真っ向から対立してるって話だよな」
千夏が言うと、勇子は頷いた。
「まあそりゃそうでしょ。 孫が生成りで、生成りを闇に押し込めようとするところと対立しない人だったら、影山の名前捨ててるって」
「…そういうもん、なのか」
冬士は少し考え込んだ。
「…これを機に表に出てくるかもしれないけどな」
「そうだね。 土御門は今か今かと待ってるんでしょ?」
「本家が、な。 つっても、伯父さんまでしか知らないみたいだけどな。 春樹は影山を無名だとか言ってたし」
「も、もう済んだことじゃないか、千夏!」
春樹は顔を羞恥で赤くした。
演習場に着き、中に入ると、そこには銀髪の初老の男が立っていた。
「失礼します!」
礼をする生徒が数名。男はにっと笑った。
「リラックスしておいた方がいいぞ。 俺の授業は授業じゃねえ、実技演習なんて甘いモンでもねえ。 俺は生成りもビシビシ鍛えるからな? 覚悟しろ、冬士、大輔、犬護」
冬士は礼をした。
「よろしくお願いします」
全員が中に入ってしまい、男は皆の前に立った。
「俺は影山龍冴。 冬士の祖父だ。 俺が贔屓すると思ったやつは冬士をしっかり見ておけ。 俺は俺の基準でお前らを測る。 まあ、俺の授業は単位を落とすためのものだと思っとけ」
それは困る。という言葉を何人かがつぶやいた。
「…ところでこっちは連絡事項なんだが、かなりの数の編入生が倉橋に来るそうだ。 聞いてたか?」
「…いいえ」
勇子が答えると、龍冴は続けた。
「佐竹生成り分校、真榊、佐竹本校、佐竹エクソシスト養成学校の順で来る。 40人くらいか? 繁盛してんなあ倉橋も」
からからと笑った龍冴は冬士を見た。冬士は目を細めた。
「エクソシストも来るんですか?」
「ああ。 つっても、わけありが2人いるって話だがな。 まあ、エクソシスト養成学校とは夏休みの共同合宿をしてから編入生決めるって話だ。 …ほか、質問はないか」
「はい」
春樹が手を上げた。
「春樹」
「影山先生が来たってことは、やっぱり真榊に対抗する為なんですか」
「まあな。 また3人“堕と”しやがったからな。 いい加減胸糞悪くてこっちはたまらない。 生成り捨てるくらいならうちに持ってきてほしいくらいだ。 …って、そうか、お前らは影山のこと知らねえんだったな」
龍冴が言うと、春樹は頷いた。
「…じゃあ、土御門を6つ言ってみろ」
生徒たちはざわついた。
「…土御門君の家が宗家で、千夏が分家…」
「倉橋と若杉と…?」
「安倍。 …後の詳細は知らねえや…」
口々に言う生徒たち。ニッと笑った龍冴は、冬士に布を渡した。
「これ見ろ」
「?」
生徒たちの視線が冬士の方に集中した。冬士は布を広げた。
そこには、五芒星が二つ組み合わされ、正十角形に囲まれた紋様があった。
「…これ、見覚えあるぞ…」
「土御門一派の家紋の一個だよな…」
「…ってことは、これが影山の家紋ですか?」
「その通りだ」
千夏はふと冬士のヘッドバンドをとった。
「あ、おい何すんだよ」
「いや、俺も全然気にしてなかったけど、確かこれには家紋ついてたぞ」
「お、さすが神童。 それ紫苑に刺繍教えてな、冬士の誕生日にってウチの生成りたちが送ったもんなんだぜ」
龍冴は笑った。冬士も家紋を確認した。
「…そうか…だから親父はやたらこれを俺が着けるの嫌がったのか」
「…やっぱ強烈だな」
少し龍冴は苦い顔をしたが、皆に向き直った。
「ってなわけで、冬士にはいまさらだが旧家の一員としての教育でもしようかと思っててな。 お前さんらも手伝ってくれ。 やってほしいのは、千夏、勇子、大輔以外で冬士が自分を盾にしようとする命にかかわる方の悪癖を出さなくて済むように手を引っ張って逃げる仲になることだ」
「影山先生、ハードルが高いです!!」
「高いわけあるか、千夏みたいに殴り殺される手前まで行けなんて言ってねえぞ」
「千夏! お前冬士に何されたんだよ!?」
「あー、全身打撲?」
千夏がへらっと笑った。冬士が言った。
「大腿骨とあばらは折った筈だ。 あと堕とした」
「それは言わなくていいです!」
千夏が慌てて叫んだ。勇子が声を上げて笑う。
「…さて、笑うのはここまでだ。 まずは初歩的なのからやるぞ。 冬士、大輔、犬護。 お前ら封印1個目解け。 犬護は安心していいぞ、俺これでも準1級陰陽医資格持ってるから」
犬護は頷いて、こわごわと封印の解除にかかった。
「「「―――第一門、開門」」」
3人の声が揃った。その場に木気が満ちる。
「さて、お前らにはまずこの3人を抑えてもらう。 ただし、勇子と千夏は冬士たちの援護側だ。 21対5だ。 冬士、犬護、大輔、お前らは抑えられないようにしろ。 抑えられても、暴走しても失格だ。 さあ、始めッ!!」
ちなみに、冬士たちは一切鬼や山犬の特徴が出ていません。たかが第一門ですから(笑)