いつの間にこうなってしまったのだろうか。
どうして主は自分の目の前に立っているのだろうか。
自分は何かしたのだろうか?
中途半端な鬼はその本人が戦いによって苦しめられて、意識を失うことのほうが多いというのに。
なぜ主は完全な鬼である自分ではなく、中途半端な鬼を使うのだろうか?
その中途半端な鬼に恨みでもあるのだろうか?
問いかけても彼女はこう言うだけ。
「ボクはイサコじゃない。 ユウコだ」
そっくりな霊気の流れがそこにあるのに。どうして否定の言葉しか言わないのだろうか?
それとも本当に自分が間違っているのだろうか?
あり得ない。あったと仮定しても、それはきっと彼女と同じ血脈上にある者のはずだ。ならば自分は今度こそ守るのだ。
守らねばならないのだ。
彼女を助ける力を。
あの鬼を殺す力を。
彼女を助ける力を。
あの鬼から彼女を救う力を。
障壁が砕け散った。勇子と大輔は同時に後ろに跳んだ。直後、2人のいた場所に鬼女の拳が叩きつけられ、アスファルトがいとも簡単に砕けた。
「うわ…やっぱり女でも鬼は鬼ね」
「そんなものだろう。 餓鬼のあの骨と皮だけの拳でも軽自動車がスクラップだからな」
大輔は胸に手をあてる。
「まだかかる?」
「もう少し時間がほしい」
「了解」
勇子はホルダーから呪符を取り出す。
鬼女は体を起こす。その瞳は紅く光っている。
「鬼め」
大輔は小さく舌打ちした。勇子は鬼女に呪符を投じた。
「水剋火、さらに、水生木、続けて、木剋土! 急急如律令!!」
呪符が水を生じ、その水に立て続けに投げられた符によって木が生じる。
鬼女の霊気は火気と土気。勇子はセオリー通りの呪符の選択をした。鬼女に呪符が直撃する。
「よしっ!」
勇子の声に、小さく言葉が返ってきた。
「…これで終わり?」
「…何バカ言ってんの? この程度で獄卒やれてたら鬼は雑魚だっつーの」
勇子はパッと走り出した。大輔は勇子を追って走り出した。
鬼女が大輔に向かって鬼気を放った。
「さっさと堕ちればいいのに!」
「お断りだ」
「復讐に身を任せれば楽なのに!! 鬼にも成りきれず、人でもない! お前は中途半端だ!!」
鬼女の言葉に大輔が表情を歪めた。立ち止まり、振り返って鬼女を見る。
「誰が好きで鬼の生成りになんぞなるか! 俺は俺だ、中途半端ならばそれが俺だ! ああそうだ、俺は中途半端だ、それで何が悪い!? それで弱くて何が悪い!?」
「弱さは罪だ。 彼女を守るためには力がいる。 お前の考えは甘い!! 圧倒的な力が必要なんだ!! そうじゃなきゃ彼女を守れない!!」
鬼女は叫んで大輔に突っ込んでくる。大輔は吼えた。
「貴様の主と俺の主を並べるな、獄卒風情がっ!!」
「―――」
鬼女は大輔を睨みつける。動きは止まった。
―――勇子を守るためにオレを使うのか?
それの何が悪い?
―――オレは勇子が嫌いだ。
お前の気持ちなんざ聞いてねえ。
―――人間は自分勝手だな。
エゴイストで何が悪い。俺は俺を受け入れてくれた勇子のことが好きなだけだ。
―――仕方ねーな。これでお前の成長速度は落ちるぞ。
構わん。
―――“アイツ”も出してやれよ?
大輔の瞳が両目とも鬼眼になる。
「…応えてくれるな?」
赤い文様の描かれた呪符をホルダーから取り出し、大輔は上に投じる。
「来い、ゴールド!!」
あたりに突然ゴロゴロと雷鳴が轟いた。雲ひとつなかったはずの空が、徐々に曇天になっていく。
「大輔、ゴールドを呼んだの!?」
「俺の全力でこの鬼を止める。 …それくらいしないと、俺は死ぬだろう。 まだ死にたくない。 まだ勇子と居たい」
「…そうね」
勇子は大輔の横にまで出てくる。落雷とともに大輔のすぐ後ろに鱗に覆われたモノが現れた。
「…ゴールド、出てきてくれてありがとう」
大輔はそれに手をかざす。それは大輔の手に少し甘えてから、その金色の瞳を鬼女に向けた。
『グオオオオオォォォッ!!』
ゴールド。
それは、大輔が霊界で抱えた荷物の一つ。
彼は、ドラゴン。
「…タイプ竜(ドラゴン)」
鬼女がうめくように言った。鬼と竜、どちらが上かと問われれば確実に、竜だ。
大輔に鬼女が手を向けた。
「お前…もう、鬼ですらない。 お前は何だ!? 中途半端もいい加減にしろ、雑種があああ!!」
鬼女の手から炎がまき散らされた。大輔は符を投じた。
「金生水、水剋火、急急如律令」
符がいったん刃を形作り、水を生じる。まき散らされた火が消え去った。
「―――お前、勇子に誰を重ねている?」
大輔が静かに問いかける。鬼女はびくっと肩を震わせた。
「…覚(さとり)の力でも得たか、小僧」
覚、それは、相手の本心を暴く力を持つ妖怪の一種である。危害を加えてはこないし、危害を加えることもできない。危害を加えようとすると逃げられてしまうから。
「…そういうってことは、もう自分の中に疑問が渦巻いてるんじゃねえのか?」
大輔が一気に鬼女への距離を詰めた。
「第五門解除を確認―――大輔、ダイキ! 暴れてこいっ!!」
勇子が叫んだ。
大輔の体を炎が包む。鬼火というものではあるが、大輔が燃えているようにも見える。
大輔は右手の拳を鬼女に叩き込む。鬼女はそれを腕を交差させて受けた。ミシミシと音がする。
「ッ!」
「今のは普通なら避けるところだな。 お前の中の疑問を振り払うか解決するかしないと、お前は俺に力負けするぞ」
大輔は拳を引いて、次の拳もまた右手だった。
パアンッ!!
素早く大輔が拳を引く。今度はいい音がした。鬼女の表情が苦痛に歪んだ。
「…ッ、邪魔!!」
「おっと」
大輔は余裕だというように悠々と鬼女の拳を左手で払って避け、また右の拳を打ち込む。
「正常な判断で来てねえんじゃねえのか」
「うるさい!!」
鬼女は叫んで身を引いた。
「竜なんか出しやがって!! 心を乱すのが得意だな、餓鬼」
「俺は餓鬼じゃねえがな。 …勇子、こいつだいぶ正気に戻ってきてる!! 今なら不動明王で悪鬼をぶち抜けるッ!!」
大輔が叫んだと同時に、勇子の声が聞こえてくる。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!!」
大咒が唱えられた。鬼女の体が炎に包まれる。
「いやあああああ―――!!」
鬼女が叫んだ。
大輔がたたみかける。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」
炎が強くなる。
「あんたが守りたかった神成イサコはもういねえよ…50年前に死んだ。 あんたの目の前で死んだはずだ。 あんたはそれを見ていたはずだ」
大輔は炎に包まれている鬼女に近づいていく。
「大輔…」
勇子が小さく大輔を呼ぶが、大輔は小さく振り返って笑っただけだった。
「もう気付いてるんだろ。 勇子がイサコさんじゃねえってことくらい」
炎が晴れる。
そこには、着物がボロボロになった女がいる。大輔は制服を脱いで鬼女にかけてやった。
「…殺さないの?」
「俺鬼じゃないし獄卒でもない。 霊獣相手でも殺しは苦しいんだ、勘弁してくれ」
大輔はそう言って、勇子を見た。勇子が走り寄ってくる。
「…ごめんね、勇子さん」
「…いえ、いいんですよ、別に。 死人は出てませんし」
勇子はそう言ったが、その手は強く握りしめて真っ白になっていた。