彼らの言う通り。本当は気付いていた。
きっと竜の神気に中てられたんだね。
「…煉紅と申します。 皆様、ご迷惑をおかけいたしました」
鬼女―――もとい煉紅が勇子、大輔、龍冴、真千をはじめとする倉橋の関係者たちに謝罪をした。憤りを訴える生徒は多かったが、勇子が諫めて、大輔を見た。
「…冬士、いま俺はどう“視える”?」
「…鬼気が嘘みてえだ…ビリビリするぞ」
「…あらためて先生のとこに行く必要がありそうだな」
大輔は小さく言って、煉紅に向き直った。
「煉紅。 あんた、50年前何があった? いろいろ聞きたいことがあるんだが」
「…酷なことするのね。 50年前の被害者ならあなたたちの隣にもいるのに」
煉紅は弱弱しく笑った。
本当は気付いていた。
勇子は確かにイサコの血脈の子だけれど、イサコの血統じゃない。イサコの兄の血統だ。そんなこともわからないほどに乱心していたとは、悪鬼堕ちもなめてかかっちゃいけなかったな。
だれも死ななくて良かった。
怪我をしてしまった生成りがいると聞いたので、治癒符を渡した。
大輔にも散々ひどいことを言ったな。
「ごめんね」
「いまさら謝ることじゃない。 …勇子、俺は先生と連絡を取ってくる。 後は頼むぞ」
「おっけー」
勇子は大輔を見送って、煉紅のほうを向いた。
「さて、さっきの条件だけど」
「…そうね。 なんでも言う通りにするわ」
「じゃあまず、私が面白いと思った事をするから、逃げないでよね」
勇子はそう言って、闇のほうを見た。
「闇先生の正体暴露といきましょ?」
闇がからからと笑った。
「こりゃ先手を取られたのう。 いいだろう。 倉橋、いいか?」
「ええ、私ではあなた方の意思はあずかり知らぬところですから」
真千はうなずいた。闇は自分の担当クラスの生徒たちを集めてから、こう告げた。
「まあ大体皆分かっていると思うが、ワシは神とかお主らが呼んどるモノの一つだ。 名は閻魔天。 まあ、もとは人間じゃから今までと対応を変える必要はない」
「…ってことは、闇先生の名前は妹さんのお名前ですか」
「ああ。 ワシの本名ヤマじゃからな」
「妹さんどうされてるんですか」
「簡単な仕事押し付けてきたけど」
「仕事しろ」
「学生に言われるとは心外じゃなあ」
クラスの生徒と笑いあいながら、闇は勇子を見た。
「これでいいかの?」
「はい。 ありがとうございました、閻魔天。 …あなたから彼女への判決をお願いします。 今回ばかりは獄卒の起こしたことです。 ―――あなたがご存じなかったとは思えない」
勇子の目が細められた。煉紅は静かに闇を見ていた。そう、これが勇子のやりたかったことである。
「…勇子とは最初から最後まで縁がありそうじゃの」
闇はどこからか扇子を取り出した。
煉紅の前に立って、静かに言った。
「お前を放っておいたのはワシの判断じゃからな。 しかしお主は、一度悪鬼に染まってしまった。 そう簡単に獄卒に帰ってこられると思うな。 金剛夜叉明王から許しが下るまで、人間界に残れ」
パン、と扇子が開かれ、闇は口元を覆った。
「はい」
煉紅は平伏する。
「…それと、そうじゃな。 ワシ自体は人間への直接的な干渉は認められとらんのだが―――煉紅、お主雅夏と赤石の鬼の教育をしろ。 とくに赤石のほうは悪鬼堕ちしとるぶん、お主の言葉には耳を貸すはずじゃ」
「はい」
勇子は闇と目が合った。闇はにっと笑った。
「これにて、煉紅への公判を閉廷する。 後は勇子次第じゃが」
勇子はうなずいた。
「…顔上げて、煉紅」
「…?」
勇子は符を見せる。そこには、何も書かれていない。
「煉紅、あなた見たところかなり霊気を失ってるわ。 式神契約しましょう?」
「! で、でも、私はあなたたちに…」
「確かに、あなたは私の友達を傷つけたわ。 でも、傷つけたなら傷つけた分その傷を癒すとか、それ以上に助けてあげればいいじゃない。 そのチャンスは今さっき、閻魔天がくださった」
勇子はそう言って符を煉紅の額に張り付ける。
「…本当にいいの?」
「いいよ、あなたが私とイサコさんを重ねないなら。 死人と同じ影見られてたらこっちまで虚しくなるじゃない」
「…そうね。 じゃあ、よろしくお願いします、勇子」
「うちのバカたちも含めて、よろしくね、煉紅」
勇子は笑った。
もうその笑顔にイサコを重ねて視ることはなかった。
イサコはもう死んだのだ。
どこにもいないのだ。
彼女の魂はまだあの鬼が持っているかもしれないけれど。
「…本当は、イサコさんの霊気が混じった鬼を探していたんだろう、煉紅?」
龍冴の問いに煉紅はうなずいた。散り始めていた生徒たちの一部が振り返った。
「それ、どういうことですか」
食いついてきたのは勇子だった。
「ようは、食われちまったイサコさん自体は死んだが、鬼への抵抗力は高かったってことだ。 …白虎に追われた程度で鬼が逃げることは滅多にない。 基本は死ぬまで噛みつきに行く」
「…ってことは、まだ何かあるな?」
冬士が口を開いた。
「現れた白虎って話をしたと思うが…顕現した場所からしておそらく、俺と真千ちゃんと同級生だった“土御門昌虎(まさとら)”ってやつが何かしたと思うんだがな」
龍冴はそう言って空を見上げた。
「…大輔には見透かされましたね、きっと。 勇子、あの子は覚の力を得ました。 きっと私の記憶から私の心への揺さぶりをかけたんですね」
「大輔、頭は悪くないからね。 …雅夏にしては温い啖呵だったけど、そういうことだったのか」
勇子は1人で何か完結した。首を傾げた煉紅に、真千が苦笑いした。
「大輔君は雅夏家の生き残りです。 何人の生成りが彼らに言い負かされて堕ちたことやら」
「…神成分家の雅夏家ですか…。 さすがに私も心が折れてると思います、それ」
煉紅も苦笑いした。
よくぞ大輔も踏みとどまったものだ、と冬士は1人心の中で大輔に称賛を贈った。
もっとたくさん啖呵を切りたかったはずなのだ。
記憶を見たのだとしたら。
煉紅の傷をえぐることなど容易かったはずなのだ。
弱い弱いと煉紅が叫んだときに、大輔はこう返すこともできたはずだ。“それはお前のほうだ”と。しょせんイサコを守りぬけなかった負け犬が吠えるな、と。負け犬に重ねて視られるなんて心外だ、と。弱いのはお前のほうだ、と。
俺は弱い、なんて、認める必要はどこにもなかった。
きっと、大輔も少なからず自分を煉紅に重ねて視たところがあったのだろう。
鬼でありながら、鬼に主の命を奪われた煉紅が。
御影春山に、両親の命を奪われた大輔と。
どこが違うのかと。
「―――」
冬士は首を振って考えを振り払った。
「冬士!」
千夏が冬士を呼ぶ。不安げな光が宿ったその目を見て、冬士は柔らかく微笑んだ。
「―――」
その表情はさらに千夏の不安を煽ることになったのだが、冬士はそれに気付かぬまま、先に行ってしまった皆の後を追っていった。