第1話 コールド・メモリー
「お兄ちゃん!」
声を掛けられて振り返ると、そこには妹がいた。
もういないはずの妹が。
ああ、久しぶりだな、この夢。
どんな結末かなんて嫌ってほど知っているのに、それでも妹の顔を見ることができて俺は安心してしまう。
しかしいつもと違ったのは、俺が第三者ということだ。
俺が振り返った先には俺と妹がいた。
まだ妹が生きている時の俺の姿だった。それに対して俺自身は高校生の姿。
俺は妹と話をするんだ。内容は毎回違う。ただ、一度したことのある会話ばかりだ。同じ会話が2度以上連続で出ることはない。
「今日はどこに行くの?」
「…渋谷だな。 ついてくるのか?」
「うん!」
これはいつの記憶だろうか。勇子に会ったあの日だろうな。
小さな俺と妹は笑って歩いていく。場面が切り替わって、渋谷で勇子に会った時の場所になった。大輔と勇子もそこにいた。
何度思い出したって結果は同じ。夢の中くらい後味悪いのは勘弁してほしいものだが、強烈に印象に残ったことは忘れたくても忘れられなくて、こうして夢に見る。この夢、半年くらい続いたっけな。
目の前に鬼が現れる。じくじくと胸が痛む。
鮮明に覚えている。
俺はこの時、“心の凍てついたモノ”とか“情無し鬼”とか呼ばれていた。だけど、本物の鬼が出てきてしまえば、やっぱり俺も人の子でしかなかった。御影春山が恐くて恐くて仕方なかったんだ。妹を連れて逃げようという考えが浮かぶことはなかった。
勇子は近くにいた俺と大輔の手を引っ張った。妹は取り残された。俺は勇子の手を振り払って振り返るんだ。
そしてそこで、死んじまった妹を見た。
「―――ッ!!」
くそ、胸が苦しい。
夢だってわかってるのに、覚めない。早く覚めて欲しいとも思っているのに、心のどこかでは、まだ覚めないでくれと願っている。
最後までこの夢を見たいんだ。
なんでだろうな。
わからない。
わからないんだ。
この夢を見るといつもこうだ。
街並みがかすれて消える。取り残されたのは小さな俺だけ。の、はずだった。
いつもと違うのは、大輔が残っているということだ。
わかっている。
この理由はわかる。
先日の煉紅の一件のせいだ。
でもそれを責める気にもなれないのは自分が心のどこかでそう思っているからだ。
大輔が俺を責める文句なんてわかりきってる。それでも傷つくのがわかってる。
妹の姿がかすれて現れた。
ああ、始まる。
懺悔が。
「―――なんで俺みたいな…ロクデナシが生き残っちまったんだ…」
へたり込む俺。妹が血まみれの姿で小さな俺の体を押し倒した。
「そうだよ―――なんでお兄ちゃんだけ生きてるの」
久しぶりすぎて、わかりきってる台詞にすら傷ついた。
「どうして私だけ死んだの?」
「俺がお前の手を引けなかったから」
「どうして?」
「―――恐かった、から」
自己保身に走ったのは俺だ。というか、自己保身すらできていたのかどうかって感じだが。
「私ももっと生きたかったよ」
妹の手が俺の首にかけられる。
「…」
俺は黙り込んでしまう。抵抗はしない。
首を絞められていく。
「「役立たずは死んじまえ」」
俺が嗤っているのが見えた。その時、俺の目の前に大輔が現れた。
ああ、そうだよな。お前は今までここにいなかった。
だから、お前の対象は、俺。
「…お前も死ねばよかったのに」
大輔が泣いていた。
「俺の両親を返せ」
「―――ッ!!」
冬士は体を起こした。
冷や汗をかいていた。2人部屋なのに千夏が起こしてくれなかったのが恨めしかったが、千夏はどうやら部屋にいないようだった。
仕方がないことだと思って、冬士は着替え、部屋を出た。