「…勇子姉、今の鬼気なんだ?」
がらりと教室のドアを開けて入ってきたのは迅だった。迅の体はまだ微かに震えており、壁を伝って歩いてきたらしい。
「…冬士が家出しました」
「…家出、じゃねえだろ。 勇子、すぐ冬士探さないと」
大輔が言った。Aクラスの生徒は大半が気を失っており、意識があるのは烏丸と闇を含めて8人だけだった。
「千駄ヶ谷の神童じゃねえか。 あの鬼気に中てられて意識があるとは、なかなかだな」
「影山先生」
龍冴がやってきて、クラスを見渡した。
「やっぱこのクラスが一番起きてるやつは多いな」
「影山先生、烏丸燎と赤石翔を置いていくので、私たちが外に出る許可をください」
勇子が龍冴に向かって言った。
「ああ。 …土御門の神童は窓ガラス破って行きたそうな勢いだな、おい」
「飛歩が使えない自分が憎いです」
飛歩とは、禹歩から発展した、霊脈に乗って長距離の移動を可能にする歩術のことである。ただし才能にかなり左右される。
「そのうちできるようになるだろ、お前さんなら。 …烏丸、闇、手伝え。 他のクラスも皆ぶっ倒れてやがるからな」
龍冴はまだ少し呆けている烏丸と相変わらずせんべいをかじっている闇に声をかけて勇子たちに行くように示した。
勇子は朱里に近づいた。
「鋼山さん」
「?」
「迷惑じゃなかったら、冬士を探すのを手伝ってくれないかな?」
勇子の目は真剣なものだった。朱里はうなずいた。
「迷惑だなんて、そんなことありません」
勇子はその答えを聞いて、小さく笑った。
「ありがとう、鋼山さん」
勇子は赤い紋のある符をホルダーから取り出した。
「迅、行くよ!」
「うっす」
迅はだいぶ落ち着いたらしく、すぐに走り出した。次々と生徒が教室を出て行った。
「…」
朱里はふと、今日編入してくる予定であったいとこのことを思い出した。
いとこである鹿池アレンである。
連絡を入れておかなければ心配されるだろう。
朱里はメールをアレンに送り、走り出した。
考えるのは冬士の事だ。
冬士は自分のことはあまり語るほうではなかろう。遠巻きに見ていてもわかりづらいが、話をはぐらかすのはかなりうまいほうだ。冬士は話せばならないことがここ最近は多かったために自分のことをよく語るように思っていた。
冬士がその思い出の中の感情を語ったことがあるか?
表情はよく変わるか?
どちらも、答えは否。
少なくとも朱里が見ていた範囲で、冬士は一度も感情を表には出していない。
触れられたくないことの一つや二つ彼にもあるだろう。そこまで突っ込んでいく気は毛頭ない。そうであっても、あまりに自然な作り笑いが顔に張り付いているのが、朱里にはすぐにわかってしまった。
「冬士、もう少し、周りを頼ってもいいんじゃないですか」
小さくつぶやいた。
友達は周りにいるでしょう?
もっと頼っていいでしょう?
一人で背負い込むなんて、無茶をするだけだ。
「―――!」
朱里は強い金気を感じた。
(…これは、何だろう…かなり強いみたいだ)
霊気の流れを視て、朱里はその金気の流れてくる方向へと足を向けた。
「―――」
「あ、おい亜門、どこ行くんだよ!」
教師の言葉を無視して教室から飛び出していく少年。
佐竹エクソシスト養成学校―――別名佐竹エクソシスト科の生徒である。
「あのバカを連れ戻せ、十(つなし)、四月朔日(わたぬき)」
「はい」
「はい!」
男子生徒が2人立ち上がり、少年の後を追っていく。
少年はスリッパを靴に履き替えるなり全力で走っていく。
「ああもうあのバカなんちゅうスピードや!」
「亜門足はえーな」
「アンドロマリウス! 亜門追うで!」
十輝昭(てるあき)、四月朔日ルイ、それぞれエクソシスト訓練生である。すっとフクロウが飛んで来る。
「ストラス、行こう」
「わかりました。 しかし、なぜあんなに全速力で出て行ったのでしょうか?」
フクロウ―――ストラスが言った。
「たぶん、あれやな。 未来予知」
「ああ…しかしそれだとまずいですよ、亜門が見ることができるのは確実に起きる未来です。 その未来の事象を変えることはできません」
「それでも行ったってことは、まだ何とかしたいこと自体は何とかなるっちゅう事とちゃうんか」
輝昭が言い、ルイはうなずいた。
パーカを着た青年が現れる。
「…あー、なんか面倒なことに巻き込まれたっぽいな」
青年は輝昭に手をかざした。
「ほら、行くぞ」
渋谷は人の行き来が激しい。それを加味してもやはり金気が多くなっている気がする。
それは思い違いでも何でもなく、事実である。
それがわかっているがゆえに、亜門は確実に目的の場所へと近づいて行っていた。
サイレンが鳴る。
『霊災発生。 レベル9、フェイズ4、タイプ獣(ビースト)、四神型、白虎』
亜門の前方で金気が爆発的に広がった。
「―――」
隠形していた白虎が姿を現した、と言ったほうが正しいのだろう。
そこは、渋谷駅前の公園。
そこには、亜門が探していた人物の姿もあった。だがどうやら、意識が朦朧としているようだった。
「おった!」
知り合いの声が後方から近づいてくるが、今は黙っていてほしいものだ。
「亜門、どないしたんや!」
「輝昭、ちょっと黙ってください」
ストラスが言った。亜門は白虎のほうをじっと見つめていた。
『―――』
白虎は少年に言った。
『少年、賭けをしないか』
その声ははっきりと周りにも聞こえる声だった。
行き来していた一般人の大半は白虎の出現とともに気を失って崩れ落ちている。一部の意識のある者たちは目の前の巨大な虎を前に恐怖ですくんで動けなくなっている。
何より、さっきの声は。
少年がうなずいて、白虎は少年を背に乗せた。
その様子を亜門はただ見つめているだけだった。
口をきけずにいるルイや輝昭は、だいぶ青ざめている。
白虎が大きく一声鳴いた。
「!」
輝昭がひるんだ。
白虎はそのままふっと光になって消え去った。
「…なんやったんや、今の白虎…」
輝昭が座り込んだ。亜門は振り返ってようやく4人に声をかけた。
「早かったな」
「俺が魔法つかったしな」
アンドロマリウスがさらっと言った。
「…亜門、何がしたかったんや?」
「…さっき白虎に乗ったやつ。 アイツ俺のダチなんだよ。 影山冬士っていうんだ」
「「!」」
アンドロマリウスとストラスが顔を見合わせた。
「どうしたんだよ、ストラス?」
「…いえ、われわれちょっと依頼を受けている解呪がありまして。 その呪を掛けられているのが確か影山だったと思うのですが」
ストラスが言う。アンドロマリウスはうなずいて、ケータイを取り出した。
「?」
「あれは相当精神的にぐらついてたが、原因の魔法は分かった。 ストラス、お前陰陽局行け」
「では、こちらは任せますよ。 ルイ様、亜門、くれぐれも無理をなさらぬように」
ストラスはそう言って飛び去った。
「…よく意味わからなかったんだが」
ルイが言うと、アンドロマリウスが苦笑いした。
「さっきのガキは、呪術によって精神操作された人間に囲まれて暮らした成れの果てだな。 たぶん精神的にやばくなって、知り合いのとこを逃げ出してきたってとこだろう」
亜門を一瞥するアンドロマリウスに、亜門はうなずいた。
「あいつも生成りだ」
「しかし、影山か。 分家のほうの息子さん陰陽師になる気だったのか…」
「?」
「あの制服、倉橋だぞ」
アンドロマリウスは空を見上げる。正しくは、霊気を見ている。
「…建設中のビルのほうだな。 亜門、知り合い倉橋にいるか?」
「いねえ」
「人脈のなさは相変わらずだなボケ」
アンドロマリウスがそう言った時、あの、と声をかけてきた少年がいた。
「?」
「ぼ、僕、矢竹犬護っていいます。 ちょっと、いい、ですか」
飛歩…オリジナルです。禹歩は実際にあります。
霊脈に乗って遠くへ移動する術です。東レでは禹歩とされていました。