日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第6話 冬士にしてあげたいこと

 

「…矢竹、か。 どうした?」

アンドロマリウスが声を返すと、そこに黒い髪の先が赤い少年や紅色の髪の少女が近寄ってきた。

「あ、あの、僕らの友達の話をなさっていたようだったので」

「…ああ、影山の息子のことか?」

「は、はい」

犬護の声は震えている。

「…影山の人間はほかにいるのか?」

「いません」

少女が言った。

「お前らは?」

「神成勇子です。 この黒髪が土御門千夏」

さらに赤毛の少女が近づいてきた。

「神成さん」

「?」

「私は先に金気を追いましょうか」

「あ、やめとけ。 これから俺らも向うから」

亜門が声をあげた。

「…」

千夏がずっと黙ったままだ。目を細めて、亜門をじっと見ている。

「やっぱり、冬士君は白虎と一緒に…?」

犬護の不安げな声に、アンドロマリウスはうなずいた。

「…冬士が言ってたダチってお前らなんだ。 安心したぜ」

亜門が言った。

「?」

「土御門千夏、神成勇子。 あと名前がよく出てきてたのは雅夏大輔だけど、お前らに言っとかなきゃな」

亜門は千夏の目を見つめ返した。千夏は亜門を見て、うなずいた。

「大輔には電話する」

「よし。 …今博識王子が陰陽局に向かった。 冬士の両親に掛ってる術が解けるはずだ」

「!」

「それ本当なの!?」

勇子が声をあげた。千夏も目を見開いて、そして、小さく笑った。

「…えっと、みなさん…」

「俺は火橋亜門」

「十輝昭や」

「四月朔日ルイっす」

「俺はアンドロマリウス。 輝昭と契約してる」

犬護が首をかしげた。赤毛の少女も首を傾げたが、勇子が言った。

「アンドロマリウスは悪魔ね。 ソロモン72柱だったかしら?」

「ああ。 日本じゃ無名なもんで生活しやすくていいぜ。 あ、博識王子ってわかるか?」

「ストラスかな? フクロウの姿を私の式神が見てるんだけど」

「正解だ。 さて、こっちは影山息子を追うぞ。 赤毛の、そっちの娘さんは?」

アンドロマリウスが尋ねる。

「鋼山朱里です」

「そうか。 道を突っ切るからついてこい」

アンドロマリウスは全員の名と、何かつぶやく。

「効果時間は5分でーす」

「もうちっと何とかならへんのか」

「輝昭の寿命が縮むだけだ」

「…ごめん無理」

「誰も強要なんざしねえって」

アンドロマリウスはそう言って、トン、と地面を蹴った。

 

 

 

 

 

もしも父親から愛されていなかったら、もし母親から愛されていないと感じたら、どういう反応を示すのが普通だったのだろうか。

わかってくれなんて言う気はない。

わかってあげられなかったのはむしろ自分たちのほうなのだから。

 

「彩月ちゃん、これから解呪にかかる。 意識飛ばすなよ」

「はい、お義父様」

彩月はうなずいた。目の前には龍冴と、その肩に乗ったフクロウがいた。

「お初にお目にかかります、私はソロモン72柱が一角、第36位ストラス」

「…影山彩月です」

悪魔の力まで借りなければならないほど強力な術式だったのか、と彩月は唇を噛んだ。

「龍冴殿、ここにこの魔法陣を描いてください」

「おう」

龍冴は言われるままに魔法陣を描いていく。彩月の横には良仁―――冬士の父親がいた。

「…できましたね。 彩月さん、あなたから解呪します。 中に入ってください」

ストラスに言われるまま魔法陣の中に入る。

ストラスが魔法陣の周りを一度回る。

魔法陣が光り始めた。

彩月の脳裏に蘇ってくるのは、冬士と紫苑に対する自分たちの対応への後悔ばかり。

「…く―――ダンタリオンですか…これは骨が折れますねえ」

ストラスは小さく唸って、何かつぶやく。

「…いったいどうなってんだ?」

「はて、どうしましたか、龍冴殿?」

「いや、視界が真っ黒で何も視えねえ」

「ダンタリオンは水属性ですからねえ。 陰陽道では水は黒でしたね」

ストラスはポンっと宝石を取り出す。

黒っぽい石。

「黒水晶(モリオン)?」

「はい。 浄化にはこれが一番手っ取り早いですから」

ダンタリオンの魔力が絡んでいる以上は、これだけで足りるとは思えませんがね。

そう付け足して、ストラスは魔法陣に向き直った。

「彩月さん。 あなたが息子さんにして後悔していることを思い浮かべてください」

彩月はうなずいた。

冬士にして後悔していること。

数え切れないほどある。

紫苑と一緒に笑ってる冬士を見て、むかむかとしていたことがある。冬士の為にご飯を作ったことなんかない。母の日で冬士が買ってきたカーネーションを受け取って笑顔で捨てたことは思い出しただけで自分に腹が立つ。

「…悲惨ですね…」

「やっぱ、狙われてんのか?」

「狙われてますね。 ダンタリオンの能力は相手の感情を操作することもできますから、イベントの日を重点的に狙って仕組んだのでしょう」

「…クリスマスも誕生日もすさまじいからな…」

龍冴は思い出したようで、目じりに涙が浮かんだ。

「…あなたが泣くほどのことですか?」

「冬士はな、いとこの顔も名前も知らねえんだ。 うちには一度も来たことがないし、飯も作ってもらったことねえだろうな」

「…むしろよく今まで堕ちずにいられましたね。 彼本当に生成りですか?」

「あいつの鬼は山神だからな、多少勝手は違うかもしれん」

龍冴の言葉にストラスはふともう一つ石を取り出す。また、黒だ。

「オニキスです。 これを彼女の周りに撒いて来てください」

ストラスに言われ、龍冴はオニキスを受け取って彩月の周りに撒いた。

「彩月さん、その思い出が辛いなら、その思い出をぶち壊してください。 その思い出を繰り返さないと心に決めてください。 息子さんに、してあげたいことを思い描いてください」

ストラスが大きく声を張り上げた。

影山分家、そこはとくに広いわけでもない。ただ、たった4人で住んでいると少し大きい家だった。もうこの家には2人しかいない。紫苑は死んだ。冬士は神成家に引き取られた。その原因は両親の冬士への対応だった。

支えのない生成りは堕ちやすい。堕ちれば人間でなくなるどころか、意識そのものが塗りつぶされてしまう。霊獣でも人間でもない、意識のないモノに成り果てる。それなのに、それが狙うのは人間だった自分を助けてくれなかった人間ばかりだ。

冬士が堕ちれば狙われるのはまず両親だ。そう判断されてしまい、冬士が入院して神成に引き取られるまでに彩月も良仁も一度も冬士には会っていない。

「…」

冬士に、会いたい。

「―――綻びができましたね。 彩月さん! 叫びなさい!」

ストラスはそう叫んで、龍冴を見た。龍冴はストラスと目を合わせて、うなずいた。

「彩月ちゃん! 冬士に何してやりたい? いやそもそも、冬士にどうしてほしい!? 冬士にとってどんな存在でありたい? 」

「―――」

彩月はギリ、と歯を食いしばった。

頭痛がする。だが、ここで負けるわけにはいかない。

ここで負けてなるものか。冬士はもっと苦しい思いをしてきただろう。そうさせたのは自分だろう?

「冬士に、会いたい! 冬士を、抱きしめたい! ご飯も作ってあげたいし、一緒に笑いたい!!」

抽象的な望みしか出てこない。それでもそんな望みが、彩月には遠かった。

冬士のためにと何かしようとすればすぐに頭痛に見舞われ続けてきた。倒れた回数だって一度や二度ではない。

痛みに逃げ続けてきたのだ。

ここで踏みとどまらなければ、永遠に冬士に伸ばす手も、合わせる顔もありはしない。

「冬士の名前を、呼んであげたい…」

一度も名を呼んだことがない自分の長子を。

「―――」

ふらふらと良仁が魔法陣に近づいてきた。ストラスは言った。

「ダンタリオン、もういいでしょう? 冬士君の後ろには火炎侯爵と閻魔天がいるのですよ?」

「…そうだな。 ふふ、この術をかけた男はまだ生きているが…ちょうど今マルファスと衝突している。 これを機に契約者を捨てるのもありだな」

「…恋愛感情以外で人の感情を弄ぶのはあなたくらいなものです。 悪趣味極まりありません」

ストラスは良仁に語りかける。いや、それは良仁ではない―――ダンタリオンである。

「…良仁に取り憑いてんのか?」

「…いや。 この男はその女に掛けた術が一部乗っていてな、こちらから自由に動かせる」

「…離れやがれ」

「まあそうせかすな、“龍使い”。 ―――だがまあ、貴様ら親子には楽しませてもらった。 礼をしてやる」

ダンタリオンはそう言って、本を取り出した。

「…ふ、子供は大事にしろ。 お前たち両親のかける言葉が子供のこれからのすべてを決めるぞ」

本が光る。ダンタリオンはストラスに言った。

「ストラス、あの方の傍を離れるなよ。 さて…おいとまさせてもらう」

良仁が目を閉じる。本が消え、彩月の周りの魔法陣からも光が消えた。

「…終わった、のか?」

「…はい。 ダンタリオンが術を解きましたね。 …たぶん、術者が死んだのかと」

「…マルファスって確か中部にいたな…しばらく出張になりそうだ…」

龍冴は彩月のほうを向いた。

「立てるか、彩月ちゃん」

「…はい」

彩月は立ち上がった。まだ少しふらついてはいるが、大丈夫だろう。

「…彩月さん、よく頑張りましたね。 ダンタリオンは基本自分から術を解くことはありませんから、それをさせたというのはかなりすごいことですよ」

「…ありがとう、ストラス…。 良仁君、いつまで寝てるの!! 冬士のところに行くわよ!!」

「…寝ているわけではなくてだね…体中が痛いよ」

「冬士を散々アルミラックの支柱で殴ったあなたが言えることなの!? 我慢しろ札用意しろ!!」

彩月が叫ぶのを見て、ストラスがたじろいだ。

「…鬼嫁ですね…」

「影山にはちょうどいい」

龍呉がからからと笑った。

 

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