霊界とは、霊獣の住む、霊気の流れが多いところのことを指す。霊獣たちは霊界で生まれる。そして通常はそのまま何も干渉してこない。
それはちょうど、サバンナなどへ人間が入ってしまうと肉食の猛獣に襲われるのと同じで、霊獣たちに人間が干渉すれば霊獣は人間に牙をむく。
そんな霊獣たちの故郷である霊界は、階層構造になっていることが判明している。
いわゆる“天界”と“地獄”が存在しており、階層によって住んでいる霊獣が異なる。
例えば、龍。彼らは天界に住んでいる。一方で、鬼。彼らは地獄に住んでいる。
つまり、強いモノは霊界の最上層か最下層に寄っているということだ。
「―――っていうのは知ってるわね?」
「うん」
勇子が頷き、大輔もまた頷いた。鷹と勇子は契約を結んだ。
「で、ここはキマイラ層。 キマイラ層がどういうところかは知ってる?」
「よく知らないです。 電子機器が使えて、人間界と同じような地形をしている代わりに、場所によって季節が固定されてる、としか」
勇子が言うと、鷹は頷いた。
「大体あってるわよ。 じゃあ、もう一つ質問」
鷹は勇子と大輔のケータイを指して言った。
「それ、メールで人間界と連絡つくってのは知ってる?」
「!」
勇子と大輔は顔を見合わせた。勇子はメールを父のケータイに送る。
「…ホントだ、送信できたよ」
「内容は?」
「テスト」
「…馬鹿勇子」
大輔が息を吐いた。鷹は爆笑した。
キマイラ層というのは、タイプ合成獣(キマイラ)(以下キマイラ)の出身地という意味でつかわれている名称だが、呼び方が国によって違う。タイプキマイラに分類されているのは麒麟やキメラ、牛鬼などといったものである。
ただし、ずっとキマイラ層に住んでいるわけではないため、霊獣の種類を層だけで分類してしまうのは軽率だ。
あくまでも日本人は、霊獣たちの特徴から分類している。また、霊獣の中にはいくつもの特徴を持っているために複数の分類がかぶっているモノがいる。例えば、鳳凰。鳳凰はタイプキマイラであり、タイプ鳥(バード)となる。
タイプ鳥人はタイプキマイラとタイプ鳥の複合分類だ。
「日本は細かい」
「レアものまでひとくくりにしちゃったら大変じゃないですか(笑)」
ふっと、少年が目覚めた。
布団に寝ていた。見覚えのある部屋だったが、そこは本当にそこなのかとすぐに疑問を抱いた。体を起こすと、微かに違和感があった。
(…これは、結界? いったい誰が…?)
少年、名は千陣谷咲哉。“新家”千陣谷家の次期当主である。
髪は碧。瞳は紺色で、木気の影響を強く受けているのが窺える。
布団から抜け出して、いったん部屋を見回す。廃屋というまでは劣化していないが、それでも人が住んでいるという表現ができる状態ではない。しかし、何者かの生活しているらしい跡だけは見て取れた。
窓の障子はところどころ破れている。ふすまも表面の紙は破れ、中の骨が見えていた。だが、埃はあまりない。
咲哉は窓の外を見た。海だ。
「…まぶしっ…」
海面がやたら低く見えるのはなぜだろうか。そして、何よりも。
「…あっちぃ…!」
学ランが暑い。中学校の制服が暑い!
咲哉は学ランを脱いだ。
咲哉の記憶が正しければ、自分は転移霊災に巻き込まれたはずだ。体の端から透けて転移していくのを見ていたのだから間違いないだろう。
咲哉はいったん家から出た。
外の通りを見渡せば、そこは咲哉の実家のある海沿いの通りだった。わかってはいたのだが。
咲哉は堤防から身を乗り出して、下を覗き込んだ。
「…ああ、やっぱり」
咲哉は一人頷く。咲哉は堤防から戻り、家へ入って行った。咲哉が見ていたそこは、ブロックが海水にさえぎられて焼けていないラインが2本あった。今海があるのは、咲哉が知っている海のラインよりも、下だった。
家に戻った咲哉を待っていたのは、腕が5対はあろうかという青年と、下顎のない女だった。
「うわっ、…って、タイプ蟲人(インセクト)か」
「落ち着いてるな」
「蠱毒使いですから」
咲哉はそう言って、いったん2人に礼をした。
「俺は千陣谷咲哉。 ぶしつけで悪いけど、ここはどこ?」
「俺は船島、こっちはリン。 ここはキマイラ層だ」
的確に手短に答えた船島という男は、虫の特徴を備えた人型の霊獣ということになる。
「…キマイラ層?」
「一番人間界に近い霊界だ。 お前、1週間も目を覚まさなかったんだぞ」
咲哉が止まった。そんなにもう時間が経ってしまったというのか、と咲哉は思考する。
1週間もいたら霊獣化という現象を起こす可能性があるのである。
「…それ、俺霊獣化し始めてるんじゃ」
「いや、それはない」
「…なんで?」
「お前がこっちに来てすぐにな、誰かが結界を張った」
「!」
身に覚えがある咲哉は改めて違和感のある結界を意識する。
霊獣化とは、霊界の霊気の量に人間の肉体では耐え切れないため、人間の体が霊気の圧力に耐えきることができる肉体に“進化する”ことを言う。もしも霊獣化してしまえば、安定するまで人間界に帰ることはできなくなってしまう。
「結界張ってるやつに感謝してやることだな。 そいつはおそらくもう霊獣化し始めてるぞ」
「えっ、そんな…!」
咲哉は悲痛な声を出す。リンがふと声を上げた。
「ねえ、そいつら知り合いなんじゃない? 大規模だったし、数人来てるでしょ? 誰か連絡取れないの?」
「電波通じるんですか」
「電話使えるよ」
リンの言葉を信じて、咲哉はケータイを開いた。一番上に名前がある人物へ電話をかける。
『…よぉ』
「とうじぃぃぃ」
悲痛な声を上げる咲哉。咲哉の友達の名の一番上はカ行、影山冬士だったようである。
「今どこ」
『…聞いても絶対来るなよ』
冬士の声は微かだが、上ずっている。船島が微かに眉根をひそめた。
「分かった」
『…109の…ッ、4階だ』
「…冬士、なんか声がエロい」
『言うな今はマジで』
冬士は何かに耐えようとしているように咲哉には感じられた。
「…冬士、他に誰がいる?」
『…ッ、勇子と、大輔は…、わかってる…っぁ』
咲哉は不安になって船島とリンを振り返った。船島はしかめっ面になっていたが、リンは苦笑いで大丈夫と小さく言った。
『…咲哉、わりぃ…勇子たちと、合流してくれ…』
「?」
船島が途端に咲哉からケータイを取り上げた。咲哉は呆然として船島を見た。
「俺は船島、霊獣だ。 咲哉は俺たちが責任もってお仲間のところに送ってやる」
『…頼む…』
「…お前、まさかとは思うが、エルオデスに捕まったな?」
『…察しが早くて、助かるぜッ…』
「頭をやられるんじゃねえぞ。 タイミングみて転移しろ。 駅を出てすぐのところに太陽のマークがあったはずだ。 そこに入ってお仲間のところに向かえ」
『…ああ』
船島はそう言って電話を切った。
「…今の色々聞きたいことがあったんだけれど」
「なんだ」
「まずエルオデスって何」
「…タイプキラー、テンタクルだ」
「死ぬッ! 冬士が死んじゃうッ!!」
パニックを起こす咲哉をリンが押さえる。
「大丈夫よ~」
「なんで言い切れるんだよ!」
「だってあの子、たぶん結界張ってる子よ~?」
「…」
咲哉は動きを止めた。船島は小さく息を吐いた。
「あいつの足を引っ張りたくなかったら勇子とかいう奴のところへ向かうぞ。 結界が広範囲に及べば霊力は霧散、抵抗力が落ちちまって、エルオデスみたいな軟弱物の苗床にされちまう」
「苗床ってなんだよ」
「…人間にあいつらが卵産みつけるって話、聞いてないのか」
「…とうじぃいいいい!!」
「ダメだなこいつ…」
船島はため息を吐いたが、そのままリンが咲哉を抱えて外に出て行ったのを見て、あとを追った。
「…冬士は大丈夫だよな?」
「大丈夫だろうな。 エルオデスに捕まって結構経ってるはずだし、それであれだけ喋れるなら安心していい」
咲哉はしつこく船島の顔を覗き込んで尋ねてくる。そうとう心配していることの表れなのだが…船島からすればうざったい。
「絶対だよな」
「安心しろ。 問題なのはどっちかっていうと、おそらくその冬士ってやつと一緒にいたもう一人の方だ」
船島の言葉に、咲哉は首を傾げた。
「もう一人いたっけ?」
「ああ。 お前には聞こえてないみたいだが、隣でかなり嬌声を上げてたやつが一人いた」
咲哉はぐっと唇をかんだ。
「全然気づかなかった…これでも千陣谷家の次期当主なんですけれど」
「仕方ねえだろうよ。 109っつったら冬エリアで、あそこのエルオデスたちは群れてて強力だからな。 防音でもされたんだろ」
船島は淡々と事実を述べ、歩き続けた。
しばらく歩いたところで、太陽のマークが描かれた広場に出た。
「…こんなの人間界にはない」
「だろうな。 こっちの人間が季節感の移動の為にって作った代物だからな」
船島はそう言って、咲哉をそこに押し込んだ。
「?」
「太陽を見上げたら、意識が飛ぶ。 ここにいれば他の霊獣の干渉は受けない、ただし、次目覚めるのは明日の朝だ」
「そんなのがあんのかよ…」
「ああ、まあな。 勇子ってやつがいる場所はわかるか? わからねえなら電話しろ」
咲哉は勇子に電話をして、場所を聞いた。ケータイをしまって、太陽を見上げた。
「どこだって?」
「神成本家、東京」
「向こうで会おう」
船島はそう言った。咲哉は意識を失った。
青年は静かにそこに降り立った。
「…電波が飛んでたのはここか…」
彼の名は、多嶋蓮司。
十二神将『断空』の称号を持つ者―――。
多嶋さんは大体25歳ぐらいです。