途中で大人が空気になりますが気にしないでください。
少年のケータイが鳴る。
「あ! …ええ?」
少年はケータイを見てがっくりと肩を落とした。
「朱里…」
彼の名は鹿池アレン。鋼山朱里のいとこである。
今日この日編入手続きを終えて、朱里に会いたくて頑張って早く実家を出てきたアレンが学校に着いたのは、霊災発生の放送があって少したったころのことだった。
アレンは午前中には着けるから、倉橋の学園内の案内をしてもらうことを朱里と約束していたのだ。
メールの内容はこうだ。
『友達のピンチに召喚されたから行ってくる! 案内は無理っぽい』
「―――もう、朱里いいいいいい!!」
アレンの叫びが虚しく虚空に消えた。
「渋谷に出現した白虎だが、どうやら倉橋の学生が1人捕まっているらしい」
千陣谷康哉の言葉に、その場に緊張が走った。
「…で、その捕まってる奴ってのが影山のおっさんの孫ってことかよ」
真っ赤な瞳と薄いオレンジ色の髪の青年が言った。
「そういうことだ。 生憎と龍冴さんは今いないから、動けるのはお前と多嶋ぐらいだが」
康哉の言葉に青年ははあと息を吐いた。
「要は俺に出ろって言いたいんでしょう? わかりましたよ、行ってくりゃいいんでしょ」
この青年、名を蓮道昌次郎という。
「白虎はできれば殺さずにな。 お前何でもかんでも殺すから」
「ハ! よわっちいのが悪いんすよ? でもまあ、白虎は俺も相性悪いっすから、多嶋さんいれば何とかなるんじゃないんすか?」
昌次郎はジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「多嶋、昌次郎が冬士君を傷つけないように見張っておいてくれ。 今下手に揺さぶられると堕ちる可能性が高いらしい」
「! …わかりました」
多嶋蓮司がうなずいて、昌次郎とともに部屋を出て行った。
「…しかし、どうしてまた白虎が」
「…アンドロマリウスから連絡が入ったんだが、どうやら冬士君に話しかけたようだ」
康哉の隣に立っている青年が小さく唸った。
「いとこが心配か?」
「…ええ、さすがに白虎クラスのモノへの対応はあいつでもわからないでしょうから」
青年の髪は短く刈り込まれており、二か所だけ銀髪のメッシュが入っている。金気の影響である。
「…おそらくその白虎は、倉橋と影山に関係している。 ―――それ以外の可能性もあるが、俺の見立てではおそらく龍冴さんと倉橋大御所の知り合いだ」
「…人間が白虎になるなんてこと、泰山府君絡み以外の何でもない」
「たぶん、先日の鬼のせいだろうな」
康哉は窓の外を見た。
「職員じゃないお前に頼むのもあれだが、独立十将の招集をかけてくれるか」
「どうかしたんですか」
「雅夏の子がな、鬼との戦いに龍を引っ張りだしたんだ。 道摩法師が降りてくる可能性がある。 そっちの警戒をしてもらいたい」
「…また面倒なのが来ますね」
「理由を聞かないでいてくれるところがお前のいいところだ、鋼山折哉」
建設中のビルの5階ほどに、白虎がいた。そのすぐそばで紫がかった髪の少年が眠っている。少年の傍には銀髪の少年がいた。
銀髪の少年は紫がかった髪の少年の頭を撫でる。
慈しむように。
その目に宿った光は柔らかい。
「…君の友達はきっと君を連れ戻しに来る。 その不安を吹き飛ばしてくれるくらいの勢いで、君の手を掴みに来るだろう」
銀髪の少年はそう呟いて、立ち上がった。
「あーあ。 “鬼降し”と“断空”が先に来ちゃったか」
白虎がすっとビルから出ていく。少年の姿が透けて消えていく。
「冬士。 皆が来たら、飛び降りていいよ。 ここの霊脈には乗れるね?」
口端を上げて、少年は笑った。少年の姿は完全に消えた。
建設中であるために立ち入り禁止のテープが張られていたビルの建設現場だが、白虎がいるために今は祓魔関係者しか立ち入れなくなっている。
蓮司と昌次郎はビルから姿を現した白虎を見上げた。
「ハ! わざわざ広いとこに出てきやがった!」
「…冬士君の水気を感じる。 あいつが出てきたところに冬士君がいるのかもしれない」
「とっとと捕まえて局長に突き出しましょうよ」
昌次郎はすっと息を吸い込んだ。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・エンダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」
火界咒を唱えると、昌次郎の霊気が一気に炎に変化して白虎へと向かう。白虎は一声鳴いて、風を起こした。
「風…まずい、冬士君の霊気を引っ張る気だ」
「…その冬士って奴、属性は?」
「…水がメインだ」
「チッ。 相侮(そうぶ)を使う気か」
相侮、すなわち、本来ならば相剋で打ち勝つことができるはずの属性(水なら火)に負けるということである。水が弱すぎて火によって蒸発させられてしまうという状態をいったものである。
金気を纏った風が火に勝った(相侮した)ならば、その炎はそのまま白虎の武器となってしまうことだろう。
この場合、冬士の水気で昌次郎の火気を相剋して弱体化させ、金気で相侮するといった流れになる。
「一気に決めたいんすけど」
「ビル、壊すなよ」
「そんなの白虎を祓えなかったってことで祓魔局に請求しましょうよ」
「こら、それでも公務員かお前」
「公務祓魔官ってだけじゃないっすか」
愚痴りながら、昌次郎は空中へ飛んだ。
その時、近づいてきた霊気に気付いて、蓮司は振り返った。
「勇子様!?」
「蓮司さん! 白虎と戦ってるのは昌次郎ですか?」
「ええ、そうですが」
蓮司が言うと、勇子の後から辿り着いた倉橋や佐竹の生徒たちが近づいてくる。
「皆は冬士君を探して?」
「はい。 佐竹の生徒が見てたみたいだったので話を聞いてここへ来ました」
超有名人である十二神将を相手に物怖じせずに普通に話す勇子に、犬護は目をきらめかせていた。
「勇子様、冬士君は5階ぐらいにいます。 白虎に何かされてるかもしれないですけど」
『それはないわよ』
「!?」
突然聞こえた女の声に蓮司はあたりを見回した。
「…煉紅、どういうこと」
勇子が言うと、ふっと鬼の女―――煉紅が姿を現した。
「あの白虎は…イサコの息子」
白虎を見上げて煉紅は言った。白虎を炎が包むが、一瞬で打ち消されている。
「なんだって? イサコって、50年前の…?」
「そうよ。 ―――」
説明をしようとした煉紅が止まった。
「?」
また新たに近づいてくる気配にそちらを向くと、そこには龍冴がいた。龍冴だけではない。
「あ、冬士のご両親ですか」
勇子が言った。
「神成、そう冷たい態度をとるなよ。 もう術は解いてきたんだ」
「ストラスがいい仕事したようでなによりだ」
アンドロマリウスが小さくつぶやいて、女の腕の中にいたストラスを引き取った。
「すげえ疲れ方だな」
「ダンタリオンと張り合いましたから…」
白虎が吠える。煉紅が吠え返した。
「…なんて?」
「時間がない、早くしろ、と」
勇子は5階を見上げた。龍冴が小さく舌打ちした。
「…どうしたんですか?」
犬護が不安げに尋ねると、龍冴は言った。
「あの白虎…まさかとは思うがあれ昌虎じゃねえだろうな!? 右目がつぶれてるが」
煉紅は肯定の意味でうなずいた。
「…ッ! いろいろ聞きてえことが増えた。 土御門千夏、神成勇子、雅夏大輔、彩月ちゃんと良仁のこと頼む。 後、火橋亜門!」
「はい」
「お前はこの中で一番冬士との付き合いが長いはずだ。 頼むぜ」
「うっス」
亜門を見た千夏が少し驚いたような表情を見せた。
「そんな前から?」
「ああ、紫苑の墓参りは3年前に済ませてるぐらいには古い仲だぜ?」
「…そりゃ心強い」
千夏が前に出る。その手には鈴のついたリボンが結び付けられている。
手を振って、鈴を鳴らす。
勇子が符をたくさん取りだした。
大輔はカチューシャで前髪をすべてあげた。右目の鬼眼が覗く。
「…犬護、結界の準備を先にしておいて」
「え?」
「冬士をこっちに引き戻すのは千夏と火橋がいればいいと思うけど、問題なのはそのあとなの」
「え…っと? と、とにかく、結界を張るの?」
「一番強力な奴をお願い。 くれぐれも中に閉じ込められないようにね。 冬士の鬼気で死ぬわよ」
勇子はあっさりとそう言ってビルの5階を見上げた。
「冬士!」
千夏が叫んだ。
ゆらり、と霊気が揺れた。
水気がやたら強くなっている。
「…水気強すぎない?」
「紫鬼が出てきてるな…この頃一回出てきていたから、封印を強化し直さなきゃいけなかったが…やってねえし」
大輔が言うと、千夏が苦笑いした。
「俺も星詠みできたらよかったのになあ」
「それ以上力をつけてチート陰陽師になる気か、千夏兄」
迅が言った。
「来た」
勇子が言う。人影が立ちあがったのが見えた。
「―――」
小さな声だった。冬士が何か言った。すぐそばの戦闘の音でかき消える。
「…なんて言った?」
大輔の聴覚でも聞き取れなかったらしい。勇子は千夏を見た。千夏は少し青ざめており、首を横に振った。
亜門が一歩前に出た。
「俺の手はお前の手を掴むだろう。 お前が望むのなら何度でも言ってやろう。 お前が手を伸ばすのならば何度だってその手を掴みとってやろう。 隣にいないと肩組めないじゃねーか。 とっとと降りて来いよ、親友」
亜門が両腕を広げて見せた。
「…馬鹿だな、亜門」
今度ははっきりと聞こえた。
「俺たちはまだお前らの隣(そこ)にいられると?」
「当り前だろうが。 お前ら全部で影山冬士だと俺は前にも言ったはずだぜ?」
「…同情しないんだな。 お前は相変わらずだ」
「そりゃあ、全部見てるしな。 同情はいらないって言ったのもお前のほうからだったし」
亜門は大きく笑った。
「ほら千夏、お前が呼んでやらんでどうすんだ、ご主人様なんだろ?」
亜門の声が千夏にかかった。千夏は亜門の横に立った。
手を冬士に向かって伸ばす。
「冬士! 帰ってこいよ!」
鬼と最後に戦うのは本人だ。
でも、その支えになるくらいならばできる。
冬士の場合は戦う相手がとても幼いから。
戦う手助けというよりも、支える人間の本音を包み隠さず言ってやることが望ましい。
千夏たちの言葉は改めて冬士に掛ける必要はない。
それくらい、今までの4年でさんざんかけてきた。
だから後半があるのだ。
亜門はきっと千夏の知らないところで冬士を支えてきた友達だったのだろう。
やることは同じだと、亜門もわかっていると信じて。
千夏がするのは、ただ、帰ってくる冬士の手を握って、お帰りと言葉をかけて、笑って待っていること。それだけだ。
「―――」
冬士がビルの5階から飛び降りる。
ゆっくりと、パラシュートか何かで降りてくるように、落ちる速度は緩やかなものだ。
亜門は腕を下ろした。
冬士の足が地面に着いた。
「…千夏…!」
冬士が千夏に抱きついた。千夏のほうが若干背が低い。冬士がそのまま千夏を絞め殺すんじゃなかろうかと思うほど冬士は千夏をきつく抱きしめた。
「…不安だったんだな…」
「…気持ち悪いことたくさん思い出した…」
「…そっか。 …でも、それ、きっと今日、いいことに変わるぜ」
「…?」
冬士が顔を上げた。
「―――!」
冬士が目を見開いた。動きが止まった。
「…な? ここからは親子水入らずで話し合ってこい」
千夏はそう言って、冬士から離れた。
パン、パンと二回手を叩く音がした。
「?」
「はい。 冬士のネガティヴシンキングタイム強制終了!! 影山冬士、お前が人の子だってことの証をとっとと作ってしまおうじゃないの。 行って来い! 待ってるから!」
勇子はそう言って、冬士の背中を押した。
冬士は振り返って、驚いて固まっていた。その表情がふっと緩んで、小さく冬士が笑った。
ゆっくりと態勢を立て直して、正面を向く。
その先に見えるのは、両親。
冬士の名を一度も呼んだことがない人物たち。
ゆっくりと冬士が両親のほうへ歩いていく。
ヘッドバンドをとる。鬼の角がそれだけで伸びてくる。牙が伸び、手の爪が鋭くとがる。
氷が冬士の体にまとわりついていく。鎧のようだ。
彩月と良仁と冬士。
向き合った3人は決して親子と呼べる状態ではない。
「さて…犬護、結界を発動させて!」
勇子が叫んだ。
「四神、四霊、大地の龍よ、われらにその力をお貸しいただかんと願い奉るなり」
犬護が小さく言った。
青白い障壁が、冬士と彩月、良仁だけを囲んで閉じた。