生成りの研究をしていた両親のことは恐かった。自分を見てくれないこともそうだが、俺に飯も作ってくれないくらい研究に没頭するとか当たり前、死にたくないから自炊するようになった。最初はそりゃあ、冷蔵庫の中をひっかきまわすだけだったけれど。
何をしてもしかられたことはなかった。
物を壊しても、喧嘩をして帰っても、喧嘩の結果親が召喚されても。
親父は特にそうだった。
俺に興味がないんだ。
それを悟った時から、俺は両親から離れたくなって、家に帰る時間が遅くなりがちだった。すごいだろう、小学1年生が7時頃まで外をうろついているんだぞ。それを気にしない親。親のところに帰らない理由なんて認められるものじゃなかった。殴られたわけではなかったし、育児放棄はされてたと思うが、家に入れてもらえないわけでもない。
家にいたっていなくたって同じ存在だった。それだけだ。
「…冬士」
「…なんだよ、親父。 いきなり名前呼ぶとか、いまさらだな」
親父にそう返したら、親父は苦い顔をした。
「…本当に今さらだとは思う。 だが、呼ばせてほしい」
「…勝手に呼べば? 今まで通りでいいんじゃねえの? あんたは俺に興味がこれっぽっちもなくて、俺はあんたの背を追うこともない」
あれ。こんなこと言いたいわけじゃねえのにな。
勇子のやつ、この結界特殊な組ませ方したのか、それとも起点に生成りを使ったのか。
後者だろうな、さっき犬護を呼んでいた。
「…冬士、冬士が神成に行ってから、家の中、寂しくなっちゃった」
「…そりゃ、紫苑死んだしな。 4人が2人になりゃあ騒音も消えるだろうよ」
だから、こんなこと言いたいわけじゃないっての。
でも、心のどこかでこう思ってたってことの表れなのだろう。
紫鬼と俺が呼んでいる鬼は、俺の中にはじめからいた鬼だから。
「…冬士、生成りは中の霊獣を追い出せると思うか?」
「…思わねえな。 あんたらが一番よく知ってるはずだ。 生成りは本来人間の心が鬼に変化したものだ。 生きながらにして鬼に成る、ゆえに生成りだ」
いまさらだが、最初から俺は生成りだった。
心にもともと鬼が生じやすかったことに加えて、その鬼は消えることなく結果的に今現在両親に暴言を吐いているモノの本体だ。
俺以上に生成りと称されるにぴったりな奴はいないだろう。
「…ああ。 本当に、そうだ。 鬼に見初められたお前を助けたかっただけだったのになあ。 すっかり歪んでしまったよ」
「…そこまでしようとしたのかよ? 本当に? 嘘はない?」
「ああ、嘘なんてない。 酒吞童子に掛けられた術を解きたかった」
「それで力及ばずってか? 自分と相手の格見てから言えよ。 寝言は寝て言え、大人のくせにそんなこともわからな―――」
やめろ、こんなこと言いたくないって言ってるだろ!!
「親ならそう思うのが最初じゃないか」
「!」
…親父。今、なんて。
親父は、そう思っててくれたのか?
俺の親だと、思ってくれたのか?
「いまさら親面するんじゃねえよ。 いまさら遅いんだよ。 後からなら何だって言える。 あんたが俺を空気みたいに扱ったことは消えない、事実だ」
それは自分がよくわかっている。
やめろよ、そんなこと親父に言うのはやめてくれ。
「―――」
「あんたは紫苑が拉致られて、交換条件が俺だった時、迷わず俺に行けっつった。 行ったよ、大人ばっかだった。 紫苑は帰ってきたよ、そして俺は大人が恐くて全員ぶちのめした。 警察の世話になったよな、あれ俺まだ9つだぜ?」
俺の言葉は自分が理解している事実そのままなのに、言葉にすると重たくのしかかってくる。
「…つらい思いをさせたな」
「いまさらそんなこと言って何になる。 過去は消えない」
「消せないなんてわかりきってるんだ。 むしろ消せないほうがいい」
「―――それで、だからなんだ? 過去は消えない、俺はあんたらなんて消えてなくなればいいと思ってるんだぜ?」
ふざけるな、俺はそんなこと思っちゃいない。おい紫鬼ふざけるな。
声にならない、紫鬼の姿が見えない。紫鬼の言葉ばかり俺に降りかかってくる。
俺が散々抑え込んできた言葉が。大切な人を傷つけるために放たれる言葉は、こんなにも気持ちの悪いものだったか。
実の親に、消えてなくなれだなんて。
「それでも構わない。 そう思われるだけのことを俺たちはお前にしたのだから」
親父の言葉。確かに聞こえるのに、わからない。嬉しいって言えばいいんだろうけれど、その感情がここにない。存在しないものとしてどうやって表現すればいい?
紫鬼がどこかに隠してしまったのか。
俺が紫鬼の感情を抑え込み続けてきたのと同じように。
「…今の今まで俺を気にもしなかったあんたがいきなりそんな言葉をかけてくるのには驚いた」
俺の言葉は俺の言葉じゃない。この言葉を放つのは紫鬼。俺の中に住んでいた鬼。俺が育てちまった鬼。俺はもう戻れない。
鬼が心に住んでしまったならば、二度と、その鬼は消えない。
「…俺にとってはお前は見ていたくないものだった」
「―――」
「名を呼ぶことどころか視界に入れるのも嫌だった」
親父の言葉は、大体俺自身が気付いていることだった。でも直接聞くと辛い。
「だが、冬士。 お前がいなくなったあの日。 お前から電話があった時、ぶち切ったあの瞬間。 俺は後悔にとらわれたよ。 俺は俺自身を許せなかった」
「…後悔、か。 でもどうせすぐに忘れたんだろう?」
「…まあな」
「―――」
ごめんなさいと言おうとすると親父は俺の前から消える。電話だとぶち切られる。あの日もそうだった。
それにしても、紫鬼がイラついている。
親父が言わないことについて、かなりイラついている。
「…なんで術を掛けられていたと言わない?」
「―――そんな言い訳は必要ない。 術を解けなかったのは俺たちの実力不足によるものでしかない。 それによって傷つけられた者に、守れなかった俺たちの言い訳なんて無意味だ」
「…西洋魔術が絡んでいたんだろう?」
「魔法も陰陽術も同じだ。 …こんな回りくどいのはお前らしくないな、冬士。 率直に言ったらどうなんだ。 そのお得意のコミュニケーションで」
親父はにっと笑った。…俺はここは親父に似たのかもしれん。
紫鬼がたじろいだ。
馬鹿だな、紫鬼。
どうせ俺とおまえはどうやったって切り離せない。
切り離せないからこそお前は俺が言わなかった本音を言おうとして頑張っている。相手を傷つけてまで、自分が傷ついてきた分を切り返そうとしている。
―――でも、人間ってそんなものだろう。自分が傷つくのは恐い。傷つくのが恐いからその前に誰かを傷つける。それだけだ。大きくなれば戦争になるだけだ。歴史が見事に語ってるじゃねえか。
「良仁君、ちょっと言わせてちょうだい」
お袋が言って、俺を見る。
「冬士は今まで生成りとして生きてきた」
「…」
「知ってる? 鬼の生成りが鬼を抑え込んで、自分が嫌いな人を殴るのを止めることなんてできないってこと」
「?」
お袋は何の事を言ってるんだ?紫鬼も首をかしげている。
殴る?殴ろうとしたことなら何度だってあった。
結局その手は振り下ろすことこそなかったけれど、それでも親父にもお袋にもかなりの恐怖を与えていたはずだ。
「―――覚えてないの? まだあなたは10歳だった。 紫苑はいなかったわ。 あなたは喧嘩をして帰ってきて、とても気がたっていた。 その時に私たちがあなたにご飯を用意しなかったの。 いつもと違ってあなたは怒ったわ」
「―――」
思い、出した。
あの日は、確か、高校生に絡まれて、亜門と一緒に6人全員ぶっとばして帰ったんだ。
腹はすいてたけど、飯については特に両親に期待なんかしちゃいなかったし、いつも通り昼飯抜きで部屋にこもろうとしたんだ。なのになんでか、無性に腹が立ったんだ。
なんでまともに飯も作ってもらえないんだ、って。
ああ、そうだ。
あの高校生、俺のことをバカにしたんだ。
『お前飯もまともに作ってもらえないんだ? 生きてるの無駄なんじゃねえの』
『鬼はとっとと祓魔師に殺されてりゃいいんだよ』
ああ、そうか。人間として扱われなかったことにキレてたのか、俺。だから亜門も一緒に喧嘩したのか、納得だ。アイツあんまり喧嘩しないからなあ。超絶強いが。
「…だが拳は上げた」
「下ろさないのが大事なの。 …あのときすでにあなたには、あなたがカノンと呼んでいる鬼がいた。 それ以上に、あの時拳を上げたのは、あなた自身の鬼のはずよ」
「恐がらせたことに変わりはない」
「振りおろせば私たちの頭が砕けるわよ。 苦しむこともなかった。 それでもその時拳を下ろさなかった。 あなたは人として生きてきた」
お袋の言葉が、ちょっと温かく感じた。
でも、紫鬼がぶち切れた。
「いまさら空気として扱ってきた俺を人として扱うのか? あんたらの前で人であろうとした俺はお前らによって空気にされてきたんだぞ? それをどの面下げて『冬士』だなんて。 一度も名を呼んだことがなかったくせに。 見舞いに来てくれなんて思わなかったさ。 あんたらを殺して堕ちちまえばもっと楽だったのかもなぁ」
啖呵を切った紫鬼。
たぶん泣いているんだろう。
堕ちる方法ならいくらでもあった。
堕ちようと思わなかったわけじゃない。
千夏を殺すことだってできた。
大輔も殺せたはずだ。
先生も殺せたはずだ。
勇子は無理だと思うが。
それこそ、たまに会いに来ていた咲哉だって殺せたはずだから、俺は堕ちる環境は整ってたってことだ。それでも堕ちたくなくなったのは、純粋に彼らの笑顔が俺に向けられていたからだ。俺はここにいていい、そう思えたからだ。
紫鬼を抑え込んできたのが俺だというのだから、紫鬼はよく耐えたものだ。誰かに感情をぶつけるのは初めてだろう、いや、俺の記憶が正しけりゃあこれが初めてだな。
こんなに啖呵切るのも初めてだ。
その時、紫鬼の声が降ってきた。
―――俺は、なんで、生まれたの。
―――。
それ、言うのか。
なんでって、知るかよ。俺はお前の母親じゃない。父親でもない。
「俺は、冬士なのか? 紫鬼と冬士が呼ぶ俺は、冬士なのか? 冬士は人間なんだろ? じゃあ俺は? まだ鬼にもなりきれてない俺は何?」
「―――そう。 あなたは紫鬼。 …なら、あなたと冬士で合わせて影山冬士ね」
お袋はあっさりと言ってのけた。
紫鬼は首をかしげた。
「あなたといづれ会うことになるのはわかっていたわ。 あなたがいることは酒吞童子と茨木童子から聞いていたし、それに」
「?」
「…影山に嫁入りした身なのよ? 鬼にはなんとなく、気付いていた」
言葉をかけてあげられなくて、ごめんね。
お袋はそう言って、手を伸ばしてきた。
「あなたがいいなら、あなたたちがいいなら、こっちに来て。 母親らしいことさせて欲しいの」
足は動かない。紫鬼は戸惑っているというか、純粋に呆然としている感じだった。
「…いまさら親面するな」
「そうね。 母親としてあなたに合わせる顔なんてないわ。 でも、だからこそ。 今まであなたにしてあげたかったこと、これからしてあげたいこと、たくさんあるから」
お袋の言葉で、紫鬼がぐらついた。
「お、れは…」
紫鬼はもう、言いたいことがまとまらないらしい。ずしり、と、体の重みが俺のほうに戻ってくる。
ああ、頑張ったな、精神年齢8歳児。後は俺が全力で啖呵切ってやる。
「…親父、お袋。 一つ問わせてほしい」
「!」
「…冬士…」
紫鬼が完全に引っ込んだ。親父とお袋は表情を引き締めた。
「…もう俺には混気体質とか関係なしに鬼が混じってるわけだが。 …気付いてるんだろ? 俺と紫鬼には境目なんてないってことをよぉ」
「―――」
親父の表情がこわばっていく。影山って鬼に詳しいらしいが、話そうとしていることを想像してんのかねえ?
「…俺は、カノンも、御影もいるんだぜ。 とっくにこいつらとの境もなくなった。 御影は4年、カノンは6年だ。 いまさら遅いっての」
いまさら、いまさら。
そう、すべてがいまさら、なんだから。
「俺にはもう確固たる俺の霊気ってのはないんだぜ。 混気体質なんざヌルい。 どこからが俺でどこからが御影かすらわからねえ」
「―――」
「そんな俺を、まだ人と呼ぶのか?」
「当り前だろう」
親父が言った。そうか、影山はそういうのか。
「…じゃあ、俺はまだあんたらの子か? 人の子か? 人間なのか? 一番外の封印外しただけでこんな鬼のあさましい姿晒すやつが?」
「「鬼かどうかなんて関係ない!! お前は俺(私)たちの子供だ!!」」
―――。
「ほら、冬士。 そんなところで泣いてないで、こっちにおいで?」
「―――勇子」
大輔が私を呼んだ。冬士の決着がついたらしい。
冬士の氷の鎧が消えていく。
まったく、めんどくさいのとバカなのは千夏に似たらしいなあ、あのバカ主でこのバカ式神か。納得だ。
「…」
私は蓮司さんを見た。蓮司さんは私に気がついてうなずいて、後ろを振り返った。
そこではまだ昌次郎と白虎が戦っていた。白虎はかなり手を抜いているのがわかる。
「…いや、なんか違うな…」
「どうかしましたか、勇子様?」
「…蓮司さん。 あの白虎、何かを抑えようとしているかもしれない。 昌次郎との戦いに集中してない気がする」
私がそう言うと、蓮司さんはすぐにあたりの気を探り始めた。
大輔が私の袖を引っ張って、私は視線を冬士たちに戻した。冬士はご両親と手をつないで、はにかんでいた。
あーあ。時間が経ち過ぎてるよね。両親に名前を呼んでもらえないってどんな気持ちだろう。そんな両親のもとに生まれなかったことに感謝だ。
この事情を知ってたのは千夏と私と大輔、あとおそらく火橋も知ってたはずだ。火橋のほうを見たら小さく笑い返してきた。
「冬士のあんな表情見るの珍しいんじゃない?」
「そうだな。 いつもニヤけてるか氷みたいな眼してるしな」
「…火橋、メアド交換して」
「亜門でいいぞ」
火橋、もとい亜門とメアドを交換した。
その時、亜門の目が細くなった。
「?」
「…でかいのが来るぞ」
次の瞬間、強烈な霊圧に襲われた。
初めての勇子語りですが、勇子は性格上語りに使いにくくて使ってませんでした。これからナレーションだったりキャラ語りだったりコロコロなっていくかと思われます…。
お付き合いくださいませ!
感想お待ちしています。