第1話 準1級免許保持者
冬士が1日学校を休んだ。勇子と大輔はすぐに帰ってくると言っていたし、事実そうであることはよくわかっている。けれど、なんだか…冬士が傍にいないのが寂しかった。アイツが不安定になった時はいつも俺が傍にいたから、よけいにそうなってしまったんだろう。俺はアイツに必要とされていたいわけだ。うん、我ながら気持ち悪い思考回路だ。
あの日はあの後火橋亜門とメアドを交換して別れた。
皆で学校に帰ってきて、冬士は龍冴先生に連れられて影山本家に向かった。御披露目だそうだ。そんなことして欲しくないと欲望が鎌首をもたげる。ああもううるせえよ俺の独占欲は本当に気持ち悪いな。相手は冬士だしそもそもなんで冬士が鬼であることを望むのか、うえ、気持ち悪い。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、闇先生が新しい編入生が来たことを告げた。そいつは即行でAクラスに来たらしい。知り合いがこのクラスにいるということなのだろうけれど、いったいどなたでしょうか。
「土御門千夏、お前の精神安定剤がいないのは承知しているが、もうちょっとしっかりしろ」
烏丸先生、それは無理だ。俺は冬士の教え方じゃないと勉強がまったくと言っていいほどできないんだ。そもそも俺たちが持ち込む事件がでかすぎて教科書をとびとびで学習している感じらしい。実践やったら教科書以上のことを学んだって奴だ。
「…犬護、嫌じゃなかったら後で尻尾触らせてくれ…」
「…なんで僕の毛並みはふわふわだと思われているのかが激しく気になる」
「「「雰囲気だろ(よ)(じゃ)」」」
烏丸先生、闇先生、あんたらまでハモるのか。
俺は体を起こした。いつも隣にいるはずの相棒は今はいない。まあ、ゆっくりしてほしいとも思うし。
勇子が今日もまたラッピングをしている。いい加減その薄い本の販売やめろ、やめてくれ。俺と冬士の周りに腐海が広がる。広げてんのは冬士だけど。アイツは確信犯で俺をからかってるけれど。そのくせして春樹には染まるなと無理難題を押し付けている。春樹が染まるのは時間の問題だ。勇子が発信源なんだから同じ家に住んでた俺たちが逃れられるわけがないのだ。諦めよう、冬士。
「おーい、千夏?」
「…ん?」
赤石に呼ばれて俺は顔をそっちに向けた。
「…大丈夫か? とんでんぞ?」
「…冬士に会いたいです…」
「正直なことで」
赤石はあきれたような表情だった。
俺はふと前のほうに視線を向けた。そこには、青い髪の男子生徒がいた。
見覚えのある顔だなあ。
「…知り合いか?」
「いや、どこかで見たことがあるんだよ…」
思い出せません。どうしよう。
「まあいい。 さて、これでホームルームは終了だ」
闇先生がそう言ったから、俺たちは席を立った。
どこかで見覚えがある顔のそいつは、名前は鹿池アレン。
そいつはさっさと朱里のほうに行った。あ、朱里と知り合いなのかもしれないなあ。
ん?
朱里は苗字鋼山だったな。
鋼山?
あ、鋼山神社の。
鋼山神社最近全然顔だしてねえなあ。集会に出てくるのは神主の兄貴だけだし。
…。
「千夏?」
「鹿池アレン…」
勇子の声がした。けど無視してた。
「馬鹿千夏、どうしたの?」
「馬鹿は余計だろ。 …いや、認めるけどな、学力は低いけれど!!」
「とにかく、先輩たちが待ってるぞー」
「あ!! 忘れてた!!」
今日は冬士が来ないということを集会場の先輩たちに伝えなければならないのだった。忘れていた。
「勇子、さらっとその薄い本を持っていくのやめないか!!」
「売れるんですよ皆冬士の写真好きなんですよ犬護と冬士のツーショットが人気なんですよ!!」
「犬護の肖像権はどうなってるんだ!!」
「お小遣いもらってるよ」
「金にモノを言わせたか神成家めええええ!!」
こいつは金に糸目はつけない。精算出来さえすればそれでいい、そんな感じのやつだ。
まあ、犬護が何も言わねえならそれでいいんだけれどさ。
ともかく、俺と勇子と大輔と犬護は集会場へ向かった。
「…久しぶり、朱里」
アレンは朱里の横に着てそう言った。朱里はアレンを見て、ええ、と小さく返した。
「調子はどう?」
「いい、と言えばいいでしょうか。 とくに怪我も病気もしてませんよ」
朱里は教科書を取り出した。皆は話し合いだけでわかることも、基礎がない朱里にはわからない。教科書でわかりづらいことについては先に単語を徹底的に書き出してくれた冬士に感謝するほかない。冬士は自分もわかりづらかったことについてノートをまとめ上げてくれていた。つまり、冬士は1年かけて読むはずの教科書を己の時間を割いて朱里のために読み込んでくれたということになる。それはそれで冬士の勉強にしかなっていない気もするのだが、そうであったとしても出会ってまだ1カ月ほどの朱里にそこまでしてくれたことを考えると、冬士はかなりの構い性なのだろう。
呪符について教えてくれた時もそうだったなと思いながら朱里は冬士によってまとめられたノートと教科書を広げる。
「…朱里、真面目…」
「基礎がありませんから。 今の授業形態だとついて行きづらいんです」
教科書にはたくさんのラインと書き込みが既にされている。寮に帰ってからも朱里が教科書を読んでいる証拠だ。
「今の授業形態?」
「…今は皆で話し合っていく形式なんです。 呪詛も呪符使用も全部ひっくるめてです」
アレンの目が細められた。朱里を心配している時の目だが、なぜそんな形式になったのかを考えているのだろう。
アレンの青い髪は木属性の霊気の影響を強く受けたことの象徴である。朱里の髪も赤いが、こちらは茶髪といったほうが近いのである。つまり、朱里のほうはアレンほど強烈な影響は受けていない。
「…呪符はどこの使ってるの?」
「あ…影山です」
「…影山? …聞いたことない家だな…」
「…」
朱里はああ、と思った。
龍冴の話から朱里がわかったのは、“影山は存在を隠されている”ことである。おそらくアレンもその例にもれず影山の存在を知らないのだろう。ここは冬士が帰って来てからいろいろと聞いてみるのがよかろう。
「土御門一派だと聞いていますが」
「うーん。 土御門一派って土御門の承認を得た家もなんだよねえ。 まあいいや」
アレンは朱里の横に座ってしまった。別に席が決まっていたわけではないのだが、誰もいないこの席に座ることに決めてしまったようだ。
「…ねえ、ちょっといい?」
玲がアレンに声をかける。
「んー? いいよー?」
アレンは人当たりのいい笑みを浮かべて玲に答えた。
「えっと、鹿池君は免許持ってるって聞いたんだけれど」
「うん。 準1級だけど」
どうせなら1級がよかったんじゃない?
そんな事を言いつつ、アレンは玲を見る。玲は小さく手をにぎりしめた。
「ううん。 私の親も準1なんだよね。 1級なんて持ってる人が相手だったら誰も声掛けないかもしれないよ」
「あはは、そんなわけないって。 こんなのでも準1とれるって。 皆みたいに真面目に頑張っていたらすぐ準1くらいとれるよ」
アレンは言うが、朱里は嘘だな、と心の中でつぶやいた。
冬士が言っていたことを思い出したのだ。
「免許? 簡単に取れるわけねえだろ」
「あ、やっぱりそうなんですか。 いとこが持ってるものですから、つい」
「鹿池アレンっつったら、吉田一派の代表に推薦されてる神道代表だぜ」
「…あれが天才…しかも代表…」
笑いをこらえるのがやはり難しいことである。
アレンを知っているうえに、冬士のクールっぷりを知っていると、冬士の言葉が笑えて仕方がない。
「…忠犬だって言ってたな」
「暑苦しいくらいですけれど」
「真顔で言うか」
笑いを一瞬で止め、真顔でキリっと言ってみると、冬士がにっと笑った。
「冬士は取れないんですか?」
「生成りがとるのは難しいぜ。 1級とれる実力で3級がいいところじゃねえか」
「…」
冬士がそう言ったのを朱里は少し苦い気持で見つめた。
「…まあ、俺ならもう3級とれるんじゃねえかって言ってもらえたんでな、今年度中にでも受けようかと思ってる」
朱里もどうだ?
形の言い唇が朱里の名を呼ぶ。
そのたびに朱里は思うのだ。
冬士が危険な生成りだとか、生成りは暴走するかもしれないとか、そんなことを信じられない。冬士に名を呼ばれるとそれだけで落ち着くのがわかるのだ。頭は芯から冷える。高ぶりすぎた気持ちならばきっとうまく冷ましてくれることだろう。
「…私にはまだ、とれるかどうかわかりませんが…受ける機会があったら、受けようと思います」
そう答えた矢先、あの白虎と蘆屋道満である。
冬士の心の中に闇があったことは否めない。
あの後、冬士が朱里に言った言葉。
「…来てくれたんだな。 ―――ありがとう」
冬士の言葉の重さは尋常じゃない。
言霊なぞなくとも、思いを乗せるだけでここまで強くなるのだと朱里は悟った。
いとこと過ごした地獄の日々が思い出された。
「―――朱里? 朱里、大丈夫?」
アレンの揺さぶりで朱里は意識をアレンに戻した。
「なんですか?」
「いや、なんかボーっとしてたっぽかったから」
「はい、ボーっとしてましたね。 大丈夫ですよ」
朱里はそう言って小さく笑った。