日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

5 / 109
第4話 集合…してない

 

(ったく…何でこんなもん助けちまったんだ、俺はよぉ…)

冬士は自分の甘さにため息が出た。冬士の背には皮袋があった。皮袋が少し動いた。

「…どうした」

「…お腹…空きました…」

小さく言うソレに、冬士はふっと微笑みかけていた。

冬士からすれば、コレは子供と呼ぶべき存在である。冬士にはロクな記憶がない。だが、冬士にとっては、目の前で死なれるのは嫌だった。その結果、助けてしまったのだが。

ただ、冬士が抵抗したためにコレは冬士を怖い者というイメージが植えつけられてしまったようで、限界にならないと何も言ってこない、という状態になっていた。

「…やっぱやんのか」

「…やっぱり見捨ててください」

「それ以外に方法はねえのかっつってんだよ」

「…」

「…トエ、なんとか言え」

冬士はソレをトエと呼んだ。トエは、ぷるりと震え、縮こまった。冬士はあたりを見回して、入れそうな建物を探した。

霊獣の幼体というのはとても面倒な生き物である。霊獣の食事は霊気である。これは人間にも存在している。そのため、通常すぐに霊気を取り込むのが難しい幼体は人間にくっついてしまうことがある。冬士とトエは今まさにその状態だ。いやそもそも、母体からそう簡単に幼体が離れられるわけがない。

トエはエルオデスである。冬士が会ったタイプ竜人(ドラゴノイド)が情報をくれた。冬士もやられっぱなしは性に合わない。だから、動けるうちは徹底的に抵抗した。結果はトエの引っ込み思案な性格を見れば明らか。

冬士は近くの民家に入った。知人の家である。あんなに寒かったはずなのに、もう今は暖かい気候の場所にいるのだから、キマイラ層というのはつくづく面倒である。

(風邪ひくな、これ…)

霊界だから風邪をひくことはないのだが。

「…無茶しないでくださいよぉ、母様…」

「じゃあ俺を母様と呼ぶのはやめてくれ。 これでも男なんだ、いろいろ守りたいプライドがある」

 

 

 

 

咲哉が冬士と会えたのはもう夕方頃のことだった。

「冬士!」

「咲哉」

冬士ははっと咲哉の後ろの船島とリンに警戒を強めた。

「不安がるな、とは言わんが。 船島だ」

船島の声がケータイで聞いたものと同じであると判断した冬士は、小さく礼をした。

「私はリン。 女郎蜘蛛なの。 下顎がないからって布巻かれたわ」

リンもそう言って布をマスク代わりに巻かれたようになっている顔を指した。

「当たり前だろ! 言っとくけど下顎がないとかマジ笑えない!」

「えー」

リンはそう言いつつ、冬士をじっと見た。

「…?」

微かに眉根を寄せた冬士に、リンはふっと笑った。目が笑ったから分かりやすい。

「霊気の乱れはないわね。 背中のお荷物ちゃんとはうまくいってるのかしら?」

「…一方的に虐げてる気分だけどな」

「あら、それはうまく調教できたわね。 普通狂暴になるから一匹にするのは避けるんだけど」

リンと冬士の会話について行けず、咲哉は首を傾げた。

「どういう?」

「…冬士はどうやらエルオデスを連れて来ちまったようだな。 まあ、言うこと聞くなら問題ねえ」

「俺はよくない。 冬士はバリタチなんだぞ」

「咲哉やめろ俺の傷を抉ってくれるな」

冬士の静止に咲哉は半泣きだ。

「でも…でも! 冬士までッ…!」

「お前の傷の方が深いだろうが、自爆しててどうする」

なにやら触れない方がいいことに触れてしまったようである。船島は小さく息を吐いた。

「にしても~、ずいぶん可愛がられてるわね、この子」

リンが言う。リンの視線の先には皮袋。皮袋から少し顔をのぞかせたのは、人の姿をしたエルオデスだった。

「…名付けも終わってるな。 ママさんに可愛がってもらえてよかったな」

「…船島…水気が強いなぁ…? フナムシか? ならお前の装甲はそれなりに硬えはずだよなぁ…?」

船島は冬士の殺気にとっさに振り返って腕でガードした。しかし、衝撃は来ない。

「…?」

「…やめとくわ。 アンタここではかなり使えそうだし」

冬士はそう言ってすたすたと歩き出した。船島はポカンと立ち尽くす。咲哉が少しどついて、冬士の後を追っていった。リンが尋ねる。

「どうしたの?」

「…さっき、すげえ殺気を感じた気がするんだが」

「…あの子の霊気って木属性じゃないのかしら?」

「俺も木属性だと思うんだが…」

2人は顔を見合わせて、とりあえず冬士と咲哉の後を追っていった。

 

 

 

 

「…ここ春エリアだったんだ」

咲哉はつぶやく。冬士たちは勇子の家がある丘へ向かっていた。そこから見えたのだ。大きな川沿いの桜並木が。

「あんな川あったっけ?」

「ここ特有のモンだろうな。 六本木あたりまで冬エリアみてえだし」

冬士はそう言いつつ先を見つめる。咲哉は小さく息を吐いた。

「東の方全部冬エリアってどう思う? せっかく桜の名所いっぱいあるのに」

「コンクリが多いってことだろ。 早く帰らねえと桜終わっちまうぜ」

冬士もなんだかんだ言ってお祭りは好きだ。皆とバカ騒ぎするのが楽しい。

「…」

そんな2人を船島は静かに見守っていた。

 

しばらく歩いて行くと、大きな土壁に囲まれた屋敷が現れた。

「勇子」

「冬士! 咲哉!」

少女が門から出ており、冬士と咲哉を見つけるなり走り寄ってきた。

「どうしたんだ」

「冬士ごめんっ…! ちょっと目を離した隙に、大輔がいなくなっちゃって…!」

少女―――勇子はかなり気が動転していた。勇子の後ろから鷹が顔を出し、とりあえず屋敷に入ろうということになり、皆で中に入って、勇子が落ち着くのを待った。

 

 

「…冬士、これ以上私をパニクらせて何がしたいの」

「そりゃこっちの台詞だ、馬鹿。 こっちも相当精神やられてるってのに…今度は大輔かよ」

「あんたは全然見た目変わらないのよ。 自己申告だけが頼りなのよ…あんま溜め込みなさんな」

「今の今まで連絡が取れてなかった俺に言うのか、そんなことを」

冬士と勇子はお互いにかなり青ざめた状態で淡々と言葉を交わし続けている。

2人をパニックに陥らせているのは、それぞれが、勇子はトエの存在、冬士は大輔がいなくなってしまったこと、である。

「…トエってエルオデスだよね」

「…ああ…」

「…抵抗したんだよね」

「…してなかったらもっといただろうよ」

「しばらくネタにする気も起きないかもしれないなぁ…」

「嘘つくな…帰ったらソッコー復活するだろ…」

「…そこまでボクは薄情かね」

「…さあな。 大輔は? マジで急にいなくなったのか?」

冬士が話題を大輔に絞った。勇子は頷いた。

「ご飯作ろうとして目を離した瞬間にいなくなったね。 鷹ちゃんに見張り頼んどけばよかった…」

勇子の目から涙がボロボロとこぼれ始めた。

「勇子…」

「…もう、最悪だよ…! ただでさえアイツとは折り合いが悪いのに…! なんで冬士は一緒に来てくれなかったんだよぉっ…!」

勇子は冬士にのしかかった。冬士は勇子を受け止めた。

「まだ何とかなるはずだ。 少なくとも命にかかわるような何かにはなっちゃいねえ。 今から探せば何とかなるだろう」

勇子は声を上げずに冬士の胸に顔をうずめて泣いていた。冬士はそんな勇子をあやすように軽く背をポンポンと叩く。

「…冬士の索敵範囲は大輔に対しては無限だっけ?」

「ああ。 ただ、死にかけてるのかぴんぴんしてるのかぐらいはわかるが、細かくはわからない。 …もう離れて4年目だ。 あんまり期待するなよ」

「アイツの安否さえわかれば何とかなる。 …春にはいないのか?」

「…いないな」

船島とリンは顔を見合わせた。さっきまでパニックになっていただけの少年少女があっという間に環境に適応して適切な行動をとり始めた。

「…1日1回だろ、移動は。 どうする? 明日移動するか?」

「…そうだな…次行くなら…」

「待て」

船島の声に、勇子も顔を上げた。

「お前ら話早くて助かるが、あんまり急ぐと体が無茶するぞ。 特に冬士、お前は少なくとも勇子と咲哉に対して結界を張ってる。 お前が倒れちまったら2人は、一気に霊獣化が進んで、ますます帰還が遅れるぞ」

「…」

冬士は小さく考え込んだ。そこで、トエが小さく声を上げた。

「?」

冬士がトエに手を伸ばした。トエは恐る恐るその手を取り、冬士の腕の中に納まった。勇子がトエを撫でた。そして、勇子はすっと立ち上がった。勇子は近くに置いていた出刃包丁を手に握って、玄関の方へ向かって行った。

冬士はトエを抱え込み、片膝立ちになる。咲哉はホルダーから符を5枚取り出した。

 

 

「ノウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ!」

「オン・アボキャ・ビジャシャ・ウン・ハッタ!」

真言を唱え、お互いに術をぶつけ合う形になったようである。先行は相手だったようだが―――。

「チッ。 ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク!」

冬士が指を軽く組み、直後、叫んだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

咲哉はとっさにリンと船島を冬士の後ろに突き飛ばした。直後、部屋いっぱいに相手の霊気が充満した。そうとうな手練れだ、と船島はすぐに分かった。

冬士が叫んだ。

「多嶋さん! 何やってんスか!」

 

「ごめん、冬士君! 勇子様も、申し訳ありません…」

家に上がってきたのは、蓮司だった。

「…アンタに斬られたらマジでシャレになりません」

「ごめん…」

冬士はほうと一息ついて、茶を入れようと言って台所へ消えて行った。

「…冬士っていつもああなのか?」

「霊獣に間違われるのはよくあることだから…」

「は?」

蓮司の言葉に勇子はギッと蓮司を睨んだが、うなずいた。

「大輔を助けるためにも言っとかなくちゃいけないからね…」

冬士が茶を注いだ湯呑を持ってきた。勇子の目を見て、冬士はすぐに口を開いた。

「俺は鬼の生成りだ」

「―――」

その一言で船島とリンと鷹は動きを止めた。

「このテンタクルは?」

「…すいません、エルオデスって呼んでください。 わからなくなっちゃいます」

「わかった」

「その子は冬士の子ですね。 お土産です」

「危険なお土産だね」

蓮司はそう言って、茶を飲んだ。船島とリンと鷹はようやく動けるようになった。

「…鬼の生成りって…! それであの殺気か…? いや、でも弱すぎる…」

「あれは加減したぞ。 10メートル範囲が1メートルは沈むからな」

冬士の言葉を理解したのか、鷹は震えだした。

「そんな強力なの、獄卒にもそう居ない…!」

「…山神だからな」

冬士は淡々と語った。咲哉は言った。

「まあこれ言ったってことは、大輔にも関係してるってことなんだけどさ」

「…ああ、なるほど」

船島はすぐに理解を示した。鷹とリンは首を傾げている。

「だから、さっき“離れて4年”って言ってたろ。 あれ、たぶん大輔も鬼の生成りってことだ」

「え!? じゃあまさか、そんな1000年に一回あるか無いかの面倒な生成りになってるってこと!?」

リンの言葉に勇子は頷いた。

「はい。 大輔も鬼の生成りで、親は冬士の中にいる一番強い鬼です」

「…これ以上聞いたら頭が爆発するわ…」

鷹は頭を抱えた。あまり頭はよくないらしい。

「…だが、これで探す気は分かったかもしれないな」

「ああ…霊獣組には鬼の気を探ってもらいたい」

冬士はそう言った。すると、船島もふっと手を上げた。

「?」

「行く場所は指定する。 冬士、お前冬からまわり始めてんだよな?」

「ああ」

「なら、次は夏エリアに行こう。 お前のその霊獣化が早く終わるかもしれない」

「!」

これには蓮司と勇子も賛成し、冬士は頷いて、その日はそれからは雑談で終わった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。