放課後、亜門が校門で待っているのを見つけて、犬護は驚いた。
「どうした?」
冬士がたずねると、犬護は立ちあがった。
「まさか本当に来るなんて…」
「ああ…亜門のことか。 アイツ星詠みより精度の高い予知できるらしいぞ」
「…ああ、そういうことか…」
トエの言葉がやっと腑に落ちた犬護は、教室を出た。
廊下の窓から見える小さめの駐車場で、応援団員が応援演舞の練習をしているのが見える。倉橋に限らず、陰陽学園の演舞は普段共に生活してくれている式神や霊獣たちのために舞うという名目上、時間の制限が存在しない。また、グラウンドが存在しないため校門から校舎までの庭で行われることになる。どう頑張っても一周に200メートルもない。
さらに、基本的にそんな徒競走などの競技は二の次であり、ほとんどの時間は演舞競技である。犬護たち1年生はまだ演舞を練習する時間がないことや、考える時間もないということで、クラスの出し物が自由になっているだけだ。
3年生にもなってくると神楽、能、狂言と、いろいろ考えてくるクラスもある。
昇降口から出て庭を抜け、校門で待っている亜門のもとへ駆け寄った。
「火橋君!」
「おー。 そろそろ来ると思ってたぜ」
亜門はにこりと笑って門の上方に下がっている光の球に向かって声を掛けた。
「佐竹エクソシスト養成学校所属、火橋亜門。 矢竹犬護の事情に踏み入ります」
「?」
犬護も光を見上げた。
『―――認証。 帰りはいつになるかね?』
声が返ってくる。亜門が答える。
「わかんねー。 こいつ次第だからな。 まあ、夜間外出許可と外泊許可出しといてくれよ」
『…身勝手なことだ―――1年Aクラス所属、矢竹犬護に、夜間外出許可及び外泊許可を出した。 行っていいぞ』
「よし。 行こうぜ、犬護」
「う、うん…」
亜門に手を引かれて犬護は門の前をあとにした。
「…あの光の球、式神だったんだ…」
「ああ、あれは鬼火だ。 契約してるっていうよりは、この土地に住み着いた鬼がフェイズを1まで落としてるって言ったほうがいいと思うが」
「あ、じゃあもう存在するだけ?」
「人の気に呑まれて人の中にいるのが当たり前になっちまったんじゃねえかな。 とくに鬼気も邪気も感じなかったし」
亜門に手を引かれたまま犬護は歩く。犬護は不思議だなと思った。
「…火橋君の霊気、すごく安定してるね」
「んー? あー、冬士にも言われたことあるぜ。 これでも火が得意なんだけどな」
「絶対もう一つくらいあるよ」
「…火の補助としてなら、風も使う」
「…それのせいかもしれないね。 風は陰陽術では金気と木気を組み合わせるから」
3つの属性が使えれば多少弱くても十分皆と渡り合っていくことができるというものだ。
「…でも、火だと考えるとその髪の色、おかしいと思う」
「これでも地毛だぜ?」
「それは疑ってない」
亜門がとあるカフェの前で立ち止まった。
「…虎狼喫茶? なんだかすごい名前だね」
「ああ、もう20年近くやってるらしいぜ。 ちなみにウェイターに尻尾が生えてるが気にするな」
「生成りに気にしろと言われても困るけれどね」
犬護はそう言いつつ亜門について店に入った。
店内は明かりはついておらず、窓から入る日光だけで明るくなっていた。
「…すごい…おしゃれ…」
店内は木張りで落ち着いた雰囲気に整えられている。酒が出てきそうな雰囲気は、ある。客はほかには、いない。
「いらっしゃいませ」
銀髪の男が礼をする。亜門と犬後も礼をして、席に着いた。
「ご注文はどうなさいますか?」
「とりあえず長居する予定だからチーズケーキかな。 犬護は何食う?」
「…メニューが見当たらないよ…?」
「頼まれればなんでもお出ししますよ」
犬護は困ってしまった。何が食べたいかと問われても、なんでも食べるからよくわからない。
「…よくわからないです。 僕もチーズケーキで」
「かしこまりました」
ウェイターはそう言って下がって行った。
「…火橋君、さっそく本題に入ってもらっていいかな?」
「おう」
亜門はにっと笑った。
亜門の髪は日光を受けて明るく輝いている。アイボリーの髪と、大きめの赤い垂れ目が特徴的である。
「…そうだな。 まずは何から話したらいい? 俺と冬士とお前の出会い? お前がいた学校のその後?」
亜門が問うと、犬護は少し考えて、言った。
「出会い、かな。 冬士君と火橋君の反応の差が気になるんだ」
亜門はうなずいた。
「俺と冬士はもともとつるんでいた。 それが前提な。 あと、信じたくないなら信じなくていいけど、お前彼氏いた」
「…それはまた…すごいカミングアウトなんだけれど…いったい何がどうなって僕は誰と付き合ってたことになるのかな」
「疑問が一気に増殖したな。 まあ、答えてやるけど」
亜門はくすくすと笑った。
「?」
「いや、思い出せるといいな」
「…うん」
亜門はすっと小さく息を吸った。
「…まあその前提があって、だ。 犬護は彼氏と別れた後拉致されてる」
「…誰に?」
「…尾崎正平。 強姦罪と殺人未遂で刑務所に入ってる」
「…もうその人に何されたのかが大体想像できた」
犬護はうげ、と小さく呻いた。気持ちの悪いことをしてくれたものだ。
「…ていうか、強姦罪男同士でも適応されるんだ…」
「いや、この町だけだろ。 つーか普通、プライドが邪魔してこんなカミングアウトしないからな」
「…じゃあなんで」
「殺人未遂っつったろ。 お前こいつに殺されかけてな、その時…まあ、そういう跡が残ってたってことだ」
「…」
犬護は黙った。さすがにこんな話だとは思っていなかったが、何となく慣れている自分も自分でおかしいとも思った。
「…で、拉致られた後、お前はナニをされて悲鳴を上げたってことだ。 冬士にはそのときすでに御影春山が入ってるからな、山神同士でわかっちまうモンらしい。 冬士についてって俺と冬士は一緒にお前のところにたどり着いた」
「…じゃあ、それまでは会ったことなかったってこと?」
「ああ。 冬士のほうはお前の彼氏と面識があっただけだ。 俺にいたってはどっちとも面識なし」
「…それでよく助けようと思ったね」
「生成りなんざ恐くねえよ、陰陽師にしろエクソシストにしろ、なんでそんなに恐れるのかわからんね」
亜門は犬護に手を伸ばした。
「!」
犬護は椅子を引いて亜門と距離を取ろうとした。
「ほら、それ。 それが、お前が火に対して示す反応だ」
「…僕が火に対して示す反応?」
「ああ。 さっき犬護は俺のこと安定してるっていったけれど、実際は俺から強い火気を感じてる。 犬護は火を恐がっている。 だから俺の手を避ける。 固まるんじゃなく、離れようとするんだ」
「…」
犬護は椅子に座りなおした。
「…ってことは、僕は火で死にかけたってこと?」
「ああ。 …何も思い出しそうにないな」
「…うん」
犬護は少しうつむいた。亜門は何を思い出しているのだろうか。犬護の記憶は全く揺さぶられる気配がない。
「…もしかすると、知らず知らずのうちに封印を掛けているのかもしれませんね」
「!」
「お、来た来た」
ウェイターがチーズケーキを持ってきた。
「…なぜにホールですか」
「亜門もかなり食べますし、生成りならばたくさんあったほうが気兼ねなく食べれるでしょう?」
銀髪の紳士がそこにいた。
「…ありがとうございます」
「…いえいえ。 では、追加の注文があったらお呼び下さいませ」
「はい」
「はいよ」
犬護と亜門の答えにウェイターは満足そうに笑った。その尻に銀色のふさふさの尻尾が付いている事に犬護は気が付いた。
「…きれい…」
「?」
ウェイターは、あ、と小さく声を上げた。
「…嫌でしたか?」
「え、いえ、きれいな毛並みだなあと思って」
「…ふふ、自慢なんです」
ウェイターは嬉しそうにカウンターに戻って行った。
「…彼は?」
「人狼族―――正しくは、零落しちまった狼だ。 銀狼でな、銀製品が効かねえってんでエクソシストが大騒ぎしたことがあるやつらしい」
「…海外にいた時は大変だったろうなぁ…」
「はは、その話聞いてやると喜ぶぜ、彼」
亜門はそう言いつつチーズケーキを口に運んだ。犬護もチーズケーキをとって口に運んだ。
「おいしい…」
「だろ」
犬護はうなずいて、どんどん食べていく。亜門はそれを少し嬉しそうに笑って眺めていた。
結論から言って、犬護は何も思い出せなかった。ただ、なぜ思い出せないのかはわかった。
人間というのは自己防衛のために都合の悪い記憶は忘れてしまうものらしい。
おそらく犬護は犬護の覚えている範囲を大きく超えたショックを受けたのだろう。だから何も思い出せない。思い出したくないと心のどこかで思っている。
「無理に思い出す必要はないぞ?」
亜門が犬護に小さく笑いかけてきた。犬護はうなずいたが、それでは心の整理が付かない。
「…思い出したいんだ」
「…つらい思いをすると思うぞ?」
「…そう言ってくれるってことは、僕がどうなったのかを知ってるってことなんでしょ? どうして教えてくれないの?」
「…俺のエゴさ。 俺は犬護が記憶を取り戻したいならその意思を尊重したい。 けれど、そのあとだ。 犬護が倒れても俺は一切の責任を負えない。 負う気はないし負いたくない。 そんな身勝手な自己保身のために嫌がってるってことだ」
犬護は首を横に振った。
「それならもっと酷いやつらをいくらでも知ってるよ。 …火橋君のは自己保身の最低ラインだよ。 僕に話してくれたことの中にも、結構気持ち悪い内容混じってたし」
犬護はそう言って席を立った。
亜門も席を立つ。
「チーズケーキおいしかったです」
「また来るな」
犬護と亜門はそれぞれ店を出た。
「…お金どうなってるの?」
「生成りはタダです」
「え」
犬護はちょっと固まったが結局ちゃんと清算して寮に帰った。