日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第8話 前日

 

「ごめん鹿池君、影山君どこにいるか知らない?」

「あ~、影山なら庭の飾りつけに行ってるよ」

「そうなの? ありがとう!」

1人の女子生徒がアレンに冬士の居場所を尋ねてきた。よほど仲良く見えるのだろうか。それとも、と思ってあたりを見回すと、近くには千夏も勇子もいた。大輔と犬護はおそらく冬士とともに庭の飾りつけに行っているのだろう。翔と燎はいなかった。

まあ、上々かな。

アレンは心の中でそうつぶやいた。

色々とありはしたが、結局アレンは封印はされず、折哉にも会わなかった。龍冴に扇子で額を3回ほどぺちぺちと叩かれはしたが、特に痛いわけでもない。朱里の傍にいつもいることができているし、冬士の危険な笑みに対して騒いでは朱里に突っ込みを受けるという日常風景ができつつある。

強いて言うならば、憂えるべきは朱里が演じきろうとしていた敬語キャラを崩壊させたことぐらいだろうか。まあ、皆に対しては敬語は崩れていないのだが。

「…あの子、確かBクラス…」

さっきの女子生徒は確かBクラスの生徒のはずである。冬士に他のクラスの生徒に刺繍をしてもらいたくないなどというくだらないプライドはないにしても、冬士が誰かに刺繍を頼むのか。ふと気になったので勇子に尋ねた。

「ねーねー神成ちゃん」

「何?」

「影山って、誰かに刺繍とかしてもらったりってことはあるの?」

「…? ないよ。 アイツいつも自分で作ってるし」

「…俺には冬士が主夫に見えてきた」

「事実でしょ」

勇子はそう言いつつ何かを描いていた。

「それは?」

「大輔の鉢巻き。 アイツは手先不器用だからね。 鬼のくせに」

「あっはっは。 それはもう大輔本人の問題じゃないの?」

アレンが現状朱里以外で唯一名前で呼んでいるのが大輔である。理由は簡単だ。

大輔は雅夏家の生き残りという表現をされる。つまり、雅夏家という家のラスト1名なのである。こういう状態の家の名を出すのは無粋というものだ。まして、それが霊災絡みだというのならばなおさらで、ほとんど全員がその霊災に間接的にでも関わっているというならば、いやがおうにも家の名は避けられるものだった。

「…にしても、冬士のこと気にするなんて珍しいね」

勇子の目が細くなった。アレンはやべ、と思った。

「…免許取ることをお勧めするよ?」

「さあね? まあいいけどね、どうせ冬士慣れてるとかほざくから」

勇子はそう言いつつアレンに向ける視線はいつものモノに戻っていた。

「…やっぱり蘆屋系統は嫌いだよ」

「いいんじゃない、はっきりしてて。 私もあんたみたいなのあんまり好きじゃないの」

アレンは自身は結構この自分の性質は人から絡まれやすく便利だと思っているのだが、勇子にはどちらかというと嫌われるタイプにあるらしい。冬士も何となく感づいている風があって扱いづらいことだ。何より蘆屋系統の家は表情が読みづらい。

「…で、冬士がどうしたの?」

「…ん、さっき女の子に影山の行き先尋ねられちゃってさあ。 庭だろうって答えたんだけれど、なんかBクラスの子だったみたいだったんだよねえ」

話題が戻ったのでアレンは答えた。勇子は今度は露骨に嫌そうな表情をした。

「?」

「その子、何する気かしら? このタイミングで告白はないにしても…」

「あー、でもありそう。 影山顔いいじゃん」

「それは認めるけれどね。 …下手に千夏にばれないといいけれど」

「…土御門君には何かあるのかな?」

「相当やばいのがあるわよ。 アイツよく鬼になってないなって感じだし」

なんだかやばいモノを聞いてしまった気がする。

「…それって、ようするに…」

「アホみたいに独占欲が強いのよ。 冬士おかげでこの4年で30人ぐらいフってるからね」

「…うわぁ…女の子たちかわいそう…」

ついでに冬士もかわいそうだとちょっと思った。折哉から朱里に近づくなと言われている気分である。

「自分のことにたとえて考えちゃったからテンション下がった…」

「あんた絶対普通にしてたらすぐ彼女できるって。 鋼山さんの保護者しとくよりよっぽどいいと思うのは私だけかな?」

「うるさい。 俺は朱里のこと愛してるの。 朱里の傍にいられたら幸せなの」

「一回告白してこいよ。 玉砕したら慰めてやるから」

「いらない! そんな慰みはいらないよ!!」

周りが聞いていて笑いをこらえるので必死だったことを2人は知らない。

 

 

 

 

 

一方で冬士は、突然声を掛けられて振り返った。

「影山君」

「…?」

そこには、Bクラス所属と思しき女子生徒がいた。

「…っと、何か用か?」

高い所に登っていた冬士は降りてきた。女子生徒はすっと手を前に出した。

「…これは…」

「は…鉢巻き、刺繍したんだ。 勝手なことして、ごめん…」

少女の手には赤く長い鉢巻きがあった。

「…サンキュ。 むしろ助かったぜ」

実際は冬士は既に自分で買った分を刺繍していたのだが、まあ、むげにはできまい。

受け取って小さく微笑んだ冬士に、女子生徒は少し頬を染めて、礼をして立ち去ろうとした。

「おい、名前は」

「…き…如月真衣です」

「…如月真衣。 サンキュ」

「…」

真衣はてててと小さく走り出してしまった。

(…やっぱ、ありがとうが言えない)

冬士は手の中の鉢巻きを見つめた。

見知らぬ人に対しての『ありがとうございます』は言うことができる。なのに、ちょっと親しくなろうと踏み出した相手に対しては、『ありがとう』と親しみをこめて言うことができない。作り笑いになる。作り笑い以外の笑顔など冬士は知らないのだが、この思考は勇子がいないときにしてしまうとループにはまる。気にするまいと冬士は軽く首を左右に振って仕事に戻る。

 

それを実は千夏が知っていたというのは、冬士は寮に帰ってから知った。

「…千夏、悪かった」

「…鉢巻きのデザイン確認したのか?」

「…まだだ」

「じゃあいっしょに確認しようぜ」

千夏の目が笑っていなかったことなどもう冬士は思い出したくない。

「…お前独占欲強すぎ」

「…ウザかったら殺して…」

「俺ができないの知ってて言ってるだろ、タチ悪すぎんだよバカ」

部屋が同室であるため逃げることもできはせず。

もうすぐ初夏というこの湿度の高い暑い中、冬士は千夏に抱き疲れて眠る羽目になったのは他言無用である。

 




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