日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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体育大会本番です。ただの体育大会にならなかったのは…私のせいです。
お付き合いください。


第9話 当日

 

「正気なの、来るの、ほんとに」

『だからぁ、行くっつってんだろ?』

電話の向こうの清水の声に犬護は小さく息を吐いた。来て欲しいわけではないが、来ると言っている元クラスメイトを無視するわけにもいかず、開会式の後会おうという話になった。

 

プログラム1番の100メートル徒競走の参加者のみが残り、他は全員退場した。犬護はこの次の200メートル走に出ねばならないためすぐに待機となる。だが、先に清水にプログラムは言ってあった。

犬護がテント近くに戻ると、すぐに声を掛けてきた人物がいた。

焦げ茶色の髪の少年だ。私服を着ている。

「清水君…」

「犬護、久しぶりだな」

親しげに話しかけてくる彼のことが、犬護ははっきり言って苦手だ。いや、あんなことをされて苦手にならなかったらむしろおかしいだろう。

「…犬護の走り見とくからな」

「…馬鹿にするのだけはやめてね…」

「しないって」

清水が本来いるべきなのは反対側にある客用テントなのだが、清水はお構いなしである。

「…にしても、この暑い中長袖長ズボンかよ」

「…いいでしょ、別に」

犬護は体育服のジャージを着ている状態なのである。

実は、犬護は両足に火傷の跡がある。かなり大きなもので、いつからあったのかはよく覚えていない。膝あたりまであるものだから、犬護はこれを隠すために長ズボンを履いているのだ。けして日焼けが嫌とかそういう理由では断じてない。

「頑張れよ! 応援しとくからな!」

「ずっといる気なの?」

「まあな」

犬護はあたりを見回した。売店はないが近くに自販機はある。

「…熱射病に気をつけてね」

「大丈夫、帽子も日焼け止めも金もある」

パン、とピストルの音がした。犬護は競技のほうを見た。

「…じゃ、そろそろ行くから」

「おう。 がんばれ~」

清水と別れて集合場所に向かう犬護。

清水の態度を見ていると、やはり抜け落ちている記憶のどこかにこうなる原因があるのだと思うのだ。その記憶を取り戻したいような、取り戻したくないような。

けれど、もし抜け落ちた記憶の中で犬護が皆を傷つけたことがあったのなら、それは覚えていたいのだ。ただの被害者で終われるとは思っていないから。

どうして清水たちが傷ついた顔をするのかの理由もきっと繋がっている。

だから思い出したい。

その契機になるはずだった亜門との対話も、まるで意味を成さなかったのが、少しばかり悔しかった。亜門の時間をとらせておいて収穫なしでは笑えないではないか。

それでも無理をするなという亜門と冬士の言葉。

「…やっぱり、冬士君も火橋君も優しすぎるんじゃないの…」

冬士は生成りとはいえ生まれつきの生成りとしては自覚がなかったのだろうし、亜門にいたっては冬士と知り合いというだけで、生成りではない。

「犬護」

「…千夏君…」

「行こうぜ」

いつの間にか千夏が隣にまで来ていた。犬護はポケットから鉢巻きを取り出して頭に巻く。

「うん」

ちょっと考え事をしていただけのつもりだったが、あっという間にプログラム1番は終わっていた。千夏の頭にも赤い鉢巻きが付けらているが、圧倒的に犬護の鉢巻きは長い。

犬護の鉢巻きは勇子と玲と朱里が刺繍してくれたものである。

その長さは約2メートル。通常の鉢巻きが1メートルほどであるから、そうとう長い。そこに細かく白や黄色、オレンジ色で刺繍が施されている。狼を黒でたくさん刺繍してくれたのは勇子だ。名前を金色で刺繍してくれたのは朱里だ。狩人や鳥、山に関係するものを刺繍してくれたのは玲だった。

「きれいな刺繍だな」

「…うん」

千夏のほうは土御門家の家紋である清明桔梗紋と、金色で名前が刺繍されている。

「シンプルだね…」

「ははは。 俺に刺繍のセンスなんて求めないでくれ。 …母さんがめっちゃ恐かった…」

母親に電話口でしばかれでもしたのだろうか。

「冬士君に頼んじゃいそうだもんねえ」

「さすがにそれはしなかったけど! …母さんには釘刺された」

「親って子供のことよく知ってるよね…」

苦笑いして、視線を前に向ける。アナウンスが入ってプログラム2番が始まった。

 

『解説は1年Bクラス馬場雄一と』

『2年Aクラス大平四葉がお送りいたしま~す!』

マイクの前で言った少女はにこにこと笑っている。

『第1走者の紹介をします…』

馬場が紹介を始める。

千夏は第1走者。犬護は第2走者だ。1年から3年まで全員が走る。1クラスにつき2人ずつ、1学年3クラスあるから6人で、レーンは6つあるため第3走者までしかいない。くじ引きで走順が決まり、団の色でしかみられていない。

ピストルが鳴る。千夏が走っていった。

犬護は千夏の走りを見ていた。遅いわけではない。でもおそらく。

(…千夏君は長距離派かな?)

中距離は微妙そうだ。

1位は青が持っていったが、2位と3位は赤がとった。

犬護は立ちあがった。第2走者が並ぶ。

「…げ、なんでコレと走らなきゃいけねーんだよ…」

1年Bクラス所属の生徒が言った。

「…好き勝手言ってていいけど、減点食らうよ?」

犬護はそう言った。

『第2走者の紹介をします』

名を呼ばれていく。犬護も礼をして前を向いた。

「…妨害入れてやる」

「1位とるから邪魔しないで」

犬護は真剣である。

ピストルが鳴った。その瞬間に、全員が走りだした。犬護の隣の生徒の手には符が握られていた。

『おおっとおお!? これは符術妨害がある予感!?』

四葉が声を上げた。

「流せ! 急急如律令!!」

(水!)

犬護は大きく一歩前へ踏み込んだ。態勢が大きく崩れる。

『符術妨害です! Aクラスうまく切り抜けられるかあああ!?』

四葉先輩ってノリよさそうだなあ。

犬護はそんな場違いなことを考えた。そして、一度だけ冬士が5人で集まって言った言葉を思い出した。

 

「俺たちが出るやつは100パーセント符術妨害が入ると思え」

「…符術妨害?」

翔がいぶかしげに目を細めた。

「符術を使っての妨害、そのまんまだ。 まあ生成りなら符術なんざあんま効かねえってのは事実だしな、遠慮なくぶっ放してくるだろうよ」

「ちょっと待てよ、俺死ぬぞそれ。 ていうか鉢巻きで一発でばれるじゃねえか」

「これだけAクラスに集中してりゃあ、Aクラスを蹴落とすっていう大義名分も付いてくるしな」

「あ、でも2年3年はお互いにぶつけあってるって話聞いたけれど」

「俺たちは符術は使っちゃいけねえの?」

「使ってもいいが…走るほうに集中しろよ?」

「…止まりそうだ…」

翔は小さく息を吐いた。

「おいおい、たかが100メートルが何ほざいてるんだ。 1500メートルの苦痛なめるなよ」

冬士はニヤニヤしながら言った。

「ぜってえ苦痛になるのは他の生徒だな」

「同感だ」

大輔が同意を示した。冬士はけらけらと笑った。

「まあ鬼は走れねえよ、どっちかっていうと直線距離用だしな」

「それでもビルの間をどこぞのゲームの赤帽子のごとく上に登っていくお前の言葉では信じられんな」

大輔の突っ込みに犬護は目を丸くした。

「そんなことできるの?」

「ああ、残念ながらな。 鬼の脚力でビルを壊さねえのは結構コツがいる」

そんなコツは語らなくていい。どういう状況で上に逃げなければいけない状況ができるのかの方を問いただしたかった犬護だった。

 

犬護は態勢を低くして右足でブレーキをかけ、一瞬で左に曲がった。

「!」

山犬の脚力を使ってしまったが問題はない。というか、もうこのままぶっちぎりでゴールしてもいいだろう。

さすがに驚いた生徒たちの足が遅くなり、同じ赤団であった3年生の生徒が早く切り替えて走ってきた。

 

 

 

 

 

「犬護アホじゃねお前」

「妨害入ったしいいんじゃね」

クラスメイト達からの言葉はまちまちだったが、これはヤバいなあと犬護は思った。

「ごめん燎君、妨害ひどくなるかもしれない」

「いいって。 翔に妨害が入らなかったから危機は脱してるしね?」

この後犬護は出るものはダンスだけだ。清水が待っているだろうと思って清水がいた場所へと向かった。

 

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