犬護と清水はそこから延々と話をすることになった。
「妨害入ったのにすげえな、犬護」
「化け物みたいだってこと?」
「はは、まあそうだな。 俺見鬼になったけどまだなかなか慣れなくてさあ」
犬護はその言葉に驚いた。
「いつ見鬼になったの? 霊災にでも遭ったの?」
「あー、いや、色々あってさあ、見鬼になれって言われて渋々。 陰陽会に所属して見鬼にしてもらった」
「…わざわざえぐいモノを見るためにそんなことを…」
「…まあ、これが代償だってんなら軽いと思うんだけれどな」
清水の言葉がところどころ重い。犬護は清水の顔をまじまじと覗きこむ。
「?」
「…ううん。 もしかしたら、と思ってね」
「…どうしたんだよ? なんか思い出したとか?」
「…ううん。 何も思い出せてないんだけれどね、クラスメイトに聞いた話だよ。 どこかの町の生成りのために条例作った中学生の話」
「…」
清水の顔から笑みが消えた。犬護は清水を見た。
「…それ、俺らの話だと思うぜ」
「…やっぱりそうかぁ…何となく気づいてはいたんだけれどね…」
犬護は小さく笑った。自嘲的なその笑みに、清水は眉間にしわを寄せた。
「…ごめん、何も思い出せてないんだ」
「謝ることじゃねえよ。 紫鬼からは無理強いするなって言われてるし、それに」
「?」
「…お前が生きて戻ってきたってわかった時すげえ嬉しくて、それだけでいいってさえ思ったから」
「―――」
犬護は口をつぐんだ。
犬護は中学を去った時、中部地方に抜けたのだ。
中部地方は今現在自治組織としての県や市、町、村はすべて壊滅している。そこを犬護と両親の3人で潜り抜けて生き延びた、ということを指しているようである。
「…」
ほら見ろ。
自分の知らないところでいつの間にか仲良くなっていたらしい彼らをこうして傷つけているのはほかの誰でもない、犬護自身なのだ。
被害者では終われないのだ。
加害者になるのは犬護も同じなのだ。
「…そんなに心配してくれてたの?」
「あったりまえだろ! …お前に記憶がないってわかっても、やっぱ諦めきれなかったんだ…」
清水の声のトーンが落ち込んだ。犬護は視線を前に向けた。
もうプログラムは5つ目の男子1500メートル走に移っていた。
「…ねえ、清水君」
「ん…?」
「友達から聞いた話なんだけれど…僕付き合ってた人いるんだってね。 誰だかわかる?」
「…」
男子が退場していく。クラス対抗リレーが始まる。
「…清水君?」
反応しない清水のほうを犬護が向くと、清水はうつむいていた。
「清水君? どうしたの、大丈夫?」
「…ああ…」
清水は唇を噛んでいた。それでも顔を上げて、苦笑いする。
「…それ、たぶん聞かないほうがいい」
「?」
知っていると言いながらそんなことを言うのか。犬護は首をかしげた。
「なんで? …僕は少しでも記憶を取り戻せるなら、そのヒントがつかめるなら、知りたいんだけれど」
「…いや、今思うと気の迷いだぜ、付き合うとか、ほんとに。 そこはさすがに思い出すのやめとけ」
清水までそんなことを言うのか。
犬護が口を開こうとした時、声を掛けてきた人物がいた。
「犬護」
「! 火橋君?」
犬護が振り向くとそこには私服姿の亜門がいた。
「よう、久しぶり、セイセイ」
「ん、久しぶり、亜門」
「知り合いなの? 火橋君面識なかったって言ってたよね?」
犬護が尋ねると、亜門はうなずいた。
「お前の一件があった後、病院でな。 冬士は?」
「さっき冬士君が出場してたの終わったから、そろそろ来ると思うけれど」
犬護が答えると、亜門は「そっか」といって座った。
数分もしないうちに冬士がやってくる。
「ここにいたのか、セイセイ」
「おう」
セイセイというのは清水のあだ名である。清水星太でセイセイだ。
「冬士君おめでとう」
「サンキュ、犬護。 まあ、あいつらどうせ妨害してこなくても俺ぶっちぎりしてやる気でいたけどな」
冬士は妨害を受けたわけだが、ものともせずさっさとゴールしてしまったようだ。
「…次は3年生の称号持ちの演技なわけだが」
冬士は視線を中央に向けた。
「?」
「亜門」
「おう」
亜門と冬士は犬護の右と後ろに座った。清水が左側にいるためなのだが。
「どうしたの?」
「まあ、これ見たらお前の記憶が戻る可能性があるってことだ。 ちょいと強引だがな?」
冬士はそう言って苦笑いして見せた。
「…思い出させるのか?」
「逆を言うならこれで思い出さなかったらもう思い出す手掛かりはなくなるぜ。 …犬護、覚悟はできてるか?」
「…うん。 それにしても、急だね」
「このプログラムはどこで問題のが来るか予測できねえ。 亜門も教えちゃくれねえしな」
亜門のほうを犬護が見ると、亜門は苦笑いした。
「だって、言ったら記憶戻りそうにねえし」
やっぱり焦らされるのはあまり好きではないな、と犬護は思った。
視線を前に戻すと、3年生たちが入場したところだった。
生徒会長兼3年トップの生徒がすっと手を上げた。
「隔てよ! 急急如律令!」
呪符を投じると、土壁が現れる。
テントの中が騒がしくなる。
「あれ3年皇帝だよな?」
「やべー、呪符一枚であのサイズの壁作れんのかよ」
客席に向かって土壁が立っているから、犬護たち側からは後ろでやっている事が見えている。出てきているのは7人だけで、そのうち2人が凡様式の護法を出す。
「あ、あれS金剛阿形吽形じゃね」
冬士が言うと、犬護はうなずいた。
「そうだね。 結構大きいなぁ…」
Sというのは作っている家のイニシャルである。
「土生金! 急急如律令!!」
4人の生徒が符を投じて叫んだ。式神を出した2人の生徒は手を上げて護法を動かす。土壁に手を突き入れ、中から槍を取り出す。
「すげ…あの一瞬であんなでかい槍を中に作ったのか!?」
テント側からの声がちゃんと聞こえなければ何をやっているのかよく分りもしない清水である。
「すげえことなのか?」
「うん、あれは五行相生の土生金を使ってあるんだけれど、さっき別の人があの土壁を出したでしょう? 別の人が出した霊気にうまく乗ることと、あの後ろにいる護法2体のサイズの槍を土壁の中に作る、プラス4人だったから1本に2人の霊気が混じってることになるから、かなり高度な技になるんだけれど…」
「…去年から始めたばかりの俺には何が難しいのか分からねえよ」
「やってみりゃわかるぜ。 人間の霊気は通常他の霊気とは混じりにくいんだ。 それを無理やり混ぜてるからな、負担は相当だぜ」
冬士が言うと、亜門は首をかしげた。
「お前もかよ」
「だって俺エクソシスト訓練生だし? 五行相生とかいわれてもさっぱりだわ」
槍が水と火を纏っていく。見ていた冬士が小さく舌打ちした。
「?」
「一戦やる気だな。 これで水剋火とか言われたらタイミング図り損ねるぜ」
「冬士は気にし過ぎだっての。 気楽に行こうぜ?」
亜門に言われて冬士は小さくうなずいた。
その後、金剛阿形と金剛吽形は槍を使って戦闘を一戦演じた。
金生水が使われているだの、金侮火が使われているだのとテントの中では声が上がっていた。
最終的には水剋火で水を使っていた吽形が勝ち、阿形が倒れた。その火が消え去り、生徒たちが金生水と唱えてあたりに水気が多くなった。
水生木と3年皇帝が叫んだ。
あっという間に水気は木気に変わり、大きな木が符から飛び出し、あっという間にそびえたった。その大木はどうやら桜であるらしく、つぼみは桜色で、そのまま花弁が開いた。
火気が多くなってきたなと小さく冬士がつぶやいた。
花弁が散り始め、その花弁は風に乗って動くのではなく、生徒たちの霊気で操作されているものだった。あたりをまとまって花弁が待っていく。季節外れの桜の花だが、青い空に映えていて美しい。
犬護はつい見入っていた。
だから気付かなかった。
それはほんの一瞬のことだった。
「!!!」
犬護はテントよりも少しばかり前のほうに出ていたのだが、そんな犬護の目の前を、花弁は舞っていた。
花弁を追うように、犬護の目の前をオレンジ色の光が通り過ぎた。
その光は犬護の目の前から消えることはなかった。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
犬護は声を上げることなく、フラッシュバックしてきた記憶に呑まれていた。
「…犬護?」
恐る恐る清水が犬護に声を掛けるが、聞こえていないらしい。
「犬護…」
「やめろ、セイセイ」
冬士にさえぎられる。亜門の目も真剣そのものだった。
「なんで…」
「犬護は声を上げてねえだろうが。 もうちょっと時間をやれ」
冬士はゆっくりと犬護の足をさすった。
「!」
犬護が冬士を見る。
「犬護。 ゆっくり呼吸しろ。 あの炎はお前に向けられたものじゃねえ。 足だってちゃんと地面についてるだろう?」
冬士の言葉に我に返ったのか、犬護はすっと深呼吸をした。
炎に向かって生徒たちは符を投じた。
「火生土。 急急如律令」
炎が消え去り、灰が含むガラス質が光を受けてキラキラと輝いて散っていった。