日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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それなりに残酷な表現が出てきます(当人比)。


第12話 取り戻した記憶

 

弁当を食べ終わった犬護は一つ一つ思い出しながら語った。

 

清水からいじめとも受け取れる暴力行為を受け続けていた犬護が清水から告白をされたのは事件のほんの2週間ほど前のことだった。

「…まさか、そんな風に思われてたなんて」

「…もっと早くいっときゃよかったなぁ」

そう言いつつ2人で帰ったり、クラスメイト達からどやされたりしながら過ごすようになった。仲良くなれた女の子もいた。よく女子に髪をいじられるようになったのはこのころだった。

清水との仲はうまくいっていた。

清水の暴力がなくなった。だから犬護は気付いた。

 

ああ、清水君は僕を被害者にしてくれていたのか。

 

生成りに告白をするなんて罰ゲームでも嫌だ。ならば清水の気持ちは本物として考えるべきか?

恐くなかったと言えば嘘になる。犬護は怯えていた、どこまでも。いつ裏切られるかわかったもんじゃない。

それでも清水の手があまり犬護に触れなくなったことも、タッチが優しくなったことも、蹴られなくなったことも、すべて含めて、犬護は清水を信じることにした。

清水が犬護の体を求めなかったわけではない。

何が楽しいのかやっぱり良くわからない犬護だった。

普通の友達もできた。

だからやっぱり気付いた。

 

皆、僕が生成りだって知ってるんだな。

 

それでも皆が大人に言いさえしないでいてくれるなら。

まだこの町にいられる。

そうして過ごした2週間は、とても温かい時間だった。両親にはクラスの皆にはばれてしまったようだということも伝えた。それと、とりあえず彼氏ができたことも。両親は犬護を撫でて「よかった」と言った。

 

「なあ犬護、俺のことさ、名前で呼んでほしいんだ」

「え?」

ある日の学校帰り、清水がそう言ってきた。犬護は少しばかり迷ったが、うなずいた。

「…星太」

「…犬護~!」

名を呼んだだけで清水は犬護に抱きついて来て、犬護は人目があるから控えてよと苦笑いで返した。

「はは、そうだな。 じゃあな、犬護!」

「うん、じゃあね」

笑顔で別れた。犬護は確かに笑っていた。

 

 

 

 

 

「―――それが犬護とセイセイが付き合ってたって話か」

亜門が言うと、犬護はうなずいた。清水もうなずいた。

「そのあとは…犬護は?」

「普通にアパートに帰ったよ。 でもその日は父さんも母さんも帰ってこない日でね」

「…犬護のお父さん、トラック運転手だったよな」

「うん。 母さんは看護婦で夜勤だった」

犬護は苦笑いした。

「…で、次の日学校に登校したタイミングで拉致されました」

「急だなオイ」

「…ってことは、朝から!?」

亜門の突っ込みはスルーして言った清水はうなだれた。犬護はうなずく。

「…でも狼なら薬の類はほとんど効かねえんじゃねえ?」

亜門が言うと冬士がアホか、と言った。

「あれだけのことをしたんだ、陰陽師崩れかエクソシスト崩れだろ。 手刀で一発だ」

「あー、犬護は小さいしやりやすかったかもなぁ…」

「で、実際どうだった、犬護?」

「たぶん手刀だよ。 気付いた時には木符と地面とお友達で」

犬護はまた苦笑いした。苦笑いばかりしている。

「…僕が覚えてるのはそのあと3時間ぐらいやられっぱなしだったことかな…」

「さ…3時間…」

「いやでもましだったよ、鞭の使い方下手だったし!」

「鞭!? そんな拷問用具使われたの!?」

「…星太のほうが上手かったよ、ほんとに」

「…ごめん…」

清水は犬護に抱きつく。冬士と亜門は顔を見合わせた。

「…ってことは、冬士が聞いた悲鳴はその3時間の最初のほうだな?」

「たぶん。 10時頃だったかな。 腕時計が壊れてなければ」

「あってるぜ。 俺が悲鳴を聞いてから亜門の学校の前通るまでに2時間半はかかってるからな」

冬士が思い出しつつ言う。

「…冬士は昼休みにちょうど俺の学校の前通って、で、俺が冬士についてったんだよな」

「冬士は何で学校行ってねえんだよ」

「土御門先生のとこに通院だ」

「…東京の山から神奈川までごくろうさま…」

「馬鹿言え、犬護はその時千葉だぞ」

冬士は呆れたように言った。

「そんな遠くまで聞こえるの?」

「狼は遠吠えがあるだろ。 たぶんそのせいだと思うぜ」

冬士は犬護の包帯を巻いた脚に触れた。

「…犬護、通常から嫌な思い出ほど記憶に残るにしても、お前の忘れ方おかしいんだよな。 自分で呪詛でもしてたのか」

「うん。 すっごくショックなことがあったから自分で呪詛してたみたいだ」

「すっごいショック? この火傷のせいか?」

清水が尋ねると、犬護はフルフルと首を横に振った。

「尾崎正平に言われたんだ。 もう星太に近づくなって」

「…」

清水は動きを止めてしまった。その手を握りしめ、フルフルと震える。

「…ぁの野郎…!」

「…犬護、本当のアイツのセリフは?」

「…ちょっと気が引けるんだけど…」

犬護は清水を見る。冬士と亜門が促した。

「一回吐きだしとけ」

「そうそう」

「…うん…。 『お前みたいな社会の屑が僕の大事な星太の横にいることが不快だ。 お前は税金で暮らしている社会の塵芥程度の存在価値もない底辺の物だ。 お前なんかといたら星太が穢れてしまう。 お前は生まれたことそのものが罪だ。 死んで贖え』」

「…悲惨だな」

「でしょ?」

「すぐ次の会話に移ってるお前らが異常だ」

冬士の言葉に返す犬護に突っ込みを入れたのは亜門で、清水は返す言葉すらなかった。自分を親しげに呼ぶ尾崎に改めて寒気がするというのもあるが、犬護に物ほども価値がないというのが気に入らない。

「…懲役伸ばしたろかあの糞野郎…!!」

「…これ以上言ったらダメかな」

「後で聞いてやるよ」

「お願い」

まだ何かあるのか。

清水はいろいろと泣きたい気持ちに襲われた。

「…その後は? 俺らが来たのかな?」

「うん。 そのころにはこっちもへとへとで抵抗の余地なし。 縛りあげられて意識が吹っ飛んでた間に木行符で上から吊るされて下に薪が並べられててあとは…」

「灯油が撒いてあったな」

「木生火とかほざいて薪に火が付いて…」

「あの場所焼けたな」

「犬護の脚が焼けて吐き気のするたんぱく質の焦げた臭いが立ち込めたことのほうが記憶に残ってる、ごめん」

「亜門君は悪くないよ」

3人ともそのころを思い出したのか、身震いする。今度は冬士が苦笑いした。

「後は…皆知ってのとおり、か」

「うん、病院に運ばれたんだね」

犬護は清水を見た。

「そのあとは星太も知ってのとおりだよ。 僕は記憶がなくなってた」

「―――」

「…この場合、ショックは尾崎のセリフと考えるのが妥当だろうな。 まあ、もう罰を受けちゃいるんだし…最悪俺を脅しに使うのもありだな」

冬士が言うと犬護はまあ、鬼だしね。と言った。

 

 

 

 

 

「こんな話はほかには聞かせられないね」

昼休みを終えたところで清水のケータイにメールが届いた。内容は、皆で集まるから来い。

清水は犬護との別れを渋ったが、犬護は清水を送り出した。また今度会おう、と言って。

「どうしたんだ?」

犬護のつぶやきに冬士が返す。

「…ほら、冬士君教えてくれたでしょ、裁判の内容」

「…ああ、あのメールか。悪いな、勝手にメアド取ってて」

「ううん。 あのときは嫌がらせかと思ったけど、今思えば…冬士君まで傷つけちゃった」

犬護の目が細められる。冬士は小さく首を横に振った。

「―――俺もあの内容はさすがに知らせるかどうか迷ったんだがな。 さすがにあれはむかついた。 よくあの場で鬼にならなかったもんだ」

それほどまでに冬士も追い詰められた裁判の内容。

この大事なことの内容を、清水は知っている。

改めて思い出させる必要もあるまい。

冬士はそう思っていたのだが。

「…冬士君。 もう一回、教えて」

「…酷なことするな、お前も」

冬士は呆れたように息を吐いた。

 

 

殺人未遂罪で犬護の両親に訴えられた尾崎正平は、犬護が生成りであることを警察に言った。冬士がしまった、と思ったのはこの時だった。亜門は首をかしげていたのだが、冬士は知っていた。

冬士は歯をくいしばって耐えるしかなかった。こうなったら出てくるのは決まっている。

「どういうことだ?」

「…これで警察はこの件から降りることになる。 来るのはおそらく祓魔局所属の祓魔師」

冬士が歯ぎしりする理由が亜門にはわからない。

「祓魔師って、陰陽師とは違うのか?」

「違う。 陰陽師は医者もいるが、祓魔師にはいねえよ。 …生成りなんて皆悪魔憑き扱いだ」

それを聞いて亜門は少しショックを受けた。

警察はおろか犬護の両親側の弁護士も席を立たされて出て行った。

「…」

「…この裁判、負けたな…」

冬士はそう諦めの声音で言った。その目に涙が浮かんでいるように見えたのは、亜門だけではなかっただろう。

 

『尾崎正平被告は無罪放免』

 

出された結論はそれだった。

「司法が聞いてあきれる…!」

「仕方ねえさ。 人間様からすりゃあ、生成りは人間じゃねえんだよ」

冬士は閉廷された裁判所で千夏と合流した。亜門はすぐに冬士と別れて家に帰った。嗤いながら泣いているだろうと、それぐらいは簡単に予想が付いたものだ。

 

それだけでは終わらなかったのが清水である。

清水は裁判内容を傍聴席で聞いていた。こんな裁判があるか、と叫びたかった。

想い人を傷つけられたのは私情であるとしても、クラスメイトが殺されかけたのだ。それなのにそれが、生成りであるという理由一つで反対意見の発言すら許されずに、被告は無罪放免に、被害者は人権すら踏みにじられたのだ。

まるで最初から彼には人権はないのだと言うかのように。

清水たちは署名集めをした。陰陽局に行っただけで数千人分集まったのだから驚きである。

結果的には5万ほどの署名を集めて、清水たちは役所に叩きつけた。

役所が生成り保護条例を制定するための準備に入ろうとしたのを、清水たちが作成しておいた草案まで提出した。3か月で生成り保護条例が施行されたのはこのためである。

 

 

「…その結果、セイセイ達は陰陽師になることを求められたんだろうな」

「どういうこと?」

「…何で生成り保護が制定されてねえのかってことさ。 知らなさそうだが」

「…うん」

犬護がうなずく。冬士は目を閉じた。

「…生成りが堕ちたら、そこには霊獣が残るよな?」

「うん」

「…じゃあ、その霊獣は人間か?」

「…!」

生成りは堕ちたら最後、肉体は残らない。いや、残っても死んでからしか出てこない。霊獣が死ねば肉体もまた滅ぶ。

「…そうか…生成りが堕ちたモノを祓っちゃったら人殺し、か…」

犬護は空を見上げた。冬士が目を開けた。

「…まあ、これからだな。 いっそのこと生成り用に裁判官作るってのもありなんじゃねえか? はは、規模がでかいか」

「…でも、さすがに現状で生成りを必要悪にされるのは嫌だなあ。 …これから生成りとして生まれる子はもっと増えちゃう」

「…だな」

冬士はぐっと伸びをした。

「さて、こんな辛気くせえ話はもうやめだ」

「…うん」

冬士と犬護は千夏たちのいるテントに向かった。

 

 

 

 

 

『優勝は―――赤団です!』

先輩たち頑張ったなあ。

そう言いつつ片付けを始めた勇子たちを見て、小さく微笑んでいる男がいたことを、勇子たちは知らない。

 




この話の中での生成りの扱いのひどさを書こうとしました。
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