この話はちょっと暗いです。
四葉はちょっとばかり緊張していた。
なんといっても、彼女には今片思いの人がいるのである。その人は同級生の桃枝家の長男だ。
桃枝家と言えば、新家の中でもかなりの勢力を誇っている家であり、どちらかというとエクソシストに近い祓魔方法を持っているものの、れっきとした陰陽師である。
四葉の家は別に祓魔師でも陰陽師でもエクソシストでもない。神社でも寺でもない。ただ、彼女は見鬼であった。
つまるところ、彼女はごく一般的な家のただの少女であるということである。
とあることを除いては。
―勇子サイド―
「―――好きです、付き合って下さい」
「―――」
少女マンガによくあるような、告白シーンがそこに繰り広げられていた。
やっば、四葉先輩の告白シーンにぶち当たってしまったようですなあ。
相手はどうやら、桃枝家の長男。
ああでもそんなのかわいそうだなあ。
先輩の恋はどう頑張っても実らないから、やめとけっていったんだけれどなあ。まあ、年下に自分の恋云々をいじられたくはないよなあ。
「…考える時間がほしい」
桃枝先輩はそう言って四葉先輩と別れた。
四葉先輩には悪いけれどこのまま出て行かせてもらう。
「四葉せんぱーい」
「!? わ、勇子ちゃんいたの!?」
四葉先輩が驚いたように私を見る。少し独特の薬品の匂いがした。
「四葉先輩、臭気の打ち消し呪文が消えかけてますよ。 組み直しますからついて来てください」
そう言ってさっさと移動を始めた。
色々とやることが多くて困るなあ。後2週間ぐらいで期末テストなわけで、冬士と朱里はすっかり一緒に勉強するために図書室にこもってていじっても楽しくないし、千夏は春樹に勉強的な意味で寝かせてもらえてないわけで、いじる時間は寝かせておかないと最近はすっかり青ざめている。倒れられると冬士があわてるからそれが伝播して大輔までパニックになるといろいろとめんどくさいからやめとく。
そして私自身は普通にテスト勉強してるわけですよ。大体わかってるんだけれどね、というか期末はペーパーテストないんだけれどね。
皆のテスト勉強イコール演習場で術を共同で組むってことになってるわけだから、仕方ないけれど。
何でペーパーないんだよ。冬士の面白い点数が見れないじゃないの。
とか何とか思っていたらAクラスの教室にたどり着いた。
「四葉先輩、入ってください」
「うん、なんかほんとごめんね、半年もいろいろしてもらっちゃって」
「いえ、自分たちで招いちゃった結果ですから。 先輩は最後まで面倒みますよ」
「えへへ、ありがと」
四葉先輩はそう言って小さく笑った。きれいな笑顔の人だ。こんなきれいな先輩を泣かせることになる桃枝先輩…哀れな人だなあ。
中に入ると冬士と千夏と大輔と春樹が既にスタンバイしていた。
「咲哉は?」
「すぐ来ると思うぜ」
迅が興味深そうにこっちを見ている。
「何をするんだ?」
「うん、屍鬼(グール)の肉体を長時間保存するための術式と、その効果を高めるための薬品の匂いを分かりにくくするための術を組んでたんだけれどね、実技演習で皇帝の霊力の近くにいたんだろうね、削られちゃって薬品の匂いが私でもわかるようになってるから、術の組み直し」
初夏に入ったんだから、これから屍鬼の肉体の腐敗は早いぞ。
「…えっと、それって…?」
「…馬鹿勇子」
大輔になんか叱られたんですけど。
「…ちょっと待って、それって要するにその先輩屍鬼ってこと?」
「そういうことだよ~」
しまった、先輩が笑って答えてしまった。
「…先輩、そこは否定する努力をしてくださいよ、私穴に埋まるしかないじゃないですか」
「だって、もうどう頑張ってもこの夏までだから、もういいかなあなんて」
四葉先輩がへらっと笑ったけれど、春樹の目が揺れた。吉岡たちも少しうつむいた。
「…ほんと、なんか…すんません」
冬士が頭を下げた。
「え、いいよ、そんな! 冬士君、顔上げてよ!」
「…でも、俺たちが転位霊災なんぞに巻き込まれなかったら、先輩の術式の組み直しはちゃんとできてたはずなんです。 先輩が人間として生きる時間を削ったのは俺達です」
あーあー、始まったよ、冬士の謝罪。これ長いんだよねえ。
ほら、冬士ってやっぱり人間として生きていたいって思ってるから、他の人間としての人生を奪われそうになっている人を見るとほっとけなくなるらしい。
「…冬士が頭下げて私が頭下げないのもなんだねえ」
そう言ってやっぱり私も頭は下げることにした。
「勇子ちゃんまで…」
「だって直接的には私が大輔と暮らしてるのが原因でしたからね」
冬士が結界を張ったってことにもっと早く気付いてればもっと早く帰ってこられたはずだったし、大輔に卵なんて近づかせたりしなかった。湯島さんが悪いと言うつもりはない。誰だって知らず知らずのうちに呪を結んでいるものだ。
「…でももう、仕方ないって。 それに、かわりにイベント企画してくれたじゃん」
四葉先輩はそう言って私の肩を掴んで体を起こさせてきた。四葉先輩の体はもうすでに本来あるはずのセーフティが存在していないから、怪力だ。どこぞのバーテン服の人と同じ状態だ。まあ思いっきり屍鬼なんだけれど。
「…そのイベント、どこでやるんだよ?」
吉岡がそう言ってきた。
「期末テストが終わったらキャンプって形で勇子の本家に行こうと思ってる」
「神成家本家ってことは、山形?」
「そういうことだ。 向こうなら多少気温は下がるしな」
お前が懐かしいってのもあるだろ、冬士。
そんなセリフは呑み込んで、術式の設定に取りかかった。そこでちょうど咲哉が小瓶に入っている蚕を持ってきた。
「あ、咲哉」
「おう。 薬持ってきたぞ」
「その金蚕蠱は何だ」
「生成り集会所でツチノコに捕まってたから貰ってきた」
私といいお前といい金蚕蠱はよく拾うものなのだろうか。
「皆、ごめん机どかすの手伝って」
「おーけー」
吉岡たちがそう言って机をどかしてくれた。中央に立って呪符をばらまく。
「皆、しゃべらないでね。 この術は言霊の介入があると効果なくなるから」
そう皆に告げるとうなずいて、吉岡たちは外に出とくよと言って出て行った。
残ったのは術を組んでいる私と大輔、千夏、冬士、春樹、咲哉の6人と、迅、犬護、烏丸先生、闇先生、龍冴先生の11人だ。
「じゃ、始めようか」
皆でありったけの呪符をばらまく。咲哉が中央に四葉先輩を立たせて、青い呪符を5枚浮かべる。
これは虫除けだ。死体には小さな虫が寄ってくるから、それを掃うために薬品を使う。咲哉が液体の薬品に新しく出した呪符に浸して四葉先輩の右手に張り付けた。同じ作業を左手、右足、顔、左足の順番に行って、五芒星で結ぶ。
私は赤い呪符を取り出す。千夏が白、冬士が黒と青、春樹が黄色の呪符だ。大輔は同時進行で結界を張った。今度は腐敗防止と臭気の打ち消しを同時にやる。
冬士の黒から始まる。黒を右手に、青を左手に、赤を右足に、黄色を顔に、白を左足に張り付けて、五芒星を上から描く。
パン、パン、と冬士が2回手を叩いた。私が1回手を叩く。春樹が1回叩く。千夏が1回叩く。大輔が1回叩く。咲哉が1回叩く。皆で礼をして、顔を上げる。
おしまい。
「冥土の諸神にお礼申し上げる」
最後に一言。とりあえずいろんな意味で見逃してくれている閻魔大王様に向かってのものだ。この一言で終了したと冬士たちに知らせることになっている。
「…どうすか、先輩」
「…うん、大丈夫。 体がちょっと軽いかな」
「水分抜きましたからね。 腐敗はあんま急激には進まないと思いますけれど、気をつけておいてください。 あと、あんまり日差しの下には出ないことと、雨には当たらないでください。 いいですね」
冬士が言っているのを見ていると、こいつはいい陰陽医になると思ってしまう。生成りが陰陽医なんかなれるわけないんだけれどね。おしいなあ。
「晴れの日にバーベキューをしたいなあ、なんて思ったんですが!」
「いいですね!」
冬士は少し呆れたような顔をしたけれど、私は賛同した。食べたい!って言うのが一番大きいけれど、言い訳ならいくらでもできる。
「じゃあ、さっそく買い出しですね! 烏丸先生たちもいていいですか?」
「うん、ていうか事情皆知ってるからね、皆で食べようよ」
「あはは。 父さんにたかってみようかな」
「俺も親父に頼んでみるわ」
千夏がそう言ってくれたから気持ちが楽になった。私のお小遣い冬士に減らされなくて済む!春樹を見ると、春樹もうなずいた。
「僕も手伝うよ。 皆からちょっとずつお金を徴収するというのもありだと思うけれど」
「そうだな、吉岡たちに言ってくる」
冬士が教室を出た。犬護たちを見ると、犬護は呆然としていて、迅は何か考え込んでいた。闇先生はせんべい食べ始めていた。いつも持ってるのか、それ。烏丸先生は術式を見つめていた。
「烏丸先生、術式がどうかしましたか?」
「…いや、見たことのない術式だと思ってな…」
「まあ、そうですよね。 これ禁呪ですもん」
「!?」
烏丸先生が驚いていた。いや、わかれよ。烏丸先生は一体どこの卒業生ですか。あ、ウチか。神成出身だ、烏丸先生の烏丸一族は東北のほうに本拠を構えている陰陽師だけれどもとは吉田神道一派だ。とにかく東北だから神成だ。
「神成はもう外法は教えてないのかな…」
「そんな危険なものは教えんじゃろ」
闇先生から突っ込まれてしまった。
「…そうですね。 烏丸先生、死体を腐敗させない中国の鬼(キ)はなんだかご存知ですか?」
「殭屍(きょうし)だな」
「正解です。 まあそんなゾンビ作るのは今は世界的に禁止されてるわけですから」
「禁呪指定に引っ掛かった、か」
「そういうことです。 いろいろ千夏が昔の文献ひっぱり出してきて調べてたら彼の安倍清明も組んでたんじゃないかっていう予測で成り立ったのがこの術でして」
術の方法とか、記して遺してたらその人は相当忘れっぽいか、ペテン師だ。陰陽師は自分の術を相手に見破られたら終わりだから、式神の名前も記さないし自分の名前を相手に本名を名乗ることはまずなかった。術式を記すなんてもってのほかだ。それが強力ならばいいけれど、簡単にひっくり返されて呪詛返しでも食らったら死んでしまう。
「…さて、この話はここまでにしましょう! どうせですから倉橋学園長も呼びましょうよ!」
勝手に話題を切り替えて私は大輔を引っ張って教室を出た。外では冬士が吉岡たちと楽しげに話をしていた。