日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第7話 彼の答えは?

 

四葉が桃枝に呼ばれたのはテストの最終日だった。

「…気持ち、嬉しかった。 よろしくお願いします」

桃枝は笑って言った。その頬が紅潮しているのは、誰が見てもわかることだった。

その現場に今度居合わせたのは、冬士である。

桃枝からの答えを聞いて喜ぶ四葉は、買い物に行くと言って行ってしまう桃枝を見送って1人でガッツポーズしていた。

「…あの」

「! デジャヴを感じる!」

「おおかた1回目は勇子でしょう?」

「…そうだったなぁ…」

四葉は笑った。冬士はふっと笑った。

「お、冬士君が笑った。 レアな表情ですなぁ~!」

「…同盟の中で俺たちの立ち位置ってどうなってんすか?」

「冬士君は右も左も需要があります。 相手はもっぱら千夏君です」

「千夏が聞いたら怒鳴り散らすレベルですね」

「勇子ちゃんがたまによこす秘蔵写真が…!」

「千夏の寝顔じゃないですか、それ」

「あたり! 冬士君がそんな千夏君の頭を撫でているところが!」

「…それ千夏上着てないんじゃ」

「あたりです」

「…中間考査護のあれか…」

調子に乗って一緒に撮影に乗った自分を呪った冬士だった。

「…ところで、どうしてここに? 私に用事?」

「あ、はい。 実は、神成本家に行こうかって言ってたキャンプの行き先、神奈川に行こうかって話になったんですよ」

「? 場所とか全部冬士君たちに乗るって言ったよね?」

「…はい、でも、一応。 キツイ選択強いてるみたいであんま好きじゃないんすけど、選んでください。 中部地方でグールとしてぎりぎりまで生きるか、こっちで肉体を焼却するか」

「!」

四葉は目を見開いて静かに考えこんだ。

「…うーん。 さすがに焼却中に眠れるとは思わないなあ…。 だからと言って痛覚が完全に消えてるわけでもないし…」

焼かれる痛みか、腐敗していく痛みかを選べというのである。四葉はうなった。

「…今すぐじゃなくていいです。 あと1週間あるんで、その時に…」

「待って! 今答え出すよ」

「?」

「…今ね、真榊の結界が弱まってるんだ、わかるんだよね。 今ならあんまり負担なく中部に抜けられるかな」

「…鬼狩りに見つかったら終わりっすよ」

「話せば何とかなるよ、きっと。 向こうだって人間なんだし」

四葉は顔を上げた。

「決めた。 中部に抜ける。 神奈川なら静岡に抜けられる」

「…静岡は鬼狩りの本体がいますよ」

「問題なし! 支援物資を送る陰陽師と一緒に入って長野の方に走るよ。 さて、そうときまればさっそく母さんたちに伝えなきゃ! じゃあね、冬士!」

四葉はそう言って走り去った。

残された冬士の表情はすぐれなかった。

そしてまた、四葉の表情も明るくなんてなかった。

 

 

 

―四葉サイド―

まあ、そうだよね。仕方ないさ。一気に答えを出さないと自分がズルズルいくのはわかってる。それに、最近雨が多くて。雨に濡れないでねって言われたけれど、あんまり守れてないんだ。私は寮に入ってるわけじゃない。家は近いし、傘があれば事足りて。

これから夏じゃなかったら、もうちょっと長く生きられたかな。あ、もう死んでるか。

「…」

曇天の空を見上げる。今日は湿気は多いけれど、雨は降ってない。

この湿気が、私の体の腐敗を促進します。

本来のあるべき姿に戻そうとしている霊気の流れがわかるんだ。

冬士の霊気は冷たくて心地いい。彼ならきっと私の体を低温で保存するくらいのことをやってのけるんじゃなかろうかと思う。でもそこまで頼る気はない。

もう、決めた。

母さんと父さんと、弟に伝えなくてはいけない。

まだ、3人は私が普通に帰ってくることができると思っている。3人は陰陽術について何か知っているわけではない。3人ともそもそも見鬼じゃない。

冬士はこれ伝えるのどれだけつらかったのかな。

私に死に方を選択しろって言うのが、どれほどつらいことだったのかな。

自殺しますか、殺されたいですか、じゃないんだ。

焼け死にたいですか、腐敗して死にたいですか、だった。

彼の妹、紫苑ちゃんは帰ってきたけれど、地獄からお仕事も仰せつかってきたらしい。その最初のお仕事相手が私になるとのことだった。たぶん、タイミング図られてたんだろうなあ、なんて、いまさら何もかも遅いんだって。

 

たった半年前の話。

私と焼原君は偶然一緒にいて、そこで屍鬼(グール)に遭った。

鮮明に覚えているのは、恐くてたまらなくて、泣いてた私をずっと庇って戦っていた焼原君の背中と、焼原君が私を励まそうとして私の方を見て話をしてくれていたときにふっと焼原君の背後に立ったグール。

焼原君に触れようとしたそのグールはなんだか干からびているように見えたんだ。私は焼原君の服を引っ張って倒した。焼原君はすりむいて血を流してしまったけれど、私の方が重傷だった。目をつぶってしまったんだけれど、目を開けたら幽体離脱状態だし、私の体にはどす黒い霊気がまとわりついているしで気持ち悪かった。

私はもとは見鬼じゃない。その時に見えるようになったんだ。

焼原君に触れようとする私の体の手を私が何度もはたき落した。焼原君は目を見開いて、泣きだして、畜生って叫んだ。

もう呪符はなくて、霊気も底を尽きかけていたらしい。

じゃあ、って思って私は私の体の脚に抱きついて、動けない状態にした。

そんな攻防が続くこと1時間。グールは私の体から離れて行った。私はそのまま体に戻った。焼原君に声を掛けたら、焼原君はますます泣きだして、俺の名前わかるかって言ってきた。名前を答えてあげたら泣きながら抱きしめてきた。そりゃあびっくりしたんだけれど、私は死んだらしいということがようやく私にもわかった。

 

もう、遅いんだ。

あれから半年もたったんだ。

あのときは1月の寒い時期だった。私はほとんど痛覚というか感触がなくなってて、熱いのも寒いのもわからなくなっていた。

学園長には言ってある、私は2学期から学校には来ませんって。

同じことを両親にも言わなければならない。

冬士君たちが転位霊災に巻き込まれたのは悪いことじゃない。それを言ったら私がそもそもグールの霊災になんて巻き込まれなければよかっただけの話になってしまう。

―――私の時間はもうほとんどない。

原因が直接的には桃枝君の返事を待っていたからであるとは言っても、悪いとは思わない。普通の女の子には、もっと時間があるものだ。

返事が聞けただけでも十分だと思わなくちゃね。

「―――」

涙が止まらなくなってた。

家に着いたらなんて言えばいいのかな。

母さんも父さんも仕事で疲れてるのにさ。弟だって部活で疲れてるんだよ。

そんな皆のところにこんな話持っていけるかな。

なんて言えばいいのかな。

言わないほうがいいのかな。

でももう3人とも私がグールなの知ってるし。

玄関にたどり着いたけど、私はドアを開けることができなかった。

「…もうちょっと…生きてたかったなぁ…」

 

 

 

 

 

翌日、桃枝に映画を見に行こうと声を掛けた四葉は、肩を落とすことになった。

「嫌いなジャンルってある?」

「ゾンビ系は無理」

この一言である。

 

「…どうしよう」

「…普通にアクション物見に行ったらどうっすか」

「うん…そうする」

四葉は勇子に尋ねた。

「勇子ちゃん、桃枝君なんであんなに即答だったのかな…」

またその場面に出くわしたのは勇子だったわけである。

「…結構きつい話ですけど、いいですか?」

「うん、いいよ」

四葉は勇子を見つめた。勇子は小さく息を吐いた。

「…桃枝先輩の家―――桃枝家は、中部地方に本家があったんです」

「…中部ってことは…」

四葉はああ、と納得したようにうなずいた。

「…妹さんとお母様が亡くなったと聞いてます」

「…去年の平成中部百鬼夜行でか…」

大輔の言葉が事実を四葉に突き付けた。冬士と千夏と春樹がアイコンタクトを交わした。

「…桃枝先輩は時間を食い過ぎた。 四葉先輩、ちゃんと話さないと、屍鬼(グール)になり下がっちまうぜ」

冬士の言葉に四葉はうなずく。

平成中部百鬼夜行。

昨年の6月上旬に中部地方を襲った百鬼夜行の集団のことである。

死者は400万人を下らない。たくさんの陰陽師やエクソシストたちが死んでいった。新潟に本家のある真榊家が中部地方を結界で隔離して、人っ子一人出入りできない状態にしてしまったのは有名で、中部地方に残っている生き残りは人数もわからない。ただ、生き残りがいる事だけがわかっている。

霊獣の種類は、屍鬼。アンデッド系の霊獣やモンスターと呼ばれる類のモノが百鬼夜行を為して押し寄せた。

エクソシストははっきり言って役に立たなかった。物理攻撃ができなければ意味がないのだ。生き残ったのは中部地方に群れていた『魔人』と呼ばれる少年少女たちだった、という報告が上がっているのは新聞にも出ていた。

「…でも、もう金曜まであと2日ですよ? 映画見に行くなら今日か明日です」

「行く映画は決めてるんだよね…そっちは問題ないんだ」

四葉が窓から空を見上げた。

「…冬士君、今夜かき氷パーティーしよう」

「お邪魔させていただきます」

今日もまた皆で集まろうということになったようである。

「冬士、キャンプはあれだろ、公欠だろ?」

「ああ。 学園長に企画書出したのは俺だしな。 四葉先輩の事情を知ってるグループだけでやろうと思っている。 お前らも声掛けの対象なんだがな」

吉岡に冬士が返すと、吉岡はうなずいた。

「俺は行くよ。 たぶん皆も行くって言うんじゃねえかな」

「キャンプは人数多いほうがいい」

大輔の言葉で皆キャンプのことに頭を切り替えた。

「…あ、そろそろ行かねば。 じゃあ、今夜ね!」

「はい。 お気をつけて!」

四葉が教室を出て行った。

冬士たちはさっそくかき氷用のシロップでも買いに行こうという話になって、荷物をまとめ始めたのだった。

 

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