日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第8話 鬼狩りの答え

月明かりを遮るものがない。

この街だった場所にはもう、ネオンはともらない。

俊也は倒壊したビルの隅に腰掛けていた。

「俊也さん!」

俊也を呼ぶ声に、俊也は振り返った。その視線の先に映ったのは、京一だった。

「京一か」

「うっす」

京一は瓦礫を軽快に飛び越えて俊也の横にまでやってきた。

「どうしたんすか、ボーっとしちゃって」

「…もう、1年経った、と思ってな」

俊也の言葉に京一は少し目を見開いて、一度閉じる。そのまま月を見上げた。

「…1年、ですね。 …長かったような、短かったような」

「…俺には長かったぜ…」

息を吐いて、俊也は立ち上がった。

「で、どうした? 何か用だろ、京一?」

「はい。 実は今日、妖刀が2振り出てきたんすよ」

「今さら妖刀が2振りも?」

俊也が眉根をひそめる。

「はい。 でも近くに使い手らしき人たちは見当たらなかったんっす」

「…ってことは、もうグールになったか…」

「もしくは、何らかの意思を持って俺たちのところに来たか」

京一はそう言って、布にくるんで持ってきていた2振りの刀を取り出して見せた。

「…こりゃひでえ…」

「はい、柄の損傷が激しすぎてこのままじゃ使えません」

京一は俊也の目を見つめた。俊也は京一を睨んだ。

「要は柄の修復をしてやりてえってことだろう? 結界を抜けるのか?」

「はい。 ただ、こいつらを俊也さんが使えるかどうかは分かりません」

「あ?」

俊也の声にドスが効きはじめる。

「どういうことだ、京一」

「…俺の研ぎの技術では、妖刀たちに憑いてしまった霊瘴を祓いきれません。 前々から言ってましたよね、俺」

俊也は京一に掴みかかった。

「…俺が鬼になるって言いてえのか?」

「単刀直入に言います。 もう鬼になってるぜ、俊也さん。 鬼狩りの鬼に」

「…チッ」

俊也は舌打ちして京一を放した。

「…京一、何度も言ってるだろ。 マジで俺がヤバかったらぶった切るのはお前の仕事だって」

「人殺しを奨励すんのやめてくださいよ。 それに、俺が切ったらそのあとどうなるか知ってるでしょ。 俺は絶対切りませんからね」

ふと、2振りのうちの一振りがカタカタと音をたてて揺れ始めた。

「…これは…」

「…こっちは持ち手を選ばない代わりにあっという間に殺人鬼を作っちゃうタイプでしょうね。 陽の気の中に置いとかないと鬼を顕現させるかもしれない」

京一は足元にまとわりついている小さな角の生えた霊獣のうち1匹をつまみあげた。

「こーら! こっちくんなっつってんだろ!」

「えー」

「「「えー」」」

足元の霊獣たちが騒ぎ始めた。

「飴玉もうねえのか?」

「はい、もう切らしちゃいましたね。 水ん中に放り込むか…」

「溺れちゃうよー」

「「「泳げないよー」」」

俊也はふと月に視線を戻した。

「…俊也、俺とお前の2人で一旦東京に行こう」

「? 2人で離れて大丈夫っすか?」

「歩たちがいる。こっちは大丈夫だろう。 それより、このタイミングで東京って言ったってことは真榊になんか動きがあんだろ?」

俊也の問いに京一は小さく笑ってうなずいた。

「真榊の結界が今弱体化してるんすよ。 今なら楽勝っす」

「…なら、すぐに出発だな。 明日朝一で出るぞ」

「はい」

俊也の言葉に京一はうなずいた。

月の光は陰の気を纏っている割合の方が多い。俊也は最近陰の気を纏い始めていた。曇天であまり陽の気の多い日光に当たれていないせいもあるだろう。

相変わらず俊也と京一の足元にまとわりつく霊獣たちを押しのけつつ、2人は皆のいる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「え、東京に?」

歩たちが驚いたように目を丸くした。しかし、それがわかっていたらしい望は静かにうなずいた。

「いいと思います。 もしもその妖刀が使えなかったとしても、私たちで何とかしますから」

「でも、すぐに戻ってくるんだよね? 俊也、鬼にだいぶ近づいてるとは言っても、お前の力はまだ必要なんだぞ!」

明が言った。俊也はうなずいた。

「もちろんすぐに戻ってくる気でいる。 ただ、最悪お祓いを受けねーといけなくなるかもしれない」

「どういうこと?」

明が尋ねると、ずっと俊也と京一の足元にいた霊獣が言った。

「生成りになるよー」

「鬼の生成りー」

「意識が無くなってー」

「「「破壊と殺戮の鬼になる」」」

縁起でもないことを、と笑い飛ばす者はいない。これが今の俊也の現実だった。

「…ずっとこいつらこれ歌ってやがった。 もう成りかけてんのかね…」

俊也が言うと、歩が首を横に振った。

「まだ俊也は生成りと呼べるほど心が鬼に転じたわけじゃない。 大丈夫だ」

歩はふわりと微笑んで見せた。

落ち着く笑顔を持っているものがいるだろう。歩はいわゆるそれであった。

「…東京に行くなら、あの赤い刀身の刀も持っていくべきだろうな」

力太が言う。

「そうだな。 あれはちょっとヤバすぎる。 土御門に預けてこようと思う」

俊也は同意を示した。あとは他のともにここにいるメンバーに2人が離脱することを伝えて出発すればいい。

「俊也さん、俺がヤバいと思ったらあの妖刀は俺が奪い取りますからね」

「分かってる。 俺に切られねえように気をつけろよ」

「!」

1人が立ちあがった。

「弘?」

「…俺も、行く。 京一が切られるのは、やだ。 俺、京一が切られるの、わかるから」

歩の弟の弘である。

「…それは構わないけれど、龍が動くんじゃね、弘?」

「…ッ」

「そうだね…龍が動けば俊也が辛いんだ。 我慢して?」

京一と歩に言われて、弘は唇をかんだ。

「…弘、俺そんなに弱いか?」

京一が尋ねると、弘はぶんぶんと首を左右に振った。

「京一は強い!」

「なら、俺を信じてくれよ。 俺は大丈夫だって」

京一が笑った。

歩も弘も目を細めた。

「…京一眩しい」

「え、目ぇ潰れてねえよな!?」

慌て始める京一を見て皆で小さく笑った。

望の脚にかけられた布が左右で違う長さのところで落ちて地面と接している。

「望先輩、脚の包帯変えましょう!」

後輩と思しきセーラー服の少女が近づいて来て言った。

「ええ、ありがとう」

望はそちらを向いて包帯を変えてもらうために布を取り去った。

「…ねえ、包帯を変え終わったら皆を呼んで来てくれないかしら? 大事な話があるの」

「は、はい!」

少女は包帯を変えると立ち去り、少しすると40人ほどが集まってきた。

「全員いるか?」

「はい」

1人が返すと、歩が立ちあがった。

「皆に大事な話をするよ。 明日、俊也と京一が東京に向かうことになった」

「と、東京ですか!?」

皆がざわめいた。

「皆が不安がるのはわかるけれど、俊也がそろそろ自浄できなくなってきてるんだ。 望の水晶のストックももうなくなった。 後は、皆も知ってのとおり、俊也の砥石ももうほとんどない」

「「「…」」」

皆が黙る。知っていることだったのだ。

「…俺たちは少し2人に頼りすぎた。 俊也はお祓いと、先日手に入れた赤い刀を土御門に預けるために。 京一は今日手に入った2振りの妖刀の修復のために。 2人とも最低2週間くらいは帰ってこないと考えておくように」

歩の言葉を皆は静かに聞いているだけだ。誰も反論はしない。

「…2週間もいるか? 俺らの移動速度なら1週間くらいで…」

「俊也、君は少し休んだ方がいい。 京一もだ。 俊也が一番気を張ってるのは皆も知っていることだし、京一が刀を研ぐために徹夜することがあるのを皆が知らないわけないだろ?」

「…天知る地知る我知る子知る、ですね」

「そういうことだ」

本来なら悪いことをする時のセリフだろう。だが、この状況でまともに回復していない状態がどれほど罪作りなことなのか、京一は知らないわけではない。

「…じゃあ2週間くらいは俺たちで何とかしなくちゃいけないんですね」

「そう。 グールなら皆でも対応できるから、とにかく直接触れられないこと。 それだけだ」

さあ、と言って歩は手を叩いた。

「お話はこれでおしまい! 皆、早めに眠って。 今日の番を俺がするから」

皆が解散していく。京一は歩に礼をして、ごろ寝した。

皆雨をしのげる場所にいるだけだ。

布団なんてないし、アスファルトにごろ寝である。誰も文句なんて言わない。

支援物資の中になかったわけではない。けれど、皆で選んだのはそんなものよりもグールの動きを止めるためのナイフだった。

冬は越した。大人はいない。

仲間を殺された。

陰陽師は支援のために人員を割いている。エクソシストはグールを祓ってくれる。

死体に戻ったグールに、まだ別のグールが入るから意味がないのは現場だけが知っていることでもある。

大人なんて信じられない。

 

子供たちばかりでこの地獄を生き延びた彼らの、たった一つの答えである。

 




水晶には、浄化作用があるとされている。
パワーストーンの説明で見たことがある方も多いはず。

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