日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

74 / 109
なんだか…長くなりました。


第15話 和坂の刀

 

霊脈の暴走が止まったのは笛を吹いていた少年が姿を消した直後だった。

『霊脈の暴走の終息を確認!』

本局指令室からの連絡を受けた蓮司は酒吞童子たちが向かった霊脈の方を視た。

なるほど、タイプワームが新しく湧き続けて霊瘴が広がっていたはずの空はすでに湧いてしまったタイプワームのほかには霊瘴は見当たらない。

「タイプワームの出現の終息を確認! 修祓を続行する!」

蓮司が連絡を入れて刀をもち直す。

とはいっても、もう蓮司の刀はほとんど切れない。陰の気を払ってやらねばならないが、そんな時間をくれないのが百鬼夜行というものである。

バスの中の生徒たちははっきり言って祓魔に使えるような実力自体は備えていないというものである。そもそもこんな命が懸かったような修祓の場に生徒がいること自体が通常はおかしい。もっとも強力な結界が張られている一番近い場所が陰陽局ということで蓮司が判断してここに来ただけである。蓮司に後悔はない。

が、逆を言うならば強い霊気を持つ者が集まる場所に春樹を連れてきてしまったことはかなりつらいことである。狙われやすくなっただけだ。他の避難場所ならばそういう体質の者を守るための障壁も一括して張ってあるためやたら狙われるということはない。

愛刀の陰の気を自分の霊気の陽の気を集めて拭った。砥石が欲しいところである。通常の砥石ではなく、陰の気を払うためのものが。

目の前に迫るタイプワーム3体をまとめて切り捨て、蓮司は舌打ちした。

欠けた。

愛刀につけていた式神―――白葉と黒葉が泣き叫んだ。

『いったああああい!!』

『蓮司! 痛いよ!』

こいつらが騒ぎだしたらもう刀身が持たない。予想以上にグールとの戦闘が刀身にダメージを与えていたようである。蓮司は鞘に刀を納めて呪符を取り出した。

寄って来たタイプワームに符を一枚投げつけた。

「ノウマク・サンマンダ・インドラヤ・ソワカ!」

雷がタイプワームを穿ち、タイプワームが消え去った。

息を尽く間もなく次から次へとタイプワームが寄ってくる。心配しているのか烏丸と辰巳が蓮司をちらちらとみているのが視界の端に映った。

その時、タイプワームがぐっと上空にかっさらわれて行った。

「!」

「蓮司、大丈夫か?」

すっとゆっくり降りてきたのは龍冴だった。

「『龍使い』影山龍冴、『断空』と合流した。 修祓に入る」

龍冴は手を振った。タイプワームのほとんどが上空へと向かっていく。

「…久しぶりに見ましたよ、影山の龍」

蓮司はそう言って上空を見上げた。そこには、青い鱗におおわれたしなやかな体をしならせた龍がいた。

「ああそうそう、俺のじいちゃんにも来てもらったからな、すぐに終わるぜ」

「! 『影鬼』が出ているんですか?」

龍冴はうなずいた。蓮司は小さく安心したように息をついた。

「子供たちを頼むぜ。 特に冬士。 あと局舎にいる魔人2人も休ませろ。 片方やばそうだからな」

「はい」

蓮司はバスの中に入った。

 

中に入るとどちらかというと翔よりも冬士と大輔の方が状態はひどかった。

「冬士君、大輔君。 大丈夫かい?」

「…ッ、気持ち悪いっす…」

冬士はすっかり青ざめている。アレンが治癒符でぎりぎり保たせているような状態だった。

「今独立十将の第1席『影鬼』が出てきているらしい。 彼は悪鬼型だから2人にはきつかったかもしれないな」

「あとでたかっていいっすかね」

「冬士君はきっと許されるよ、おじいちゃんに思い切りねだっておいで」

冬士がふっと笑った。クク、と小さく声を漏らして。

そして、衝撃が走り、外が明るくなった。

連絡が入る。

『修祓の完了を確認。 十二神将は本局に集まってください』

「…皆、もう大丈夫。 俺は一旦向こうに戻るよ。 春樹様、すみません、ついて来ていただけますか」

「はい」

春樹が席を立ち、蓮司とともに外に出た。

冬士はとりあえず席に座って息をついた。呼吸を整える。

「大丈夫?」

「…何とか、な…。 あ、くそ…苦しい…」

冷や汗でびっしょりになった冬士に千夏がタオルを渡す。

「…ヤバいなこれ…」

「ダルぃ…」

愚痴をこぼす冬士に、千夏は治癒符を張り付けた。勇子も治癒符を大輔に張り付けた。

 

 

 

 

 

「…春樹様、ここで休んでいらしてください」

「は、はい…」

春樹はロビーのベンチに座って息をついた。

蓮司が会議室へと向かい、春樹は辺りを見回した。2人の少年が近くのベンチに座っていた。

「…」

「…」

バンダナをつけた少年と春樹の目が合った。

「…どした、京一?」

「…すげー美人…」

春樹は一瞬で悟った。ああこの人たち見鬼だな。

「…えっと、俺、和坂京一です」

「ぼ…僕は土御門春樹」

「俺は宮崎俊也。 魔人だ」

「…魔人?」

春樹は尋ねた。

「ああ、龍脈の影響を受けてるって話。 俺らも詳しくは知らねえけど」

京一と俊也は春樹の横に座った。

「…龍か?」

俊也が尋ねると、春樹はまあ、と小さくうなずいた。

「土御門…あのさ、親御さん近くにいる?」

「…いいや。 僕の両親は関西にいるんだけれど」

「…マジか…」

「どうかしたの?」

「いや、お祓いしてほしいんすよ、あと封印をしてほしいんす」

「…何を? 陰陽局には強力な陰陽師が揃ってる」

春樹が言うと、京一は小さく唸った。

「何かやばい刀なんすよ」

「…どんな?」

「これ」

京一が包みを春樹に見せた。

「…」

ざっとひととおり霊気を視る。禍々しい霊気が2つ。入っているのは3振りのようだが。

「これ…かなり人を切ってる刀だね」

「…俺らが使う前からこんな感じだったんすよ」

「…妖刀を使ってたってことかい!? …僕の両親を呼ぶなんて悠長なことは言っていられなさそうだね」

春樹はすっと立ち上がった。

「待ってて、すぐ十二神将呼んでくる」

すぐそこにお祓いのスペシャリストたちがいるでしょう?

春樹はそう言って走り出した。

「!」

俊也がはっと目を見開いた。

「?」

京一は俊也を視る。俊也は立ち上がった。

「俊也さん、落ちついてください」

京一がそっと俊也に声をかける。京一は辺りの霊気をうかがった。

かすかだが、鬼の気が近づいて来ている。おそらく鬼本体ではない。鬼本体ならばすぐに陰陽師たちが動くはずであり、そう考えれば行きつく答えは一つだ。

「俊也さん、その刀を放してください」

言い聞かせるように言い、俊也の目を覗き込もうとした京一は、蹴り飛ばされた。

「ッ!?」

鬼の気の動きが止まった。

「いってぇ…!」

京一は地面に叩きつけられたがすぐに体を起こした。視界いっぱいに赤い霊気が広がる。俊也の手に握られている包みの布を、俊也が投げ捨ててしまった。

「俊也さん、しっかりして下さいっ!」

京一たちを見ていた職員たちが降りてくる。

「…これは…エンカウンター、タイプ鬼、妖刀型、レベルは不明、フェイズ3!」

1人が叫び、その瞬間に俊也が刀を振るった。

「!!」

斬撃に乗った霊気が鬼の気の方へと向かった。鬼の気もそれに気付いたらしく、横に転がるように避けた。

「これは一体!?」

「妖刀に乗っ取られたんだ…」

京一はギュッと手を握りしめた。鬼の気が離れ始めた。俊也がそれを追って飛び出していった。

「乗っ取られた?」

「…封印してもらおうと思って持ってきたやばいのが1振りあったんです。 さっき俊也さんが持ってたやつです」

京一はそう言って愛刀を鞘から抜いた。

「ごめんな、しぶき。 研いでやれてないのに」

『気にするなよ、京一。 俊也があの鬼を切るようなことになったら何が起きるかわかったもんじゃない』

愛刀しぶき。金気の塊である妖刀にしては珍しく水気を纏った妖刀だ。

京一も建物を飛び出し、そこで俊也と対峙している紫色の髪の青年を見た。

「俊也さん!」

声をかけるが、俊也に反応はない。青年の方は大量の呪符を手に持っている状態である。

(まずい!)

京一は察した。

青年は呪術戦やら霊災の対処に慣れていない。呪符をたくさん出すということは、それだけゴリ押しするということでもある。見れば青年の後ろにはあのバスがあり、その周りに倉橋の生徒たちがいて、避難中だった。

青年は狙われていることに気付いている。下手に動くことができなくなっているのだろう。

そもそも、鬼だ鬼だと思っていたが、青年は鬼ではない。

いや、鬼ではある、だが、それは限定的でかなり抑え込まれたもの。

「―――ッ!」

生成り。

相手が悪すぎる。

京一はしぶきで横に薙いだ。俊也はそれを容易くあの赤い刀身で受けた。

赤ということは火気のはずなのだ。にもかかわらず相剋できず相侮されている。

「あんた、逃げろッ!! 死んじまうッ!」

京一は青年に向かって叫んだ。青年は俊也から視線を外すことなく、首を横に振った。

俊也が大きく踏み込んだ。青年が叫んだ。

「第一門開門ッ!」

ビリ、と鬼気が溢れた。青年の髪が長く伸びた。

俊也が袈裟掛けに切る。

「水剋火ッ! 急急如律令ッ!」

青年の体が吹き飛ばされた。ぎりぎりで後ろに飛んだか。俊也が追撃をかける。

青年はすぐに止まって俊也にぶつかりに行った。あまり後ろに下がれば学生に当たる。京一はしぶきに霊気を集める。俊也丸ごと叩き切るしかない。

青年の名を呼ぶ少女の声が、京一の後ろから響いた。

「冬士ぃぃィッ!!」

京一が大きく踏み込んで俊也に切りかかった。俊也が舌打ちした。

「てめぇッ! 俊也さんに体返しやがれえええッ!!」

俊也はちらっと京一を見ただけで、すぐに青年に向き直った。

「…邪魔なんだよ」

俊也は京一を峰打ちで吹き飛ばした。

「ぐえっ」

京一は吹き飛ばされて地面に倒れた。腹を押さえてうずくまる。鬼気を直接ぶつけられたのである。まだ意識があるのは京一が一般人よりもはるかに霊力を持っているからと言っていいだろう。

「ッ…」

京一が顔を上げた時、目の前には俊也がいた。その手の刀が赤い刀身を閃かせていた。

片手で俊也は刀を構える。刺突の構えだ。体は起こせそうになく、京一はギュッと目をつぶった。

そして、その後の衝撃はこなかった。

「…?」

恐る恐る目を開けると、そこには血溜ができていて、刀は誰かの右の掌を貫いていた。

「…ックク…あははははははッ!!」

俊也が笑いだし、手を貫かれた人物がうめいた。

「ッぐ…!」

冬士である。

冬士は京一を庇うためにしゃがんでいた。もう逃げ場などなかった。

俊也が冬士の顎を掴みあげた。

「クク…上等な鬼の器だ…堕ちるがいい。 人を食らえばさぞ美しい鬼となるだろうに!」

「…ケッ、誰が堕ちるかよ。 とっととそいつに体をかえしやがれッ!!」

冬士が吠えた。強烈な鬼気が広がった。胸が苦しくなるような瘴気。

「ククク…」

俊也の表情はまるで鬼だった。

「…そうかい…だったらテメエ丸ごと食らってこき使ってやらぁッ!!」

冬士の放つ鬼気が一層強くなった。霊災警報が鳴るほどに。

俊也が表情を消した。刀から手を離す。俊也がそのまま倒れた。

「ッあ」

冬士が小さく声を上げた。冬士は左手で右手首を掴んだ。

十二神将がばらばらと現れ、龍冴は慌てて冬士に駆け寄った。

「冬士ッ!」

「龍冴…せんせっ…」

冬士の顔に脂汗がにじんでいる。先ほど『影鬼』の影響で気分を悪くしていたと聞いたばかりである。龍冴は刀の柄に触れた。

「ッ!」

バチッ、とはじき返される。龍冴はよく目を凝らして霊気の流れを見る。

「…こりゃ…最悪だ、くそっ! 和坂ッ!! おまえん家の刀だッ!!」

龍冴は声を上げ、十二神将の1人がゆっくりと近づいてきた。中年の男である。

「…! これは…紅蓮…」

男は京一を見た。

「すぐに離れなさい」

「…ん」

京一はまだ痛む体を無理やり起こしてなんとか歩きだした。すぐに春樹が支えに来てくれ、小さく礼を言いつつ俊也はそこを離れた。

冬士が叫んだ。

「ぐああああッ!!」

ズプ、と音がしたのは聞き間違いなどではない。

俊也と春樹はふいに振りかえった。

冬士が地に伏しうずくまって苦痛に耐えているところだった。その掌に刺さっていたはずの刀の刀身は、ほとんどなくなっていた。文字通り、なくなっていた。

「冬士、耐えろッ! すぐ主治医呼んでやるっ」

龍冴たちがあわただしく動き始めて、俊也と冬士はひとまず陰陽局の医務室に運ばれた。

 




和坂はカニガサカと読みます。

感想お待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。