日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第16話 終息

正純が医務室から出てきた。

「どうでした!?」

京一がはじかれるように立ち上がった。

「宮本俊也君、だったな。 彼はもう大丈夫だ。 冬士が俊也君の鬼とあの刀の鬼を引きうけてくれたからな」

「…よかった…。 じゃあ、その、冬士ってやつは?」

「こっちも問題はない。 冬士自身にはな」

千夏と勇子が顔を見合わせた。

「さて。 あの赤い刀はこのまま冬士の式神になることになるようだが、いいか?」

「…はい、あいつの体に障りがないなら」

「ははっ、こりゃしっかりもんだな」

正純はそう言って、京一が携えている2振りの刀を見た。

「…問題はこっちの2振りだが、どうやら持ち主が会いに来ているらしい」

「?」

首をかしげる京一に、すっと現れたあの中年男が言った。

「その2振りは和坂が作った刀でな、平安時代の代物だ」

「親父…」

京一は男を見た。男はにっと笑った。

「そいつらの持ち主は平安時代の殿上人でな。 ここにいるんだが」

体をずらすと後ろから170センチくらいの青年が顔を出した。

「はじめまして、黄桔梗和坂の若。 俺は源博雅(みなもとのひろまさ)

京一だけでなく、春樹や勇子、千夏も目を見開いた。

「源博雅…!? って、何で俺ん家を知ってるんすか!?」

「その2振りが逐一俺にお前のことを報告して来ていたのだよ。 うんうん、良い目だ」

博雅は笑った。刀がカタカタと小さく震えた。

「…ってことは、こいつらは修繕したらあんたに返せばいいんすね」

「ああ。 そうしてもらえると助かる」

博雅はそう言って、すっと横笛を取り出した。

「?」

「吹きたいので吹くぞ」

博雅は横笛を吹き始めた。

ドアに近付いてきた気配。

「冬士、開けていいぞ」

正純が言うと、そっと遠慮がちにドアが開き、中から秀麗な顔立ちの青年が顔を出した。

「…」

博雅の笛は続く。現代の曲をよくここまで笛で吹けるものだとも思ったが、3曲吹いた後、古い曲に移った。

皆何も言わずに聞き入っていた。

 

源博雅。

平安時代中期ごろを生きた人物である。ちょうど安倍清明と生きた時代がかぶっている。醍醐天皇の孫であり、従三位の殿上人だった。

琵琶『玄象(げんじょう)』を羅生門から探し出したり、笛『葉二(はふたつ)』を朱雀門の鬼からもらったりとさまざまな物語に登場する人物である。

雅楽に優れていたと言われ、生まれた時には空が勝手に音楽を鳴らしたのを聞いた人がいたとか。

そんな逸話すら残されるほどの雅楽の名手だったということである。

 

「…」

曲が止む。博雅が笛を口から離した。

うっとりと聞き入っていた千夏と春樹はすっと博雅と視線を合わせた。

「…なんて言えばいいのか…言い表せませんね…」

「すっげーきれいっつーか…なんだろ。 落ち着くっていうか」

なんとも言い表せない感想を何とか表現しようとする2人を見て、博雅は笑った。

「2人とも清明の子孫だろうに、似てないなあ。 これだけ年が経てばこうなるのか?」

「えっと…」

「ああ、親しみやすくてよいと言っているのだよ。 ああそれと、俺のことは博雅で構わない。 二度目の人生は前世をカウントするのは無しだ」

冬士は正純に引っ張られて皆の横に座った。

博雅は冬士にも興味を示した。

「俺の知る生成りは女でな。 昔とは分け方が違うのだろう?」

「そうだな…今は霊獣に取り憑かれた奴のこと全般を指してる。 俺は鬼だからあんま生成りの概念からかわんねーけど」

冬士はすっかり打ち解けてしまった。博雅もまた冬士にごく普通に笑顔を向けた。

「しかし、大変な体質だなぁ」

「おっと、同情はいらねえぜ? 俺もこいつらとは結構長い付き合いでな」

「ははっ、これはいい。 気丈な美丈夫と来たか!」

博雅と会話していると生成りかどうかなんて関係なくなってしまうようだ。

こういう環境が最も心地いいものであると博雅が知っていたのかどうか。その答えはおそらく否であるから、彼を良い男だと称する者がいたっておかしくはないわけである。

「京一、お前砥石全然無いんだってな?」

「いやぁ…」

「限界になって東京に来たってことか? 他のメンバーはどうした?」

「先輩たちに任せてきた。 ほとんどの人が真榊の結界抜けらんないから」

京一の父の名は和坂祐善。京一にとっては最も上の目標の人物でもある。

十二神将『研ぎ師』和坂祐善。十二神将であるから相当強いのはわかるが、問題なのは彼が武器の陰の気による穢れを祓うことしかできない点である。

「和坂が静岡に残れたらよかったんだがな」

「一族でその体質だからな、仕方ないだろ」

正純がハハハと笑った。春樹が首をかしげた。

「体質?」

「ああ、和坂は特殊体質でな。 一族全員、霊脈やら龍脈やらを引き寄せてしまうんだ。 だから、霊脈の暴走も増える。 ってことで、1年前のがあってから東京に強制移住させられたんだ」

正純の説明に冬士がふむ、と考えこんだ。

「…やれやれ、陰陽師の難しい話は今も昔も変わらんな」

博雅が呆れたように肩をすくめた。千夏が尋ねる。

「ところで気になってたんだけどさ、博雅はいつごろから博雅だって自覚あったんだ?」

「ああ、3月下旬ごろからだ。 胸騒ぎがしてなあ、清明に呼ばれた気がしたのだよ」

千夏と冬士が顔を見合わせた。

「…もしかして、4月下旬から5月上旬にかけてもなんかあったか?」

「ああ、あった。 久しぶりに飛燕が出てきたような気がしてな、ずっと笛吹いてた」

博雅はうんうんと頷いた。

「…飛燕って…」

「間違いないだろうね…」

春樹と勇子が顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

百鬼夜行タイプワームはすべて無事に修祓され、人々が日常を取り戻すのにそんなに時間はかからなかった。

京一は翌日、博雅が『白銀(しろかね)』と『黒鉄(くろがね)』と名付けていた2振りを修繕するために現在他の家族たちが住んでいる六本木に向かった。

俊也も3日後には目を覚まし、冬士は同日学校に復帰した。

 

「また編入生のお知らせだ」

烏丸が告げた。また?と生徒たちがざわついた。しかも初めからAクラスに来るだなんて、と。

「今回は1人しか来ていないが、1週間後には一時的に受け入れる生徒も含めて32人が倉橋に来る。 そのうちAクラスに来たいと言っているのが2人。 まあ、自己紹介してもらった方が早いな」

烏丸は外の生徒に声をかけた。生徒が入ってくる。黒い制服であるから、男。

「…親御さん大変だっただろうな…」

しんみりと千夏が言った。冬士が小さく笑っていた。

「源博雅といいます。 よろしく!」

黒く長い髪をポニーテールにしている。その髪にところどころ焦げ茶色が混じっているから、彼が特に霊気の影響を受けているわけではないことを示していた。

「先日影山たちと知り合ったようだな。 …さて、今日から龍冴先生の実技訓練も再開だ。 挨拶!」

「起立、気をつけ、礼っ」

挨拶をして皆が教室を出ていく。

冬士と千夏が博雅に飛びついた。勇子と大輔がそのあとを追った。

 

 

 

張り出されたテストの結果。

実技試験のみの結果である。

「…」

闇はその前で立ち止まった。

冬士や大輔の順位を指先で追う。

「…20と25か…」

生成りとしては上出来だろう。だがしかし、闇は苦い表情である。

「…雅夏は早めに鍛える必要があるのう…」

闇が立ち去った後、生徒たちが見に来た。

「あ、影山すごい!」

「20か…まあまあだな」

「まだ上狙うのかよ?」

「当たり前だろ。 勇子は7じゃねえか」

「神成と比べるのは無茶だろ!」

笑いながら生徒たちの一団は結果を指で追っていく。博雅が解説を春樹から聞きながらやっぱりわからん、と首をかしげるのだった。

 




源博雅
安倍清明と仲が良かった人物。朗らかで裏表がなく嘘をつくのは苦手でよくだまされる。特に呪術に関する力は持っていないが、妖刀『白銀』『黒鉄』の主で、笛も箏も弾く。その音は鬼すら鎮める力を持っている。


夢枕獏さんリスペクト中です。
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