「俺は宮本俊也。 魔人だ。 冬士に世話になりましたっ!」
この台詞とともにクラスに早くも打ち解けてしまった俊也は、仲間たちも連れてきていると語った。
静岡ははっきり言ってもう都市機能を取り戻すことはできない。そんな中でたった10人前後の魔人に数十名の人間を任せることに対して、他地方から抗議の声が上がった。俊也と京一が抜けてきたことで声を上げた大人がいたわけである。
しかしそれで助かった命はあったが、結果的にはマイナス面が大きかったと言える。
「…俺たちとしては、皆を助けられて万々歳だったんだけどよ。 今頃になって思うんだわ。 真榊の結界、なんか理由があったんだろ?」
俊也の言葉に春樹がうなずいた。
闇の方針で実際にあったことをネタに授業を繰り広げる形態をとっているAクラスでは、最近ずっと魔人についての話で持ちきりになっていた。
今日は他のクラスに散った魔人たちも集めてということで、1年生合同の話し合いになっていた。無論魔人たちと行動を共にしていたものたちもいる。
土御門家は陰陽師の統括者の一家である。春樹と千夏は責任から逃れることはできないし、責任から逃れるつもりも毛頭ない。
「先日言ってたよね、陰陽師も祓魔師も嫌いだって」
「エクソシストは特にな…」
俊也の声のトーンが下がった。ここに京一はいない。
当たり前だ。彼はまだ中学3年生であったのだ。現在は倉橋陰陽学園中等部に入っている。
「…真榊はすぐに結界を張った。 僕らは逃げることすらできなかったんだ」
気の強い少女が口を開いた。明である。
「逃げられない、身を守る術を皆は信じてくれない。 もう最悪だった」
「エクソシストが来てくれたらもっと楽になるって叫んでたやつらもいたな。 死体相手に祈って光を出すだけのやつらに何ができるっていうんだ」
力太が息を吐いた。
「…真榊が結界を張って皆を見殺しにする形になったことは本当に、もう、何を言ったって許されることじゃない、わかってる」
全員が春樹を見た。恨めしげに春樹を見ているものもいる。
「…何であんなことになったの? 何で私たちは助けてもらえなかったの?」
「…まず第一に、中部地方には陰陽会が構えているんだ。 陰陽会の人たちもそんなに弱くない」
春樹が言うと、少女が叫んだ。
「でもみんな死んじゃったじゃない!」
「よせ。 土御門を責めてもどうにもならん」
力太がすかさず止めた。
「…お前らなぁ…不満なのはわかるけどよぉ…」
「俊也、庇うな。 春樹も千夏もこれから先こういう風当たりが強いとこに出ていく立場の人間だ。 いい練習じゃねえか」
「冬士、ぜってーお前のやり方は脱落者が出る」
俊也はそう言ってハアと息を吐いた。勇子がパソコンを取り出して来て、電源を入れた。
「…春樹、準備できたよ」
「よし。 じゃあ皆、一つずつ皆の質問に答えられるところだけ答えていきたいと思う。 曖昧な情報を伝える気はないから、わからないところはしっかり切り捨てさせてもらうよ」
春樹は皆を見渡した。千夏と冬士、大輔、迅、咲哉が前に出ている。
「んじゃま、俺から」
俊也が手を挙げた。
「何で真榊が結界を張ったのかについてだが」
「…うん。 あの霊災の特徴を簡単に述べさせてもらうよ。 まず、あの霊災にはリーダー格の霊獣がいた。 そいつはとても強力で、後続した百鬼夜行と切り離す必要があった。 だから真榊は一番強力な結界を張った」
「…ってことは、真榊が結界を張るのを許したってことね? 何で皆を避難させることすらしなかったの?」
少女が春樹に喰ってかかる。
「真榊への命令権はすでに土御門にはないんだ」
春樹が答えると、冬士が口を開いた。
「しばらく神成家として口出しさせてもらうぜ。 土御門から安倍と真榊が独立したのは3年前。 それまで土御門が統括していた陰陽師の家の管理ができていないのではないかという責任問題を市民団体が追求してきた。 もともと祓魔業界の隠蔽体質は有名だったしな。 土御門はどうしようもねえってことで安倍と真榊の独立を認めた。 独立しちまったらもう命令権を放棄させたも同然だ。 土御門を気にすることもなく堂々と好き勝手に術を行使できるってわけだ。 蘆屋一門と同じようにな」
冬士の説明を聞いて、少女が目を丸くした。
「じゃあ、なに? 責任は丸投げなの?」
「丸投げするしかねえだろ。 お前が犬を飼ってたら友達がその犬を欲しがった。 お前はその犬を友達にやった。 そしたら友達が犬に手を噛まれたと苦情を言ってきた。 お前はブリーダーか? ただの飼い犬だろ? そんな文句を言われるいわれはないとお前はいうはずだ。 俺たちからすればお前のその真榊ではなく土御門へのバッシングが理不尽なものにしか聞こえねえんだがな」
冬士は目を細めた。少女は口をつぐんだ。
「…じゃあそれについてもう一つ。 皆はそれを知ってたの?」
おしとやかな少女が口を開いた。望である。
「俺は知らなかった」
「俊也はほんとに新聞見ないんだね」
「え、新聞?」
「俺も読んだ」
「俺も読んだよ。 俊也の家と同じ新聞だぞ」
「ってことは京一は知って…」
俊也が何か思い出そうとしている。1人が口を開いた。
「俊也、京一は俺たちにその新聞記事スクラップにして持って来たぜ?」
「京一の話聞いてなかった!」
「「「最悪の先輩だなッ!!」」」
皆で俊也に突っ込みを入れて、次の質問を春樹に向けたのは歩だった。
「じゃあさ、何で1年も張りっぱなしなんだい?」
「…お前さんが一番よく知ってるんじゃねえのか?」
冬士の言葉に歩は目を見開いた。
「分かるのか?」
「ああ。 生成りなもんでな」
「…納得がいったよ」
歩はほうと息をついた。春樹が答える。
「真榊の結界の中で一番強力なものは代償は人の命だけれど、それ以外の術はほとんどを霊脈に頼って張っているんだ。 だから逆を言ってしまうと、一度張るとなかなか解除できない」
「生成りに対してよくつかわれる封印の第一段階の結界だが、実は解除すると生成りは90パーセント堕ちる。 まあ、真榊と土御門が仲悪い理由の一つだ」
冬士のその情報も加味して考えたらしい望が口を開いた。
「では、つい先日堕ちてしまった生成りの子は、真榊の結界が緩んだことによるものということですか?」
「たぶんそうだろうな。 特に中部と関東の間にはでかい龍脈が通ってるから、そうとう影響はでかかったと思う」
千夏が言った。俊也が千夏を見て言った。
「…俺の式神にしたダチが何人かいた。 あと、弟。 そいつらをエクソシストが祓魔したことについては?」
「…またか…」
「!?」
大輔が小さくつぶやいた。皆がそちらを向く。
「…エクソシストにとっては生成りは準霊災。 生きている価値もない、税金暮らしの不要物ってところだ。 死んで霊獣化してしまったり式神になったりしたものをエクソシストが祓魔しないわけがない。 運が悪かったな、陰陽師ならば保護してくれただろうに」
「大輔、あんま言うと皆泣いちゃうわよ?」
勇子が言った。俊也はぐっと手を握りしめた。
「…僕たちは見殺しにされた―――それが今のところ正しい見方、かな?」
明が言うと、春樹は苦い顔をしてうなずいた。
「…すまないが、それが事実だ。 …なんだかんだって言い訳したけれど、結局そうなんだよね…。 皆、ごめんね。 陰陽師は数が少ないから、霊災が集中しやすい大都市に集まっているんだ…」
春樹の声が消え入りそうになってしまった。望が言う。
「そんなことありません。 和坂だって理由があって一番最初に強制移住させられてしまったくらいなんですから」
「…それでも、陰陽師は一般人を守るためにいるのに…」
「春樹は理想が高すぎるわよ。 陰陽術なんて万能じゃないんだし、人は殺せても生き返らせることなんてできない。 当たり前でしょ。 過去は変えられない、皆が死んだのは力がなかったから、真榊が皆を見殺しにしたのはそっちの方が都合がよかったからよ」
勇子がきっぱりと言い切った。
「神成、言い過ぎだよ」
Bクラス、Cクラスからも声が上がった。しかし勇子は続ける。
「真榊が生成りを封印施設に閉じ込めるか闇の中に無理やり閉じ込めるかしようとしてるのは皆もよく知ってるでしょ? …ああ、ちがうよ、こんなこと言いたいんじゃない」
勇子は頭を振ってもう一度皆を見渡す。
「真榊家としては、100パーセント生成りが新しく生まれる百鬼夜行の被害に遭ったところはそのまま兵糧攻めにして皆殺した方が楽なの。 これは褒められた話じゃないけど、たぶんこの案を出したのは先日倒れた真榊先代当主の妻よ」
「…そういや、飛海家から嫁に入った人だったっけ」
春樹が小さくつぶやいた。
「飛海家?」
俊也が首を傾げると、冬士が答えた。
「蘆屋家の神成と双璧を為してる家だ。 土御門でいってた倉橋と安倍みたいなもんさ」
「…安倍は抜けたっつってたよな? てか、何で蘆屋とかって土御門の管理下にないんだ?」
俊也が続けて質問をぶつける。
「安倍清明の師匠である賀茂忠行の賀茂家、清明の生まれ以前から生きていた蘆屋道満。 この2人の家と、土御門になる前の安倍家。 この3つはもともと土御門の下にはなかった。 管理しやすいからってことで、土御門の下に登録ってことにはなったけど、実際は管理してるのは家の中の人たちだし」
千夏が答えた。
「神成家は有名なのに20年前の、一門の中での制裁があった」
「…それは知ってるぜ。 神成家の跡取り候補だったヤローが私怨で人を呪ったんだろ。 それがわかって、そいつの父親がそいつに蠱毒をぶつけて殺しちまったって話じゃなかったっけか?」
「正解」
勇子はうなずいた。
「…そんなのが許されるわけない…」
少女の声が震えていた。望が言った。
「許されないと思うかもしれませんが、現状こういう闇を抱えているのが現代陰陽業界です。 …この話をしたのは不用意でしたね…」
歩と俊也は顔を見合わせてうなずき合った。
「…じゃ、最後の質問なんだが、これ結構重要だと思うんだわ」
「?」
「俺らへの補償金っておりるのか?」
千夏と春樹は顔を見合わせた。
「…それは…」
「真榊を叩くしかないな…」
千夏と春樹が勇子を見た。勇子は肩をすくめた。
「…まあ、国は真榊のやり方に今回は反対してたし、おりるんじゃない? でも、お金より施設に送られる可能性の方が高いよ。 特に魔人は気をつけた方がいい。 真榊に捕まったら監禁されるかも」
「それで終わるはずがないな。 真榊のことだ、実験台にでもして廃人になったら捨てられるかもしれん」
大輔が急に口を開いた。勇子が大輔を見た。
「脅しを言うなよ…」
「俊也は突っ込んでいきそうだからな。 先に牽制させてもらう」
その時、チャイムが鳴った。
解散の時間である。
納得がいかないといいながらも教室に戻っていく生徒たちがいる。そんな中、迅と咲哉が望に声をかけた。
「あの」
「?」
「…その足…グールにやられたのか?」
「…ええ」
望は苦笑いしてロングスカートを見つめた。膝の下などはるかに超えて床のすれすれのところまで伸ばされたロングスカートである。
「…式神を使った傀儡師の家がある。 紹介してやれる」
「…あら…ありがとう。 千陣谷と…千駄ヶ谷さんだったかしら?」
「ああ」
「…お願いしようかな」
望は小さく笑った。はっとして迅が望の肩を掴んだ。望の体が落ちかけた。
「…あれ…」
「…大丈夫か?」
「…はい…疲れが出てしまったみたいです…」
「一旦医務室に運ぶ。 休め」
迅は望を抱えて医務室に向かった。
勇子がパソコンを閉じた。
「書けたかい、勇子?」
「うん。 これであとは真榊をバッシングするイベントがあればいいんだけれど」
春樹と勇子はそう言いつつ教室へと戻っていった。
夏休み直前の話であった。