第1話 合宿に向けて
「夏休みだあああッ!!」
どこの学生でも喜ぶ夏休みである。倉橋陰陽学園の生徒といえども例外ではない。
終業式が終わって、最後のホームルームが終わった瞬間にこれである。
「こら、萬谷。 喜ぶのはわかるが、お前ら最初の一週間は佐竹と合同合宿だろうが。 忘れたのか」
烏丸に言われ、萬谷が首をかしげた。本格的に忘れているようである。吉岡が苦笑いを浮かべた。
「…この1学期、すっげえ忙しかったなぁ…」
「主に影山の所為でね!」
「否定はしねえよ」
アレンが言えば冬士が返事をする。千夏も春樹も勇子も大輔も、それ以外の皆もそうだが、夏休みが始まるまでのこの1週間、なにもイベントがなかったため、だいぶ落ち着いて来ていた。
四葉とともに中部に抜けた焼原に関しては、俊也たちとともにいた19歳と20歳の魔人が無事に四葉とともにいるのを保護したという連絡がきた。
ダークバーレルだの解鬼会だのという秘密結社についてもこのところ大きな動きはない。皆にとってまさに平和な時期であった。
「俊也と歩、博雅は強制的に班を組んでもらうぞ。 佐竹には7人出してもらうことになってる」
「「「はーい」」」
3人が返事をした。
朱里は一つ心に決めたことがあった。
修行である。
冬士と一緒にいてわかったことがある。
自分の無力さである。
いやそもそも、もともと見鬼ですらなかった自分にそこまで強力な霊獣を相手取れるとも思ってはいないのだが、それにしても無力さが身にしみた。
冬士を救ったのは冬士の両親や、妹や、友であり家族である千夏、勇子、大輔である。彼らは冬士の心の支えになっている。自分がそう簡単に冬士の心の支えになれるなどとは思っていない。しかしそれでも、何か力にはなりたかった。
自分が周りを巻き込むことを自覚し、その分皆を守ろうとして何かと耐えようとする傾向のある冬士の性格はこの4カ月足らずで大体理解したつもりである。それでも、何かと予測不能なところはある。なんせ人間だ。
自分は最初から守られっぱなしだ、と朱里は思った。
今思い返しても、最初の蠱毒と紛いものの犬神のことから始まり、煉紅という強力な獄卒の出現。冬士の心の傷とそれに反応して出現した白虎。犬護については気付いたら解決していた感じだった。
冬士と、その友人である亜門が出張ってきて犬護の肩を支えていたのは確かである。犬護のつらい思い出のことなど朱里は露も知らない。
冬士のように周りに言う機会がないためにそうなるだけであり、ましてやそもそもそんなに関係人物に上がっていたわけでもない人物に対して、犬護たちが心を開くことはあり得ないというのが、現状祓魔業界関係者の意見である。
アレンは心配になってきていた。
「…朱里、あんまり無茶するなよ?」
「…大丈夫。 でもこの休みの間にやれるだけのことはやっておきたいんだ」
朱里は低くつぶやく。
班にそれぞれで分かれるよう指示があり、班を作って全員座った。
「班長と副班長を決めろ。 10人班のリーダーは佐竹と合流してから決める」
烏丸が資料をめくりつつ言った。最近闇がまともに担任の仕事をしていないのはなぜだろうかと勇子が言ったため、どうせ雑誌を読んでいるんだろうと大輔が返して朱里たちは笑った。
「班長は冬士で」
「じゃあ副班長は朱里だな」
「…俺?」
「俺を班長に推薦したんだから責任とれよ」
「…まあいい。 でもいいのか、どっちも後天的な見鬼って」
「…それもそうだな。 勇子、朱里のサポート頼む」
「頼まれた」
勇子はうなずいた。朱里がいつもよりも硬い表情をしているのを見て、冬士は少し目を細めた。千夏を見ると、千夏は小さく烏丸を顎でしゃくった。
「…」
冬士はますます目を細めた。それに朱里が気付いた。
「…どうかしたのか?」
冬士はニヤッと朱里に笑って見せた。
「…この合宿、何かあるぜ」
「…冬士が笑ってるってことは、そうなんだろうな。 …ところでさ、
朱里は疑問をぶつけた。勇子は紙を取り出してさらさらと書きあげた。
「私が知ってるのはこれくらい」
具現化、時間操作、圧力操作、ベクトル変換、発火、水流操作。勇子が示したものに大輔が付け加えた。
「俺の従兄に言霊使いがいる」
「…」
朱里の目が一瞬輝いた。冬士はそれを見て、ふと思い出した。
「そういや朱里はテストの結果4位だったよな」
「ああ…あんなに行けるとは思わなかった。 冬士たち低かったな。 もっと行くんだと思ってたんだが」
「生成りってのはどうもそこんとこ使い勝手悪くてな。 テスト中鬼気が漏れて減点食らったしな」
それでも20位だったのだから褒められてもいいものだと朱里は思った。しかし冬士はそれがどうにも気に喰わないらしい。
「もっと鬼気をうまく操作できるようになるのは俺の急務だな」
「ペーパーテストでお前トップなんだからそんなのいらねーだろ」
「千夏は手ぇ抜き過ぎだろ。 まあ、アレンも相当手ぇ抜いただろうけどな」
冬士の言うとおりである。アレンはすでに免許持ちであるためまともに測られている可能性は低い。しかしそのアレンが1位2位の支島や春樹を抜けていないというのは、逆を言うならば支島と春樹は頑張れば準1級を取れるレベルにまで達しているということでもあるだろう。
そんなに甘くないのは皆よく知っているのだが。
合宿の日程の最終決定が改めて配布された。誰と同じ班になるのだろうかと皆わくわくしているところ、冬士だけは相手のうち1人が誰であるのかを知っていたというのは、皆は知りようもなかったのだった。
改めて学園長室に呼び出された烏丸と辰巳。そこには龍冴もいた。
「呼び出してごめんなさいね、2人とも」
「いえ」
烏丸は首を横に振った。真千は小さく笑った。
「百鬼夜行は過ぎました。 今度の合宿で大事件が起きる可能性は低いです。 安心して下さい」
「…それならば、なぜ?」
烏丸は小さく首をかしげた。
「一つは、大輔さんの様子見です。 もう一つは、冬士さんの霊気の安定を図る目的なのですが…おそらく、冬士さんは今ひどく不安定になっています。 とにかく土気が足りないんです」
「…ああ、なるほど」
辰巳が理解したというようにうなずいた。
「辰巳さん、冬士さんの傍にいてあげてください。 お願いします」
「分かりました。 …他は?」
「…なるべく冬士さんの霊力を使わせないようにしてください。 分かりづらかったんですが、星が消えかかったので」
星詠みか、と烏丸は小さくつぶやいた。
「…ってなわけで、ウチの孫よろしくな」
龍冴が頭を下げた。十二神将に頭下げさせる孫への愛すごい、などと辰巳が言うから烏丸は笑ってしまった。
「…笑わせてくれるな、辰巳」
何とか笑いをこらえつつ言うと、辰巳は肩をすくめて言った。
「肩の力を抜け、烏丸。 あまり力んでいると冬士のようになるぞ」
烏丸ははっとした。生徒を見守ろうという立場が生徒と同じものになってどうする。烏丸は深呼吸した。
「…頑張ってください」
真千は笑って2人を見送った。
身体能力者
その肉体そのものが特殊な能力を持っている、簡単に言うならば超能力者みたいなもの。ただし、精神力が尽きたら止まるなんていうことはなく、操作できずに大暴走することの方がほとんどである。