―――飛燕、何をしているんだ?
―――宴の準備だ。もうじき生まれてくる我が同胞たちのための、な。
―――そうか。盛大に祝ってやれよ、飛燕。
―――無論だ。言うまでもないと思うが、お前も祝え、博雅。
―――俺も行っていいのか?
―――行くも何も、お前のすぐそばに起こる宴だ。お前にはたくさん笛を吹いてほしい。
―――俺に出来ることなら何だってするぞ、飛燕。お前がまた笑えるのなら。
―――相変わらず恥ずかしげもなくそんな台詞を言う。
―――言いたいから言うのだよ、飛燕。本当にそう思っているから言うのだよ。
―――それがお前の愚直さというものだ、博雅。
―――そうだろうか。
―――ああ。ほら、もう夢の覚める時間だ。行け、博雅。
―――もう、か―――
博雅は目を開けた。
心地良い夢だった。はて、懐かしい名を呼んで会話を交わした気がするが、誰とだったのだろうか。
博雅は辺りを見回す。隣にうっすらと藤色に輝く髪を見つける。冬士の髪である。
夜の闇の中で、はっきりと浮かび上がるその姿。それこそ、彼が生成りとしてもかなり最終段階に差し掛かっていることの証拠でもあった。この状況が長く続くのであれば、冬士はもう鬼と化すということになる。
見つめていると徐々に光が収まっていくのがわかる。
まだ冬士は人間の区分に踏みとどまっている状況であるらしい。
博雅は小さく息を吐いた。
夏のこの暑苦しい時期にテントに3人をぎゅうぎゅうに詰め込まれている。とはいっても、冬士は属性が水である上に冷気としてその有り余る鬼気を放出している状態らしく、博雅は肌寒さすら覚えた。博雅と冬士と共に眠っているのは亜門だった。
千夏が外されたわけだと何となく納得する。
清明とともにいたころ、博雅は何度も奇怪な現象に出会った。夏だというのに肌寒さを感じるのが水気の冷たさだと説明されてもピンとはこないが、おそらく現在の冬士を説明するならばそうするしかない。そしておそらく、千夏は冬士のこの鬼気を変換した冷気に耐えきれないのではないか。
そんなことを考えつつ、博雅は体を起こした。よく見ると亜門の髪はアイボリーに光って見えた。
―――こいつも物の怪の類か?
そう思うと同時に、こちらもやはり何となく納得する。
先読みして動くにしては動きが正確すぎたのである。
前日の修祓訓練で亜門が見せた動きは、相手の動くパターンはおろか思考パターンまで読んだかのような動きであった。先へ先へと回り、亜門はあっという間に1人でタイプ鬼の霊気をほとんど削ってしまった。とどめだけを他の皆に譲ったような形になっていた。
冬士がうっすらと目を開けた。
「…はよ」
「おはよう、冬士」
博雅は冬士に返した。亜門がばっと起き上った。
「おはよーさん、冬士、博雅」
「おはよう、亜門」
「…はよ…」
冬士はまだ眠たいらしい。亜門が軽く肩を震わせた。
「寒い。 いま7月だよな?」
「下旬だな」
「…冬士、ブレスレット壊れてねえか?」
「…ん…」
冬士はまともに返事を返す様子がなかった。亜門が冬士の顔を覗き込む。
「…すげえ白いぞお前。 病人の顔だ」
「…るせぇ…」
冬士は亜門をはたいた。亜門は小さく息を吐いて指先から炎を出す。
「これ抱えとけ、あったまるはずだから」
「…うー」
冬士にその秀麗な顔でそんな台詞は言ってほしくないものである。子供っぽいしぐさと口調がこれほど似合わない者もそういないだろう。
亜門に押しつけられた火を抱え込んで冬士はようやく体を起したものの、そのまま体育座りで膝に顔を埋めてしまった。
「…しばらく起きないな」
「いつもこうなのか?」
「むしろ逆。 誰かが起きるときにはもう先に起きてるのが普通だ。 疲れてたんだろうな」
亜門の言葉から博雅は何となく冬士の人となりを想像した。
「…主夫というやつか?」
「思考が100フィートくらいぶっ飛んでるけど、そうだな。 冬士は主夫だ。 ちゃんと愛してくれる嫁がいれば完璧だ」
亜門はそう言いつつテントを出る。そしてすぐに戻ってくる。
「どうした?」
「くっそ暑い」
「日本の夏なんてそんなものだろう」
博雅も外に出るとなるほど、かなり暑かった。そうとう湿気が多そうである。
「冬士は除湿機だったわけか」
「除湿機ならぬ除湿鬼で」
「…ぶっとばすぞ亜門テメエ」
冬士が起きてきたらしい。亜門の首に腕を回しつつそんな台詞を至近距離で吐いてはいけない気がするのは博雅だけではなかろう。
夢の内容を博雅がようやく思い出したのは昼食を式神で作っている時だった。
博雅はどちらかというと見鬼の力も強くはないし、楽器を使って霊獣たちとの対話を実現させること以外に特に能力などは持っていない。せいぜい武勇に優れているということぐらいだろうか。
とはいっても、まだ和坂に修繕してもらっている白銀と黒鉄は戻ってきていないため、あの2振りに見鬼の力を頼っていた博雅ははっきり言って皆が何をしているのかよくわからないのである。ぺらぺらした黒い人型は意識せねば視えない。
ただ、博雅の目には人格を持った式神、つまり上位式神や護法式がはっきりと視えるようになっているらしい。
冬士はだいぶ博雅の目には留まらなくなっていた。
「…」
冬士を見て鬼、と思った時、飛燕が浮かんできたのだ。
昼食のカレーが出来上がり、同じ班である俊也と歩に尋ねた。
「俊也、歩。 飛燕という式神は知っているか」
「?」
「…飛燕、安倍清明が持ってた式神だね。 本人がそう名乗ったっていう話しか残ってないらしいけど」
歩の言葉に博雅はむう、と唸った。
「飛燕については陰陽師の方が詳しいと思うよ。 まあ、飛燕は比較的有名だからね」
「有名?」
「飛燕は何度か現世に出てきているらしいから」
「…あの子が…」
博雅は小さくつぶやく。
「…そういや源博雅って古典で名前見るなあ」
「…そういやそうだね。 …転生者とか京一が言ってたけど」
「ああ。 そういうものらしい。 冬士の主治医殿がそう言っていた」
博雅はカレーを口に含んだ。
「で、何でまた飛燕の話なんか?」
「…夢で見た。 呼ばれたようだ」
「…呼ばれた? ああ、そっか、飛燕の知り合いってことなのかな」
俊也は博雅をつついた。
「?」
「どうせなら土御門様たちに聞いたらどうだ? 俺らなんかよりよっぽど詳しい」
それもそうである。なるべく『呪』の面倒な話はされたくないというのが博雅の本音でもあるのだが、そうもいっていられまい。
博雅はカレーの皿を持って千夏たちのところへ向かった。
「飛燕?」
千夏は驚いたように声を上げた。
「ああ。 夢に出てきた」
「…博雅なら、なんかイベントへのお誘いの可能性が高いけど…」
「イベント、か」
「ああ。 宴とか会とかなんか言ってなかったか?」
「宴とは言っていたな」
「なら笛を吹け、箏を弾け、ってことだと思うぞ。 …場所はわかるか?」
千夏が真剣な表情で言う。博雅は首をかしげる。
「俺の身近らしいが」
「…ならやばいな。 合宿中だったら最悪だぞ」
「蓮司さんに言ったら?」
勇子が言う。博雅の話を聞いてルイたちも首をかしげている。
ただ、亜門だけは少し視線が泳いだ。
「亜門は何か心当たりがありそうだな?」
「冬士、やめろって」
「ってことは確定未来だな。 何が見えたんだよ?」
アンドロマリウスまでもが絡んでくる。亜門はやれやれと息を吐いた。
「…教えたくない。 黙秘で」
「てめーなあ」
アンドロマリウスは口をとがらせた。亜門は冬士を見る。
「…マジかよ。 悪かったって」
「うぉい! お前らの間だけでアイコンタクト会話を成立させるな! 全然分かんねーじゃんか」
朱里が小さく笑った。冬士と亜門も笑う。大輔もかすかに笑った。
勇子と千夏は顔を見合わせて、博雅に言った。
「…飛燕っていうのは、龍鬼なのよ。 だから最低でもレベルは9、フェイズは最初から4か5で出てくるわ」
「博雅の身近にそんなバカでかい霊災を発生させる霊獣が出現すると考えていい。 博雅はまだ検査してないけど、たぶんそんなに霊瘴への抵抗力が高いわけじゃないと思う。 その警告もあったのかも」
博雅は考え込んだ。
龍鬼についての情報というのは土御門、正しくは影山家の規制下にある。龍鬼という霊獣は一般には知られていないため、想像しにくいものだが、龍と鬼が合わさったものであるということで大体言い中てられている。
「…飛燕が同胞と言っていたから、きっと龍鬼だろうと思うのだが」
「…博雅ごめん。 俺たちの手に負えるものじゃないよそれマジで」
千夏はそう言ってカレーを食べ上げた皿を片づけに行った。冬士はおかわりすると言ってすでに3杯目である。とはいっても、大輔も2杯目を食べているため目立ちはしないのだが。
「生成り分多く作ってるんだからしっかり食べなさいよね」
「そんな言い方したら食いたくなくなってまうわ」
「あたしがよそってくるんだからむしろ肯定してるわよ?」
「そういう意味とちゃうわ…」
突っ込みにそろそろ疲れてきたよ、と輝昭がぼやく。亜門がけらけらと笑った。
霊界の宴。
博雅の身近に起こるらしいその宴。
一体誰が飛燕の言っていた同胞なのか。
まだそれを知ることはできなかったのだが。
何となく、何か喜ばしいことのような、喜ばしくないことのような気がするのだった。
伏線の回でした。
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