日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第6話 潜む者

 

「…そろそろあの糞眼鏡の術が切れてくるころだな…」

小さくつぶやく昌次郎。まったくこの男は春樹のボディーガードになっているはずにもかかわらず、その大役は蓮司1人に押しつけて1人のうのうと酒をかっくらって十二神将控室で過ごしていた。

『昌次郎、お前また酒飲んでるな』

「今日は非番なんっすよ」

『休日返上しろ。 ついでだから俺の休日返せ』

「グールの百鬼夜行結局後始末俺がしたじゃないっすか!」

「昌次郎、真昼間からまた酒飲んでるのか!」

「黙ってくださいよ局長!」

『局長もっと言ってやってください!』

「うざ、切りますよ!」

ぶちん、と強制的に電話を切った昌次郎は窓の外を見る。バン、と康哉がタッパをテーブルに置く。昌次郎は視線だけそちらを向いた。

「…ほら、これはとある学生がお前はきっと食事のバランスなぞ考えずにカップ麺ばかり食っとるだろうと言って手作りしてくれたんだぞ」

「は、誰っすかこんなきれいに野菜チップ作る暇人は」

などといいつつも昌次郎は野菜チップをつまんだ。

康哉が持ってきた野菜チップは昌次郎用と書かれた紙が添えつけられていて非常にむかつくものではあったのだが。

―――俺は犬か。

誰なのか分かったら一発殴ってやろう。

そう思いながら昌次郎は野菜チップを口に入れた。

「…」

更に手を伸ばす。ぱき、と軽快な音でチップは割れた。

「…」

味は少し薄いと思ったが、健康面を考えるような暇人ならば仕方ないかとも思った。

「…」

「…なんか感想は」

「…うまい、です」

酒よりも野菜チップの方ばかり食べるようになっていた。やけに素直に感想を言った昌次郎に康哉は小さく微笑んだ。

昌次郎が素直に感想を漏らすことはほとんどない。

そんな昌次郎に少し冬士を重ねてしまった。

冬士はまさに昌次郎と同じ道を歩みかけた少年である。重ねてしまうのは仕方がないかもしれない。

「…それにしても、さっき糞眼鏡の術がどうとか言ってたな。 あいつの術の綻びはどうなっているんだ?」

「ああ―――いろいろ調べてみたんすけどね、あの…冬士ってやつ。 あいつ、術の効きが悪いみたいっすよ。 案外思っていたより早くから生成りだったとか」

昌次郎の言葉に康哉は少し顔をしかめた。あたっている。まったく蓮道家と鬼は相性がいいらしい。

「…あの糞眼鏡は術を二重にかけているだろう」

「ええ。 でもおそらくまだ二個目の方は発動してません。 こっちは冬士ってやつのためじゃなく、他の、もっと広範囲の複数に対してかけられたものっす」

昌次郎は野菜チップを口に放り込んだ。

「…えらく気に入ったらしいな」

「うまいです。 添えられてた紙がムカつきますけど」

「ははは。 さて。 俺は少しここを離れる。 あとは雷道に任せてあるから何かあったら雷道に言えよ」

「うっす」

康哉は部屋を出ていった。昌次郎は相変わらず野菜チップを口に放り込んでいた。

 

 

 

 

 

亜門は伸びをした。ようやく日程のラスト、タイプ鬼の修祓訓練(3回目)を残すところとなった。冬士は相変わらず木陰で休んでいる。

千夏と勇子と大輔と朱里は、冬士なしでもタイプ鬼を修祓して見せていた。2回の訓練において、4人は冬士を必要としていなかった。しかし、修祓するたびに冬士の方を見る動作は忘れていなかった。チーム戦において、メンバーを気にかけるのは当たり前のことだが、たとえ訓練に参加していなくても気にかけるというのは、そのメンバーをチームメイトとしてきちんと考えていることの表れでもある。

「お前ら、冬士をメンバーにカウントしているんだな」

佐竹の教員がやってきて聞いた。勇子はうなずいた。

「当り前じゃないですか。 冬士はチームメイトなんですから」

勇子は笑ってそう返して、また冬士の方を見た。冬士はそれに気付いて勇子に小さく手を振った。

「なあ亜門」

アンドロマリウスが亜門に声をかける。亜門はアンドロマリウスを振り返った。

「どした?」

「…最初に言ってたやつの気がまた出てきた。 でも隠形しててよくわからん」

「…冬士を見てるんだよ。 野本だ」

「…知り合いかなんかか?」

「いろいろあんのさ」

亜門は肩をすくめた。アンドロマリウスはそうかい、といって息を吐いた。

おそらく冬士も気が付いているだろう。野本が近くにいることくらいは。

野本の気は特に冬士の中にあるとある気と非常に性質が似ている。そのため冬士からすると野本の気は発見しやすい。

それよりも問題なのはなぜここに野本がいるのかということの方ではないだろうか。

亜門は小さく手を振った。カラスが一羽舞い降りてくる。亜門の腕に乗ってくる。亜門はカラスに言伝た。

「何でここにいるのか聞いてこい」

カラスは飛び立った。さて。エクソシストにばれていなければいいのだが―――

「火橋! お前今黒魔法を使ったな!」

「ちぇ。 やっぱばれたか」

「お前は相変わらず魔法の特性を理解できてねえな!」

アンドロマリウスに笑われる始末だった。

 

冬士は勇子たちのところへ向かった。後方によく知っている人物がいることには気付いているし、その人物がわざと冬士からわかるように霊気を流していることもわかる。

しかし、この人物は何ともあり得ない危険を冒しているのである。

―――何で追われてる身のあんたがこんな十二神将が来てるようなとこにのこのこ出てきたんだか。

詳しく考えようとすると頭痛がする。だから冬士は詳しくは考えない。

おそらくこれは彼が詳しく考えるなと冬士にストッパーとしてかけた術の効果か何かだろうから。恩師と彼を信じている冬士にとって、その忠告はまだ聞くべきものだ。いつか見返してやりたいところなのだが。

「…冬士、接触はなかったの?」

「霊気チラ見せしてくるだけでどこに居んのか分からねえ。 まあ、これ以上霊気を流すと蓮司さんが気付くかもしれねえしな。 案外もう気付いてるかも」

「可能性高いな」

千夏が肯定した。朱里は首をかしげた。

「どういう?」

「ここに今ね、テロリストといわれているかの野本泰蔵が来ていらっしゃるわけですよ」

「…新聞で見たことあるな。 4年前の霊災の召霊者って―――あ」

朱里は冬士を見た。冬士はニヒルに笑った。

「その通り。 野本先生は御影春山を召霊したテロリストだ。 ―――ま、仕方ないとも思うがな、俺的には野本先生の術が気に喰わねえのさ。 4年前じゃなくて、6年前の方がな」

「…6年前?」

朱里はさらに首をかしげる。勇子が目をきらめかせた。

「私たちも冬士から教えてもらえてない禁断の6年前! 解禁ですか?」

「禁断って…俺は何もやましいことしてねえよ」

冬士は呆れたように勇子を小突いた。

千夏と大輔はさっさとテントに戻っていった。朱里は冬士を見つめた。

「冬士、お前はまだ問題を持ってくるのか?」

「まあな。 野本先生の術が解けりゃあ、だいぶマシになるんだがな」

朱里はふと、勇子たちの言う野本泰蔵がどうやら冬士や勇子の中ではテロリストではないらしいことに気付いた。

冬士はかなり警戒心の高い男のはずである。必要以上は語らないし、どう考えても警戒している姿を大っぴらに見せることがないのは平常運転であることもなんとなくわかる。とするならば、おそらく野本泰蔵は冬士から絶対の信頼を得るほどの人だったのではないか。そうでなければテロリスト扱いされている人物を冬士が“先生”なんて呼び続けるはずもない。

「冬士、手伝えることあったら言ってくれよ?」

「…ああ。 そんときゃ頼らせてもらうぜ、朱里」

冬士はそう言って空を見上げた。

「…タイプ鬼。 なんかいやな予感がする。 朱里、さっそく頼まれてくれ」

「ああ」

「…たぶん、百鬼夜行が出る。 タイプ鬼だ。 時刻はわからない。 だが、近日中に。 気をつけろ」

冬士は焦っている様子はなかったが、口に出してやばいと言っているから、朱里にとってはかなり面倒な類に入る規模のものが出現するということなのだろう。そもそも、百鬼夜行といえば現霊獣分類表では常にレベル10に分類されている。強いのではなく単に、ゾンビ映画のような、数のゴリ押しで来るのである。十二神将でも警戒せざるを得ない理由でもある。

「…アレンにも言っとけ。 ここで一番使える学生はあいつだ」

「冬士よりも?」

「あいつは実践を積んできてるはずだ。 俺みたいな訓練ばっかの箱入りよりよっぽど使いものになる」

冬士の冷静な判断に朱里は小さくうなずいた。

朱里の実家は神社である。従兄が神主を務めているが、アレンはもともと見鬼でなかった朱里と違い、最初から見鬼だった。苗字が違い、鋼山の血統から離れていることが予想されるアレンがそれでも男巫女になっている由縁だ。

「アレン」

朱里は冬士の話をそのままアレンに伝えた。アレンは苦虫をかみつぶしたような表情になる。そんなに百鬼夜行とはやばいのだろうかと改めて考えを巡らせた。

「百鬼夜行ってそんなにやばいのか?」

「…モノによるけどね。 でも百鬼夜行は基本的にいくつか別の種類が集まってるから、毒気の強い霊獣が混じってることがあるんだ。 それこそ、霊獣に限らず怨霊やら悪霊やらの類までさまざまさ」

アレンの言葉に朱里は身を固くした。怨霊や悪霊に関しては除霊を頼む参拝者がいたのを朱里も知っている。

「…結界を張ったら冬士たちはどうなる」

「冬士のことだからなあ。 結界から抜けちゃうんじゃないかな」

「結界に入れられないのか?」

「俺が言うのもなんだけど、無理。 鬼を中に入れてる結界なんて無いも同然だよ。 だから冬士は絶対に結界から抜けようとする」

それくらいは俺でもわかる、とアレンは言った。朱里はクラスメイトを助けたいだけだろうが、そのクラスメイトは普通の人間ではないのだ。生成りという、準霊災なのである。いくら冬士が中の鬼たちと良好な関係を築けていると言われても、鬼は基本的に破壊衝動を持っている。冬士が攻撃的な気性をアレンに見せたことはないが、能ある鷹は爪を隠すというではないか。アレンははっきり言って、冬士の封印がすべて正常に発動していたとしても冬士を1人では止められないと考えている。鬼はそんなに甘くない。

まして、それが複数入った複合鬼というならば、アレンの手には負えない。

それくらいは、アレンは実力をちゃんと図る能力はあると自負している。

何より、冬士からの厚意をむげにはできない、助かる対象が朱里だというならばなおさらだ。

「朱里、冬士はきっと大丈夫」

「…そう、だよな」

「そうそう。 先生たちもいるわけだしね」

よくわからないが冬士と似たような気を感じるものが近くにいた。場所までは特定できなかったから、おそらく手練で、わざと霊気を流していたと考えるのが妥当。近くにいたのは冬士であるから冬士に気付かせるためだったと仮定しよう。そしてそれほどの手練ならば、たとえ百鬼夜行が出たとしてもしっかり対応をしてくれるはず。味方と考えるのは軽率すぎるが。

とりあえず、朱里を安心させる方が先である。

「さてと。 とりあえず、今夜の修祓訓練に集中しよう?」

「…そう、だな」

朱里はうなずいて、アレンとともに皆のもとに戻る。勇子と一緒に女子テントの方へと向かった。

 

 

 

「…やれやれ」

野本は息を吐いた。

―――まったく困った教え子だ。

気付いているくせに全く反応を返してこなかった。釣れない教え子である。

冬士の荒んだ目を二度と見たくないのだから、釣れなかったのはまだいいほうだろうか。

そんなことを考えながら男は霊気を消す。

眼鏡をかけたスーツ姿の男。野本泰蔵である。

冬士とは4年ぶりなのだが、別れが微妙だっただけに突然姿を見せてもいいものかと悩んでしまうのである。かなしきかな、野本には冬士と同じくらいの年の息子と娘がいるため、つい冬士と紫苑の兄妹を重ねてみてしまうのである。

術の効力がそろそろ切れてしまうころである。十二神将が気付いているかもしれない。特に警戒するべきは蓮道昌次郎。彼はあっという間に他人が丁寧にかけた術の膜を髪を破り捨てるがごとく引き裂いてしまう。

ここにいるのは多嶋蓮司だけとはいえ、蓮道昌次郎に関しては飛歩が使えるため、一瞬で飛んできて野本が捕まってしまう可能性だってある。それでも出向いたのには理由がある。

「…ぜひ、見届けさせておくれ、冬士」

野本の声は小さくかき消えていった。

 




野本泰蔵
6年前に小学4年生だった冬士の担任だった男。また、4年前に御影春山を召霊した。
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