タイプ鬼の修祓に関して、朱里は気付いたことがある。勇子、大輔の連携はうまく取れているのだが、千夏と勇子の連携はまだしも、大輔と千夏はほとんど連携が取れていない。
そんな状態でいいのかと尋ねると、冬士がいるのが前提だからなあと千夏は返した。
使えない状態のやつを想定して戦うのはどうか、と言ったのは大輔だった。しかしそれだと大輔は千夏の守りまでせねばならない。
さすがにそれは負担が大きすぎる。
千夏はそう言ったが、ならば別の方法を考えればいいと朱里は提案した。すると大輔は考え込んでしまった。勇子が気を利かせて朱里に言った。大輔は鬼であるから式神を傍で一緒に使えないのだ、と。
しかしそれでは勇子の式神はどうなるのかと問う。すると勇子は、自分の式神は大丈夫だと言った。大輔と波長は似ているから、と。
大輔の鬼に食われることはない。
しかし千夏の式神がいつもは食われない理由は冬士が傍にいるためだとも。冬士はこの鬼たちの中で最も強力な御影春山を抱いている。そのため大輔の鬼によって千夏の式神や千夏が食われるのを防ぐことができている。その冬士がいないのだから、千夏は自力で大輔の鬼から身を守らねばならず、式神に割いてやる霊力もできれば自分の結界に使いたい。
朱里に関しては、千夏と勇子が冬士と大輔に霊力の供給の一部を担っているため、他の人間である朱里にまで鬼の手が伸びることはないという。
朱里が歯痒さを覚えたのはいたしかたないことだった。守りたいなどと思ってもその力は朱里にはない。口先だけの偽善者になどなってたまるものか。
冬士は相変わらず涼しい顔をしている。
さて。
朱里は改めて決意した。
―――修行、頑張ろう。
頑張るで済まされることではない。まずは己の身を守れるようにならねば、誰かを守るなどとほざく権利すらありはしないのだから。
冬士や大輔、他の生成りである犬護たちもそうなのだろう、彼らの傍にいるということはこういうことなのだろう。
そう薄々と感じている。朱里は小さく息を吐いて空を見上げた。
3日目の朝。
もう、帰りの支度を皆は終えてしまった。
朱里も荷物をまとめ終え、バスに荷物を運ぼうとしているところだった。
「―――!」
朱里は辺りに満ちた瘴気に気付いた。朱里が立ち止まったことに冬士が気付いて足を止めた。
お前は足を止めちゃだめだろう。
朱里はそう言おうとして、言うことができなかった。冬士が突っ込んできたからである。
「っ!?」
「…悪ぃ…」
冬士は低く唸るようにつぶやく。朱里は冬士に押し倒された。
朱里は何が起きたのかを理解しようとした。そして、ミチミチと音がし始めたことに気付く。まさか、と冬士の表情を見る。苦痛にゆがんでいた。
「アレンのとこに行け、全員に結界張らせろ。 翔と大輔は外せ」
冬士は体を起して振り返る。微かに肩が朱里側を向き、黒い制服が赤黒くなっていることが見て取れた。視線を冬士の背に移動させると、制服の生地が引き裂かれて浮き上がっている。地面には血が飛び散って赤く染まっていた。
「とう、じ」
「行け、朱里。 俺とこいつらじゃまだこいつらの方が上だ」
遠くでサイレンが鳴り始めた。朱里は荷物など置いてその場を離れる。アレンはまだテントの方にいるはずだ。朱里はアレンの方へ向かう。冬士にならば背中を任せていいと思える、それぐらいの安定感を冬士は持っている。朱里は視界に相手を視てはいないが、わかる。相手は鬼だ。タイプ鬼、そしてレベルは8以上、本物だ。
鬼とはこうも恐ろしいものなのか。
冬士の中の鬼たちがどれほど冬士と友好関係を築き、冬士の友人たちを傷つけぬようにふるまっているかがようやくわかった。封印とはこのためについているのだと叩きつけられたような気分だ。冬士がいなかったら朱里は情けなくその場に崩れ落ちていただろう。いやそもそも、冬士が庇ってくれなかったら死んでいた可能性が高い。今走れているのもおそらく、冬士が朱里を庇っているためだ。つまりこの鬼気による重圧は本来もっと重く苦しいものであるということ。
修行を頑張ろう?
温すぎるのだ。朱里は必死で言葉を紡いだ。
「ッ、走れ、走れ…もっと、速くッ!」
言霊。強力な言霊を。己の体にかけて。
朱里は走った。そしてアレンのもとにたどり着いた。
離れていたのはほんの百メートルほどである。階段を駆け上がりはしたが。
「朱里っ!」
「あ、あれ、ん」
ガタガタ震えている朱里は、アレンが肩に手を置いて何とか息を吐いた。
「皆、結界、を」
言葉がカタコトになる。アレンは顔をしかめた。
「あのバカヘッドバンドはどうしたの」
「むこう、で、鬼、を」
「! 中心地にいるのか!?」
中心地。つまり、その霊獣の顕現地点のことである。朱里は多分、と言うこともできず、もう、頭がいっぱいになってどうすればいいのか分からなくなり始めていた。
「鹿池、鋼山!」
大輔が声を上げた。頭を押さえて呻いている翔がその手に襟首を掴まれていた。
「俺はこいつとここを離れる。 結界はお前らだけでやれ!」
アレンは小さくうなずいたが、大輔のように結界を張り慣れている人員がいないのはやりにくかった。しかし翔の様子を見る限り封印が綻びそうになっていたのは間違いない。いなくなってもらった方がいい。
「神成、土御門! 春樹ちゃんも、結界の柱よろしく! 先生たちとエクソシストたち全部巻き込んで結界張って!」
「お前はどうするんだ!?」
「雑魚を一掃する! 準1級なめないでよね!」
アレンはそう言って朱里を勇子に任せて階段を駆け下りていった。勇子たちは犬護、春樹、千夏、勇子、そして、令子に声をかけた。
「湯島さん! 久しぶり、さっそく手伝ってもらうわよ!」
「今度は、水かしら? 霊力鍛えてきたから抜かりはないわよ!!」
令子は声を上げた。冬士も大輔もとんでもないものに巻き込まれたものである。その始まりは自分だったのかもしれない、令子はそう思った。
「影山―――っ!?」
アレンは驚いた。冬士は封印がかけられており、まともに動けないと踏んでいた。しかし、どうだろうか。冬士の姿は、鬼に転じかけていた。要は、生成りの姿になっているということである。
その額には鬼の角。複合鬼の特徴的なグラデーションが現れている。と言うか、左右で角の色が違うというのはどうなのか。どれだけ強い鬼を中に飼っているのだ、影山は。
アレンはそう思いながら呪符を取り出す。
アレンに護法式はいない。護法式、要するに高等式の一種で個体の特定ができ、力が強く、また人格を持っているものだ。
アレンには護法式を維持するほどの安定した霊力供給ができない。そのため、護法式を起動するのが精いっぱい、ただの操作型の式神の方がましだと従兄に言われたのを思い出す。従兄と言っても、自分の従兄ではなく、朱里の従兄だ。
「…」
目の前の鬼を視る。
タイプ鬼、レベルは8、フェイズは4といったところだ。
筋骨隆々、体は赤っぽい。火気が根底にあるのだろう。冬士とは相性がよさそうだが、冬士は今戦えないはずである。なぜ彼は今鬼の姿になっているのだろうか。それがわかればだいぶ戦い方が変わってくるのだが。
「影山!」
改めて声をかける。冬士はアレンの方を目で見やっただけだった。それだけ目の前の鬼を警戒しているというのが分かる。そもそも、本来アレンならこんな状況では声をかけたりしない。相手が戦える状態ならばの話である。
アレンでもさすがに本物の鬼に会うのは初めてのことである。本当はすでに足がガッタガタになっている。逃げ出したい、そう思えていることが奇跡でもあった。冬士が今鬼気を一身に受けているのははた目から見て明らか。冬士は格上の鬼相手に対峙している。
アレンは冬士の後ろに回る形で鬼と対峙する。
「…ごめん、盾になってて」
「俺に構うな。 内臓全部ぶっ飛んだりしねえ限り楽にゃ逝けねえよ」
冬士は後ろに回ったアレンに言う。鬼は冬士を見つめているらしい。手が迫ってくる、というのはアレンでもわかった。アレンが動かねば冬士は避けられないではないか。アレンは右に避けた。スライディングの要領になるが、鬼の霊気など掠りでもしたら体が動かなくなるに決まっている。と、冬士も右にたった一歩だけ、避けた。そしてその手を大きく開き、爪を伸ばした。
鬼の動作は緩慢だった。おそらく顕現して間もないため、そしてもう一つは。
「…まだ意識の統合がされてないのか…」
なんだって、こんなところでタイプ鬼の修祓訓練をしたのかと考えてみれば、蓮司という修祓退魔のスペシャリストが1人いたためだろう。彼はちゃんとこの2日間、仕事をしていた。タイプ鬼を修祓した後の霊気の残りを残さずすべて祓ってしまっていたはず。
誰かが糸を引いている気がする。
「グォオオオオオッ!!」
アレンは鬼の咆哮にハッとなって態勢を立て直した。考え事をしている暇はない。
咆哮の正体は、鬼が手を冬士に引きちぎられたためだったらしい。
ぼたぼたと赤い液体が落ちては霧散していく。火の霊気の塊だ。
「…」
水剋火。これは真言を使った方がいいか。しかしそれで冬士を巻き込んでは意味がない。
アレンは呪符を投じた。
「水剋火、急急如律令!」
呪符の数は5枚。冬士は周りに近付いて来ていた小さな体の鬼たちを見渡した。
これらを、雑鬼と言う。タイプ鬼の中で最も鬼からかけ離れているもの。それはあくまで、外見上タイプ鬼に分類されているだけのような存在である。
―――腹が、減った。
ずくん、と体の内側から焼かれるような感覚に襲われる。
「っ!」
冬士は手を握りしめたつもりだったが、どちらの手も握りしめることができていなかった。
―――くそ、どっちも持ってかれた。
冬士はアレンに向かって叫んだ。
「アレンッ! 雑魚をやれ、俺の霊圧が鬼に変わったらそれも中断して逃げろ、両手を火と金に持ってかれたッ!」
アレンからすればかなり普通の声だったのだが、かなしきかな、これが冬士の悲痛な声音だ。だがアレンは冬士が複合鬼と呼ばれる類であることを加味してかすぐに理解してうなずいた。アレンの補助がないというのは冬士にとっては賭けだ。庇うものはない、だが、1人で鬼たちの手綱を持ち続け、皆を襲わずに納められるか。
―――やるしかねえんだよ。
自分に言い聞かせ、冬士は両手を乗っ取ってしまった鬼に身を任せた。
炎が一文字に走り、刀が現れる。鞘から抜き去ると、左では強烈な金気を纏って硬化する。足は何とか動く。冬士は踏み込んだ。
鬼の先ほどちぎった腕はすでに鬼の腕に収まっていた。もう治ってやがるのか、と悪態をつきつつ鬼の顔のすぐ下にまで入り込む。一瞬のことである。
フィン、と風を切る音。右足の踏み込みと同時に袈裟掛けに振りおろされた刀。そのあとを追うように炎が走る。左足を上げて右足を軸にして遠心力で再び鬼に切りつける。片手で切っているからできる芸当。鬼の意識が冬士に向き、目ははっきりと冬士を捉えた。
「…意識が統合されたか…」
―――面倒だな。
まだ外に出てきていない御影春山と紫鬼はどうしたのだろうか。紫鬼の属性をとっとと使って鬼の弱体化を図りたいところである。
火属性の鬼を火で切っても、五行相乗、火は火を強化してしまうだけだ。鬼紅蓮で切るたびに鬼は強くなる。火剋金の関係を考えると左手を乗っ取ったカノンに期待するのは無駄。冬士は呪符を取り出す。
鬼気が乗りすぎると呪符が使いものにならなくなってしまう。冬士は今自分がどれくらいの鬼気を放っているのか分からなかった。
「グォォオオオッ!」
鬼が再び咆哮を上げ、冬士は呪符を投じた。
「水剋火、急急如律令」
小さな声で。声をあまり出すときっと呪符が燃えてしまうから。
呪符は水を放ち、鬼に当たる。鬼は冬士に手を伸ばす。まるで水なんて効いてないかのように。しかしなぜなのか、なんとなくわかる。
―――こいつ、まさか。
張り合いがなさすぎる。攻撃という攻撃がほとんどない。こいつが、何かを釣るためのものだったら。
冬士はそんな考えに至って、アレンの方を見た。アレンは雑鬼を滅している、楽勝そうだ。そしてその霊気はどうやらこの鬼に集まって―――
「アレンッ、逃げろッ!! こいつら全部囮だッ、百鬼夜行が―――」
ドシュッ
「…え?」
「…ほんと、めんどくせぇ…」
ぼたぼたと温かい赤い液体が零れ落ちる。ゴホ、と冬士は咳込んだ。
アレンは振り返った。そしてそこで、鬼の指に貫かれた冬士を見た。
「影山ぁぁぁッ!」
そして、見たのだ。
見た、のだ。
先ほどの鬼とは比べものにならない鬼を。
「フェイズ、5…」
アレンは後ずさった。雑鬼に体を支えられる始末だった。冬士の鬼気がずいぶん小さく感じられた。レベルは変わっていないという放送が遠く聞こえた。
鬼の体は浅黒いが、肌色だ。この色を持っている鬼と言えば、一つしかない。
「…土鬼…」
五行相生、火生土。冬士が囮だと言った理由がわかった気がした。
さっきの鬼はきっとこの鬼が出てくるための依り代にされたにすぎなかったのだ。
アレンが気付かず雑鬼を祓い続けたために霧散した霊気が先ほどの火鬼に集まってしまったのだ。冬士を苦しめたのは、アレンだったようである。
「…アレン、下手なこと、考えんじゃ、ねえ」
息も絶え絶えに冬士が言う。その目にはまだ俺は負けてねえと言いたげな光が宿っている。
「かげ、やま…」
「お前が、そんなんじゃ…、朱里が、泣くんじゃ、ねえか…」
朱里の名前を出すなよ。
アレンはそう思う。生成りが強いなどと言っても、肉体は人間である。再生能力には限界ってものがある。
「さっきの悲鳴、朱里、びっくり、してるだろうなぁ…」
だから、朱里の名前を出すなよ。
アレンには冬士が言わんとしていることが何となくわかった。
冬士は何かする気だ。
そしてそれはおそらく、アレンを巻き込むこと。だから、引き離そうとしている。
「…死んだら許さん。 お前死んだら朱里がほんとに泣いちゃう」
そう言ってアレンは踵を返す。雑鬼たちが土鬼に向かって集まっているのが見えた。
―――これ全部、フェイズ5か。
アレンは冬士の意志の強さにかけることにした。
アレンが階段をひとっ飛びで上がった。
冬士は中に入れ込まれた土鬼の霊気に吐き気を覚えた。しかしこれはチャンスでもある。待っていたと言わんばかりに御影の木気が冬士の体を満たしていく。
五行相剋、木剋土。冬士はニィ、と鬼の笑みを浮かべた。
それは、鬼たちか冬士か。
―――まあそんなこと、カンケーねえなぁ?
土鬼が冬士から指を抜き、後ろに下がった。
冬士の傷はふさがらない。
一方的に蹂躙された気分でムカつく。蹂躙してやりたい。この目の前の鬼は、お誂え向きに、冬士の唯一持っていない属性なのだから。
―――食ってやる。
その感情と言っていいのかどうかもわからぬ形容しがたい感情。冬士は上着を脱ぎ捨てた。邪魔だ。封印が施されているアクセサリも投げ捨てた。
亜門が作ってくれたブレスレットの石が、すべて砕け散った。
耐えているのは、冬士がずっとつけているペンダントのみ。
「ウォオオオオオッ!」
冬士は吠えた。土鬼が一瞬で距離を詰める。冬士の目の色ははっきりと分かれた。
碧と、翠の瞳。耳がとがり、牙と爪が大きく伸び、角はさらに伸びる。
土鬼が手が一瞬で冬士の左手を掴んだ。小さく冬士はつぶやく。
―――土生金。
鬼の腕が肥大化し爆発し、左手は思うままに鬼の土気から生じた金気を食らっていく。祓って霊瘴が残るならば残さず食べてしまえばいいのだ。
封印?知ったことか。
とりあえず全員助ける方が先だ。
あれ、全員って誰だっけ。
まあいいや。
冬士は土鬼の角を掴んだ。
その金色の角はざらざらとしていて、触り心地はあまり良くない。土と言うよりも砂に触れている気分である。
「―――ハッ。 誰の差し金かは知らねえが。 乗ってやるよ」
冬士は角に噛みついた。
バキンッ
「グァアアアッ!!」
鬼は悲鳴を上げた。と、右手の刀が一閃振るう。お前がやると相手が強くなるだろうが、ボケ。冬士は小さく鬼紅蓮を叱責して足に木気を集める。そして、蹴りを放った。
バシュンッ
音がした。
しかし、それで終わりだった。
鬼の姿を無残なものになっていた。頭がない。右手も、腹もない。
「…く、ククっ」
冬士は笑いだした。
土鬼。不味くはなかったなあ。
でもまだ、足りない。
上等な霊気を知ってる。
取りに行こうか。
それとも。
冬士の思考は鬼に重なり、呑まれかけていた。
ゆっくりと。
歩き出した。
私は好きなキャラほどきつい立場にする傾向があるらしいです(←親より)
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