日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第8話 複合鬼

 

冬士が階段を上がって来たと思ったら、勇子がどこからかナイフを取り出しました(by朱里)

 

 

 

冬士が階段を上がって来たのを見て、皆はほっとした。アレンの様子からして、冬士が無事だとはだれも思ってはいなかったからである。

いやそもそも、服に穴があいているのに冬士には傷がないことがおかしい。

勇子はナイフを冬士に向けていた。

「神成、影山は…」

「よく見てよ、鬼だよあれ。 あんなの結界に突っ込んできたら死んじゃうわよ」

勇子は容赦がないというか。

アレンたちはちょっと楽観視していた。

蓮司が叫んだ。

「冬士君ッ! それだけはやらせないッ!!」

蓮司は冬士の前に刀を持って立ちはだかる。

「蓮司さんッ!?」

春樹が声を上げる。千夏が叫ぶ。

「冬士ッ!! 鬼なんかに呑まれるんじゃねえッ!」

ようやく数名が状況を理解し始めた。犬護はあたりを見回す。

「勇子ちゃん、大輔君と翔君は!?」

「あいつらはちょっと離れてるはずよ。 大輔じゃもう冬士に敵いそうにないわ」

勇子はそう言いつつナイフを逆手に握り直す。千夏もナイフを取り出す。

「そんなの一体どこに持ってたのさ?」

「時空間術」

アレンの問いに千夏は答えて、結界のぎりぎりにまで出ていく。

「千夏様」

「蓮司さんがやられたら取り返しがつかないですよ。 俺が止めときます、どうか春樹を」

蓮司はうなずく。冬士は春樹という名を聞いて小さく反応を示した。

「…ぁ…」

目を見開き、あたりを見渡す。自分が何をしようとしているのかに気付いたらしい。

蓮司は春樹の居る方向へ向かった。

「…ち、か」

「俺のことはわかるんだな、馬鹿冬士」

冬士は小さくうなずき、急に咳込んだ。

「ゲホッ、カハッ…」

「冬士ッ!?」

千夏は慌てた。冬士が声を荒上げた。

「千夏、ナイフを下ろすんじゃねぇッ」

「!」

冬士の表情は苦痛にゆがんだ。

喉を押さえる。押さえたところでどうしようもない。

喉がいがついているわけではないのだ。

喉が、焼けるように熱い。喉が渇く。どうすれば癒せるのかは知っている。だがそれはやってはならないこと。

どうすればいい。

冬士は考える。

どうすれば。

千夏を見る。喉の渇きが酷くなるばかりだ。これはいったん皆を視界から外さなければならない。

冬士は踵を返した。が、そこまでだ。

足が動かない。

「…冬士?」

「…くそ、紫鬼が言うこときかなくなった」

冬士は忌々しげに言った。千夏は式神を出す。それは人間の女の姿をしている。

「どうなさいましたか、千夏様」

「蓮司さんに伝えてくれ。 冬士にここの霊気を食わせる」

「はっ」

女は姿を消し、千夏は冬士にナイフを向けたままでいる。

「冬士、ここの霊気全部で足りるか」

「自信はねえ。 …あー、くそ…」

胸やけまでしてきやがった。

冬士は目を細め、千夏の方を振り返った。御影春山の優しげな光が失せている。ぎらついた目をした、飢えた鬼だ。

この目を見たら皆足がすくんでしまうだろう。

「…冬士、封印ぶっ壊したのか」

「…先生に土下座決定だな」

ニヤッと笑って見せる冬士に、千夏は小さく笑ってうなずいた。

どこまで強がれるのか、この男は。

どれだけ安心させようとしてくれるのだろうか。

千夏は深呼吸した。

「冬士。 いいらしいぜ」

式神が直接千夏につないできた。冬士に告げると、冬士はうなずいて近くを彷徨い続けている雑鬼たちに手を伸ばした。

雑鬼は冬士の手に気付いて近寄ってくる。それが一瞬で消えた。

千夏からは見えないが、ゴリゴリと音がする。相変わらず捕食シーンだけは見せてくれないなあと思いつつ、千夏はナイフを下ろした。捕食に入ればもう冬士は千夏の方を見ない。千夏はすばやく後ろに下がった。

「千夏、くん」

犬護は微かに震えていた。千夏は犬護を安心させるように肩を叩く。

「大丈夫だよ、冬士は発作が起きたからしばらくその辺の雑鬼を食ってる」

「…」

アレンと朱里がゆっくりと近づいてくる。さすがのアレンも顔は青ざめていた。

「真っ青だな、アレン」

「当たり前だろ…クラスメイトが鬼もビビる鬼喰いだったなんて」

鬼喰いと言うのは、鬼の子供のことを指す。タイプ鬼が他のタイプ鬼を食らって強大になっていく、つまり成長することからついたあだ名である。

「…まだ、6割は超えてない」

「…マジで?」

「マジ」

「…なるほど…複合鬼だからあんなに食べるわけね」

アレンは1人で納得してしまった。朱里はアレンに支えられて立っている状態である。

「…なあ、俺がさっき会った鬼は…」

「あいつは冬士が食ったんじゃ」

朱里にアレンが返すと、すっと姿を現した亜門が言った。

「火の鬼だったら土鬼の媒体になったぞ。 土鬼なら冬士に食われて霊気の欠片も残っちゃいねえ」

亜門の姿は特に変化があるわけではないが、普段の亜門の霊気からするとかなり火気が強く感じられる。千夏は小さく笑った。

「なるほどな」

「さて。 全員で春樹ちゃんでも守るか? 冬士霊気足りなかったら春樹ちゃんに向かうの目に見えてるぜ」

「やれるだけのことはやってみよう」

千夏たちは春樹のもとへ向かった。

 

 

 

雑鬼のその右手の刀と左手で食らっていく。足に当たればそちらからも食えるのだが。

冬士はひたすら、左手での捕食に集中していた。

金気がなかなか回復しないのだ。

鬼紅蓮が入った時点でカノンが弱ったのはわかっていた。だからあまり鬼紅蓮を使いたくないしカノンの回復のために霊気のほとんどはカノンに食わせていた。

だが。

さっきの土鬼との食らいあいで状況が変わってしまったのだ。

よく言えば、冬士による鬼たちの統制が上手く取れるようになった、すなわち紫鬼が強くなった。

悪く言えば、カノンが得るはずだった霊気を紫鬼が取ってしまったということになる。

カノンの弱体化、強いては消滅はもう避けられないだろう。

6年暮らしてきた仲である。消えるなどと言われてしまうとやはりさびしい。たとえ最初の出会いがどれほど最悪なものであったとしても。

雑鬼をあらかた食いつくして、冬士は立ち止まる。まだ喉の渇きは癒えない。鬼紅蓮を納刀し、左手を握ったり開いたりを繰り返す。

「…まだ死んでくれんじゃねえぞ、カノン…」

皆のところに戻ろう。冬士は再び踵を返す。

と、その時だった。

「冬士」

「―――!」

聞き覚えのある声がした。冬士はあわてて振り返った。

「…野本先生…」

冬士が振り返った先には、野本がいた。相変わらずスーツ姿で眼鏡が光っている。

「久しぶり。 とはいっても、昨日のうちに存在は認識してもらったけれどね?」

野本は冬士の頭を撫でる。

「…まったく、何のために術をかけたのか分からないじゃないか」

「野本先生が紫鬼に気付かなかったせいですよ」

「ふふ、まったくだ」

野本が話し始めた途端、冬士の喉の渇きが一気に癒えていった。

「…」

「御影春山、無理をさせて申し訳ありません」

「…問題ない。 さっさと帰ってきたらどうなんだ、泰蔵―――」

冬士の口をついて出た言葉は、冬士の意志と関係ない。御影春山が言葉を紡ぐ。

「―――そうですね。 まだ帰ることはできませんが、近いうちに」

野本は冬士の頭を改めて撫でる。

「冬士、正たちを頼むよ。 あの子たちへの術を解除したから」

野本はそう言って冬士の額に手を添える。指先が光り、淡いオレンジ色の光が冬士を包んでいく。

「…つらい思いばかりさせてすまない」

「…ホントにそう思ってんだったら、早く帰ってきて俺たちの傷を癒す方で努力して下さいよ」

冬士の嫌味に野本は苦笑した。そうだな、と言って、静かに手を離す。

野本はすばやく姿を消した。

 

――――もう大丈夫だろう?

 

そんな声ははっきり、冬士に届いていた。

 

 

 

蓮司が最後の雑鬼を修祓した時、冬士が姿を現した。結界を張っていた生徒たちはもう霊気が限界に来ていて、結界が霧散した。

エクソシストたちには結界を張る力がないのだから、倉橋の生徒だけでよく保ったものである。蓮司は納刀し、改めてあたりを見渡し、霊気に異常がないか視る。

揺らぐ霊気に気付く。冬士が帰ってきたらしい。

すぐに蓮司のところに来たということは、冬士の意識ははっきりしているということだ。蓮司は冬士の姿を捉えた。

相変わらずの複合鬼の姿だが、安定感がはっきりしている。何があったのかは容易に想像できた。

「…そのまま俺に捕まってくれないかなあ、冬士君の元担任」

「無理ですよ」

冬士が口端を上げて笑った。蓮司は苦笑いを返す。

呪術が何か解けているのは明らかだった。

「…さて。 皆を休ませたいなあ。 ケータイはある?」

「あります」

「皆のことは任せてくれ。 冬士君は自分の身を案じてくれよ」

「善処します」

「そこははいだろ」

蓮司はそう言いつつケータイを取り出す。まったく面倒なことを1人でやらされている感がある。

―――昌次郎のやつ、酒飲んでたりしないだろうな。

そんな不安がよぎった蓮司だった。

冬士はスマホで正純に電話をかける。

「もしもし、先生。 冬士です」

『この大馬鹿野郎が。 封印2段階ぐらいぶっ壊れてんだけど!』

「ほんとにすいません」

『ったく…調子はどうなんだ? 気分は? 喉は渇かないか?』

「大丈夫、です。 野本先生に会いました」

『…蓮司ちゃんに捕まってくれないかな、マジで』

「無理ですね」

冬士は笑う。なんだかほっとして、いろいろ頭が混乱しているのに、もうどうでもよくなった。すぐにでも正純は来てくれるだろう。

あまり心配をかけてはいけないなと改めて思う。

電話を切って、冬士は千夏たちの方へ向かった。

「冬士」

「よお、千夏。 こんなカッコで悪いな、アレン、朱里」

冬士の角と爪と牙を見れば普通は皆でびっくりして動けなくなるか、それに類似する反応が返ってくるが。

「…鬼気は、ないな…」

「出してねえからな」

「冬士、喉は?」

「今は大丈夫だが…保険はかけとくか」

冬士はあたりを見回した。すぐ傍にまで、その人物は来ていた。

「博雅、数曲頼めるか」

「あいわかった」

博雅が笛を取り出して吹き始めた。

大輔と翔が笛の音を聞いてか帰ってくる。勇子は大輔と翔の霊気を見て、冬士の傍に2人を置いて、近くで一緒に曲を聞きはじめた。

 

 

 

 

 

正純が来るまでに3時間ほどが経った。冬士は正純の車で病院にそのまま向かうことになった。昌次郎が来たので蓮司は後処理をするからと言って春樹を昌次郎に任せたのだった。

 




複合鬼
いくつかの鬼の集合体で、それぞれの力がまだ残っている状態。統制についている鬼がいる。冬士の場合は紫鬼、らしい。
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