日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第9話 一歩先へ

合宿で得たモノはあったか。

闇に尋ねられ、帰ってきた千夏たちはうなずいた。

得たモノは多かったが、失ったものもある。

それを理解しているからこそ、彼らに笑顔はなかった。

皆から一時的に笑顔を奪っていく天才・影山冬士は帰ってこなかったものの、無事であるという電話は勇子のスマホにかかって来た。

 

 

 

「冬士、調子はどうだ」

「…だいぶ楽になりました」

冬士の口調がだいぶふてぶてしくなってきたな。

正純はそう思いながら冬士の頭を撫でる。相変わらず大人しく撫でられている冬士だが、以前なら少し受けるのをためらっていたはずである。分かりづらいのだが。

正純は気付くが、他の職員では気付けないだろう。こんな厄介なものを一般の封印施設にでも入れてみろ、すぐに堕とされるのがオチだ。

生成りというのは精神的には不安定だ。

だからこそ、最期まで寄り添っていかねばならない。

それがどんなに面倒でも、陰陽医となれば、このご時世ではどこかでぶち当たる問題だ。正純が担当している生成りはこれまでで30人。その中に冬士と大輔も含んでいる。一人の陰陽医が診る生成りは、かつては一生に1人がいいところだった。しかし今は、何度も霊脈が荒れ、霊脈の集中しているところで定期的に、断続的に、霊獣が出現し、顕現し、生成りになる者、生成りとして生まれてくる赤子が増えている。この流れをどうにかする方法というのを、陰陽師は知らないし、陰陽医も知らない。そんなことができるのであればもう人間は自然すら超越した存在になってしまうだろう。

しかしそんなことはあり得ないのである。

人間は自然の流れという川に流れる水に浮いた木の葉のような存在である。

生成りが生まれてくるということは、その場所で膨大な量の霊気の噴出があっているということの証でもある。

冬士の場合は、少し事情が違うが。

冬士は人為的に引き起こされた霊獣顕現に巻き込まれる形で生成りになった。

野本泰蔵が引き起こした霊獣顕現、タイプ鬼。レベルは10、フェイズは5という、戦後最悪とまで言われた顕現だったが、顕現後突如弱体化、そのまま修祓を受ける前にフェイズが2まで落ち、霊獣の位置が特定できなくなってしまった。

その原因が、謎の“顕現場所のズレ”と、“混気現象”だった。

顕現場所は本来ならば召霊した野本の真上だったはずなのだが、何らかの理由によって勇子や冬士の方へズレていた。

また、混気現象はおそらく冬士の混気体質が関係していると考えられた。勇子の両親の証言をもとに冬士を調べるとすぐに、レベル10の鬼が見つかった。が、山神であったこと、そして何より、冬士の混気体質と冬士にかけられた童子結界によって御影を冬士から引きずり出すことはかなわなかった。

建物の直接的な損傷こそなかったが、冬士、勇子、大輔への精神的なダメージは深く、3人への補償をするべきだといいだす一般人が出てきたために、陰陽業界は揺れたものだ。土御門、神成が庇いに入ったため冬士は堕とされずに済んだようなもの。大輔に関しては雅夏家の跡取り候補ということで一命を取り留めたが。影山家が形を潜めている間は影山家の生成りは庇うのが大変なのだ。

なにはともあれ、冬士は土御門分家の補助と神成家の保護のもとで丸々3年間過ごしてきた。まして、冬士が中の鬼を統制出来ている今、冬士を堕とせばデメリットが大きいのは皆もわかっている。これを機に影山家もいい加減表に出てくるころだろう。倉橋ではもう随分と有名になっているようであることだ。

「冬士、分かっているとは思うが、もう封印を解除するなよ。 このままゆっくりお前の霊獣化を進める」

「はい」

冬士はコクリとうなずいた。素直な返事は正純に対してはいつものことだったのだが、それにしてもずいぶんとあっさりとしている。

もしかすると、よく笑うようになっているかもしれない。

ニヒルな笑みの方ではなく、普通に。

微かなものではなく、冬士をよく知らない者からもちゃんと笑っているのがわかるくらいに。

「…冬士、もうひとつ」

正純は真剣な表情で冬士に告げた。

「―――いいな?」

「…は、い…」

冬士の瞳が揺らいだ。正純は再び冬士の頭を撫でる。

「もう学校は行かねえのか?」

「…いえ、神成家に戻る前に荷物取りに行かなきゃなりませんし」

「…そうか。 たまには土御門分家(うち)にも来いよ」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」

冬士が笑う。

正純の始めてみる笑顔だった。

 

とても、自然な笑みに見えた。

 

 

 

 

 

「じゃ、京一誘って肝試しに寺に行くってことで」

「なんで寺なんだよ、墓地だろ」

「どっちでもいいじゃねーか」

俊也と歩が言い合っている。勇子と千夏と冬士と大輔の帰省に合わせて彼らも神成家に来るらしい。とはいっても、京一の家―――和坂家の別荘が、勇子たちがつい中3まで住んでいた家の近くにあったらしい。俊也たちの家はもうない。いや、家はあっても家族は皆死んでいる。俊也たちが全員の家族を確認して回ったのだと彼らは語った。

「その肝試し私たちも参加するわよ!」

勇子が声を上げれば歩は諦めたように息を吐いた。歩曰く、幽霊系は苦手とのこと。俊也がニヤニヤしているのを見て勇子が即ネタにしたのは言うまでもなく、突っ込み役の千夏は冬士がいないことに意気消沈しており、大輔は傍観を決め込んだ。2学期になったら大変なことになっているのが目に浮かぶ光景である。

「…売る気か、勇子?」

「どっちもそこそこカッコいいんですもの」

「…気の毒な奴らだ…」

突っ込みの義務感は感じたらしい。

博雅は神成家への招待状が勇子から手渡され、一緒に神成家へ行くことになっている。

「しかし、寺か。 幽霊か。 …」

「…清明に会いたいのか」

「!」

大輔に言われ、博雅は驚いたように目を見開いた。

「分かるのか?」

「聞こえる」

「…“覚”か」

「ああ」

勇子が目を見開く。

「すっかり忘れてたわ」

「俺は寺行きはパスだ。 墓地の霊の思念なんぞ聞いていたらロクなことにならないのが目に見えている」

「そうだね。 ごめんね大輔、夏祭りも行けなくない?」

「ぐッ…行きたい…」

「カズヒサ兄ちゃんに頼んどくね。 間に合うといいけど」

勇子は苦笑いする。大輔にくっついてきた覚の力は、どうやら面倒なものらしい。俊也と歩は、学校もあんま変わらないじゃないかと思う。

「…いや、学校は割と大丈夫だ。 結界のせいだと思うが」

「学校に結界張ってあんのか?」

「俊也、気付いてなかったのか?」

「んだよ、歩は知ってたのかよ!」

「当たり前だ、こんな大規模な結界が何重もかけてあるのは珍しいし」

俊也と歩の言い合い、もとい説明が始まった。

博雅はくすくすと笑う。その腰にはもう、2振りの刀が差してあった。先日和坂家から修繕が終わって返還された白銀と黒鉄である。

黒鉄の禍々しい気は博雅のもとにあるときは落ち着いている。京一は盛大に安心の息を吐いていた。

現代の祭りを楽しむのもよかろう。

博雅は目の前の子どもたちを見ながらそう思う。そして、今頃実家に帰っているであろうクラスメイトを思った。

 

 

 

 

 

「ただいまです、折哉兄さん」

「お帰り、朱里」

「ただいま、折哉さん」

「元気そうだな、アレン」

朱里とアレンは実家に帰って来た。

2人の実家、鋼山神社。

そこの神主、鋼山折哉が2人を迎えた。

「朱里、覚悟はできてるのか」

「はい。 …自分の身を守る力は最低、できれば友達を守る力まで欲しい」

朱里は強い眼光を宿して言った。折哉は朱里の目を見てうなずいた。この目は何を言っても聞かない目だ。それに、どうやら何か経験してきたらしい。

「…何があったのかだけは教えろ。 お前ら、何度か鬼気を纏ってるな」

折哉の指摘に朱里は微かに震えた。アレンが前に出た。

「クラスメイトにトラブルに好かれるやつがいるんだよね。 朱里を巻き込む位置にいる」

「…ほう?」

「この鬼気はそいつが俺たちを守るために張った鬼気の名残だよ…たぶん」

アレンは彼を思い出して身震いした。

アレンが身震いするほどの鬼と言ったら、折哉に考えられるのは一つしかない。

「…先日の合同合宿、タイプ鬼が出たらしいが…フェイズ3だったのにいつの間にか5まで上がってたやつだろう」

「知ってるの?」

「霊獣顕現という形で放送が入っている。 知らんわけがなかろう」

折哉は朱里を改めて見つめた。

「…確かに、今のお前のままでは自分の身を守りきれそうにないな」

そもそも、後天的な見鬼である朱里は、特に修祓に回る予定はなかったからだ。男巫女のアレンだけでも神社への依頼はさばけている。アレンの性格上ほっぽり出す可能性があることに対しては、折哉がなるべくカバーするのだが。そんな折哉を見て朱里が、自分も何かしたいと言い出したのがきっかけではある。その後のこともかなり大きいが。

「…きちんとついてこい、朱里」

「はい!」

朱里はうなずいた。

 

 

 

一歩先へ。

進まなければ。

 

 

 

ふつり、と、誰かとのつながりが切れた気がした。

誰だったのかは分からないが、でも、ちょっと見知っていた人のような気がする。

 

 

 

その日、謎の番号からメールが届いた。

『死神からのメールでーす。 紫の鬼女の初仕事! 君たちの見知った屍さんは回収しました~。 じゃあまたね、閻魔の生徒諸君!』

怪しすぎると皆は疑った。しかしそれでも、このメールの内容はわかる。

御冥福を、とつぶやいた者がいた。

さようなら、とつぶやく者もいた。

何も言えず、泣き崩れた者もいた。

またな、とつぶやいた者もいた。

あの少女の名に冠された植物の意味は、“幸せ”だという。彼女は皆に、幸せを届けられただろうか。

 

 

 

数日後、折哉が朱里をほっぽり出さねばならなくなったこと、折哉は悪くない。

「どうしたの?」

「人手が足りんらしい」

「え?」

「中部地方で、静岡まで子供たちが出てきたらしい。 小さな子ばかりだと」

「「!!」」

朱里とアレンは顔を見合わせた。

そして改めて、

大平四葉に

感謝と、冥福をこめた祈りを送った。

 




四葉ちゃん、お休み。


言い訳をさせてください。
学生の本分は勉強とのことで親からパソコンを取り上げられかけている受験生でございます。ええわかってます受験馬鹿にするなというお話ですねわかります。
夏休み終了次第更新が止まると思います。きっとまた戻ってくるのでその時は温かい目で見守ってください作者は泣いて喜びます(←)。
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