第1話 少年の苦労
夏休みに入ったのは高校ばかりではない。
中学校も夏休みに入った。
少年は頭を抱えていた。
名は、彪弥。高木彪弥という。
見鬼だ。そして妖怪も霊獣も大嫌いだ。びっくりすると大声を上げてしまうため脅かしても気付かない人間たちに飽きた妖怪たちに付き纏われるという不運な人生を送っている真っ最中だ。
そんな彪弥を気遣ってか、近所に住んでいる鬼良狂元と限瑪秀親、限瑪キミチカ(いずれも一つ年上、高校1年生)が一緒にいてくれるのだが、今年の夏休みに限って3人とも家の集会でいなかった。
鬼良、限瑪というちょっと変わったこれらの苗字は、彼らが生粋の人間ではないことを表している。それを知った時は、ああやっぱりな、なんて思ったりしたものだが、キミチカが年上と思えないほど子供っぽい反応をするくせに、やたらと強い妖怪を連れているものだから、周りの妖怪たちがあまりちょっかいを出してこなくてずいぶんと助けられたのもよく覚えている。
―――ユーレイが視えるんだから、あんまり墓地には行くなよ。
キミチカの忠告を今の今まで聞いてきた彪弥にとって、友達が提案してきたことは本当に、行きたくないものだった。
そう。
肝試しである。
寺の裏の墓地に行こうということになったのである。
嫌だと絶叫したのだが、抑え込まれてしまった。こいつがいると臨場感出るじゃねえか、などと言われる始末だった。これだから霊獣や見鬼への理解のない地域は嫌いなのだ。
「…みっちー…ごめん、俺は約束守れそうにないや…」
先輩への不敬発言が混じっているがキミチカ本人は気にする人ではない。
彪弥は、秀親が作ってくれたお守りと、狂元がくれたもふもふな小妖怪を懐に忍ばせたのだった。
家に帰って支度をする。
準備自体はあまり必要はないが、墓地と考えるとかなり恐ろしい。
時たま怪談話に出てくるような光景を見ることもあり、声を上げないようにするので必死になっていると実は狢が化けてただけだったり、狐に騙されたりもする。とりあえずお守りは大事なものだ。
秀親は人間とあやかしものの混血児だという。キミチカもそれに類するものだと語ってくれたこともあり、その類のモノに対してはだいぶ驚かなくなった。鬼良家に遊びに行った時にはこれでもあやかしものの家なのかと思うほど、霊気が綺麗になっていた。淀みがないということである。
それから比べると、彪弥の家には淀みが多い。近くに有名な神成家と和坂家の別邸があるが、どちらも現在はほとんど使われていない。神成家は、高校1年生になって住んでいた子供たちが東京に出てしまったから余計に。彪弥は面識はなかった。あやかしものと友達になると逆に陰陽師が恐くなるというものである。友達が祓われたりしたら耐えられない。そう語った時、秀親やキミチカはありがとうと言って微笑み、狂元は俺がそんな陰陽師なんぞに負けるわけがない、俺は死なないと豪語した。
「…会いたい…」
家の会議2週間も続いているぞ。
どれだけ長い会議なんだ。
悪態を吐きつつ彪弥は窓から空を見上げた。
彪弥の部屋は和室で2階にある。一戸建ての家とはいいものである。
宿題は目標だった7月中に済ませた。中学3年、彪弥はまだどこの高校に行くかキッチリとは決めていない。ただ見鬼というだけで陰陽学園へ行くというのも気が引ける。確かに何かしたいとは思うのだが。狂元や秀親、キミチカに何か返したいというのもある。特に狂元は全く陰陽術が使えないから。
自分が彼らに何かできると思うのもおこがましいのかもしれない。
それでも、何もしないよりは何かしようとしてできないと言われた方がましな気がした彪弥だった。だから、彪弥は陰陽学園に行こうかと考えているのだ。
窓の外はオレンジ色に染まり始めている。カラスが数羽飛んでいる。
「彪弥、夕御飯できたわよ」
「はーい」
母親の声に返事を返し、彪弥は部屋を出る。小妖怪については4人で名前を決めた。もさもさしているので『もっちゃん』だ。ネーミングセンスねえなと笑われたが、それでもいいじゃないかと開き直ってみたものだ。
「もっちゃん、腹減ってるか?」
「きゅ!」
コクコクとうなずくもっちゃんを肩に乗せて彪弥はリビングルームへ向かった。
「いただきます!」
「はーい」
夕御飯がそうめんになるとは思わなかった彪弥だったが、嫌いではないので食べる。でもこれだと実はもっちゃんが食べられない。母親は視えていないが、もっちゃんの存在自体は伝えてあるため、もっちゃんの分を用意してくれる。もっちゃんは彪弥と同じものを食べたがるのだが。
「はい、もっちゃん」
視えていない母親がコトリと小さな皿を置く。夏蜜柑を剥いたものと、レタスのサラダである。今日は昨日の手作り唐揚げの温め直したものが小さく切られて一緒に乗っている。
「これもっちゃん用になったの」
「もっちゃん皮好きだって言ってたでしょう?」
そのために皮のところだけ外すのはどうか。もっちゃんが涙目でもそもそ食べ始めた。可哀想になってきた。
「俺にもくれない?」
「いいわよー」
彪弥は唐揚げの残ったものを温め直して出してもらい、噛みちぎってもっちゃんの皿に乗せた。間接キスになるとかは考えてはいけない。あくまで人間のあやかしものの仲である。ペットみたいなものである。
涙目になっていたもっちゃんが喜んできゅっきゅと踊り始めた。踊らずにさっさと食べてくれ。
そうめんをすすり始めたのを確認してか、母親は茶碗を洗いはじめた。母親は父親が帰ってくるまでご飯を食べない。いつもは狂元やら秀親やらキミチカやらが一緒にご飯を食べてくれるため、彼は傍から見ても1人ではなかった。今ももっちゃんがいるから1人に見えても1人ではないが。
「―――ふー。 おいしかった。 ごちそうさま!」
「おそまつさま。 行ってらっしゃい」
母親の声を背中に受けて、彪弥は荷物を持ち、もっちゃんを肩に乗せて出ていった。
目指すは、近くの寺なのだが。
きっとクラスメイト達はもう来ているだろう。
空はだいぶ暗くなってきていた。
大人がいない?
気にするな!
これからが、逢魔ヶ時本番だ。
いい子はマネしちゃダメ、絶対。
夜間外出になりますね、こいつら。