日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第2話 帰省

 

「ただいまー」

勇子と千夏と大輔が家に入ると、おいしそうな匂いがしてきた。

「くっ…冬士に後れを取ったか!」

勇子はちょっと悔しげに上がっていく。先に和坂家に荷物を置いて来ていた京一と俊也、歩も来ている。

「…料理の匂いと冬士と関連が?」

「冬士が飯作ってるのさ。 皆も上がってくれよ、俺ん家じゃねえけどな」

千夏はそう言いつつ上がっていく。大輔も上がり、荷物を置きに行く。

博雅と京一と俊也と歩はそっと台所をのぞいた。

「「「「!!」」」」

男子用のエプロンをつけた冬士が料理をしているところだった。揚げ物をしているらしい。

イケメンだ、主夫だと俊也と歩が言いはじめる。あんたらもあんま変わんねえよと京一の突っ込みは冷静だった。

冬士が振り返った。

「手、洗ってこい。 もう飯だぜ」

唐揚げ。

それが目に入った時点で京一と俊也は我先にと手を洗いに洗面所の場所を勇子に聞きに行った。

「…単純だな」

「俊也と京一が冬士の料理につられる千夏たちと同じものに見えてきた」

「同感だ」

冬士は揚げ物に向き直った。

「…慣れてるな」

「…ここで丸3年過ごしたからな。 ここでの家事は全部俺がやってた」

「…主夫になるわけだ」

「納得」

家事する鬼なんざアホらしくて、という冬士に、博雅はそうは思わないと返した。

「そうか?」

「いいことだ。 特にお前のように、生成りならば。 人としてのバランスを失っていない。 ちゃんと人だと言える」

「…博雅、お前陰陽医向いてると思うぜ」

博雅の言葉に冬士はそう返した。

唐揚げが揚がり、皿に盛り付けて冬士が持っていく。手を洗っていないから手伝うこともできない。博雅と歩はそれに気付いて手を洗いに行った。

 

 

 

「気が利かねえことだ、勇子、千夏、大輔」

「えー」

「客に運ばせてどうすんだよ」

冬士は家では根っからの主夫らしい。京一はさっさと席に着いてしまった俊也をよそに、手伝うために台所に戻ってきた。歩と博雅と冬士が皿を運ぼうとしているところで、京一は他の食器類を頼まれて、嬉々として運んだわけだ。

「いや、冬士が運ぶかなって」

「嫁の貰い手がねえな」

「お前はボクの父親か!!」

「…大輔、いろいろしてくれる嫁を探せよ」

「お前今千夏を飛ばしたのはわざとか」

「結果が目に見えてたもんでな、自主規制だ」

冬士と皆の会話を聞いていると笑ってしまった、博雅だけではないだろう。

「千夏に話を振ったらどうなる予定だったんだ?」

「主に勇子にとってのみ美味しい結果になるのだけはわかる」

「…冬士、お前もしかしてsy」

「それ以上言うと唐揚げに七味ぶっかけるぞテメェ」

逆鱗。鬼に逆鱗はあったか。いや、龍だったな。

そんなことを思った博雅だった。

しかし。

「七味をかけてもうまそうだな」

「チッ…」

あからさまに不機嫌を表情に出す冬士に博雅はふっと微笑んだ。ほんの短い間しかともにいないが、それでもわかることだ。学校にいた時にこんなに表情を見せたところを博雅は知らない。

これが冬士という個体の特徴だというのならば、冬士はとんでもない鬼になろうとしているかもしれない。

博雅は、今は考えても仕方ない、と、唐揚げに箸を伸ばした。

大人はいない。まだ仕事から帰ってきていないらしい。

まだ6時であるため仕方ないと言えばそうだろう。ただでさえ公務祓魔官は多忙だ。

「んー、おいしい!」

勇子が笑って言った。大輔はあまり食べようとしていない。

「…大輔、お前いつ6割超えた?」

「…煉紅戦の時だ」

「…結構前じゃねえか。 何で言わなかった」

冬士の目が細められる。大輔は冬士の目を見た。

「言って何になる」

「お前飯コンビニ物で済ませてただろうが。 勇子への負担を考えろ」

「…すまん」

大輔が大人しく謝った。唐揚げに夢中になっていると思われていた俊也が口を開いた。

「生成りのその6割って何だ?」

「…人間と霊獣のうち、霊獣の割合だ。 6割超えるともう人間には二度と戻れないラインを越えたことになる」

冬士が言うと、歩が目を見開いた。

「そんな割合があったのか?」

「一括して6割ってなってるが、実際は個体差がある。 大輔は文字通り6割。 犬護あたりは7割くらいだろうな」

冬士も唐揚げに食らいついた。

「冬士、お前は?」

「…俺はわかんねえ。 俺の6割は戻れなくなるラインのことを言う。 変動するらしい」

「…アレンがお前のことをフクゴウキって口走ってたが。 どういうことだ?」

「複合鬼ってのは、いくつかの鬼が一つの個体に集合しちまってるタイプのことだ。 俺の場合は御影春山、カノン、鬼紅蓮、紫鬼と俺だ」

冬士が言うと、千夏がは!?と声を上げた。

「?」

「ちょっと待ってくれ、冬士」

「チッ。 気付きやがったか」

「気付くわ! とうとう紫鬼との二重人格にでもなったのか?」

「なってねえよ。 まあ、なんか衝撃があったらなるかもしれねえとこまで来ちまったらしいが」

冬士と千夏の会話について行けず俊也が首を傾げると、京一が言った。

「要は、冬士先輩はなんかが原因で自分の中の鬼と自分の人格が分裂しちゃってるってことっすよ。 プラナリアっすね」

「どっか切ったらそこから別れるって言いてえわけか」

「はい」

冬士の補足がなければ理解できないところだった、と俊也が文句を言うと、京一は、すんません、と小さく謝って苦笑いした。

「冬士は生鬼体質なの」

「鬼を生むって書くんだ」

勇子と千夏が言うと、歩はああ、と理解を示した。

「…今はそのような呼び方をするのか…」

「ああ…博雅は今の呼び方はわからないよな」

「ああ、人の中には鬼が生まれるものだと思っていたからな」

「間違いじゃないけれど、生鬼体質ってのは、男女の差が出るんだ」

「?」

生鬼体質。それは、男女にかかわらず、子供のころから、つまり恨み辛みだ妬みだ嫉妬だという複雑な感情を得る前の状態で鬼を生んでしまう体質のことである。通常は、親の胎内にいるうちに強大な鬼の鬼気に中てられた場合に生じるもので、男児ならばそのものが鬼と化し、女児ならば鬼を生み顕現させ鬼の母となってしまう。

冬士の場合は冬士が男であるため、鬼と化す。

「…そのくせに生成りかよ。 面倒だな」

俊也が言うと、冬士はハ、と鼻で嗤った。

「なんで嗤うんだよ」

「いや。 俺は生鬼体質で混気体質、ついでに生成りだ。 生鬼体質のおかげで混気体質で生まれても無事でいられて、ついでに一度目の生成りになる機会は回避できたもんでな。 俺は偶然が重なって生き残った特殊例ってところらしい」

そんな冬士の言葉に、博雅はちょっと待ってくれ、という。

「?」

「俺の知っている生成りは女だった。 自分を捨てた男への恨みと、男を引き付けた女への恨みから鬼と化した。 しかしお前は色恋沙汰は絡んでいないということだろう? 俺の言う生成りと今はだいぶ異なっているようだな」

「…ああ。 昔は嫉妬から来る鬼化の途中の段階のものを生成りって言った。 今は霊獣と魂がくっついちまった憑きもののことまで指す」

「…なるほどな。 だいぶ広義の意味になったわけか」

「“生きながら”に霊獣に“成る”ってことでな。 “生成り”ってわけだ」

冬士は皮肉気に言った。癪に障るらしい。

「…つまり、えーと?」

「冬士は生鬼体質だったことによって鬼を中に最初から飼っている状態でスタートして、一度目の生成り化を回避。 その時の霊獣と同等かそれ近くの力を冬士の鬼が持ってたってことだろう。 紫鬼って言ったっけ。 でも、二度目、これは御影春山だろう。 御影春山に紫鬼は敵わなかったってことだ」

歩の説明で俊也は理解したようにうなずいた。冬士はくすっと小さく笑った。

「?」

「いや。 理解が早くて助かる」

「普通は理解しようとするやつすら珍しいからな」

「…」

歩の言葉に俊也は表情が沈んでしまった。

「…生成りが中部で死んだかしら?」

勇子の言葉に京一がうなずいた。

「霊災被害者になった人でした。 エクソシストにやられました」

「…あちゃー。 またやらかしたのね、教会のエクソシスト。 外人だったでしょ」

「はい」

勇子は息を吐いた。

「完全に祓魔されちゃったの?」

「いえ、堕ちました。 ぶった切ったけど霊脈に潜ってどっか行っちゃって」

「じゃあ、まだ生きてるだろうね。 戻れた時に探してみたらどうかな。 霊脈に入ったなら回復してるだろうし」

勇子の言葉に歩と俊也が勇子を見た。そんなことを言ってくれたものは初めてだ。そんな目だった。

「…ま、土御門ならそんなことは勧めねえわな」

「…あ、そうか。 神成は蘆屋道満の家系か」

納得したように俊也がうなずいたのだった。

博雅はまだ悩んでいた。

冬士の中の鬼が2体になる、そんなことありなのか。

それともう一つ。

千夏の反応だ。名前を聞いていた鬼しかいないにもかかわらず、なぜ反応したのか。

考えられることは、一つだ。

「冬士」

「?」

「さっきの、紫鬼と俺、という発言だが」

「…」

「先日の合宿の影響か?」

「…まあな」

冬士は立ちあがった。

「こんな湿気た話は終わりだ。 食い終わったら茶碗持ってこい」

冬士はそう言ってさっさと台所へ姿を消してしまった。

 

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