日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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第6話 無邪鬼

 

冬士たちが言っていた道というのはどうやら、茂みを一気に横に抜ける道のことだったようである。

千夏たちがそちらへ向かった時彪弥は驚いたが、皆を助けるには最短ルートだと思って茂みへと踏み出した。

博雅が住職とともに待っていた。

「…あの無邪鬼は…もう、夏祭りからすっかりはしゃいでしまって…」

夏祭りの時には花火が上がる。高台の方が見えやすいため、この高い位置にある寺も花火観賞スポットになり、子供連れが多く来ていたものと思われる。

「一体ですか」

「ええ…他にもいましたが、いつの間にか天邪鬼になったところを、今残っている無邪鬼に食い散らかされていたようで」

住職は悲しげに言った。

「…」

彪弥はそこを離れた。

だから来たくなかったのに、と思うのと同時に、やっぱり何もできなかったという無力感にさいなまれる。

自分は何も悪くないのかもしれない。でも、皆に危険を知らせる程度の力はあったはずだ。銀竜もいたわけだから、と思って、ふと考えた。

式神とは、一般人にも見えるのだろうか?

見えていたと仮定しよう。

次に浮かんでくるのは、なぜ妖怪が普通の者に見えたのかということである。

“視る”ではなく、“見る”。

見鬼の力の調整ができない彪弥にはよくわからないのだが、この差がどれほどのものなのかを聞いたことがある。おそらくキミチカや秀親の言葉だったように思う。

 

―――“視る”ってのは、“見る”ものの上から霊気がかぶっている状態を“見る”ことだ。

 

そこに無いという風にしか認識されないものを見ることができるということなのだろう。

本来見えないはずの妖怪やら霊獣たちが一般人に見える状態がフェイズ5と呼ばれていることは彪弥も知っている。

ならばやはり勇子が言っていたように、ここにいたものはすべてフェイズ5なのか。

だとすればなぜ放送が入らなかったのかも気になるところだ。

もっちゃんがきゅう、と鳴く。

「もっちゃん、大丈夫だよ」

そっと撫でると、もっちゃんはふるふると体を震わせて、彪弥の服の中に潜り込んできた。ツンツン頭に隠れる場所はないためだろうが、何かに脅えているようにしか見えなかった。

足元に視線を向けるとやはり足元は光っている。

小さな欠片だが、今まで見た中ではかなり大きめなものだったため、ゆっくりとつまみあげた。

「…」

元の色は何色かわからないが、青っぽい光を灯している。ふと、鬼火のようだなと思った。

そのまま次の欠片に手を伸ばし、つまみあげる。

そうやって、どんどん欠片を集めていった。

少しばかり丸みを帯びているようにも思えた。

これはいったい何だろうか。

ごつごつとした硬い大きめの欠片もいくつか拾った。

下ばかり見ていたから、目の前に草鞋を履いた足が見えた時には驚いて顔を上げた。

「?」

そこには、にこにこと笑った、笑顔の少年が立っていた。

少年は、浴衣姿だった。

暗闇の中であるにもかかわらず、その輪郭ははっきりと目に見えた。霊獣が人型に化けて出たのか、と思ったが、すぐに違うと気付いた。

角がちょこん、と申し訳程度に伸びているのが見えたのだ。

「…鬼」

小さく言うと、少年は小首を傾げて、こう言った。

 

アソボウ

 

彪弥はごくりと生唾を飲み込んだ。

体は動く。逃げるか。どこへ。外へか?

そうだ、さっきの高校生たちのところへ。

彪弥は小さく笑って、こう言った。

「じゃ、お前オニな! おにごっこだ」

そして、踵を返して走り出した。

ついそこにいると思っていた勇子や千夏はずいぶんと遠くにいた。

しかしだんだんと近づいて行ってはいるようで、徐々に千夏たちが近くに見えてきた。

少年は嬉しそうに走っている。しかし不思議なことに、少年の速度は彪弥とは比べものにならないはずなのに、彪弥に引き離されつつあった。

冬士と目が合う。

冬士の目は、ブルーグリーンに光っていた。

生成りだと言っていたか。

こんな力も持ってるのか、などと思いながら、彪弥は何とか千夏たちのところにたどり着いた。

「うわ!? なんだよ急に出てきて!?」

千夏が驚いたように声を上げた。

「え?」

「今ちょいとこいつを霊脈に通した。 無邪鬼がこいつに取り憑いちまったみたいだぞ」

冬士がさらっと状況説明をした。

「あら、大変ね」

勇子はそう言って、呪符を取り出した。

「…って、最悪じゃん! 彪弥、あんた無邪鬼の骨を拾ったわね!?」

勇子は声を荒上げた。千夏が青ざめた。

「??」

「無邪鬼が取り憑く人間ってのは、その無邪鬼のもとになった人間の骨を拾った子供に限定される。 こいつ、拾っちまったんだな」

冬士の説明に頭がようやく追い付いて、彪弥は掌を見た。

そこには、青白く光るものがある。

「…これが、骨なのか?」

俊也が尋ねる。

「ああ…だがこれは…一度回収されてるぞ。 そもそも現代の寺に骨が放置されているとは思えん」

大輔が答えると、住職が口を開いた。

「…もしかすると、数年前に行方不明になった子供かもしれません」

行方不明になる、といえば、人間がさらったのでなければ、もう一つのパターンしかない。

「…霊界で霊獣化したのか…!」

「キマイラ層で鬼にでも会っちゃったのかしら。 どっちにしろ、厄介な類なのに変わりはないわね」

勇子は悪態をついて、京一に言った。

「無邪鬼はエクソシストじゃ祓えないし、陰陽師がやると生成りを生む可能性が高くなるだけ。 別の依り代を用意した方がいいと思うの」

「えーっ。 和坂の刀に鬼は取り憑けませんよ!」

京一はそう言って、フムと考え込む。

「…一番いいのは、彪弥が陰陽師系の学校に行くことっすけど」

「その前に無邪鬼に殺されちゃうって。 彪弥を無邪鬼にしちゃう気なの?」

「それはありえません。 でも、いい刀鍛冶なんて…しかも、鬼が宿るだけの器でしょう!?」

京一はうーんと唸って考え込んだ。大輔と千夏が冬士を見る。歩と俊也、博雅も勇子も、冬士を見た。

彼らは京一以外の刀鍛冶の家なんて知らないのだから当たり前である。

「…あー、分かんないっす!」

京一が言ったと同時に、無邪鬼が突然姿を現す。

 

ツカマエタ

 

無邪鬼は笑顔を浮かべて、嬉しそうに彪弥を見る。

彪弥は小さく笑みを返した。

冬士はそれを見て、フ、と小さく笑った。

「いいだろう。 教えてやる。 この寺の裏山の中腹あたりに、一本ダタラがいる。 そいつに頼んでみろ。 無邪鬼の器を作るなんざ造作もねえはずだ」

目はブルーグリーンにらんらんと輝いている。

「御影、ほんとに封印はたらいてる?」

「勇子、俺だぞ?」

「ってことは、御影の指示で冬士が言ったってことね?」

「そういうことだ」

「ほんとに分かりにくくなったわねー…」

勇子は呆れたように言った。

「…えっと、俺はどうすれば」

「彪弥君は、お酒とか何かお土産を持って、今すぐにお泊り準備をしなくちゃいけないね。 親御さんには神成家の人に伝えてもらうから、気にしないで」

歩が微笑んで彪弥に言った。

「…え…」

「彪弥君、だったね。 君は霊災に巻き込まれたんだよ」

住職に言われ、彪弥は声を上げた。

「ええええええ―――っ!?」

 

 

 

 

 

翌日、一つ目片足の大男のところに彪弥は泊っていた。

「…できたぞ」

この男が、一本ダタラという。

名は別にあるらしいが、一つ目ということで近くに住んでいるエクソシストにキュクロプスなんてあだ名をつけられてしまったらしい。

鍛冶をしているところの類似性の所為だろうなんて思いつつ、そんな彼の話に耳を傾けていた彪弥は、一本ダタラも鬼の一種だと聞いて固まった。

山神と考えられていたことの名残らしいというのは最後に千夏が教えてくれた。

ずっと一人ぼっちだったという一本ダタラ。

御影春山という山神友達がつい30年ほど前に人間によって封じられて以来、誰とも話をしていなかったというのだから、饒舌になるのも仕方はなかったろう。彪弥の周りには鬼が集まっているねと言われ、やはり狂元たちも鬼なのかと改めて思ったのだった。

「…また、来るか?」

できた刀と、そちらを依り代にして安定した無邪鬼を伴って彪弥が出て行こうとすると、一本ダタラが言った。

「…」

振り返って、彪弥は家の中を見た。

特になにがあるわけでもない。さびしいくらいだ。

そもそも、こんな鬼の家になんぞ来る人はいないだろう。

ふと小さい頃に読んでいた絵本の優しい鬼を思い出して、彪弥はうなずいた。

「また来るよ」

一本ダタラが小さく笑った。

口元に大きめの牙が覗く。彼に角はない。

「菓子、準備、しておく」

霊獣も悪いやつばかりではないのだ。

守ってくれていた鬼たちがいなくてもそう思えたので、やはりそうなのだと思った。

ついでに、彪弥の進学希望高校も決まった。

「絶対に倉橋いってやる」

彪弥は家路を急いだのだった。

 




無邪鬼
我がオリジナル霊獣。小さな子どもの鬼で、”無邪気”なのが特徴。子供特有の、無邪気さゆえの残酷さで人を殺す。
今回の無邪鬼は元が人間です。

一本ダタラ
こちらはもとの話がちゃんとあります。鬼の一種。
『鍛冶をやっているせいでよく使う片目はそのうち見えなくなって、このため単眼とされ、ふいごを踏む足はそのうち萎えて使えなくなるため片足とされる』ということらしいです。
御影春山のお友達君です。
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