日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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話が全然進まない←


第5話 避難指示先生

 

紫苑はふっと不安にかられた。冬士の背が遠く見えたからだ。

「!?」

目を凝らして冬士について行く。紫苑の手は簡単に冬士に届いた。

「? どうした、紫苑」

冬士がそう尋ねると、紫苑はフルフルと首を左右に振った。

何もないのだ。なにもあるはずがないのだ。そう信じたいが、不安は収まらなかった。

「…お兄ちゃん、ちょっと皆から離れよう? なんだか嫌な予感がするよ」

紫苑が言ったが、冬士は紫苑の頭を撫でた。

「…ありがとうな、紫苑。 でも、千夏たちが何も言ってこないから、俺はまだ紫苑の言うことを聞いちゃいけないんだろうぜ」

冬士がそう言うと、紫苑は小さくうなずいた。死者はあまり生者に関わるべきではないのだ。これだけは守れと闇から紫苑が念を押されたことでもあった。

生きている者たちというのは、自分の身の危険には敏感だが、他人のこととなるとからきし探知能力が働かなくなるものだ。蹴落として生きていくものだ、その摂理は人間にどんなに倫理感が備わったって最終的には変わらないものだ。それこそが、生存本能。わざわざ助けられもしない相手を自分も死ぬのがわかっていて助けに行くのなんてよくできた聖人か命令されなければ動けないただの傀儡ぐらいなものだろう。

「お兄ちゃん、気をつけてね」

「ああ」

紫苑の言葉に冬士はうなずいて皆の後を追った。

 

 

 

 

 

冬士たちが任されたのは最も霊災の中心地に近いところだった。

違うクラスの1班ずつと組まされているため、大体4か所に散っている。

「影山」

黒髪のCクラスの少年が冬士に声をかける。冬士は少年を見て、首をかしげた。

「…Cクラスの…」

「そこまでは覚えてくれたのか。 嬉しい限りだぜコンチクショウ」

覇道である。後ろに王道がついてきた。

「クラスは覚えててくれたぞ」

「…名前はまだなんだね…御影春山様も強情だ…」

王道は小さく息を吐いて、苦笑いした。

冬士の前に時たま出没するこの2人は鬼道家の人間だが、冬士は全くこの2人のことを覚えることができない。かなり冬士にとっては苦痛である。一度見れば忘れないというほどの記憶力の良さだ。それを強制的に御影春山に止められているのだからたまったものではない。

「…悪いな」

「いいって。 俺は鬼道覇道」

「僕は鬼道王道」

2人は何百回目の自己紹介をする。冬士は2人の名を繰り返した。

「覇道、王道」

ピク、と冬士が動きを止めた。

「…」

「―――」

覇道と王道もまた、動きを止めた。

「…今のは…?」

「…何だ? わかんなかったぞ。 …すげえな、この隠形」

王道と覇道が小さく感想を述べる。冬士は封印の状態を確認する。

「…」

―――まだ、大丈夫だ。

やはり、紫苑の言葉が頭をかすった。

冬士たちの傍で、朱里と勇子が子連れの人々を結界展開場まで誘導していた。

 

 

 

「―――!」

折哉が動きを止めた。アレンは辺りを見渡した。辺りに怪しい影はない。朱里たちはもう人々を避難させられただろうか、などと従姉妹のことを心配してみた。

「折哉さん?」

「…アレン、ここの雑魚どもをやれ」

「え? どこか行くの?」

「ああ」

折哉はそう言ってあたりの霊気を視る。そして、決めたように振り返った。

「アレン、十二神将に伝えろ」

「へ」

「この霊災、おそらく人為的なものだ」

「…テロってこと?」

「…」

折哉はもう答えずにふっと姿を消した。飛歩だろう。まったくそんな術を使えるのはほんの一握りしかいないのだから何でもないように使えないものの前で使うのはやめてほしいものだ。

とは思うが、アレンも、胸のざわつきを感じていた。

―――朱里に何もないといいけど。

なんて思うが、それが十中八九裏切られることはアレンは嫌というほど知っている。自分が朱里の心配を本気でしている時に限って、朱里は傷つくのだ。

折哉が向かったということは、相当やばいことの部類に入るはずだ。そしておそらく、間に合わないこともわかる。

アレンは小さく息を吐いて、呪符を取り出した。

自分にできるのは少しでも多くの雑魚を祓って、折哉のサポートに向かうことだろうか。

否。

「…雑魚ども、かかってこいよ…まとめて祓ってやる!!」

冬士を苦しめてしまった夏休みの合宿の苦い思い出を教訓に、多少あたりの霊気の確認はする。そして、何もないことを確認して、朱里の傍にいられないことのイライラを霊獣にぶつける。

こいつらは、出てきたことが罪だ。

とっとと祓って、十二神将に伝えよう。うん。

 

 

 

千夏ははっと振り返った。

いやな予感がした。

しかしそこには何もいない。いや、この感覚を千夏はよく知っている。

「隠形か…」

しかも、熟練度が高い。2級は下らないか。いや、そんなのは生温い。

「…!」

千夏ははっとして叫んだ。

「冬士ッ!! 逃げろッ!!」

 

ザシュッ

 

冬士が振り返った。

―――ああ、なんてものをあいつに見せてくれるんだ。

千夏は己を切り裂く刃の反射を見て思った。

 

「―――君が一番邪魔だからね、ここで死んでもらおう」

 

聞いたことのない男の声がする。

冬士が叫んだ。

 

「千夏ああああああアッ!!」

 

千夏が倒れてどさりと音がする。

朱里が振り向き、青ざめる。その瞬間、式神が4体、現れた。

「ッ! ちょっと、何するのッ!! 蒼空、放しなさいっ!!」

勇子の怒号が飛ぶ。

「行けません、勇子様。 千夏様がああなったということは次は狙われるのはあなたです」

「黙れッ!! 千夏ぁ、冬士ぃッ!!」

勇子に電気が浴びせられた。そして勇子はそのまま式神たちに連れて行かれた。大輔が小さく舌打ちして言った。

「第一門開門」

大輔の額に鬼の角が現れる。

「おや、そちらにも生成りがいましたか。 これはいい」

「解鬼会か、クソッタレ」

大輔がストレートに悪態を吐く。覇道と王道がクラスメイト達を避難させていく。

「朱里、行け」

大輔が鬼気で背を押す。しかし朱里は動かない。

「朱里!」

「鋼山さん!」

王道も呼ぶが、朱里は動けなかった。王道がよく視ようとすると、弾き飛ばされた。

「鬼道家の人間に用はありませんよ。 失せなさい」

男の言葉と同時に式神が2体現れた。

「海星、冬士を捕らえなさい」

「はい」

海星と呼ばれた式神は女の姿をしている。音もなく冬士に向かった。

その一撃目を大輔が防ぐ。

「冬士、しっかりしろ」

「…悪ぃ、大輔…不動金縛りに、捕まっちまって…ッ」

さっきの言葉はどうやら言霊として使われたようである。いや、それとも大輔の認識が冬士を捕らえられる原因になってしまったのだろうか。

「ぐッ!」

「邪魔…」

海星は大輔を吹き飛ばした。嘘だろ、と冬士は内心思った。大輔は生成りである。鬼の生成りである。曲りなりにでも鬼で山神なのだ。それを吹き飛ばすとは。冬士は悟った。

「…ハッ。 あんたも鬼か」

「うん…仲間、だよ」

「笑わせんじゃねえ…俺はまだ…生成りなんだ…鬼じゃねえッ!!」

冬士の封印は今はびくともしない。封印を緩めることは冬士にはできない。しかしそれでも鬼気が漏れるほど、冬士の鬼は強くなっていた。

「!!」

海星が吹き飛ばされる。その瞬間、海星を貫いた刃があった。

「…え?」

「やれやれ、冬士が抵抗してなかったら私まで間に合わなくなるところでした」

冬士は声のした方を見た。冬士の後ろから、野本泰蔵が現れた。

「野本…先生…」

「3週間ぶりですね、冬士。 さて…一肌脱ぎますよ、御影春山様」

野本の登場に一瞬たじろいだのは男の方だった。

「…ッ、廃業した家の息子が何をッ…」

「あなた方は私の家と御影春山様をバカにし過ぎたんですよ。 愚か者め、こんなことをすれば生成りは堕ちるだけだというのがまだ理解できないのですか、最近のゆとり世代は」

野本に向けて呪符が放たれた。

「我が前に立ち塞がるものを焼き払え、急急如律令!!」

「水剋火、急急如律令」

一瞬で返された呪符は男の式神に当たる。式神は微かにラグを起こしただけだった。

「…強力なのを使ってますねえ。 なるほど、人工的に作った鬼ですか。 けがらわしい」

野本は問答無用で呪符を放つ。

赤い文字の呪符。

「長月丸、あの女型の式神を消してください」

「らじゃ」

烏天狗が現れて、海星に向かって飛んで行った。

「冬士、逃げられますか?」

「…ッ」

まだ不動金縛りは解けない。

「…仕方ありません…彼のは使いたくありませんでしたが…」

野本は冬士の胸に金色の字の書かれた呪符を張り付けた。

「?」

光を放って消えていく。否、それは冬士の中に入ったのか。

「!?」

「堕ちないようにするためのセーフティネットです…感情を抑えてはいけませんよ、冬士」

野本はそう言って、男に向き直った。

「私の生徒に手を出したこと―――この子が鬼となる姿を見せるわけにはいきませんねえ」

その手には、呪符の束。

誰も間には入れない。

入れるものは、まだ、ここにはいない。

 

30年前に廃業に追い込まれた家の名は、野本。

御影春山を抱いた、小さな、神社だった。

 

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