日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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ちょっと真っ赤です。


第6話 鬼堕ち

 

朱里は何とか体を動かせないか試してみる。びくともしない。

体に痛みは走るだろうが、致し方あるまい。朱里は大きく息を吸った。

「“動け”ッ!」

男と野本の視線が微かに朱里に向いた。

「―――ッ!!」

不動金縛りは解けた、だが体に激痛が走り、朱里はその場に崩れ落ちた。関節がギシギシと軋んでいる気すらする。相手の霊力に驚いた。

「…やれやれ、言霊の身体能力者だなんて、とんでもないもの連れてますね。 しかも甲種まで使えるとは」

「はて。 あの子はもともと見鬼ではなかった気がしたが―――」

野本はとん、と軽く地面を蹴る。木気が辺りに溢れかえり、男に向かった。

「おっと…我が身を捕らえんとするものを切り裂け、金剋木、急急如律令」

男も呪符で霊気を断ち切って、次の呪符を投じる。

「押し流せ、金生水、急急如律令」

「ッ!」

野本の動きが鈍った。冬士が後ろにいるためである。

今の冬士の状態は、土気を生じれは迷わず食らいついてくる状態に近いはず。迂闊に土気を生じれば、野本にとっては最悪のパターンを引き起こすことになる。

「―――」

長月丸を呼ぼうとして、そんな野本を突き飛ばしたのは冬士だった。

「冬士!」

突き飛ばされて尻餅を着いた野本の前に冬士が立っている。冬士の頭に角こそ出ていないものの、爪がすっかり伸びている。

「凍っちまえ」

冬士が言うと、相手が生じたはずの水がガチガチに凍りついた。そしてそれを、冬士は叩き割った。

「あんま、周りを巻き込んでくれるんじゃねえよ…」

冬士がちらりと野本を見る。野本ははっと空を見上げた。

キラリ、と小さく光った何か。野本は立ち上がり、悪態をついた。

「まったく困った人ですね…」

指を組み、小さくつぶやく。

「我、我が身を賭してこの子らを守らんと欲するものなり。 四神結界」

ゆらり、と辺りの霊気が揺らいだ。

冬士が膝を着く。

「グゥっ…!?」

「冬士、怒るなよ。 …これがお前の見る身近な人間の最後の血にしよう」

冬士は野本を見上げた。

野本の目に懐かしさを覚える。

それと同時に、恐怖が、人間としての感情が、冬士を飲み込んだ。

「野本、先生っ…」

冬士が野本に伸ばした手は震えていた。

「鋼山君―――冬士を頼むよ」

野本がそこを離れる。ほんの一瞬。冬士の手は野本に届かなかった。

そして次の瞬間、鈍い音とともに辺りに血が飛び散った。

「うわああああぁぁぁッ!!!」

冬士が絶叫した。また封印が壊れたのは朱里にもわかった。しかし鬼の角はうっすらと霊体の状態のままで、実体化しない。

冬士がゆっくりと立ち上がる。

目に光はなかった。

「…フフっ…邪魔な封印ですね…しかし、それもいいでしょう。 苦しみ、霊獣に、鬼になりなさい。 君が完成する日が待ち遠しい」

男はそう言って、手を振る。男の姿をした鬼が冬士の目の前に現れた。

「冬士ッ!!」

朱里が叫んだが、冬士は無反応のまま、鬼に切られた。

3人。

3人も切られた。

野本のことは知らないにしても、千夏と冬士が切られたのである。朱里は叫んだ。

「“動くな”ッ!!」

「!」

男と鬼の動きが止まった。

「…おや。 何ですか、案外強い力ですね」

「…殺すか」

鬼の言葉に男は首を振った。

「あの子は冬士との絆が育ってから殺しましょう。 それまでが楽しみですねえ」

「…」

鬼は不服そうに朱里を見つめる。

「…殴ってきても構いませんよ? どうせ冬士に守られている(・・・・・・・・・・・・)でしょうから」

男はそう言って踵を返す。朱里の言霊はいつの間にか破られていた。

「!」

「ふふ、この程度の言霊と霊力で陰陽Ⅲ種の所持者に敵うなどと思わぬ方が身のためですよ。 身体能力(フィジカルスキル)に頼りっぱなしの使えない駒風情が」

朱里はびくりと体を震わせる。

「…」

自分の能力が効かないなんて。いや、効くなどと思ってはいなかった、そこまで驕っていたわけではない。しかしそれにしてもひどすぎるだろう。止めれたのはほんの一瞬のこと。しかも相手の退散理由が自分が冬士に守られているから。

屈辱以外の何でもない。

涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。歯を食いしばって罵られることに耐えるしかない。ここで耐えきらねば、すべてが壊れるような気がした。

鬼がふっと一点を見据えた。朱里と目が合う、しかし朱里を見ているわけではない。朱里はギッと鬼と男を睨み続けていた。

すると、ぽんと頭に手が置かれる。

そして降って来たのはよく知った声。

「よく耐えたな、朱里」

「―――」

目を見開いて、見上げる。

折哉がいた。肩には赤い弓をかけている。

「…まったくめんどくさいモノを残していくものだな、解鬼会」

折哉はそう言って呪符を1枚投じた。

「アレン」

『はーい。 今十二神将がそっちに向かってるよ』

「影山のガキが堕ちかけている。 相手を追うよりこっちを優先させろ」

『はーい』

折哉が肩にかけていた弓を下ろして矢をつがえる。

「…なるほど、第3席候補を辞退した鋼山神社の神主君ですか。 天風、行きますよ」

男が歩きだした。鬼がうなずいて引いて行った。

折哉は小さく息を吐いた。

「…さて…このクソガキ、いきなり堕ちやがって」

冬士がわざとらしく悪態を吐く。ゆらり、と冬士が立ちあがり、正面に折哉を見る。

その制服は真っ赤に血で濡れているが、傷口は見当たらない。

「朱里、さがれ。 あれはさすがに俺も楽勝とはいかん」

朱里はうなずいた。冬士が堕ちたなどと言われても実感がわかない。当たり前だ。

冬士の霊気は鬼に呑まれているわけではないから。

「…十二神将、遅いですよ」

「うるせえよ後輩風情がほざくんじゃねえ」

蓮道昌次郎、エンカウンター。

昌次郎はそう言ってニッと笑う。

「ハッ! こりゃあいい、これが生成り!? 笑わせてくれる! 解鬼会はとんでもねえモンに手を出してる自覚がねえのか!」

朱里に昌次郎の言葉の意味はわからない。ただ、少し振り返った時に、春樹の傍で感じた龍の気を感じた。

「…?」

ふと、合宿の時に博雅たちが話していた龍鬼という言葉が甦って来た。

はっとして大輔を見ると、大輔の方も頭を打って気絶しているし、血が流れていた。

「…」

朱里は大輔に駆け寄って、その体を引きずり、千夏のところまで後退した。

 

―――恐いさ。

―――でも、千夏がこんな状態になっても冬士が人の姿を保っているってことは。

 

朱里は千夏の首筋に手をあてる。

まだちゃんと、温かかった。

「冬士―――千夏はまだ死んでないっ! 頑張れよバカッ!!」

あの男には効かなかったけれど。

弱いならば弱いなりに、友達を救うための乙種言霊にでも使ってやろうじゃない。

朱里の言葉が合図だったかのように、折哉が矢を放った。

 




分かりにくかったかもしれないのでここに書いておきます。

鋼山朱里
言霊の身体能力者。「“”」内の言葉が甲種言霊。
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