日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

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のっそり進んでおります。


第7話 中途半端なそれは

 

何もかもが中途半端なところで止まっている。

でもだからこそ、今の状態ならば、救える。

折哉の確信めいた感覚。

それはしかし同時に、とてつもなく大きな危険も孕んでいた。

一歩間違えば堕ちる。

堕ちかけている状態は生成りに最も負担が大きいときだ。であるからこそ、さっさと引き上げるにこしたことはない。皆面倒くさがって堕とす。だから生成りはいつまでたっても自分を殺した陰陽師たちへの恨みを忘れることがない。その無限ループにこの鬼が入ってみろ、一族滅亡なんて目に見えている。

そんなことをふと考えてみた。

らしくないなと自分の考えを振り払う。これも冬士の鬼の所為か。そうであるとあえて仮定して鬼の状態を考えながら弓に矢をつがえなおす。

通常の鬼との戦闘ならば問答無用で突っ込んでいくはずの昌次郎が距離をとっている。

冬士の角の生え際を見て、折哉は我ながら無謀なことをしたと悟った。

冬士の頭に鬼の角がうっすらと現れているが、その付け根は額というよりはこめかみから3センチほど上で、垂直方向に、緩やかな曲線を描いて伸びている。

「…真鬼か…」

小さくつぶやくと、冬士が折哉を見た。おそらく今の冬士から折哉たちを認識することはできない。冬士が小さく手を払う仕草をした。

昌次郎と折哉が同時に上に跳んだ。

直後、そこが凍りつき、冬士はパンと手を叩いてそこに氷柱をいくつも立てた。

「ッ!」

「チッ」

とっさに折哉の足元に霊気の障壁を作ってくれた昌次郎に感謝するほかない。

「礼は後でする」

「お前が怪我してなかったらな」

昌次郎は無言で不動金縛りを冬士にぶつけた。冬士の体が締め上げられるが、冬士は小さく唸ってその爪で昌次郎の霊気をいとも簡単に引き裂いた。

「チッ…やっぱ言霊使わねえとあのレベルは止めらんねえか…」

昌次郎が小さく唱える。

「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク」

冬士が飛びのいた。

「! ッの野郎、可愛げのねえクソガキだなッ!!」

避けられたらしい。折哉はいや、と小さくつぶやいた。

「真言にあれだけ反応するってことは、真言がまだ効く状態ってことだ」

「…なら、テメエのその弓もおもちゃにならずに済むってことだな」

昌次郎はそう言って前に出た。

「ははん…土御門千夏が死にかけてて封印が緩んだのか。 いいねえ、いっそそのまま俺の式神にしちまおうか」

冬士が目を細めた。

「…」

品定めでもするような。

昌次郎は口端を上げてニヤリと笑う。

「かかってこい、躾けてやる」

昌次郎の後ろで折哉が自分の金気で矢を練り上げる。

これを折哉が撃てるのは一日に7本が限界だ。まったく厄介なレベルの鬼が人間の中でよくもまあ育ったものである。冬士はいつ死んだっておかしくない。

「…」

それだけ耐えさせたというべきか。

それだけ勇子や千夏と過ごした環境がよかったのか。

それだけ冬士が強かったのか。

おそらく、すべてなのだろうと折哉は思った。

やたら強く感じる水気と、弱々しい金気、水気に押されて弱っている火気、水気の所為でこれまた強くなっている木気、木気に押されてしまって弱っている土気。

最悪の状況だろう。強い木気から火気を生じようが水気に押しつぶされるがオチだ。

折哉は真言を使うことにする。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

炎を生じ、不動尊の力を纏わせた矢を作り上げた。

まっすぐに昌次郎の背を狙う。

 

「―――」

 

ひょう、

 

矢が風を切った。

矢は昌次郎を貫いて冬士に中った。

「…?」

冬士がよろめく。

「ハ、注意力はまだまだだな。 目の前の獲物に熱中し過ぎだぜ、鬼としちゃまだまだだな」

昌次郎が言い放った。

と、突然あたりに爆発的な木気が広がった。

「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」

昌次郎がさらに不動明王の火界咒を唱え、辺りは火気に埋め尽くされた。

冬士の角が消えた。否、位置が変わった。

青いしっとりとした光沢の角だ。

「…チビスケどもが暴れおって…」

冬士が唸るようにつぶやく。頭を軽く振って、顔を上げた。

「チッ、これだから複合鬼は嫌いなんだよ」

「貴様のモノにされとうなどないわ」

少しばかり上から目線なところと青い角を見ると、おそらく御影春山なのだろう。

「…しかし、まさか道満の力を借りることになろうとはな。 あんな奴に借りなど作りとうないというのに…」

御影春山はそう言いつつゆっくりと歩き出し、朱里の方へと歩みよって行った。

「…鋼山、霊気切れか?」

「ッ…」

1本の哉に7本分の力をつぎ込んだのだからむしろ褒めてほしいくらいである。

ともかく、ようやく集まって来た十二神将に少し苛立ちを覚えながら折哉は立ちあがり、朱里の方へ向かった。

 

 

 

「…御影…?」

「…さあて。 どっちだろうな?」

冬士の顔にうっすらと浮き上がった脈の筋に目が行く。朱里の腕の中で千夏は気を失っていた。

「…なら、冬士だ」

朱里はそう決めつけて、冬士と折哉たちが戦っている間中頑張れと声をかけ続けていた千夏を見下ろした。失血死してもおかしくないほどだ。

「…朱里」

「?」

冬士が朱里を呼ぶ。

「…俺はもうしばらく、白にも黒にもなれなさそうだ」

冬士の手がそっと千夏の頬に触れた。

「…いいんじゃないかな…俺が知ってる冬士は、白でも黒でも冬士だったから」

どちらの片鱗も見せていた。

だから俺は気にしない。

毛嫌いなんかするもんか。

言葉にはしなかったがその思いをちゃんと冬士は酌んでくれたらしく。

「―――ありがとう」

そう言って、朱里から見えないように自分の背で隠しつつ、千夏に口づけた。

「っん…」

千夏が目を開ける。冬士が口を離す。その唇には、千夏の血が付いていて。

「…っ、とう、じっ…!」

「まだ動くんじゃねえよ、千夏。 お前に死なれたらさすがに堕ちるぜオイ」

冬士はいつものニヒルな笑みを見せて、立ち上がった。

「…まさかこんな早くから影山法を使うことになるとはなぁ…」

龍冴がぼやいた。

「うるせえよジジイ。 野本先生が呼んでる四神がまだこっちに少し霊気を残してる、マジで手遅れになる前にやってくれよ?」

冬士が言うと、龍冴はハアと息を吐いた。

「年寄り使いの荒いやつだな。 …まあ、その程度の気性の荒さなら慣れっこだがな」

龍冴が振り返って声を上げた。

「影山家当主、影山龍冴、これまでの慣習により、土御門千夏、および野本泰蔵への禁呪を使用する。 誰か、勇子ちゃん呼んで来い、あの子の力がいる」

アレンがやってきて朱里に駆け寄った。冬士の姿を見て、アレンは冬士の鳩尾に肘を入れたが、冬士の方は無反応だった。

「憎たらしいやつ」

「ああ、悪かったな」

「すぐ謝る影山気持ち悪い」

「…それ、酷くねえか?」

朱里はくすっと笑ってしまった。冬士の鬼気に押されているのだろうか。

「…中途半端だね、影山は」

「今下降中なんだから急かすなよ、馬鹿」

冬士とアレンはお互いにつつき合いながら言う。朱里の目にふと、冬士の角が6つに分かれているように視えた。

「!?」

「?」

冬士が朱里を見て首をかしげた。

「…アレン、鬼の角って2本だよな」

「そうだよ。 1本も3本もいるけど」

「どうかしたのか?」

「…今、なんか、分かれてるように視えた」

冬士は角に触れた。無論そこには今は2本しか角はなく。

「…視えた?」

「うん…たぶん、6つ」

「口外禁止、影山法に引っ掛かるぜ、朱里」

「ゲッ」

少し表情を朱里がひきつらせたところで勇子が戻って来た。式神たちを張っ倒して怒りMax状態だった。けして勇子は悪くない。

そんな倉橋の生徒たちを見つつ、昌次郎は再び冬士を見る。

 

―――中途半端だ。つまらない。

 

それはそうなのだ、だが。

逆に、これから自分の手でそこそこ使えるものにしてやるというのも悪くない。

 

―――中途半端故、かねえ。

 

見つめすぎたのか、冬士が気付いて視線を昌次郎によこす。

その目に熱を孕んだ眼光が宿っていることに、昌次郎が気付かなかったわけがなかった。

 




結局名前出せなかったのでここに。

鋼山折哉
朱里の従兄、鋼山神社の神主。強力な式神を連れているが、使っているところは誰も見たことがない。故に護法式がいると知られていなかったりする。
武器は弓。霊災修祓には『破魔矢』を使用する。冬士に用いたものも破魔矢。
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