日ノ本四重奏   作:黄昏翠玉

99 / 109
第8話 龍鬼と穢れ流し

 

勇子が息を吐いた。

「なんでこんなことに…千夏だけはこれやってほしくなかったのに」

その表情は明らかに落ち込んでいる。冬士は勇子に声をかけた。

「確かに、これをやったらお前の周り生成りだけだもんな」

「もうちょっと気を利かせた言葉はないのか!」

そう突っ込んで、勇子はふっと笑った。

「それが精いっぱい、かな?」

「妥協点」

「そっか」

勇子は深呼吸して、パンパン、と2回手を叩いた。

「鬼菊、出てきていいよ!」

次の瞬間、ダンッ、と重い音とともに朱塗りの、黒い金具付きの門が現れ、ギイ、と開いた。

その向こう側を見てしまった朱里は驚いた。冬士がアレンの目をふさいだ。

「ちょっと、何すんの爪痛いよ」

「我慢しろ、普通の野郎が視ると連れてかれるからな」

「説明求む」

「あとで。 俺もあんま口きける状態じゃねえ」

冬士が口をつぐみ、アレンも黙った。

門から、ゆらり、と巨大な鬼が現れた。

左肩から背中にかけて、菊の刺青が入っている。その肌は浅黒いだけで、髪は美しい赤毛。角は3本、白銀に輝いていた。

龍冴たちが少し離れたところで千夏と野本に対して、禁呪を使った儀式を執り行っている。

門が閉じて、冬士がようやくアレンの目元から手を離した。

「…何だったの?」

「『穢れ流し』って知ってるか」

「あー、うん、生まれつき鬼と契約してる魂の持主のことでしょ」

アレンが言うと、冬士はうなずいた。朱里はふと、冬士の教科書の付箋紙の張ってあったページの記述を思い出した。

「…生まれつきと訓練で勝ち取るものがいるって書いてあった気がするけど」

「勇子と千夏は生まれつきだ」

「へー」

「へー、じゃないからね、朱里? 何、この世代2人も生まれつきいたの?」

アレンがぎょっとしたように尋ねる。冬士はうなずいた。

「命を狙われやすくなるだけだから隠されてたってことさ。 アレン、お前は気付くヒントはあったろ」

「え?」

「千夏の名前聞いて何も思わなかったのか」

「いや確かに、女の子みたいな名前だなっては思ったけど、それ以外は何も」

冬士が呆れたように肩をすくめる。アレンがくってかかろうとしたところに、折哉の声がかかった。

「アレン、お前はその感性から叩き直した方がいいのか?」

「お、折哉さん!」

振り返ると折哉がいる。アレンは振り返った。

「アレン、穢れ流しの力はもともと神主系統の家のものが持つ力だ。 お前には散々教えたんだがな」

「え」

「朱里が可能性あったんですよね?」

「ああ」

折哉は冬士の言葉にうなずき、そっと手を伸ばした。冬士は微かに頭を下げた。

折哉が冬士の頭を撫でる。

「…鬼の毛じゃねえな」

「はい」

「…朱里、しばらくこいつの頭撫でてろ。 水の小さいほうが落ち着くようだ」

折哉の言葉に、朱里はうなずいた。冬士をつつくところんと寝っ転がってしまったため冬士に膝枕をしてゆったり撫で始める。

「アレン、何をする気だ」

「折哉さん止めないでッ! 俺は冬士が憎いッ!!」

アレンが涙目で叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

「―――どう?」

「…引っ張れた。 これで千夏ちゃん繋げるよ」

鬼菊が言った。勇子はうなずいた。

龍冴が小さく祝詞を呟き、千夏の体に纏わされた水気を払っていく。払ったところから千夏の血がまた溢れだす。そこに引っ張ってきた霊気をつなぎ合わせて塞いでいく。

鬼の霊気が長時間人間の体に触れるのはまずい。早急に終わらせなければ、千夏が鬼の生成りになる。というか、千夏の魂の本質が変化してしまう。

穢れ流しと生成りの差なんて、魂に鬼を飼っているか肉体の外に飼っているかくらいの差しかない。

貫通した傷をふさぎ、細かい傷にまで霊気を回していく。千夏が目を開けた。

「…う…気分悪…」

「悪いなあ千夏。 引っ張れたのが朱雀だったんだ。 金気が強めのお前にゃつらかろうが、耐えてくれ」

「はい…」

千夏が苦しげに呻いた。千夏の隣には野本が一緒に置かれている。野本も意識は取り戻している状態だった。

「野本さん」

「何だい、土御門君」

「後でぶん殴らせて下さい」

「急に物騒だね」

野本は懐から赤い字の書かれた呪符を取り出した。龍冴がそれを受け取った。

「よし、千夏ちゃん退かして、天狗用のを張るぞ」

儀式はさっさと進んでいく。

「お前さんら、冬士の力が弱かったらどうする気だったんだ」

「「地獄へまっさかさまにきまってる」」

千夏と野本が言った。お前らな、と勇子が呆れたように声を上げた。

「ったく、御影がいたから暴走もしなくて済んだが! 生成り堕とすなんざ土御門の恥だぜ、千夏ちゃん!」

龍冴の言葉に千夏は、面目無いです、とうつむいた。

龍冴は呪符の封を解き、中にいた野本の護法式を呼びだす。

「長月丸殿」

「…影山の小僧か」

「名はかねがね伺っております。 野本泰蔵の傷をふさぐ助力をいただけないでしょうか」

「…構わぬ。 …近くに御影春山様がおわすようだが」

「とりあえず野本の傷ふさいだらまともに会える状態になるさ」

長月丸。それは烏天狗だった。

もとは御影春山のところにいた上級の霊獣である。

「天狗の生成りなんざ医療目的でもなきゃお目にかかれねえな」

「でしょうねえ」

千夏と朱雀の要領で、野本と長月丸の霊気をつないでいく。長月丸の属性と野本の属性は同じ木気。その性質上、傷のふさがりが目に見えた。

「…これにて、儀式を終了する。 冥土の諸神にお礼申し上げる」

龍冴は手を合わせて礼をした。

最後の言葉でようやく回りはこの一連の禁呪がなんだったのかを理解した。

「…泰山府君祭…?」

「…そうか、死にかけの命をつなぐわけだから…」

鬼籍に名を刻まれる前に霊獣の力を使って現世に無理やり引き戻すという状態。それがこの儀式の形態であった。

「…ったく、これやると模倣するやつが出てくるからなぁ…」

龍冴は諦めたように言った。そこに正純がやって来た。

「龍冴さん」

「おう、正純ちゃん。 朱雀の状態視てくれ。 あと、冬士が不安定になったな」

「姿を晒すかもしれないな。 早めに行きます」

正純は静かに千夏の方に歩いて行く。

 

「馬鹿野郎」

「ごめん、親父…」

「息子を2人とも失うところだった」

正純の言葉に、千夏は苦笑いした。正純はざっと千夏の霊気を視る。安定しているようである。ただ、千夏の皮膚に赤っぽい刺青が入ってしまっていた。

「…やっぱり四神の力は強いな」

「うん。 そうだ、冬士との契約が切れてて」

「分かってる。 立ちあえよ、しばらく冬士を別のやつに渡すことになるが妬んだら負けだ」

千夏は、う、と詰まった。正純は、千夏が、冬士が選んだ人物に思い当たっていることを悟る。なるほどあいつには渡したくなかろうなあ、などと思いつつ千夏の頭を撫でて、冬士の方へ向かう。

四神とは、鬼をはじめとする妖怪変化化け物の類の一切を都に入れないために配される守護霊獣たちである。戦闘風景を霊気のみで視ていたにしても、折哉が放ったあの一撃がどんなものだったかくらいの判別はつく。

破魔矢で撃たれてダメージを受けたのだから、四神の霊気がダメージにならないわけがない。まだ冬士はバランス的に悪鬼に分類されるカノンと鬼紅蓮が強めだ。鬼紅蓮の方は御影の次の属性の相生関係にあるため、いたしかたない。

冬士に膝枕をしている朱里の前に膝をつくと、正純は笑った。

「鋼山朱里さん、だね」

「…はい」

「土御門正純、冬士の主治医だ」

自己紹介をしたところで冬士がすっと目を開けた。

「よお冬士、女の子の膝枕なんてうらやましいねえ」

「…陰の気は、落ち着く」

冬士が小さな掠れる様な声で言った。

 

―――マズいな。封印が冬士を侵食し始めてる。

 

「…冬士、一旦全部封印を解く。 段階的に、な。 ここにいる皆に見せつけてやれ」

正純はそう言って、朱里に目で合図を送る。朱里は酌み取って、冬士の体を起こした。

「くそ、客が増えたぞ、土御門陰陽医」

折哉が言うと、正純はそっけなく返す。

「大物はどちらも来るよ。 悪さはするまい、彼らにとってはただの戯れだ」

「…ウチのも出していいですか」

「ああ、彼女にも見せておくといい」

朱里たちが気付くと、周りにいつの間にか最大規模の結界が張られていた。これはどういうことだ、と正純に問うと、正純は笑う。

「龍鬼の宴だ」

 




伏線しかない気がするのが常←

誤字脱字の指摘、感想などお待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。