【東方】キノの旅-The Illusional WorId-【キノの旅】 作:SP
第0話 夢見の国
「あぁ、それならこの森に通ってる道を真っ直ぐ行きな。そうだな、大体日が暮れる前までには着くだろうさ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、旅人さんも達者でな」
雲一つなく晴れ渡る春の空の下で、一人の年老いた男と旅人がそんな言葉を交わしていた。
使い古した茶色いコートを羽織り、飛行帽のような防寒用の帽子を目深に被っている旅人は何処から見ても小柄で、華奢と言った方がいい様な体系をしている。事実、旅人は歴(れっき)とした女性であり、胸も小振りながらしっかりとある。いや、これは蛇足であったか。
旅人が老人に礼を言うと老人は笑顔で旅人への幸運を祈り、森の中へと姿を消していった。暫く何とも無しに佇んでいると、森の奥から斧を木に打ち付ける甲高く、よく響く音が聞こえてきた。
「夢見の国まで後ちょっと、か。もう少し頑張らないとね。エルメス」
「早くしないと門が閉まっちゃうかもしれないよ。急がなきゃ駄目だよキノ」
呟きを一つ零す。すると、人影ひとつ見当たらなくなったその場に旅人───キノと呼ばれた少女とは異なる声が響く。旅人が視線を声の発生源に向けると、そこには荷物を積まされた一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)の姿があった。
キノはエルメスと呼んだモトラドに溜息を漏らすと、僅かな疲労を滲ませた声を出す。
「僕はお腹が減ったから何かお腹に入れておきたいんだけど」
「だめー。キノは楽観視しすぎだよ。光景後咲きに祟るって諺(ことわざ)もあるんだから」
「…………もしかして、後悔先に立たず?」
「そう、それ。今急がないと門の外でまっずーい粘土を食べなきゃいけなくなるよ」
「急がば回れって諺もあるんだよ。それにまだ携帯食料以外にも買ったサンドイッチが残って……」
そう言ってエルメスに積まれた鞄から紙に包まれたサンドイッチを取り出す。一息に齧り付こう、というところでキノの動作が止まった。
「どうしたの。キノ」
「……腐ってる」
「……そもそもサンドイッチなんて保存が効かないものを何で取っておいたのさ」
「フルーツサンドだったから後の楽しみに取っておきたかったんだ」
「………………」
「………………」
「行こうか。エルメス」
「そうだね。キノ」
非常に残念そうな表情を浮かべながら腐ったサンドイッチを丁寧に土に埋めて、エルメスに跨ってキノとエルメスはその場を後にした。
◆ ◆ ◆
キノたちが夢見の国に到着したのは最早日も沈みかけ、空が闇夜に覆われる寸前であった。
夢見の国は山の奥深く、動植物溢れる森と高い高い城門に囲まれた閉鎖的な国で、最近出来た国なのかそれとも立地の場所が凄まじく悪い所為なのかはわからないが、キノが街で購入した地図にはどれも夢見の国などという国名は記載されていなかった。
それに伴い訪れる旅人も非常に少なく、その存在を知っている者がいるのかどうかすら怪しい。知っていたとしても偶然見つけたとか、夢見の国から旅に出た者ぐらいだろう。
キノに夢見の国の情報を教えてくれたのは後者の方であった。街の安い食事処で次はどんな国へ行くかと考え、料理と酒に夢中になっている客たちから情報を聞いて回っていたら、如何にも旅慣れていない不格好な風貌の青年が教えてくれたのである。
「あぁ、それだったら僕の住んでいた国はどうかな。きっと気に入ると思うよ」
並々と注がれたエールをちまちま飲みながら、青年は朗々と語る。
酒を飲まないキノにとってはその匂いも酒に酔った人も嫌いであったが、こうして真新しい情報が手に入るなら酒というのは口を割らせるのに最高の薬なのかもしれない。
勿論、そんなことは口に出さないしはしないが。
「貴方が住んでいた国……とは?」
「此処から山へ向かって奥深く進んだ所さ。山奥とは言っても行商人が来る程度には交易もある。ま、それでも商売でやってくるか、迷い果てて国を発見した人ぐらいにしか知られてないけどね」
「そうなんですか。距離はどれぐらいですか?」
「んー、そうだな、一週間ぐらいかな?あ、でもバイクやバギーっていう乗り物に乗ってるならもっと早いかもしれない」
能天気そうな声が能天気に旅の行き先を告げる。
ふと頭に疑問が浮かんだ。それほど近い場所にあるなら気付く人も当然いる筈だろう。それなのに地図にも記されず、一番青年の居た国から近そうなこの街にすら情報が出回っていない。これはいったいどういう事なのだろうか?
「それだけ近くに国があるのならいくら山奥でも近隣に知れ渡っているのでは?」
思いついた疑念をそのまま青年に尋ねる。エールを煽っていた青年は口に付いた泡を拭い去り、朗らかに笑いながら嬉しそうに「そう思うだろうね」と言った。
「僕の住んでいた国は不思議な国でね。夜に眠るととても面白い夢が見れるのさ」
「夢?」
「そう、人によって内容は異なるらしいんだけどね。外に出て初めて分かったんだけど夢っていうのは起きると覚めるし内容もほとんど忘れるだろう?」
青年の言葉に頷く。空腹のときにお腹いっぱいになるまでお菓子をたらふく食べる夢を見たが、どんなお菓子を食べたのかは思い出せなかったし、目が覚めても飢えは満たされなかった。
だが夢は誰でも見るものだ。起きてからは忘れていたり記憶が朧気(おぼろげ)だったりするが、別段特別な事ではない。
顔に考えが浮かんでいたのだろうか。青年はやや赤みが差した頬を撫でながら「でも、僕が居た国ではちょっと違うのさ」と苦笑した。
「あの国では誰もが夢の内容を一切間違えずに覚えているし、望めばどんな夢でも見れる。前に尋ねてきた旅人さんは死んだ奥さんと一緒に過ごす夢を見たって言って喜んでたよ」
はぁ、と張り合いの無い合いの手を入れながらも、少し興味を惹かれた。
「確かにそれはすごい国ですね。僕も一度見たい夢がありますから行ってみたいです」
ありとあらゆる甘味を食べるという夢が。という言葉が前に来るのだが、口には出していないので青年に爆笑されるという事態は未然に避けられた。
酒を飲んで気分が高揚してきたらしい青年は、キノの言葉に気を良くしたのか朗々と国の事を語りだす。時折混じる国とは関係ない青年の身の上話を聞き流しながら蜂蜜水を注文して啜る。
青年は暫く自分が意を決して国の外へ出たとか、自分の知らない文化に如何に興奮したかを語っていたが数分もすると息が切れ、酒臭い息を吐き出す。
最早これ以上の情報を引き出すことは不可能だろう。
聞きたくもない話を振られては困るので、そろそろ話題を切り上げようと決意してキノは青年に尋ねた。
「で、何でその国は知られてないんですか」
疑問形ではなくどちらかというと詰問のような口調で話しかけるキノ。口振りが若干荒いのは酔っ払いには多少荒く接した方いいという師匠の教えだ。
最初の質問が返ってきていないので、一応青年に聞いておくことにした。
「それは旅人さんが国に住みたいって言うからさ。夢を見ることが気に入っちゃったみたいでね。だから彼らは一度国に滞在したら大抵はそのまま住みつく。商人は……何だろうね?利益を独占できるとでも思ってるんじゃないかな」
「なるほど、ありがとうございます」
これ以上長居するつもりはなかったので、青年に手短に礼を告げて代金を払ってから席を離れる。今頃エルメスは退屈しているだろうな、なんてことを頭の片隅で考えながら出入り口の扉に手を掛けると、先ほどの青年が「旅人さん」と呼ぶ声に惹かれて立ち止まる。
「僕の住んでいた国の名前は『夢見の国』って名前だから、森の中にいる炭炊き職人や木こりに道を尋ねればいいよ!」
赤ら顔で笑う青年に再度小さな礼をして店を離れた。
◆ ◆ ◆
宿に戻ると、エルメスが「釣果は?」と訪ねてきたので「ぼちぼちかな」と答えてジャケットを羽織ったままベッドへとダイブする。すると、硬い木材に体をぶつける鈍い音と、それに伴って「痛っ!!」という悲鳴が口から洩れた。
「一昨日も似たような事しなかった?」
「うっさい……」
痛みに唸るキノをニヤニヤという効果音付きで眺めるエルメス。起き上がって蹴ってやろうかとも思ったが、無駄な体力を使う気にもなれずそのままベッドの上で仰向けになる。
「おやすみ、キノ」
「おやすみ、エルメス」
燭台に灯っている蝋燭の火を消して眠りにつく。
夢は見なかった。
◆ ◆ ◆
翌朝は曇り空だったが、三日間の滞在という期限を自ら定めた以上、それを破る気にはならない。
銃砲店でパースエイダー(注・パースエイダーは銃器)の弾薬を補給し、その他適当な店で旅の道具や食料を買って街を出た。
「次の旅の行き先は?」
エンジンをかけながらゴーグルとフェイス・ウォーマーをつける。シートの上に腰を乗せた所でエルメスが訪ねてきた。キノは旅の荷物が途中で振り落とされないようにしっかりと荷台に縛り付けながら答えた。
「夢見の国」
「そりゃなんとも面白そうな名前の国だね」
「此処から結構近いらしいよ」
「へぇ、それはいいね。でもモトラドとしては運転手が乗ってくれる時間が少なくって複雑な気分」
「大丈夫。これから山道だから、運転手とのスキンシップはばっちりとれるよ」
「泥道あぜ道獣道は反対!」
「結構。それでも僕は旅を続けるよ」
「……複雑な気分」
アクセルを踏み込み、エルメスと共に街を出発する。街は暫くするとその姿を小さくし、半日ほどすると遂には消えた。
「さて、どんな国なんだろうね」
「知らない。でも、バイクを悠々と追い越す夢を見てみたいかも」
「モトラドって夢を見るの?」
「さぁ?」
それから一人と一台は共に山奥にあると言われた国を目指す。そして三日目にしてようやく夢見の国、その城門の前まで辿り着いたのである。
モトラドのエンジン音に気が付いた門番らしき兵士が驚いた顔をキノを見る。門は未だ開いたままだったのでどうにか城門が閉まる前に間に合ったらしい。兵士が慌てて駆け寄ってくるのを眺めながらエンジンを切り、エルメスから下りてその重い車体を押す。
「も、もしかして旅人さんかい?」
「えぇ、この国に観光に来た旅人です」
「それと汚れ果てたモトラド」
「珍しいなぁ、迷ったんじゃなくて観光で来る人は。最近は迷う人すらいないから門番としての仕事が無くってね。いや、旅人さんには関係ないか。」
兵士は楽しそうにキノへ語りかけながら同僚を呼んで入国手続きの準備をさせる。
「近くの街であったこの国の人が教えてくれたんです」
「へぇ、この街から出た奴……確かに前にそんな奴がいたなぁ。あ、もうそろそろ夜になるし入国手続きは手早く済ませるよ。いい夢を見られるように早く寝たほうがいいからね」
「本当にこの国では面白い夢が見られるんですか?」
「それは旅人さんが直接見た方が早いかな。面白いかどうかはわからないけど、感動はすると思うな」
そう言うと兵士はキノが書きこんでいた入国審査の紙を眺めて頷くと、幾つか空欄が残っていたにも関わらず取り上げて入国審査を切り上げた。キノが疑惑の視線で見ると、兵士は笑いながら「門の管理は俺たちの仕事だし、わざわざこんな辺鄙なところにある国に観光に来た旅人さんに危害は無さそうだから大丈夫さ」といって紙を棚に仕舞い込む。
案内を申し出た兵士の誘いをありがたく申し受け、夢見の国の中へと歩いていく。
日は暮れたばかりで街には酒場からの熱気や住居からの灯りが漏れていてもいい筈なのだが、街には灯りと呼べるようなものは何処にも見当たらず、街は静まり返っていた。
冷たい石畳の道と灯りの灯らない街灯。白く塗られた建築物はどれも似たり寄ったりな形で奇妙な既視感を覚えさせる。寂れてはいないのだが何処か冷たいモノを感じる。
「まるでゴーストタウンみたいだね」
エルメスがライトを点けながら楽しそうな声で言うと、男が苦笑交じりに答えた。
「日が暮れると大抵の奴は夢を見るために寝てしまうんだ。仕事も同じ理由で早く終わる。例外は俺のような来訪者の相手をする門番ぐらいなもんさ」
そう言うと男はキノを連れだって歩き出す。相変わらず灯りは一向に見えない。
キノが夜空を見上げ、星の数を数えながら歩いていると男が大きな4階建ての建物の前に立ち止まり、キノを見る。
「ここがお勧めの宿だ。店主は……起きてるみたいだな」
確かにドアの張り硝子からは僅かな灯りが漏れ、OPENと書かれた札がぶら下がっている。キノはエルメスが盗まれないようにしっかりと鍵を掛ける。エルメスはというと眠そうに欠伸をしながらキノが鍵を掛け終えるのを待っていた。
「……よし、っと。じゃあエルメス。ボクは眠りにいってくるよ」
「良い夢を。キノ」
眠たげな声を出すエルメスにキノはクスッと笑う。そして何か不意に思いついたのかエルメスを眺める。
「どうしたの?」
「いや、モトラドって夢を見るのかなって思って」
「……わかんない。見ようと思えば見れるかも」
「曖昧だね」
そして、キノは一足先に宿に入った男を追ってエルメスの前から姿を消し、ドアが閉まる音がしてそれっきり街の外は静かになった。
「キノはどんな夢をみるんだろうね」
エルメスの呟きは静寂に満ちた夜に響き、風がその声を攫って行った。
ほぼ処女作です。拙い文章化と思いますがよろしくお願いします。
どんなことでもいいので、感想をくれると嬉しいです。