【東方】キノの旅-The Illusional WorId-【キノの旅】 作:SP
健康診断という(キノにとって)拷問を受け、結果が出るまで街を散策することにした二人。
視界に移る都市の光景を楽しみつつ、キノはご飯を求めてさまよい歩く。
整備を希望するエルメスの意見は却下された。
「相棒として、発言には気を付かってくれ!!」
月夜の街は中世ヨーロッパの城塞都市によく似ている。
街の中心に城の役割を持つ高層ビル街が立ち並び、続いて店や工場、生活の場である住居があり、妖怪から身を護るために作られた防壁がそれらを囲っている。
勿論、都市の全貌は中世の世界とは違い、技術面や衛生面、外敵から身を護る防衛面でも比べものにならないほど進歩している。それは妖怪という略奪者から逃れるために苦心を凝らした結果だ。
往昔、ある村があった。その村では米を取り出した後の藁を使い、藁の家を建てた。しかし、ある日村を襲った妖怪によって藁の家は吹き飛ばされた。
昔年、ある村があった。その村では藁だけでは風に吹き飛ばされてしまうと考え、藁より強度に優れた木材を使って木の家を建てた。しかし、ある日村を襲った妖怪によって木の家は燃やされた。
昔時、ある村があった。その村では木材では日に弱いと考え、強度も強く火にも強い石材や漆喰を使って石の家を建てた。しかし、ある日村を襲った妖怪によって石壁の家は壊された。
幾度となく妖怪に煮え湯を飲まされ、そして、人は妖怪に喰われていった。
村は燃え、帰る場所が無くなったことだって多々あった。
だが、それでも人は古の時代のように洞窟の中で怯えて暮らすことを選択しなかった。
森を切り開き、固い土を耕し、草臥れた手で種を蒔いて。
諦めることは、妖怪に屈することは決してなかった。
人は妖怪と戦うことを選んだ。
戦い、その結果仲間を失うことがあろうとも。
村は次第に大きくなった。より多くの人を養い、妖怪からの魔手から逃れるために。
次第に村の知恵者たちが妖怪から逃れるために数々の案を出し合うようになる。
武器は肉を裂く為により鋭く、住居は外敵から守るためにより堅く。道具や物事をより効率的に考え始めた。
それから何度も人は妖怪を退けた。喰われるままだった弱者たる人が、妖怪に堂々と台頭できるほどに成長して見せた。
村は村から町となり、町は町から街となった。
今や街は昔と比べるまでもなく多大な人口を抱えていた。妖怪や自然災害による被害が激減したおかげだ。
妖怪は街に防壁が出来たことで容易に街に手が出せなくなった。街を護る兵士たちによって、妖怪たちは徐々に駆逐されつつある。
街はまだ衰えることを知らない。
街は、若き天才によってさらなる繁栄を遂げようとしているのだ。
賢者の名を戴く、八意永琳の手によって。
◆ ◆ ◆
「面白い話でした」
「ほっほっほ。こんな年寄りの話をわざわざ聞いてくれて感謝するよ」
老人が少しばかり中身が入ったままのティーカップを置く。快活に笑うその顔の先にはトレンチコートに身を包み、少年のような顔つきをした旅人が居た。
「随分と昔のことまで知っているんだね。おじいちゃん」
意気揚々と話す老人と寡黙な旅人の会話に、幼い少年の様な声が混じる。
旅人が隣を見ると、そこには飛行士の様なパイロットキャップとゴーグルが鎮座している。パイロットキャップとゴーグルは喋る気配が無い。
旅人の視線はそこで止まらずに自分の斜め後ろで止まった。
「キノも過去のことはちゃんと覚えておこうね。雨道を走って盛大にスリップしたとか。スタンドも立てずに僕を置いて家の中に戻っていったとか」
「今日よりも明日、だよ」
「嘘つき。次の日の分の食料を食べきって、次の日食事するのに苦労していたことを忘れたとは言わせない」
声の主は椅子に座らずにスタンドを床に立てていた。古ぼけた鈍色を放つモトラド(注・二輪車。空に飛ばないものだけを指す)がそこにあった。
「昨日よりも今日、今日よりも明日、でもやっぱり重要なのは今を生きることだ。うん」
「やっぱ駄目じゃん」
「ほっほっほ! お連れさんのほうも元気でよろしいですなぁ」
一層楽しそうに笑う老人に、キノと呼ばれた旅人が微苦笑を浮かべて答える。
キノは食べかけのアップルパイを口に運びながら老人との会話を続けた。
「八意さんはそれほどすごい人だったんですね」
「そうさ。あの方のおかげで儂らも妖怪や病に怯える心配も薄れた。街の発展も目覚ましいものだよ。賢者様には幾ら感謝しても足りんぐらいだ」
「非合法の神仏ってやつだね」
「は?」
「……もしかして〝一角の人物〟かい? エルメス」
「そう、それ」
エルメスと呼ばれたモトラドがキノの言葉を聞いて納得する。このモトラドは少々言葉の引用を間違える節が多々あった。
「まぁ、だから驚いたよ、君たちが賢者様の客人だったとは」
「客というほどの者ではないですが」
「同じことさ。賢者様が直筆でパスポートを作ってくださった人たちだからね」
遡る事少し前。キノとエルメスがこの飲食店に食事をしに立ち寄った。
キノは永琳から貰ったパスポートが本当に効果あるのかを不安に思いながら、エルメスは食事よりも燃料の補給を済ませてほしいと思いながらの入店だった。
店内はログハウス調に仕立て上げられ、何処か素朴な雰囲気を漂わせ、何処からか流れてくるジャズの曲調が見事にマッチしていた。
店にやって来た見慣れぬ服装をした一人と一台に困惑した店員に永琳からもらったパスポートを見せると、信じられないというような顔をした店員が全速力でその場を後にし、店長を引き連れて帰ってきた。
店長はキノが持っているパスポートを念入りに調べ上げ、暫くすると時間を取らせたことの謝罪と、ただ同然の値段で料理を振る舞ってくれることを申し出た。
キノは申し出を承諾。喜びを顔に出さないように押し殺しつつ、茫然とした表情で此方を見ていた老人に相席を願い、食事をするまでに至った。
これが大まかな経緯である。
「それにしても、何故彼女のことを〝賢者様〟と呼んでいるのですか?」
「あぁ、さっきいった通り、街に多大な恩恵を齎した御方だから皆尊敬して賢者様と呼ぶようになったのさ。賢者様が思兼(おもいかね)様の秘蔵っ子だからという理由もあるがね」
「思兼様って?」
「知恵の神様さ。私たち人間を妖怪から護るために様々な知識の恩恵をくださった方だ」
「神様……」
「そう、神様だ。正しい名前は八意思兼命といわれていて、賢者様は思兼様から性と知識を授かった。だから賢者様の姓に八意という文字があるんだ」
そう言い終えると老人は杯に残った紅茶を飲みきった。キノもアップルパイを口に含み咀嚼する。
暫く、他愛のない話が続き、老人は老人が食べた分だけの料金を支払うと店を出て行った。
追加で注文していたデザートも食べ終えると、椅子の上に置かれた荷物を手に取り、店長と店員に御礼を言ってからエルメスを押してその場を後にした。
「さてと、次は何処へ行こうかな」
「整備工場!」
「そうだったね。忘れるところだった」
「いいからはーやーく!」
「はいはい」
ボボボボッ! という煩い音と共にエンジンが掛かる。
そうして一人と一台は街の中へと走り出した。
◆ ◆ ◆
「燃料は用意できそうですが、私たちの技術ではそのモトラドを修理することはできません」
申し訳なさそうな顔で、半ば泣きそうになりながら頭を下げる整備士一同がひどく印象的だった。
現在、私は肩を怒らせて(モトラドなので肩は無い)走るエルメスを宥めながら、街の中を適当に巡っていた。
何でも、エルメスは点検するには古すぎて誰もがどう点検すればいいのか判らなかったらしく、最終的にはエルメスが癇癪を起す前に持てるだけの燃料(無料だった)を貰って工場を出た。
カルチャーショックとでも言うのだろうか。進んだ技術が枷になるとは思いもよらなかった。
という訳でエルメスはご立腹で、大変機嫌が悪い。
藪を突くつもりはないので、話題を選びながらエルメスを宥めていく。それでも怒りが収まる気配はまだないが。
「何であんな精密な構造の自動車を直せるのにモトラドは直せないってのさー!」
さっきからこの調子だ。エルメスがこれほど腹を立てているのも珍しい。
「幸いなことに燃料はあるから、次の国での修理を期待しよう」
「壊れてからじゃ遅いよ」
「壊れるつもりがあるのかい?」
「いや、ないけど」
「ならいいでしょ?」
口八丁でエルメスを静かにさせると、信号が青になったのを見計らって加速する。口は閉じていてもエンジン音が五月蝿いモトラドと比べて、月夜の街の自動車は実に静かだ。
気の向くままに走っていると射撃場を示す看板が見えてきた。確か、永琳が観光にでもどうぞと勧めてくれた筈。
これなら確実に暇潰せるし、私自身街に入ってから射撃訓練はしていないので、願ったり叶ったりともいえる。エルメスには申し訳ないけど。
「エルメス。射撃場に寄るよ」
「いいよいいよ。キノは点検する必要が無いからねー」
何か面倒な事になっている。怒りから妬みや僻みへとシフトチェンジしたようだ。というか人間でも点検はする。健康診断も体の点検だ。
どうやら、このままエルメスの機嫌を取らねばいけないらしい。
心の片隅で面倒臭いなーという思いがあったのは内緒である。
◆ ◆ ◆
草や小枝が風になびき、擦れるような音を立てる。
やがて、その音の中に混じってぽつり、ぽつりと水の滴る音。
音は次第に大きくなり、曇天の空から水の飛礫(つぶて)が降り注ぐ。
雨音は次第に山間にある開けた草原一帯にも伸びてくる。
水は草木を潤し、土の上に小さな水溜りを作っていく。
恵みの雨は例外なく眼下全ての存在へと降り注ぐ。
しかし何故だろうか。この雨が不吉な物に感じるのは。
どうしてだろうか。こんなにも背筋が寒く感じるのは。
雨は答えない。
答えられない。
月夜の街を警備する兵士たちは何時如何なるときであろうと防壁の外へと目を凝らし、妖怪の襲撃へと備えて万全の態勢で警備に臨んでいる。
索敵や探知だけなら開発されたレーダーだけでも良いのだが、妖怪相手に油断は禁物。機械が拾う情報だけではなく、自分の目で確かめる必要もある。
だからこそ、兵士たちは雨の中黙って防壁の外を見据えていた。
視界が悪い中、雨の中を黙って何時来るかも判らない妖怪に備えて立っていることは酷だ。
兵士二人が勤務中だというのに話しているのも仕方がないのかもしれない。
「っくしゅ! っとぉ。寒い寒い。勘弁してほしいな」
「仕方がない。街を護ることが俺たちの使命だからな」
「酒でもあれば体の芯から温まるっていうのに」
「勤務中だ。せめて夜警が来るまでは我慢しろ」
兵士が寒そうに肩を震わせて話しかけるのを、年配の兵士は特に咎めなかった。彼自身にも新兵だった頃に似たような事を言った経験があるからだ。その時は当時の彼より年配の兵士に無駄口を叩くなと叱られたが、彼は勤務中の話を許すぐらいには寛容だった。
雨は降り続けている。
「それにしても妙だな。この季節の雨にしては幾らなんでも冷たすぎる」
「風邪退いちまうな。 っくしゅ!」
「賢者様が調薬してくれた薬があるから大丈夫だ」
「うへっ、働き詰めかよ……」
弱音を漏らす兵士に年配の兵士は苦笑いしながら、雨の中を見据える。
雨足は強まるばかりで、呼応したように風も強く吹き荒ぶ。激しく顔を叩きつける雨粒を拭いながら、兵士二人は会話を嗜みつつ警備を続ける。
雨は降り続けている。
「ん? 何だありゃ?」
「どうした?」
「今一瞬、向こうにチラッと黒い影が過ぎったんだよ」
目を擦りながら言う兵士に、年配の兵士は急ぎ双眼鏡を取り出して兵士が指さした方向を見る。レンズの中には雨で濡れる草原と山の裾野。レンズに張り付く水滴だけが見えた。
「レーダーに反応は?」
「……無い。少し前の映像にも映ってなかった」
「そうか……」
一瞬安堵しそうになる心を引き締め、年配の兵士は告げる。
「念の為、このことは兵士長に報告しておこう」
「げっ。報告するのは面倒だなー」
「もしあれが妖怪だったら、見逃した俺たちはもっと面倒な事になるぞ」
へーい、と張りの無い返事で返す兵士を一瞥してから、先ほどの影が見えたという方向をもう一度見やる。雨雲は黒く、天からの光を一切届かせないほどに思える。加えてこの土砂降りの雨だ。果たして影が本当に見えたのかどうかすら怪しい。
年配の兵士は鋭い眼差しで警備に当たる。
土砂降りの雨の中警備をしたことは何度もある。妖怪の影を見たり、妖怪を撃退したことだって何度かある。
けれども、年配の兵士にはこの雨がどうにも不吉なものに思えて仕方が無かった。
まるで、この空から降り注ぐ雨こそが妖怪の仕業と思ってしまうくらい。
「馬鹿馬鹿しい想像だ」
不安を打ち払う様に、首を振って水滴を飛ばす。
雨は振り続ける。
まるで何かを覆い隠すベールのように。
雨は降り続ける。
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